慢性血栓塞栓性肺高血圧症に対する治療

名大病院での慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)の治療

慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)に対する肺動脈拡張術(BPA)

CTEPH: Chronic thromboembolic pulmonary hypertension
BPA: Balloon pulmonary angioplasty


適切な抗凝固療法(血液をサラサラにする治療)を行っても肺動脈に器質化血栓(組織と一体化した血栓)が残存し、息切れなどの症状が残っている患者さんはCTEPD(Chronic thromboembolic pulmonary disease)と診断されます。その中でも残存している血栓が多く、肺高血圧症を合併している状態を特にCTEPHと呼びます。本邦では特定疾患治療研究事業(いわゆる難病)に指定されています。
CTEPHの治療は①外科手術(血栓内膜摘除術)、②カテーテル治療(BPA)、③薬物治療に大きく分かれます。これまで血栓内膜摘除術の適応外の場合、薬物治療しかなく、生命予後は非常に悪いものでした。しかし近年、BPAの発達によりそのような方の予後は飛躍的に改善してきています(図1)。当院でもCTEPHに対してカテーテル治療(BPA)を積極的に行っています。しかしCTEPHは外科手術の適応判断がとても重要です。外科手術の効果は劇的であり、適応があるのであれば外科手術に勝るものではありません。一方で、外科手術の適応判断はとても難しいため、当院では循環器内科の肺高血圧チームと心臓血管外科が連携をして各患者にとって適切な治療方針を判断しています。この合議の結果、外科手術が適応外となった方にBPAを行います。その他にも外科手術前の状態が非常に悪くその状態改善のためや手術後の残存した肺高血圧症に対して行うこともあります(図2)。
このBPAという治療は外科手術と異なり、1回で終わるものではありません。安全のため複数回(およそ4~5回)に分けて治療を行います。治療ゴールは自覚症状と肺動脈圧の十分な低下を確認し、長期生存を可能とする状態を目指していますが、年齢や状態に応じて、治療ゴールを決め、ひとりひとりの患者さんに適した目標を定め、過度な治療をしないよう努めています。
さらに我々は国内外での様々な研究にも積極的に参加し、さらに安全で効果的なBPA治療を目指して研究活動も行っております。
慢性的な息切れ症状がある方、心エコーで三尖弁の圧格差が40mmHg以上ある場合にはCTEPHが隠れている可能性がありますので、いつでも当院にご紹介ください。
 
文責 足立史郎(本疾患の紹介受診はこちらまで)

図1 BPA治療前後の肺動脈の血流の違い
左:BPA前であり、血流が途絶えています。
右:BPA後の血流です。末梢までくまなく血管が見えるようになっています。


図2 CTEPHの治療方針
適切な診断および薬物治療を行います。高額な治療となるため難病の申請を行います。その後CTEPHチームで治療方針を決定します。

図3 BPA時の様子
医師(肺高血圧専従医師)、診療工学技士、看護師、臨床放射線技師それぞれが役割を持ち、協力して治療を行います。

慢性血栓塞栓性肺高血圧症に対する肺動脈血栓内膜摘除術

1. 病気について
 慢性血栓塞栓性肺高血圧症は、肺動脈に器質化血栓による閉塞や狭窄性病変が形成されて、肺高血圧になる病気です。本症の原因については不明な点が多いのですが、下肢や骨盤内の深部静脈に形成された血栓が反復性に遊離して、肺動脈内で溶解しないで陳旧化することが主な原因と考えられています。

 本症における肺血栓は、急性期にみられる柔らかな赤色血栓と違い、淡白色で肺動脈壁に固く付着し器質化した血栓です。慢性血栓塞栓性肺高血圧症では、このような器質化血栓のために肺血管床(酸素と二酸化炭素を交換できる面積)が著しく減少し、肺動脈平均圧が25mmHg以上となる肺高血圧、右心室の肥大・拡張、右心不全をきたします。

2. 症状・診断
慢性血栓塞栓性肺高血圧症では、労作時の息切れ、疲れ易さが主な症状であり、また胸痛、咳、失神なども見られ、特に肺出血や肺梗塞を合併すると血痰や発熱を来すこともあります。肺高血圧の合併により右心不全症状をきたすと、お腹や下肢のむくみ、体重増加などが見られます。

慢性血栓塞栓性肺高血圧症の診断には、肺動脈造影検査、肺換気血流シンチグラフィなどの専門的な複数の検査が必要であり、名古屋大学では、循環器内科肺高血圧治療グループとともに精査・治療方針の検討を進めます。

3. 治療
 慢性血栓塞栓性肺高血圧症は、治療困難な指定難病とされていますが、肺動脈中枢側に病変を認める場合は、第一選択として手術:肺動脈血栓内膜摘除術が推奨されます。一方、病変が肺動脈の細い枝に限局している場合は、バルーンによるカテーテル治療(BPA)を選択しますが、内科的治療では肺動脈血栓内膜摘除術のような根治は難しい現状です。

肺動脈血栓内膜摘除術は、器質化した血栓を肺動脈内膜とともに剥離し、摘除する手術です。手術によって、自覚症状や肺血流を改善する効果は非常に大きく、その後の日常生活改善が期待できます。患者さんそれぞれの体力や併存疾患、病変の形状などにより、手術の効果や危険性等を検討の上、手術適応を判断します。
 
・肺動脈血栓内膜摘除術の手術について
全身麻酔下に、胸の正中で開創し、自分の心臓と肺を代行する人工心肺装置を装着して手術を行います。肺動脈内の無血視野を得るために、人工心肺で体温を下げ低体温間欠的循環停止法を併用します。この循環停止中に肺動脈を切開し、肺動脈内の血栓を区域枝から亜区域枝にかけて、内膜ごと器質化血栓を剥離し摘除します。開通した肺動脈の枝には、肺循環再開後すぐに直接血流が流入し、肺動脈における酸素交換可能な面積の増大が得られます。心臓と肺の血流バランスを調整しながら人工心肺の機械を外し、胸の創を縫合して終了します。

治療経過の目安として、術前は2週間ほど前に入院し、術直前の検査や薬剤調整を行います。手術後は、数日間集中治療室で加療し、一般病棟に移動後3-4週間積極的にリハビリ等を行いつつ、術後のエコー検査やカテーテル検査で改善効果を判定します。
術後は、多くの方において、酸素療法や肺高血圧治療薬からの離脱が可能となり、積極的な日常生活を送って頂けるようになっています。

国内でも限られた施設で施行可能な手術ですので、治療を必要とされる方は当科まで御連絡ください。

・肺動脈造影検査:【術前】矢印:主な狭窄や閉塞病変部位

 

 

 

 


【術後】矢印部分の血流改善を認める

 

 

摘出した肺動脈血栓内膜

文責 寺澤幸枝 (診療のお問合せは寺澤まで)

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