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膵臓外科

膵がんとは?

 膵がんは一般的に膵臓から発生したがんのことを指します。膵臓はちょうど胃の後ろ側に位置する20cmほどの扁平な臓器で、右側は少し膨らんだかたちをしており頭部といいます。またそれ以外の部分は二等分され真ん中の部分を体部、左側の部分を尾部と呼びます(図1)。膵臓の働きは大きく2つにわかれます。ひとつは外分泌機能といい、これは脂肪、糖質やたんぱく質の分解に必要な膵液という強力な消化液を分泌するはたらきです。膵液は主膵管という2~3mmほどの管に流れ込み、十二指腸乳頭部というところに開口してここで食物と混ざり合って消化が行われます。膵管の開口部と同じ部位に胆管という肝臓から続く管も開口します。これは肝臓で作られた胆汁という黄色の液を排出する管で、この胆汁には脂肪の吸収を助ける働きがあります。このように十二指腸乳頭部は膵液と胆汁排出を担うという消化管のなかでも重要な働きをおこなっています。膵臓のもうひとつの働きは内分泌機能といい、これは血糖を下げる作用のあるインスリンや血糖を上げる作用のあるグルカゴンというホルモンを分泌するものです。特にインスリンはわれわれの体の中で唯一血糖を下げるホルモンです。
 一般的に膵がんとよばれるものは膵管の上皮から発生し「膵管がん」とも呼ばれます。膵がんは消化器系のがんの中でも最も予後不良のがんと言われており、日本人のがんによる死因では、肺、胃、大腸、肝がんに続いて第5位に位置します(平成16年厚生労働省人口動態統計による)。予後不良の要因には、膵臓が背側にある臓器(いわゆる後腹膜臓器)であるために症状が出にくく検査でもみつけにくいため発見時にはすでに進行していることが多い、膵がんのがん細胞そのものの悪性度が非常に高く、小さくても容易に浸潤(神経や血管などの膵臓のまわりにある組織にひろがること)や転移(血液やリンパ液の流れにがん細胞がのって肝臓やリンパ節にひろがること)を起こしやすいなどが挙げられます。近年の画像診断の進歩により比較的早期の膵がんも発見されるようになりましたが、胃や大腸の早期がんのように治療により良好な予後が得られるところまでは残念ながらいたっていません。

原因は?

 一般的に膵がんは遺伝性の発生はないと言われていますが、さまざまな因子が膵がんの発生と関連することがわかっています。たとえば膵がんは男性に多くだいたい女性の1.5~1.7倍の発生率と言われています。また酒やコーヒーなどとの関係はないと考えられていますが、喫煙は明らかに危険因子になります。そのほか、慢性膵炎や糖尿病との関連も報告されています。

症状は?

 先に述べたように、膵臓は後腹膜臓器であるためいわゆる腹痛というものを起こしにくく、症状の発現がしばしば遅れます。よく見られる症状としては体重減少、食欲不振、背部痛などありますがどれも膵がんに特異的なものではありません。またこれらの症状が出現した時点ではすでに進行していることが多いため、定期的な検診でできるだけ早期にがんを発見することが重要です。
 症状はがんの発生部位により大きく異なります。膵がんの3分の2以上は膵頭部に発生しますが、この部位には十二指腸、胆管、膵管があるため、これらへの浸潤の仕方によりさまざまな症状をきたします。十二指腸に浸潤した場合は狭窄による通過障害が起こり吐き気、嘔吐などの症状がでます。また胆管は膵頭部の裏側を通っており、容易にがんの浸潤をうけ狭窄をきたします。これにより肝臓で作られた胆汁の流れが閉ざされ、胆汁が肝内にうっ滞することによる肝機能障害、さらにはこの胆汁の排泄不良あるいは血液内への逆流が起こって黄疸になります。また胆汁が腸へ流れないので、便が白色になります。また、膵管が狭窄されると膵液の流れが不良となり膵炎になることもあります。この膵炎が持続するとやがて膵臓の外分泌機能だけでなく内分泌機能まで障害され、インスリンの分泌が不良になり糖尿病にもなります。
 膵頭部に発生したがんに比べ膵尾部に発生した癌は比較的症状を起こしにくいといわれています。そのため発見も遅れてしまい、診断された時点ではすでに手術不能であることもしばしばあります。膵臓は大動脈という太い動脈の前に位置していますが、この大動脈の周囲には神経叢という神経組織があります。これらにがんの浸潤が及んだ場合、神経支配部位に関連した痛みを起こします。さきに述べたように膵臓は背中側にある臓器であるため背中の痛みを訴える患者さんが多いようです。

検査、診断法は?

 膵がんを診断するためには、血液検査、各種画像診断、細胞あるいは組織生検などを行います。
血液検査
 血液検査では血糖の上昇、膵酵素の一つであるアミラーゼの上昇などが発見の契機になることがあります。またCEA、CA19-9、DUPAN、SPAN-1などの腫瘍マーカーが異常値を示すこともあります。しかし、これらは腫瘍量がある程度の大きさにならないと高値にならないので、早期発見には適していません。また最近では膵がんを持つ患者さんの血液に特異的に発現するたんぱく質を網羅的に解析することにより、高精度に膵がんの存在を判定しようとする研究も盛んにすすめられていますが、まだ試験段階で、一般化するにはもう少し時間がかかりそうです。
 膵がんはもともと膵管の上皮から発生するため、膵管の内腔を造影剤で描出する直接膵管造影は診断に有用です。特によく行われるのは内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP, Endoscopic Retrograde Cholangiopancreatography)というもので、内視鏡下に十二指腸乳頭部から造影剤を注入して膵管を直接造影するものです。またこの検査と同時に、膵管内に細い超音波プローベを挿入し膵管内超音波検査を行うこともできます。しかしこの検査は、膵管に過大な圧力が加わることによる膵炎を合併することがあり、比較的侵襲の大きな検査といえます。
膵液細胞診、膵管上皮生検
 ERCP施行時に膵液中に浮遊している細胞を採取したり、膵管上皮をブラシでこすって得られた細胞を顕微鏡で観察することによりがんの存在を証明できることがあります。またFNAB(Fine Needle Aspiration Biopsy)といって、内視鏡下に膵臓へとても細い針を刺し、そこから細胞を吸引採取する方法もあります。
各種画像診断
 画像診断で最も代表的なものはComputed tomography(CT)です。CTの最近の進歩はめざましく、multiple drive CT(MD-CT)という器械を用いると、体の断面を0.5mmスライスでみることも可能です。また特殊な画像処理により多方面からの断面像を再構築したり、立体画像を作ったりすることも可能です。これにより今まで発見することができなかった微小な膵がんも発見できるようになりました。しかし、このMD-CTにも限界があり、1cm以下の腫瘤の同定はいまだ困難だと思われます。
 CTと並んでMagnetic resonance imaging(MRI)も有用な画像診断法です。この検査法では、CT検査と違ってX線を使わないのでより安全に検査が行えるという長所はありますが、CT検査よりもさらに高価で、撮影に時間がかかるという短所もあります。MRIの撮影法の1つであるMRCP(magnetic resonance cholangiopancreatography)は、従来の胆道系検査である内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)に匹敵する画像が得られ、されにERCPに比べ侵襲が少ない検査方法であるため膵胆道系検査の主流となりつつあります。
 FDG-PET(18F-fluorescense Deoxyglucose-Positron Emission Tomography)も膵がんの発見に有効です。これは、がん組織では細胞増殖が盛んに行われているため糖代謝が亢進していることを利用したものです。しかし、膵炎などの炎症性疾患でも局所での糖代謝は亢進しているので、がんとの鑑別が困難な事があります。

治療法は?

 治療法は大きく分けて、手術療法、化学療法、放射線療法に分かれますが、この中で唯一根治が期待できるのは手術療法だけです。化学療法や放射線療法は手術後の再発予防や手術不能例、再発例に対して腫瘍の進展をできるだけおさえるのを目的としたいわゆる姑息的治療として用いられます。すなわちあくまでも補助的治療です。
手術療法
 手術方法はがんの発生部位により異なります。膵がんは膵頭部に発生することが多いので(約70%)、膵頭十二指腸切除術という方法がよく行われています。これは膵頭部とともにこれに近接する十二指腸や胆管を同時に切除する方法で、体に対する侵襲はかなりなものになります。したがって以前は合併症も高率に発生する比較的リスクの高い手術でした。しかし近年は手術技術、術前術後管理の向上により術後の合併症、手術関連死の発生率はきわめて低くなりました。膵頭部、十二指腸、胆管を切除するため、十二指腸を通る食物の通り道、膵管や胆管を通る膵液や胆汁の排出口をつくってやらなければなりません。この作業を再建と言います。膵頭十二指腸切除術後の再建方法に関してはいろいろなやり方が提唱されていますが、どの方法も大きな違いはないようです。ただ、再建をしたといっても消化管の構造が術前の状態にもどるわけではありませんから、栄養の分解吸収や血糖のコントロールなどはどうしても悪くなります。また消化管切離の方法も胃を全て残す方法(幽門輪温存膵頭十二指腸切除術)や胃のほとんどを残す方法(亜全胃温存膵頭十二指腸切除術)や胃の3分の2を切除する方法までさまざまです。
 膵がんが膵の尾側に発生した場合は膵体尾部切除+脾合併切除術が行われます。この術式の場合、膵頭十二指腸切除術と違い、消化管と膵管や胆管の吻合がないので術後の合併症発生は少なと思われます。
化学療法
  近年膵がんに対する化学療法としてジェムザール(Gemcitabine)という薬がよく使われるようになりました。これにより、再発あるいは切除不能膵がんの生命予後が延長したという報告が散見されます。さらに最近はジェムザールと他の抗がん剤を併用する治療もいろいろ試されておりさらなる予後改善が期待されています。しかしながら、さきにも述べたように、抗がん剤による治療はあくまで補助的なもので、手術のように根治を期待できることはありません。
放射線療法
  膵がんには抗がん剤と同様に放射線療法も盛んに行われています。ただ膵がんは、放射線単独療法に対してはあまり感受性が高くないため、化学療法と併用して行われることも多くあります。放射線療法には開腹手術中に直接局所へ照射する術中照射や体外から照射を行う方法があります。しかし、これらもまた根治を期待できるほどのものではありません。

まとめ

 膵がんの予後は非常に不良で、たとえ手術を行っても治癒に至らしめることは難しいといえます。膵がんに対する外科的治療法には限界があり、今後は従来の化学療法や放射線療法に代わる新たな治療戦略とともにできるだけ早期に膵がんを発見する検査法の開発が期待されます。