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日本初の新生児マススクリーニング検査が 重症複合免疫不全症の赤ちゃんの早期診断と治療に貢献

 名古屋大学大学院医学系研究科小児科学の髙橋 義行教授、村松 秀城講師、若松 学大学院生、藤田医科大学小児科学の伊藤 哲哉教授、愛知県健康づくり振興事業団総合検診センター診療検査課の酒井 好美らの研究グループは、2017年から愛知県で出生した赤ちゃんを対象に、全国に先駆けて大規模な重症複合免疫不全症(SCID)およびライソゾーム病に対する新生児マススクリーニング検査を開始し、2021年5月までの約4年間で11万人以上の赤ちゃんの検査を行いました。このたび、国内で初めて、無症状の赤ちゃんをスクリーニング検査によりSCIDと診断することに成功しました。赤ちゃんは、診断後すぐに入院管理を開始し、重篤な感染症に罹患することなく、生後4か月時に臍帯血移植を行い、免疫機能の回復を認め元気にすくすく大きくなっています。臍帯血移植後3か月が経過し、今週、無事退院となります。

 SCIDは、様々な病原体から体を守ってくれるTリンパ球やBリンパ球がうまく働かないため、乳児期から肺炎などの重篤な感染症を発症する原発性免疫不全症です。根治的な治療法である造血細胞移植が行われなければ、生後1年以内に亡くなってしまいます。また、重篤な感染症を発症したあとでは、造血細胞移植の治療成績が悪くなってしまうことが知られています。海外では、Tリンパ球が新しく作られる際に産生されるT-cell receptor excision circle(TREC)を測定する新生児マススクリーニング検査が広く行われており、すでに大勢のSCIDの赤ちゃんの命を救っています。しかしながら我が国では、SCIDは公的な新生児マススクリーニングの対象疾患に含まれていません。

そこで我々は、2017年4月から愛知県内で出生した赤ちゃんを対象として、TRECを用いたSCIDの新生児マススクリーニング検査を開始しました。今回、日本で初めてSCIDの赤ちゃんの早期診断・早期治療に成功しました。

SCIDに対する新生児マススクリーニングは、赤ちゃんの命を救うことができる非常に有用な検査であると考えられます。本検査が、無料で受けられる公的新生児マススクリーニングの項目として採用され、日本で生まれる全ての赤ちゃんが恩恵を受けられる日が来ることを期待しています。

ポイント
○ 重症複合免疫不全症(SCID)は、生後早期に重篤な感染症を発症し、根治的な治療が行われないと生後1年以内に致命的となる原発性 免疫不全症です。

○ 愛知県では2017年から全国に先駆けてSCIDおよびライソゾーム病に対する新生児マススクリーニング検査を開始し、約4年間に11万例 以上の検査を行いました。その結果、今回初めて無症状のSCIDの赤ちゃんの早期診断に成功しました。

○ SCIDと診断された赤ちゃんは、生後4か月時に臍帯血移植を行い、免疫機能の回復を認めました。臍帯血移植から3か月経過した今週、 元気に退院する予定です。

1.背景

新生児マススクリーニングは、知らずに放置しておくと命にかかわるような疾患を、症状が出現する以前に見つけて予防する取り組みの一つです。新生児期にスクリーニング検査を行うことで、対象となる疾患の患児を生後早期に同定し、適切な治療介入をすみやかに行うことで、健常児と同じような生活を送ることができます。現在、24疾患が公的新生児マススクリーニングの対象疾患に指定されており、これまでに大勢の赤ちゃんの命が救われています。

重症複合免疫不全症(SCID)は、Tリンパ球やBリンパ球などが正常に機能しないために重篤な感染症を発症し、根治的な治療法である造血細胞移植が適切な時期に行われない場合には、生後1年以内に重篤な感染症を発症し致死的な経過をとります。SCIDの赤ちゃんを、重篤な感染症を発症する以前に診断・治療開始するために、新生児マススクリーニング検査を行う取り組みが、海外では始まっています。米国のカリフォルニア州では、正常Tリンパ球が新たに作られるときにできるT細胞受容体切除サークル(TREC)の測定を約300万人の新生児に対して実施しました。結果として、およそ5万人あたり1人の新生児をSCIDと診断することができたと報告しています。しかしながら、日本ではこれまで公的な新生児マススクリーニング検査の対象疾患にSCIDは含まれておらず、家族例を有する症例以外は全例、生後早期に重篤な感染症を発症してから診断され、治療成績は満足できるものではありませんでした。また、診断前にロタウイルスワクチンなどの生ワクチンが接種され、重篤な合併症を来した症例も経験しています。

このような背景からSCIDの新生児を生後早期に診断し、早期に治療介入を行うために、我々は2017年4月より愛知県内で出生する新生児を対象に、SCIDに対する新生児マススクリーニング検査を有料のオプショナルスクリーニング検査として開始しました。本スクリーニング検査は、名古屋大学医学部附属病院小児科、藤田医科大学医学部小児科、愛知県健康づくり振興事業団と協力して、実施しました(1)。

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2.研究成果

2017年4月から2021年5月までの約4年間に、愛知県内で出生したすべての新生児のうち、57.2%に相当する117,717例の新生児に対して、TREC新生児マススクリーニング検査を行いました。2021年の現時点では、県内の出産できる病院もしくは産科施設154施設のうち109施設で、TRECスクリーニング検査を受けることができます(https://www.ard-net.com/shisetu/)。

本スクリーニング検査では、公的マススクリーニング検査と同様に乾燥ろ紙血を用いて検査を行います。乾燥ろ紙血からDNAを抽出し、TREC測定を行いました。全体の0.11%(125例)がカットオフ値(30コピー/µL)以下のTREC値を示し、名古屋大学小児科で精密検査(リンパ球サブセット解析と原発性免疫不全症に関連する遺伝子解析)を行いました。この結果、日本で初めて新生児マススクリーニング検査により、無症状の新生児をSCIDとして早期診断することに成功しました。

患児は胸部レントゲン写真で胸腺の欠損を認め、生まれつきTリンパ球とNK細胞が欠損していました。遺伝子解析でIL2RG遺伝子変異が認められたことから、生後28日にIL2RG-SCIDと確定診断しました。患児は適切な感染予防策により無症状のまま経過し、生後4か月時にブスルファンとフルダラビンによる移植前処置後に、臍帯血移植が行われました(2)。重篤な移植関連合併症を認めることなく、ドナー由来のTリンパ球とNK細胞数の増加が確認されました。臍帯血移植から3か月経過した今週、元気に退院する予定です。

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3.今後の展開

愛知県内で大規模に開始したSCIDに対するTREC新生児マススクリーニング検査を通じて、日本で初めてSCID新生児の早期診断に成功し、重篤な感染症に罹患することなく造血細胞移植へ繋げることができました。全国に先駆けて愛知県で開始されたTREC新生児マススクリーニング検査は、現在他の道府県にも広がりをみせています。日本全国の赤ちゃんがこの新生児マススクリーニングの恩恵を受けられるように、無料で受けられる公的マススクリーニングの対象疾患としてSCIDが一日も早く指定されることを期待しています。

4.用語説明

Tリンパ球;抗原を提示する細胞と連携し、免疫反応を調整するリンパ球。

Bリンパ球:抗原やTリンパ球を介した刺激により、抗体産生を行うリンパ球。

ナイーブT細胞;抗原にさらされたことのないTリンパ球。

NK細胞;体内でウイルスに感染した細胞などを排除する働きを持つリンパ球。

重症複合免疫不全症; T、またはBリンパ球等が欠損し、重篤な感染症を発症する原発性免疫不全症。

臍帯血移植;臍帯血の造血幹細胞を移植し、造血機能を正常にする治療。