4. 血栓・止血研究

松下正教授(輸血部)、鈴木伸明講師(輸血部)、兼松毅病院助教(検査部)、岡本修一助教(保健学科)

出血性疾患及び先天性血栓性素因の研究を通じて、血栓・止血機序の解明に貢献することを目指しています。特に出血性疾患においては先天性血友病、先天性フォン・ヴィレブランド病(von Willebrand Disease:VWD)の研究を精力的に行っており、先天性血栓性素因の研究については北海道大学大学院保健科学研究院(田村彰吾准教授)との共同研究で、アンチトロンビン、プロテインC、プロテインSなど、すでに知られている先天性血栓性素因の遺伝子診断のほか、原因不明に血栓症を多発発症する家系について原因解明を追及しています。
今までは当院を受診した患者さんを主に対象としてきましたが、令和5年度より他施設を受診された患者さんにも遺伝子解析を受けていただける体制を構築いたしました。詳しくはJapan Thrombosis and Haemostasis Research Consortium : J-THReC (血栓止血研究コンソーシアム)のHP(https://j-threc.jp/)をご参照ください。

先天性血友病

名大病院は全国でも有数の血友病診療施設(血友病診療連携ブロック拠点病院)であり、新たな治療法につながる研究を行うことも責務の一つです。そのため、多くの患者さんから研究同意を得た上で、臨床研究から遺伝子レベルの基礎研究まで幅広い研究を行っています。最近は凝固因子製剤の性能向上のため、血友病患者さんも大きな手術を受けられることが増えてきましたが、我々は安全な周術期止血管理を実現するため、凝固因子製剤の性質について研究を行い、凝固因子の薬物動態が製剤毎に異なることなどを発表しました(Haemophilia 2015,2017)。さらに近年は血友病患者さんの高齢化に伴う諸問題も議論されるようになっており、当グループでは多施設共同研究に参加し、血友病患者さんの高齢化に関する研究を開始しました。また凝固因子活性の測定法には合成基質法と凝固一段法の2種類がありますが(図5)、我々はこれらの測定法の検査的な特徴について検討を行い発表しました(IJLH 2019)。この2つの測定法の臨床的な意義ですが、今までに関節内出血を経験したことがない血友病A患者さんを対象にレントゲン評価を行った所、一定数の患者さんに血友病性関節症の進行が認められ、このような患者さんでは合成基質法での測定値が、凝固一段法での測定値よりも高値であるという特徴が見られました(Thromb Res 2020)。したがって、現在、当院ではこの2つの測定法による血友病重症度評価を行い、治療方針の立案に役立てています。今後もこの2つの活性測定法で差がみられることの意義について検討していきます。

【図5】 PDF

第VIII因子活性の二つの測定法
先天性フォン・ヴィレブランド病(von Willebrand Disease:VWD)

von Willebrand病(VWD)は、von Willebrand因子(VWF)の量的・質的異常によって止血異常をきたす疾患です。VWFは主に血管内皮細胞から産生・分泌される糖蛋白質で、血管損傷部位における血小板粘着や第VIII因子の安定化を担っています。

当グループでは、VWFの構造・機能の解析を通してその本質に迫ってきました(JBC 2000 2002、BBRC 2006、IJH 2008 2018)。得られた知見を基盤に、近年ではVWDの分子病態の解明に取り組んでいます、次世代シークエンス法を用いた病因遺伝子の解析、endothelial colony forming cell(ECFC)による血管内皮細胞レベルでのVWF発現の評価、Multimer解析による多量体構造の評価手法を確立しています(図6)。従来のVWF抗原量や活性値の測定にも改良を重ね、VWDの体系的な分子病態解析の実現を確立しつつあります。実際に、VWFの完全欠損型として知られるType3 VWDにおいて、微量のVWFが発現しているp.Gly2752Ser変異を報告し、Type3 VWDにはより複雑で多様な分子病態が含まれる可能性を示しました(JTH 2022)。Type3 VWDの止血治療はVWF含有製剤による補充療法一択であり、出血症状に応じた製剤選択、その投与量や投与間隔を設定することが止血治療の最適化に重要です。その根拠を分子病態に求め、患者さんの病態に即した止血治療の実現を目指します。

【図6】 PDF

ECFCによる血管内皮レベルでのVWF発現の評価
先天性血栓性素因

北海道大学大学院保健科学研究院(田村彰吾准教授)との共同研究による遺伝子解析の他、ヒトでは研究が難しい領域においてはマウスモデルを用いた解析を行っています。一例として、私たちはアンチトロンビンに抵抗性を示すことにより、血栓傾向を示すプロトロンビン異常症を発見しましたが(N Engl J Med 2012)、この遺伝子変異が他の先天性血栓性素因と比較して、どの程度血栓を発症するリスクが高いのかを調べるため、この遺伝子を持つマウスを作製して、ほかの先天性血栓性素因を持つマウスとの比較検討を行っています。

出血性疾患及び先天性血栓性素因の研究を通じて、血栓・止血機序の解明に貢献することを目指しています。特に出血性疾患においては先天性血友病、先天性フォン・ヴィレブランド病(von Willebrand Disease:VWD)の研究を精力的に行っており、先天性血栓性素因の研究については保健学科 血液・遺伝子研究室(田村彰吾講師)との共同研究で、アンチトロンビン、プロテインC、プロテインSなど、すでに知られている先天性血栓性素因の遺伝子診断のほか、原因不明に血栓症を多発発症する家系について原因解明を追及しています。