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がん先端診断・治療開発学(連携)先端がん標的治療学(愛知県がんセンター)

概要

がんの薬物療法は、ドライバー遺伝子異常より産生される変異タンパクを標的とした分子標的治療(キナーゼ阻害薬・抗体)や免疫チェックポイント阻害薬などが導入され、この20年ほどの間に大きく変化した。一方で、細胞やマウスで効果を認めても、ヒトの臨床試験では思うような効果が得られず患者さんに薬を届けられないケースや、標的薬に耐性となりその後の治療がうまくいかないケースが多く見受けられる。当講座では、がんのシグナル解析を通じて、新たな治療標的の発見や現在ある治療をより効果的にする方法の開発を行っている。特にhigh volume centerである愛知県がんセンターに設置された研究室であること、基礎講座ではあるが、病院のゲノム医療、個別化医療に携わっている立場からclinical questionを解決する研究に力を入れるとともに、豊富な患者検体を用いた解析および、患者検体より樹立した細胞株・患者由来ゼノグラフトモデルを用いた研究も行っている。

研究プロジェクト

1.MAPKシグナル変異腫瘍に対する新規治療開発

MAPKシグナルは、細胞外の様々な刺激を核内へと伝える主要なシグナル伝達系の一つである。MAPKシグナルの活性は様々なフィードバック機構により一定に調節されている一方で、遺伝子異常により活性が亢進すると正常細胞の形質転換(がん化)をもたらす(図1)。我々の研究グループではMAPKシグナルのフィードバック機構に着目しMAPKシグナル変異腫瘍(KRAS変異がん、BRAF変異がん)に対する新規治療を提唱してきた。

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i) BRAF変異腫瘍に対する個別化治療の開発

BRAF遺伝子変異は、全固形がんの約8%で認められるドライバー遺伝子異常であり、メラノーマでは約50%、甲状腺がんでは30~70%、大腸がんでは10%、肺がんでは1%の割合で認められる。その多くは600番目のアミノ酸であるバリン(BRAF V600)に発生するが、遺伝子パネル検査を含む次世代シーケンサーの発展に伴い、V600以外の変異(BRAF non-V600)が、大腸がんではBRAF変異の1/3程度、肺がんでは半数程度を占めることが明らかになってきた。
BRAF変異は、変異BRAFタンパクのキナーゼ活性により、3つのタブタイプに分類される。Class 1はBRAF V600変異であり、BRAF V600変異タンパクのキナーゼ活性は野生型BRAFより500倍程度上昇し、単量体の変異BRAFが直接下流シグナルを活性化する。一方、non-V600変異については、部位によりBRAFキナーゼ活性が数倍~50倍程度上昇するもの(Class 2)に加え、活性がむしろ低下するもの(Class 3)が存在する。Class 2変異BRAFは、野生型BRAFと二量体を形成し下流シグナルを活性化する。Class 3変異BRAFは、キナーゼ活性自体は低下しているが、野生型BRAFまたはCRAFと二量体を形成し、二量体が受容体(RTK)-RASにより活性化されることで下流シグナルを活性化する(図2)。

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BRAF阻害薬はBRAF変異メラノーマに対し有効であるが、BRAF変異大腸がんには無効である。我々はBRAF変異大腸がんにおいて、BRAF阻害によるMAPKシグナルの抑制がフィードバック機構を誘導することによりEGFRを活性化し、その結果MAPKシグナルを再活性化することを示した。BRAF阻害薬とEGFR阻害薬の併用は、MAPKシグナルを完全に遮断し、腫瘍細胞にアポトーシスを誘導し、マウス腫瘍の縮小を達成した(Corcoran RB*, Ebi H, et al. Cancer Discovery 2012. *Co-first author)(図3)。

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本研究成果などをもとに、BRAF V600変異大腸がんに対する抗EGFR抗体+BRAF阻害薬+MEK阻害薬の三剤併用療法の国際第三相試験(BEACON試験)が行われ、併用療法はこれまでの標準治療と比較し優位に生存期間を延長することが示された。
また、BRAF阻害薬はV600変異に対する特異的阻害薬のため、BRAF non-V600変異腫瘍には無効であり、BRAF non-V600E変異腫瘍に対しては下流シグナルであるMEKの阻害薬が検討されている。Class 2変異については、肺がんおよび大腸がん細胞株の検討からEGFRがRAFのアイソフォームであるCRAFを介しERKの活性化に関与すること、抗EGFR抗体とMEK阻害薬の併用療法が有効であることを示した(Kotani H et al. Oncogene 2018)。これらの知見をもとにBRAF non-V600E変異大腸がんに対し、EGFR阻害薬・BRAF阻害薬・MEK阻害薬の三剤併用療法の医師主導治験が進行中である。さらに、Class 3変異については、変異BRAFの活性化に上流の受容体-RASの活性が必要であることに着目し、米国Sloan Ketteringがんセンターおよびマサチューセッツ総合病院と5000例以上の大腸がん症例を解析することで、抗EGFR抗体療法が有用であることを明らかにしている(Yaeger R et al. CCR 2019)(図4)

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ii) KRAS変異肺がんに対する新規治療開発

KRAS変異は肺がん・膵がん・大腸がんなどの難治がんで高頻度に認める変異であるが、直接阻害薬の開発が難しく有効な治療法に乏しい。また、変異KRASの下流に存在するMEKの阻害薬は単剤では十分な効果を示さないことが知られている。我々はKRAS変異肺がんが、上皮間葉移行により2つのサブタイプに分類されることを示した。またMEK阻害薬はフィードバック機構により受容体を活性化するが、活性化される受容体は上皮間葉移行状態に依存しており、上皮系腫瘍ではERBB3、間葉系腫瘍ではFGFR1が活性化していた。それぞれの阻害薬とMEK阻害薬の併用療法は患者由来ゼノグラフトモデル(PDX)で効果を示し、上皮間葉移行状態を指標としたKRAS変異肺がんの個別化医療が考えられた(Kitai H et al. Cancer Discovery 2016)(図5)。

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2.分子標的治療薬の治療効果向上に関する研究

これまで、分子標的薬の効果発現に抗アポトーシスタンパクのBIMの上昇が必要なこと(Cancer Discovery 2011)、PIK3CA変異乳がんに対するPI3K阻害薬の効果発現にMAPKシグナルの抑制が必要なこと(PNAS 2013)、FGFR1遺伝子増幅肺がんに対するFGFR阻害薬の感受性因子の同定(Oncogene 2016)などを報告している。
最近では、分子標的治療薬の臨床試験で治療された症例より、細胞株・患者由来ゼノグラフトを樹立し、治療効果や耐性のメカニズムを同定する研究にも注力している。

教員

構成員名役職所属
衣斐 寛倫 連携教授 先端がん標的治療学

研究実績

  • 2019年
    1. Yaeger R, Kotani D, Mondaca S, Parikh, AR, Bando H, Van Seventer EE, Taniguchi H, Zhao H, Thant CN, de Stanchina E, Rosen N, Corcoran RB, Yoshino T, Yao Z, Ebi H. Response to Anti-EGFR Therapy in Patients with BRAF non-V600-Mutant Metastatic Colorectal Cancer. Clin Cancer Res 2019. [Epub ahead of print]
  • 2018年
    1. Kotani H, Adachi Y, Kitai H, Tomida, S. Bando H, Faber AC, Yoshino T, Voon DC, Yano S, Ebi H. Distinct dependencies on receptor tyrosine kinases in the regulation of MAPK signaling between BRAF V600E and non-V600E mutant lung cancers. Oncogene 2018;37:1775-87.
  • 2016年
    1. Kitai H, Ebi H*, Tomida S, Floros KV, Kotani H, Adachi Y, Oizumi S, Nishimura M, Faber AC, Yano S (*; corresponding author). Epithelial-to-Mesenchymal Transition Defines Feedback Activation of Receptor Tyrosine Kinase Signaling Induced by MEK Inhibition in KRAS-Mutant Lung Cancer. Cancer Discov 2016;6:754-69.
  • 2013年
    1. Ebi H, Costa C, Faber AC, Nishtala M, Kotani H, Juric D, Della Pelle P, Song Y, Yano S, Mino-Kenudson M, Benes CH, Engelman JA. PI3K regulates MEK/ERK signaling in breast cancer via the Rac-GEF, P-Rex1. Proc Natl Acad Sci U S A 2013;110:21124-9.
  • 2012年
    1. Corcoran RB*, Ebi H*, Turke AB, Coffee, EM, Nishino M, Cogdill AP, Brown RD, Della Pelle P, Dias-Santagata D, Hung KE, Flaherty KT, Piris A, Wargo JA, Settleman J, Mino-Kenudson M, Engelman JA. (*; co-first author) EGFR-mediated re-activation of MAPK signaling contributes to insensitivity of BRAF mutant colorectal cancers to RAF inhibition with vemurafenib. Cancer Discov 2012;2:227-35.
  • 2011年
    1. Ebi H, Corcoran RB, Singh A, Chen Z, Song Y, Lifshits E, Ryan DP, Meyerhardt JA, Benes C, Settleman J, Wong KK, Cantley LC, Engelman JA. Receptor tyrosine kinases exert dominant control over PI3K signaling in human KRAS mutant colorectal cancers. J Clin Invest 2011;121:4311-21.

研究キーワード

がん、分子標的治療、ドライバー遺伝子異常、MAPKシグナル、耐性

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