TAVI後の伝導障害 ①左脚ブロック




心臓は通常規則正しく動いていますが、これは心臓の細胞の興奮が心房から心室へと伝わっているからです。この興奮を伝えるシステムを刺激伝導系といいます。TAVI治療において、この刺激伝導系を人工弁が圧迫することによって、刺激伝導系の障害、すなわち伝導障害が起こることがあります。伝導障害による症状は、その障害の程度によって様々です。左脚ブロックとは、刺激伝導系の中の左脚という部位が障害されること(つまり、心臓の興奮が左脚を伝わることをブロックされること)です。左脚ブロックが起こると、心臓の左心室内での興奮の伝わりが悪くなり、左心室がいびつな動きをするようになります。
左脚ブロックが生じることによる長期的な予後との関連は、まだ十分に解明されていません。

 

●伝導障害のメカニズム
TAVI後の合併症として伝導障害は頻度の高いものであり、その中でも左脚ブロックが最も多いとされています。(参考文献①)これは伝導路の解剖学的特性に起因します。右房にある房室結節から連なるHis束が膜性中隔を通り左側へと走り、膜性中隔と筋性中隔の間に出てきます。ここで左脚に分枝しますが、ここは大動脈無冠尖と右冠尖の間の基部と非常に近いところにあります。TAVI弁による圧迫によって、この伝導路に様々な程度で機械的な障害が起こり、伝導障害が発生します。また、この伝導路には個人差があることが知られており、膜性中隔が短い患者さんでは伝導障害がより発生しやすいとされています。(参考文献②)

●頻度
TAVI後左脚ブロックの発生頻度は、観察されたタイミングや、TAVI弁の種類によって異なります。前世代のTAVI弁(CoreValve、SAPIEN/SAPIEN XT)では4-65%に生じるとされ、CoreValveは18-65%、SAPIEN/SAPIEN XTは4-30%と報告されています。一般的に、自己拡張型(CoreValveシリーズ)の方が頻度が高いとされます。新世代の弁に関するデータはまだ少ないですが、SAPIEN3における発生率は12-22%と報告されています。(参考文献②)SAPIEN3と前世代のSAPIEN XTを比較した研究では、新規左脚ブロック発生率は22% vs 7.1%とSAPIEN3に多く、これはSAPIEN3の強いradial strengthとアウタースカートによるものと考察されています。(参考文献③) CoreValveシリーズのEvolut RおよびEvolut Proに関する報告はさらに少ないですが、Evolut Rで44.2%、Evolut Proで36.8%といった報告や(参考文献④)、Evolut RとEvolutProを合わせた頻度で19.2%だったという報告があります。(参考文献⑤)
 TAVI直後に生じた新規左脚ブロックは、フォローアップ中に一定の割合で改善することが知られています。(参考文献②⑥)最近の日本の研究でも、TAVI患者230人中90人に術後新規左脚ブロックが生じましたが、1か月後も左脚ブロックが持続していたのは29人であったと報告されています。(参考文献①)

●予測因子
 左脚ブロックを生じる予測因子としては、弁の種類(CoreValveシリーズ>SAPIENシリーズ)、弁留置の深さ(深いと生じやすい)、自己弁輪に対してTAVI弁が過度に大きいこと、といった手技的な要因や、既存の伝導障害、女性、冠動脈バイパス術既往、糖尿病、大動脈弁の石灰化量などの患者側の要因が指摘されています。(参考文献②)

●予後
 TAVI後新規左脚ブロックによって懸念されるものとして、高度房室ブロックへの進行や突然死といった不整脈系のイベントや、左室収縮能の低下による心不全の発症などが挙げられますが、そういった予後との関係はまだ十分に明らかにはされていません。(参考文献②⑥)新規左脚ブロックが1年後の死亡と関連していたという報告もあれば(参考文献⑦)、死亡とは関連しなかったというものもあります。(参考文献①)これは術後左脚ブロックの定義、すなわちどのタイミングで観察されたものを対象としたかということや、患者数および観察期間などの要因も影響していると思われます。新規ペースメーカー留置が必要となるリスクについても同様で、高度房室ブロックに進行してペースメーカー留置となる可能性を高めるとする報告もあれば、そうでないとするものもあります。(参考文献①②⑥⑦) 最近の日本の研究で、TAVI後新規左脚ブロックは、心不全による再入院率の上昇と関連することが報告されています。(参考文献①)

●当院で留意していること
 術前の造影CT検査をもとに、複数の医師で大動脈弁輪部の計測を行い、適したTAVI弁の種類およびサイズを決定しています。また、左脚ブロックはTAVI弁の留置位置が深いと生じやすいことが知られていますので、位置が深くなりすぎないように、術中の大動脈造影および経食道心エコーを確認して位置決定を行っています。


参考文献
① Sasaki K. et al. “Clinical Impact of New-Onset Left Bundle-Branch Block After Transcatheter Aortic Valve Implantation in the Japanese Population - A Single High-Volume Center Experience.“ Circ J. 2020 Mar 27.
② Auffret V. et al. “Conduction Disturbances After Transcatheter Aortic Valve Replacement: Current Status and Future Perspectives.” Circulation. 2017 Sep 12;136(11):1049-1069
③ Jochheim D. et al. “Aortic regurgitation with second versus third-generation balloon-expandable prostheses in patients undergoing transcatheter aortic valve implantation.” EuroIntervention. 2015 Jun;11(2):214-20.
④ Gaurav Rao. et al. “Early Real-World Experience with CoreValve Evolut PRO and R Systems for Transcatheter Aortic Valve Replacement.” J Interv Cardiol. 2019 Oct 1;2019.
⑤ Zaid S .et al. “Novel Anatomic Predictors of New Persistent Left Bundle Branch Block After Evolut Transcatheter Aortic Valve Implantation.” Am J Cardiol. 2020 Apr 15;125(8):1222-1229.
⑥ Massoullié G. et al. “New-Onset Left Bundle Branch Block Induced by Transcutaneous Aortic Valve Implantation.” Am J Cardiol. 2016 Mar 1;117(5):867-73.
⑦ Regueiro A. et al. “Impact of New-Onset Left Bundle Branch Block and Periprocedural Permanent Pacemaker Implantation on Clinical Outcomes in Patients Undergoing Transcatheter Aortic Valve Replacement: A Systematic Review and Meta-Analysis.” Circ Cardiovasc Interv. 2016 May;9(5):e003635.

 

(文責 戸部彰洋)

 


2020年05月09日|ニュースのカテゴリー:TAVI