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名古屋大学とタイ王国チュラロンコン大学と連携 ~非ウイルスベクター法CAR-T細胞によって治療抵抗性悪性リンパ腫の治療に成果~

要旨


 名古屋大学大学院医学系研究科小児科学分野の高橋義行教授、先端医療開発部の西尾信博特任講師らの研究グループは、非ウイルスベクターであるpiggyBacトランスポゾン法※1を用いたキメラ抗原受容体※2遺伝子改変T細胞(Chimeric Antigen Receptor modified T cell:以下、CAR-T細胞)療法を開発し、その製造特許技術について国内外で臨床応用を進めております。2018年12月にタイ王国のチュラロンコン大学からの要請のもと、このCAR-T細胞製造特許技術の提供に関する契約(MTA)をチュラロンコン大学医学部と名古屋大学医学部間で締結し、CAR-T細胞を用いたタイでの臨床研究を支援してきましたが、このたび、治療抵抗性悪性リンパ腫(以下、悪性リンパ腫)を患う5名の患者さんの治療に効果があり、チュラロンコン大学において記者会見が行われました。タイでは、欧米や日本と異なり、薬事承認されたCAR-T細胞製剤は存在しないことから、このたび治療の効果が示されたこと及びチュラロンコン大学でCAR-T細胞治療が可能であることは、タイ国内において大きな社会的インパクトをもっています。
 2018年の両大学医学部間でのMTA契約の後、チュラロンコン大学から2名の細胞培養技術者が名古屋大学で技術供与を受けて帰国し、2020年よりチュラロンコン大学で急性リンパ性白血病(以下、ALL)と悪性リンパ腫に対する臨床試験が開始されました。今後、名古屋大学でも悪性リンパ腫に対するCAR-T細胞を用いた医師主導治験の開始を予定しております。日本の治験では、本細胞製剤に関する特許技術についてライセンス契約を締結した株式会社ジャパン・ティッシュエンジニアリング(J-TEC/帝人グループ)が製造するCD19.CAR-T細胞(開発コード:JPCAR019)を用いて、北海道大学病院、国立がん研究センター東病院、名古屋大学医学部附属病院、京都大学医学部附属病院、九州大学病院の5施設で実施する予定です。

ポイント


○名古屋大学が支援しているタイ王国チュラロンコン大学のCAR-T細胞を用いた臨床研究で、治療を受けた悪性リンパ腫の5名すべての患者さんに効果があり、安全性に問題なく、引き続き治療が進められている。
○今後は、名古屋大学でも、医師主導治験の開始を予定している。(本細胞製剤に関する特許技術についてライセンス契約を締結した株式会社ジャパン・ティッシュエンジニアリング(J-TEC/帝人グループ)が製造するCD19.CAR-T細胞(開発コード:JPCAR019)を使用)

1.    背景


 ALLや悪性リンパ腫は、血液中のリンパ球が「がん化」して、患者体内で無限に増殖して発症する疾患です。近年、再発あるいは治療抵抗性のALLや悪性リンパ腫に対するCAR-T細胞療法が開発され、従来の治療を凌駕する高い治療反応率が期待できるようになりました。CARとは、抗体の抗原認識部位とT細胞受容体の細胞内シグナル伝達部位を繋いだ構造を持つ、人工タンパク質です。CAR-T細胞療法とは、このタンパク質を発現する遺伝子を体外でT細胞に遺伝子導入して患者さんへ戻す治療です。CAR-T細胞の製造では、国内外で承認されている製品を含め、遺伝子導入にレトロウイルスやレンチウイルスなどのウイルスベクターを用いていますが、製造費用が極めて高額であることが問題となっています。
 本研究グループは非ウイルスベクターであるpiggyBacトランスポゾン法を用いた遺伝子導入によるCAR-T 細胞の作製方法を開発し、臨床試験を行ってきました。本法は、酵素ベクター法の1つで、ウイルスベクターを用いた場合より製造方法が簡便で、製造の低コスト化が可能であり、かつウイルスベクターと同等の治療効果も期待できると考えられます。

 2018年にチュラロンコン大学から名古屋大学へ要請があり、名古屋大学で製造している同一プロトコルによる臨床試験に対しての支援を行うとの契約を交わしました。その後チュラロンコン大学から2名の細胞培養技術者が名古屋大学で技術供与を受けて帰国し、2020年よりALLと悪性リンパ腫に対する臨床試験が開始されました。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         

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2.    成果


 チュラロンコン大学において、名古屋大学が支援している同培養法を用いた臨床試験が開始され、2020年10月にpiggyBac法CAR-T細胞治療がタイで初めて悪性リンパ腫の患者さんへ安全に投与され、引き続き臨床試験が行われています。これまで治療を受けた5名の悪性リンパ腫の患者さんにおいて、全例で治療効果が認められ、腹部の巨大腫瘤があった1例では治療後1年経過後も完全奏効(complete metabolic response)を維持しています。

3.    今後の展開


 国際協力として、規制やコストの問題でウイルスベクターによるCAR-T細胞製造が困難なタイをはじめとした東南アジアの国においても、本製造法を用いてCAR-T細胞療法が実施できるように引き続き支援を行います。
また、より多くの患者さんに本治療を届けるため、本治療法の保険収載を目指しています。株式会社ジャパン・ティッシュエンジニアリング(J-TEC/帝人グループ)は2018年6月に名古屋大学・信州大学とライセンス契約を締結、本技術を導入し、ALLに対するCD19.CAR-T細胞(開発コード:JPCAR019)の治験を開始する準備を進めています。また、悪性リンパ腫に対しても、JPCAR019を用いた医師主導治験がまもなく開始されます。さらに、CAR の抗原認識部位を変更することにより、他の固形腫瘍などを標的としたCAR-T細胞製剤にも応用していくことを目指しています。

本研究は、以下の支援を受けて行われました。
・2015年度~2016年度 日本医療研究開発機構(AMED)革新的がん医療実用化研究事業
「小児急性リンパ性白血病に対する非ウイルスベクターを用いたキメラ抗原受容体T細胞療法の開発」(研究開発代表者名、所属・役職:高橋 義行、名古屋大学大学院医学系研究科 小児科学・教授)
・2017年度~2019年度 日本医療研究開発機構(AMED)革新的がん医療実用化研究事業
「小児急性リンパ性白血病に対する非ウイルスベクターを用いたキメラ抗原受容体T細胞療法の実用化」(研究開発代表者名、所属・役職:高橋 義行、名古屋大学大学院医学系研究科 小児科学・教授)
・2020年度〜2022年度 日本医療研究開発機構(AMED)革新的がん医療実用化研究事業「CD19陽性悪性リンパ腫に対するpiggyBacトランスポゾン法によるキメラ抗原受容体遺伝子改変自己T細胞の安全性及び有効性に関する第Ⅰ/Ⅱ相医師主導治験」(研究開発代表者名、所属・役職:高橋 義行、名古屋大学大学院医学系研究科 小児科学・教授)

4.用語説明


※1 piggyBacトランスポゾン法:酵素ベクター法の1つであり、ウイルスベクターを用いず、ある特異的な配列に挟まれた遺伝子を染色体に組み込むことのできる遺伝子導入法。
※2 キメラ抗原受容体(Chimeric Antigen Receptor: CAR): 抗体の抗原認識部位とT細胞受容体の細胞内シグナル伝達部位を繋いだ構造を持つ、人工的なタンパク質。CAR-T細胞療法とはこのタンパク質を発現する遺伝子を体外でT細胞に遺伝子導入して患者さんへ戻す治療。

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▲チュラロンコン大学・名古屋大学共同チーム,及びpiggyBac法CAR-T細胞で治療を受けた患者さん

(チュラロンコン大学における記者会見の様子)

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▲東海国立大学機構 機構長ご挨拶(VideoClip)   ▲名古屋大学大学院医学系研究科・研究科長ご挨拶(VideoClip)