僧帽弁置換術後のTAVI

僧帽弁置換術後のTAVI

心臓手術歴のある患者さんに対する二度目以降の心臓手術(いわゆる、Re-do)は、周術期リスクが高くなります。(参考文献①、②) これは僧帽弁置換術後の患者さんに外科的大動脈弁置換術を行う場合も当てはまると考えられます。しかしある研究では、過去に僧帽弁の手術を受けた方の5%に、フォローアップ中に大動脈弁疾患を発症し外科的大動脈弁置換術が必要となることが報告されており、頻度としては決してまれというわけではありません。(参考文献③) このような背景から、過去に僧帽弁置換術などの心臓手術歴のある患者さんが高度大動脈弁狭窄症を発症した場合、より低侵襲のTAVIはリスクを減らせる治療となる可能性があります。

●僧帽弁置換術後のTAVIのリスク、合併症
一方、僧帽弁置換術後のTAVIも手技的な難易度は高くなります。それは、TAVI弁と人工僧帽弁が干渉しうるためです。具体的には、TAVI弁留置中に人工僧帽弁に接触することで、TAVI弁の位置がずれたり、TAVI弁の拡張不良を起こすことがあります。また、人工僧帽弁の開放制限をきたすこともあります。TAVI弁の位置のずれは、特に問題とならない程度のものから、大きくずれて2個目のTAVI弁を重ねて留置することを要したり、塞栓といって大動脈内に移動してしまうこともあります。海外の報告では、僧帽弁置換術後のTAVI患者91人中6人(6.7%)にTAVI弁の塞栓を認めました。これは僧帽弁置換術後ではないTAVI患者より有意では無いものの多い傾向がありました。(参考文献④) 日本からの報告では、僧帽弁置換術後のTAVI患者31人中、TAVI弁の塞栓を認めたのは0人、TAVI弁の位置のずれは9人(29.0%)、人工僧帽弁の開放制限は1人(3.2%)に認めました。いずれの症例においても2個目のTAVI弁や開胸手術は要しませんでした。(参考文献⑤)

 また、僧帽弁置換術後のTAVI患者さんでは、出血性合併症が多いことが知られています。これは心房細動の合併や人工僧帽弁に対するより厳格な抗凝固療法、DOACではなくワーファリンを使用することといった要因があると思われます。(参考文献④、⑤)

●TAVI弁の移動・塞栓の予測因子
TAVI弁の移動・塞栓を引き起こす重要な要因として指摘されているのは、大動脈弁輪と人工僧帽弁の距離の短さです。この距離が短いとTAVI弁と人工僧帽弁がお互いに干渉しやすくなります。他には、TAVI弁のサイズが大きいとステントフレームが長くなり僧帽弁と干渉しやすくなったり、人工僧帽弁が左室流出路へ突出していると干渉しやすくなることが指摘されています。(参考文献④、⑤)

●留意すべきポイント(参考文献④、⑤)
①術前のCT計測
 僧帽弁置換術後のTAVIを行う上で、術前のCT評価は非常に重要です。大動脈弁輪と人工僧帽弁の距離を計測することで、TAVI弁と僧帽弁が干渉するリスクを予測したり、TAVI弁をどの程度の深さに留置すべきかをイメージすることができます。

②TAVI弁留置の深さ
 TAVI弁を深く留置しすぎると、人工僧帽弁と干渉し、上記の合併症を引き起こす可能性があります。一方、高く留置しすぎると、大動脈弁輪部に固定されず塞栓を起こす危険性があります。この両者を意識して留置位置を決定します。

③弁留置時
 バルーン拡張型TAVI弁(SAPIENシリーズ)の場合、ゆっくりとTAVI弁を拡張させて留置させた方が、位置のずれを予防できると言われています。自己拡張型生体弁(Evolut R/Pro)の場合は、弁のリリース前に再収納して位置調整が可能なので、最適な位置となるまで位置調整を行います。ただし、最終リリース時に位置がずれるリスクもあると言われています。

④麻酔管理
 全身麻酔で呼吸を管理した方が、呼吸による位置のずれを最小限にできると考えられます。また、全身麻酔下であれば、経食道心エコーも使用でき、より詳細な評価が可能です。

文責:戸部彰洋


参考文献
① Rankin JS, et al. “Determinants of operative mortality in valvular heart surgery.” J Thorac Cardiovasc Surg. 2006;131:547-57.
② Lung B, et al. “A prospective survey of patients with valvular heart disease in Europe: The Euro Heart Survey on Valvular Heart Disease.” Eur Heart J. 2003;24:1231-43.
③ Vaturi M, et al. “The Natural History of Aortic Valve Disease After Mitral Valve Surgery.” J Am Coll Cardiol. 1999;33:2003-8.
④ Amat-Santos IJ, et al. “Prosthetic Mitral Surgical Valve in Transcatheter Aortic Valve Replacement Recipients : A Multicenter Analysis.” JACC Cardiovasc Interv. 2017;10:1973-1981.
⑤ Tanaka M, et al. “Previously implanted mitral surgical prosthesis in patients undergoing transcatheter aortic valve implantation: Procedural outcome and morphologic assessment using multidetector computed tomography.” Plos One. 2019 Dec 26;14(12):e0226512.

2020年09月09日