腫瘍病理学 分子病理学分野(旧第二病理学講座)

名古屋大学医学部・大学院医学系研究科 神経疾患・腫瘍分子医学研究センター

研究内容

研究内容
研究内容01
Akt基質GirdinやGPIアンカー分子CD109が関わる生命現象の理解とその分子メカニズム
研究内容02
Stromal biology:間質を構成する細胞の多様性に着目したがんおよび線維化疾患の本態理解
研究内容03
線維芽細胞の本態の解明とメカノパソロジー

研究内容01

Akt基質GirdinやGPIアンカー分子CD109が関わる生命現象の理解とその分子メカニズム

これまでRet等の増殖因子受容体の下流で活性化するAktキナーゼの基質としてGirdin(Girders of actin filament)を、また同受容体の下流で発現が増強する分子としてCD109を同定し、それらの機能に関する研究を展開してきました。Girdinはアクチン結合分子あるいは多くの結合分子を有するハブ分子であり、細胞の移動、極性、選択的膜輸送、代謝に関わる分子であることを報告してきました(総説: Weng et al., Cancer Sci 101:836-42, 2010)。また遺伝子改変マウスや病理組織検体の解析から、Girdinが神経芽細胞あるいはがん細胞の集団的移動あるいは浸潤(collective migrationあるいはcollective invasion)を制御する分子であることを明らかにしてきました(総説: Wang et al., Pathol Int 66:183-92, 2016)。また統合失調症の感受性遺伝子であるDisrupted-In-Schizophrenia 1(DISC1)と結合し、海馬歯状回の神経芽細胞の適切な位置決定に関わることも示してきました(図1)
 CD109はGPIアンカー型膜分子で、正常の表皮基底細胞、筋上皮細胞、血管内皮細胞に発現していますが、多くのがんではがん細胞に高発現することが特徴です(総説: Mii et al., Pathol Int 69:249-259, 2019)。受容体やマトリックス関連分子と結合して複数の増殖因子群のシグナル伝達を調節していることがわかってきました。脳グリオーマでは、CD109は腫瘍幹細胞(brain tumor stem cell)に発現し、その幹細胞性に寄与する分子であることも明らかにしました。最近の検証ではCD109は肺腺がんの浸潤マーカーであり、間質におけるTGF-の活性化制御因子であることがわかってきました(図2)。そのため、最近では新規抗がん剤開発のための分子標的としても期待されています。現在は、これらの分子とそのファミリー分子が寄与する生命現象とそのメカニズムをさらに深く理解することを目標として研究を継続しています。

図1

Girdinの結合分子と機能

図2

肺がんにおけるCD109の発現。浸潤部(invasive front; 左側)に高度に発現している様子がわかる。

研究内容02

Stromal biology間質を構成する細胞の多様性に着目したがんおよび線維化疾患の本態理解

がんの間質(=上皮細胞以外の領域)にはがん関連線維芽細胞(CAF; cancer-associated fibroblasts)が増生し、特に膵がんをはじめとした高悪性度のがんではその傾向が顕著です。また加齢、組織損傷・治癒、あるいは慢性炎症に伴う多くの臓器の機能低下も間質の線維芽細胞の増加(線維化)が鍵を握っています。近年、このような間質に増生する線維芽細胞には機能多様性があることがわかってきました(総説: Kobayashi et al., Nat Rev Gastroenterol Hepatol 16:282-295, 2019; Ando et al., Cancers 14:3315, 2022; Shiraki et al., Nagoya J Med Sci 84:484-496, 2022)。最近、私達は、がんの抑制、損傷組織の修復、および線維化の抑制において重要な働きをする線維芽細胞のマーカーとしてMeflinを同定しました。Meflin陽性CAFは膵がんを抑制する機能を有すること(Mizutani et al., Cancer Res 79:5367-5381, 2019; Miyai et al. Cancer Sci 111:1047-1057, 2020)(図3)、および肺がんにおいて免疫チェックポイント阻害薬の効果を増強すること(Miyai et al., Life Sci Alliance 5:e202101230, 2022; 榎本ら, 実験医学 2022年10月号 40(16):2580-2586, 2022)を明らかにしてきました。
 また、Meflinは心筋虚血をはじめとする組織障害時の修復に重要であることもわかってきました(Hara et al., Circ Res 125:414-430, 2019)(図4)。加えて、Meflin遺伝子の欠損マウスに心不全を誘導すると、心臓の硬化を特徴とする心不全の一型(HFpEF; 左室駆出率の保たれた心不全あるいは拡張性心不全)を発症することが判明しています(Hara et al., 2019)。今後は様々な病態における線維芽細胞および間質の多様性とその意義についてさらに多くの分子に着目して解明をすすめるとともに(stromal biology)、新規治療法の開発に向けた研究もすすめたいと考えています。

図3

膵がんにおけるMeflin陽性線維芽細胞(赤)と平滑筋アクチン陽性線維芽細胞(緑)

図4

マウス心筋梗塞部位において増殖するMeflin陽性線維芽細胞(レポーターマウス)

研究内容03

線維芽細胞の本態の解明とメカノパソロジー

Meflinは未分化な状態の間葉系幹細胞(MSC; mesenchymal stromal/stem cells)に特異的なマーカーとして同定された分子です(Maeda et al., Sci Rep, 6:22288, 2016; Hara et al., Genes Cells 26:495-512, 2021)。上述のように線維芽細胞の亜群にも発現しています。線維芽細胞は組織の構造維持に必須な細胞の一つですが、近年では組織幹細胞のニッチとして機能すること、あるいは各臓器の生理的機能に必須な役割を有することも示されてきました。一方、線維芽細胞の形質変化は周辺環境の硬化を誘導し、そのメカノストレスによってさらに線維芽細胞の機能や遺伝子発現が変化します。このことは様々な疾患の病態や老化のしくみと深い関連があると考えています。線維芽細胞の遺伝子発現プロファイルを検証すると、「線維芽細胞」と呼ばれている細胞の本態はまだ未解明な点が多いこともわかってきました。今後は未分化MSCや線維芽細胞の本態とその変容の意義について、病理形態学を中心としたアプローチによって取り組んでいきたいと考えています。
 また、ヒトの病態をメカノストレスや硬さの観点で理解するメカノパソロジー(mechanopathology)の視点も研究に取り入れています。最近では、線維芽細胞の形質を人為的に改変すると、膵がんの間質の硬さの低下に伴って薬物送達(drug delivery)が改善することをマウスモデルを用いた実験で見出し(図5)、この臨床応用を目指して、多くの先生方との共同研究を実施させて頂いています(Iida et al., Oncogene 41:2764-2777, 2022; Mizutani et al., BMC Cancer 22:205, 2022)。

図5

線維芽細胞の形質の人為的な改変によるがん間質の硬さの低下と薬物送達の改善