名大病院でのCABG


【はじめに】
当院は心臓外科医が24時間常駐しており、冠動脈疾患に関わらず弁膜症や大動脈疾患の緊急手術を受け入れる体制が充実しています。治療方針の決定に際しては心臓外科、循環器内科などの多職種から構成されるハートチームでの協議によって、患者様の状態に合った最適な治療法を提供させていただいております。

【冠動脈バイパス術 CABG:coronary artery bypass grafting】
CABGは冠動脈の狭窄や閉塞により引き起こされる狭心症や心筋梗塞に対して行われる手術です。また当院は、冠動脈瘤や冠動脈起始異常に対する外科治療の経験もあります。
冠動脈疾患や、その一般的な治療法の詳細に関しては、日本胸部外科学会ホームページに記載されておりますので、ご参照ください。
http://www.jpats.org/modules/general/index.php?content_id=12#3

【カテーテル治療とCABG】
 冠動脈疾患の侵襲的治療にはカテーテル治療とCABGがあります。それぞれの治療を受けることによる利益とリスクを考慮し、患者さまの状態に合わせた治療選択が必要です。治療指針の基盤となる現在の日本のガイドラインは、冠動脈病変の重症度と糖尿病の合併の有無により層別化して推奨クラスが決定されています。
 カテーテル治療は冠動脈狭窄部位にステントを留置する治療ですが、治療後の再狭窄が問題になっていました。特に左冠動脈主幹部や近位部の場合、CABGの方がカテーテル治療より生命予後は良好で、術後心筋梗塞発症率が低いことが報告されていました。近年ではステントの改良などにより、適切に適応を決定すれば術後5年間に限ってはCABGとPCIの成績は同等であるとの報告もあります。しかし糖尿病を罹患されている、または冠動脈多枝病変や複雑病変を伴う患者さまでは、いまだにCABGの方が術後の成績に優れているのが現状です。2012年に天皇陛下(現上皇)が二枝病変であり、PCIの適応でもありましたが、CABGを受けられたことの理由の一つに「公務に早く復帰するため」と報道されていたことには、こういった背景があります。
 治療の目標、治療が含有する潜在的なリスク、患者さまの状態やご意向などから総合的に判断してハートチームの協議により治療方針を決定しております。
【当院のCABGの特徴】
①人工心肺の使用について
 CABGは人工心肺という装置を使用して心臓を停止させて吻合する方法が一般的でしたが、外科医の技術や手術器具の改良に伴い、1990年台後半から人工心肺を使用せず心臓を拍動させたまま吻合する手術(オフポンプCABG)が普及しています。心臓を拍動させたまま吻合するため手術の技術的難易度は上がり、オフポンプCABGは欧州や北米ではCABG全体の約20%程度にとどまりまる一方、日本では約60%に行われている現状は、日本の心臓外科の技術力の高さを裏付けています。
 人工心肺の使用により、全身に炎症が生じることによる体内の臓器機能の低下や免疫力の低下、上行大動脈の操作に伴う脳梗塞、凝固因子の消費による出血傾向などの合併症が懸念されます。よってハイリスク症例と呼ばれる上行大動脈や頸動脈に高度粥状硬化病変を有し脳梗塞の危険の高い症例(図1)、低肺機能(図2)、腎機能不全、80歳以上の超高齢者などにはオフポンプCABGが良い適応とされます。実際オフポンプCABGでは、このようなハイリスク症例の早期死亡リスクが低く、脳梗塞や術後腎機能障害を減少させることが確認されています。
 その一方で、冠動脈の直径が著しく細い場合には吻合の精度が低下し、心表面の脂肪の深い部分や心筋内に走行している冠動脈は拍動したまま探すことが困難であり、低心機能や高度弁膜症を有する場合には、吻合のために心臓を脱転することで全身の循環が維持できなくなる危険があります。つまり手術方法には一長一短があり、患者さまの状態に合わせて適切な方法を選択することが重要です。
 当院では、術前に全身精査を厳格に行い、人工心肺を使用することに問題のない患者さまには、吻合の精度高めるため人工心肺を使用して吻合する方法を第一選択としています。また上述したように、人工心肺を使用することで危険性が増加する患者さまにはオフポンプCABGを積極的に行っております。
②グラフトの選択について
 冠動脈に吻合する血管のことをグラフトといいます。一般に動脈グラフトの方が静脈グラフトに比べて、長期開存性に優れているとされます。使用可能なグラフトとして、内胸動脈、橈骨動脈、右胃大網動脈、大伏在静脈があります。
 どのグラフトを冠動脈のどの部位に吻合するかは、施設により治療方針は様々です。または冠動脈の狭窄度の度合は、術後のグラフト開存性に影響を与えます。
 この中で左前下行枝に対する左内胸動脈の使用は、15年を超える超長期にわたる経過観察期間でも開存率が90%以上と安定した成績が世界各施設から報告され、当院でも第一選択としています。左回旋枝領域には、右内胸動脈を積極的に使用する方針としています。左心系のバイパスに長期開存性が期待できる内胸動脈を使用することで生命予後が改善すること、中枢吻合が不要であることから上行大動脈操作に伴う脳梗塞の危険を減ずることができることが利点としてあげられます。特に若年者には積極的に動脈グラフトを使用し、長期開存性を期待しています。(図3)その一方で両側内胸動脈の使用は胸骨への血流を低下させ、術後胸骨創感染のリスクを増加させるとされています。内胸動脈の採取には胸骨感染が比較的少ないskeletonized法を用いていますが、糖尿病、女性、BMI(ボディマス指数)が高い患者さまでは、特にそのリスクが高いとされ適応に留意しています。右冠動脈領域のバイパスには、動脈グラフトとして右胃大網動脈を用いています。ただし大動脈と比較してグラフト内圧が20%低いとされる右大網動脈は、冠動脈の狭窄度が低いと血流が競合して閉塞のリスクがあります。よって狭窄度が比較的強い冠動脈に右胃大網動脈を使用しています。動脈グラフトが使用困難な部位には大伏在静脈を使用しています。採取や使用する長さの調節が容易であることからCABGにおいて重宝するグラフトです。一般的に長期開存性が問題とされますが、近年静脈周囲の組織をつけたまま採取する方法や、採取後に静脈を拡張しないことで長期開存性が改善しているとの報告もあり、当院でも採取法には留意しながら使用しています

文責 伊藤英樹

2021年02月01日|ニュースのカテゴリー:cardiac