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交換留学経験者からのメッセージ 2025年

イタリア・ボローニャ大学での臨床実習体験記

井上 結貴

私は2025年春、イタリアのボローニャ大学に留学し、3ヶ月間の臨床実習に参加させていただきました。

【どこかなつかしい街ボローニャ】

イタリア北部に位置するボローニャは、美食で知られるエミリア・ロマーニャ州の州都です。ボローニャといえば「ボロネーゼ」を思い浮かべるかもしれませんが、現地の方は「タリアテッレ・アル・ラグー」と呼び、平たいきしめんのような牛肉パスタです。

街並みは城壁の跡であるportaや長い廻廊が有名で、世界遺産にも登録された閑静な学園都市です。各学部のキャンパスや図書館が街じゅうに点在しており、まるで街全体が大学かのようでした。中心部には、マセラティのエンブレムのモデルにもなったポセイドン像の広場があり、新鮮な魚介類やチーズ、ハム、野菜が市場で手に入ります。携帯ショップ、ZARA、化粧品店から高級ブランドのお店まで何でも充実しています。近隣には水の都ヴェネツィア、フェラーリの生まれた街フェラーラ、F1サーキットで知られるモデナなどがあります。市内には国際空港があり、鉄道網も発達していてアクセスも便利です。きしめんや自動車産業、便利な空港や新幹線網に親しんだ名大生にとっては、どこか名古屋に似ていて懐かしい街でした。

【整形外科・Rizzoli病院】

Rizzoli病院はイタリア最大級で、世界でも9位の規模を誇る整形外科センターです。私は小児や思春期の女性患者の脊柱変形に興味があったので、ここでの実習を楽しみにしていました。膝・肩領域を中心に幅広い治療を見学でき、大変貴重な経験となりました。

郊外の丘の上にある病院はもともと16世紀の修道院群で、美しい教会や図書館があります。そこにはナポレオン侵攻時に大きすぎて奪われなかったとされる巨大な地球儀や、精密な草花や人体解剖スケッチ、レントゲンがなかった時代に脊柱変形を定量的に測定した装置、美しく作られた装具などがあり、手術が早く終わった日はゆったりと時間を過ごしていました。

手術は毎朝7時執刀開始です。日本で見たことのない手術も多く、例えば近くのCadaver センターを活用した同種移植、オーダーメイドで計画された高位脛骨骨切り術、先天性膝関節脱臼に対するtrochleoplastyなどがありました。とりわけ、Rizzoli病院でのみ20年以上行われているACL靭帯再建術ではgraftの一端をつけたまま再建しており、成長期のアスリートに優しい工夫でした。人工関節の手術一つとっても手順や考え方が異なっており、日本人は床座が多いといった生活の違いの大切さを知りました。

不潔でも日本の感覚ではありえないほど近くで見学でき、イタリア語に慣れてくると手伝いもできるようになり、成長を感じました。

初めて見る手術では戸惑う場面もありましたが、ヨーロッパや中東出身のレジデントやデバイス会社の方に教えていただきました。オペ室では英語、イタリア語、アラビア語、トルコ語などが飛び交っていました。学生から拝見しても非常に上手でスピーディーな手術で、私も心に伝わる技術を身につけたいと思いました。

管理においては、すぐ退院させてリハビリは自宅やリハ病院で行う点が日本と大きく異なっていました。日本から来たというと、日本人が作った分類やお気に入りの論文の話をしてくださったり、日本人は完璧主義だよねとよく言われました。術後のリハビリまで自分の手で管理して完璧を期す点が珍しく感じるそうです。

先生方は手術しながら常に論文を書いていて、「メッチャ疲れているけどここで働くことに熱意と誇りがある」とおっしゃっていて眩しく感じられました。みなさま豪快でフレンドリーで、オペ室では口元が見えないので毎朝ウインクすることに慣れるのに時間がかかりました。頬にキスされる文化には最初驚きましたが、おかげで異国にいても寂しくなることは全くありませんでした。

【循環器内科・小児外科―Sant'Orsola-Malpighi病院】

循環器内科では、最初の2週間はハイケアユニットで救急症例や術後管理を見学しました。イタリア語は形容詞と名詞が英語と逆になるので、冠動脈の名前1つとっても初めは何のことかわかりませんでした。大学病院ではあまり見ない急性期の症例が多く苦戦しましたが、先生方から聴診、心電図、エコー等のクイズを受けながら慣れていき、大変勉強になりました。身体診察の際は、しんどそうな患者さんもカタコトのイタリア語の私ににこにことお話ししてくださり、ありがたく感じました。

続く肺高血圧ユニットでは、思いがけず帰国ぎりぎりまで通わせていただき、温かい日々が心に残っています。外来での長期管理やフォローアップに参加させていただきました。特発性、肺塞栓症、アイゼンメンジャー化したASDVSD、膠原病、日本ではまず見ることのないサラセミアなど、幅広い患者さんがいらっしゃいました。東ヨーロッパからの患者さんでは先天性心疾患がきちんと治療されずに肺高血圧になってしまった方もいて、早期介入や検診でしっかり拾い上げる重要性を感じました。複数の治験も行われており、治験の見学は初めてでしたが、新規治療薬で改善していく経過が強い印象に残りました。

驚いたことが2点ありました。1つ目は、ヨーロッパのガイドラインだけでは自分には難しすぎるだろうと持って行った日本語の本を教授がひょいと手に取って、画像をすらすらと読みこなし、その日の症例とも比較して解説してくださり、格好いいなと思いました。私はこの実習のために英語やイタリア語などの言語学習が大切だと思っていましたが、医学は国境を越えると実感し、むしろ医学をしっかり勉強していこうと思った経験でした。第2に、カルテや検査所見はすべて読むことができたのですが、長く通っていらっしゃる肺高血圧症の患者さんだと私が生まれるよりはるか昔のカルテまで残されており、治療の進歩を感じることができました。

肺高血圧ユニットではホームパーティが毎週開催され、プロセッコの蓋を上手に飛ばす技術を身につけました。Aniversario della liberazioneというナチスドイツの支配が終わったことを祝う祝日では、Ciao bella(さらば恋人よ)という反ファシスト党運動で有名な歌が街に流れる中、郊外の丘ののどかな草原で、春の青空の下ピクニックをしたことが思い出です。

4月の小児外科では、必修科目であるため1フロアに20人以上の学生が集まり、限られた手術に入るために積極的に主張する学生、お菓子のある部屋に消えていく学生など多様性があって賑やかな毎日でした。ヘルニアの腹腔鏡手術が多く、若手医師もどんどん執刀する雰囲気でした。外来ではベッドにいる子どもの見えるところに絵やスクリーンが置かれていたり、シャボン玉で遊びながら身体診察したりと、安心して過ごすための工夫が溢れていました。子どもを育てた経験のある女性の方々は、患者さんの扱いも外国人の私に何か教えるのもとても上手なことが印象的でした。

実習後には、ルームメイトと市劇場でオペラを見たり、ベネチアでイカ墨パスタを食べたり、名大に来てくれた友人の家でホームパーティをしたりなど、色々な過ごし方ができました。ボローニャの街は安全で過ごしやすく、物価も鶴舞と同じくらいでした。イタリアのご飯が想像以上に美味しかったため、日本から持って行った食材はほとんど使うことがありませんでした。お米の料理やアジア料理も豊富にあるので、小麦が苦手でも健康に過ごせると思います。ボローニャは交通の便がよく、北はチェコやポーランドから南はモロッコまで数時間で行くことができ、留学中に色々な場所に旅してみたい方にもおすすめです。最初は怖かった飛行機にも次第に慣れて、週末には南イタリアのアドリア海沿いに一人旅をしたこと、一緒に留学に行った友人たちと国境を越えてお茶をして、様々な感じたことを共有できたことが思い出です。

【医療、医学教育の制度】

イタリアでは基本的に無料のpublic systemですが、待機期間の長さからprivate systemの併用も多くあります。Publicは緊急性が低いと1年以上待つこともあり、現地の方がどうせ待つからと受診するか悩んでいる姿も何度か目にしました。日本の皆保険システムの優秀さを再認識しつつも、検査や入院の多さや病院の機能が重複していることなど日本の改善点も感じました。

また、学生の実習時間は短めでも、最終学年ではthesisと国家試験を両立しなければならず、よりよいthesisを書くために人気のあるチームに通って雑用をする...などの大変さを感じました。また、国家試験の点数のみで科や研修プログラムが決まるため、診療科の人気が明確で、例えばボローニャのような大都市で、循環器など人気のある科で働くには厳しい競争があるそうです。日本の「やりたい科になれる」システムとの制度的な違いを感じました。

【振り返って】

出会った方皆様とても親切にしてくださり感謝でいっぱいです。日本でしっかり取り組めば日本語で同じような実習ができるでしょうが、人との出会いや経験は全てが一期一会で、逃せば2度とないという学びが大きなものでした。どの科も最終日は理解しきれなかったこと、尻込みしてしまったことが反省されました。

私は英語圏でない場所の医療に強い興味があり、この3か月間イタリアで想像以上に多くのことを目にし、さまざまな方と出会う楽しい毎日でした。現地での経験は、医師としての将来像を具体的に考える上で大きな糧となりました。このような貴重な機会は私の力では到底得られなかったものであり、還元できるように頑張っていきたいです。

最後に、限りないご指導・ご支援をいただいた粕谷先生、長谷川先生、1年生の頃から私たちの成長を信じて熱心に優しくご指導くださったItzel先生をはじめとする国際連携室の皆様、OGOBの先輩方、そして日頃からご指導くださった名大の先生方に深く御礼申し上げます。また、初年度派遣を快く受け入れてくださったボローニャ大学の皆様、実習中にご指導いただいた方々や共に支えてくれた友人たち、両親に心より感謝申し上げます。

井上_友人のお家.jpeg 井上_友人と.jpeg 井上_Rizzoliの皆さん.jpeg 井上_循環器の皆さん.jpeg

フライブルク大学留学体験記

遠藤 栞里

私はフライブルク大学病院にて3ヶ月間実習をさせていただきました。フライブルク大学はドイツ南西部に位置し、ドイツ内で最も規模の大きい病院の一つです。本プログラムを通じて、多くの学びと貴重な経験を得ることができました。以下に、各科での実習内容および現地での生活についてご報告いたします。 

【実習について】

1ヶ月目:呼吸器外科

朝の回診とカンファレンスに参加し、現地の学生と採血を行い、手術に参加するという実習内容でした。日本での臨床実習では採血の機会が限られていたため不安がありましたが、PJPractical Yearと呼ばれる現地の6年生で、実践的な実習をしています)に丁寧に教えていただき、失敗したときも患者さんから温かい言葉をかけられたことで徐々に慣れ、自信を持って1人で採血を行えるようになりました。手術では、胸腔鏡やロボット支援手術の見学に加え、開胸手術では第2助手として術野に入らせていただきました。手術に関して十分な説明が得られず、学びが少ないのではと焦りを感じる日もありましたが、質問することで解剖や術式について解説していただいたり、肋骨骨折の手術でプレート固定をやらせていただいたり、様々な経験ができたと思います。手術を実施する前に気管支の走行を確認するために気管支鏡検査を行うのですが、それを1度経験させていただいたときに、「初めてとは思えないくらい上手だから内視鏡をやる診療科に進みなよ」と声をかけていただいたことが、大変嬉しく印象に残っています。

2ヶ月目:産婦人科

多くの学生が実習に参加しており、PJが中心となって学生のスケジュール管理や業務分担を行っていました。私もその中に加えていただき、経膣分娩の見学、婦人科手術、帝王切開、回診など、幅広い経験を積むことができました。分娩見学では、現地の助産師の方がドイツ語を話せない私に対して接し方が厳しく、分娩室に入れていただけないこともあり、悔しい思いをしました。しかし基本的には温かい先生方ばかりで、英語でたくさん解説していだいたり、ロボット手術や腹腔鏡手術、帝王切開などの助手をする機会をいただいたりすることができました。特に乳腺手術を先生と私の2人でやる機会をいただいたときに、教育的であると学生間でも評判な先生ではありますが、1人の医学生として認められたように感じ、非常に嬉しく思いました。また、病棟では妊婦のパートナーが常に付き添っており、パートナー用のベッドが設置されている部屋もありました。これは日本とは大きく異なる点であり、出産に対する文化的価値観の違いを実感しました。

3ヶ月目:耳鼻咽喉科

耳鼻咽喉科では回診、オペ見学、外来見学を行いました。私は腫瘍に興味があるので腫瘍病棟に配属してもらい、口腔癌や咽頭癌、喉頭癌などの術前後の回診や処置を見学させていただきました。オペ見学では、頭頸部領域の様々なオペを見学しましたが、特にマイクロサージェリーや大規模な再建術が大変興味深かったです。外来では、小児から高齢者まで多くの患者が来ており、問診からエコーや聴力検査などを行い、その場で診療方針が決定されるプロセスは非常に勉強になりました。自分で現地のresidentに声をかけて同行する形だったので、毎日新鮮な気持ちで様々なスタイルの外来診療を見学することができました。

このように大変充実した実習ではありましたが、言語面での困難が大きな課題となりました。カンファレンスや患者との会話は基本的にドイツ語で行われ、逐一内容を確認できない場面も多く、理解できずに過ごす時間もありました。ドイツの大学病院では、留学生にも一定のドイツ語能力が求められており、Erasmusプログラムで来ていた他国の学生もドイツ語をある程度話せていました。指導医の多くは英語が堪能であったためコミュニケーションには支障はありませんでしたが、自分一人だけがドイツ語を理解できない状況に、孤立感や無力感を抱くこともありました。

【学んだこと】

日本とドイツにおける医療の違いを学ぶことができました。症例や患者層は日本とは大きく異なり、こうした違いが医療システムやその国の状況、さらには医療に対する価値観の違いに起因していることを実感しました。各診療科や医師が担う医療行為の幅広さも大変印象的でした。たとえば、呼吸器外科では気管支鏡検査から手術、化学療法まで一貫して担当しており、耳鼻咽喉科においても大規模な再建手術をすべて科内で完結させている様子を見ることができました。また、手術と麻酔を別室で同時進行させて1日の手術件数を効率的にこなしていることや、医療機材や医療費に対するコスト意識の高さ、入院期間の短さなど、医療提供体制にも多くの学びがありました。こうした経験を通じて、将来医師として臨床に携わり、エビデンスに基づいた診療や臨床研究を行う上でも、医療の国際的な背景やシステムへの理解は不可欠であると強く感じました。

さらに現地の医学生との交流も大きな刺激となりました。ドイツの医学生は知識が豊富で、実践的な実習を通じて常に自らの思考を深めながら学んでいる印象を受けました。実際にPJに質問をした際には、非常に的確で論理的な回答が返ってきたことが印象に残っています。私自身も、実習中に採血やエコー、手術での第2助手など、実践的な医療行為に携わる機会があり、非常に貴重な経験となりました。現場で通用する力を身につけるためには、単に作業をこなすのではなく、その背景や意図を考えながら取り組むことの重要性に改めて気づかされました。また、現地の医学生は大学病院での実習に加えて、自らの意志で病院や診療科を選び、複数の施設でインターンシップを経験しています。こうした過程がキャリア形成にも密接に結びついており、将来について主体的に考えている姿勢に大いに刺激を受けました。 

【生活について】

3か月という長期間、海外に一人で滞在するのは今回が初めての経験でした。フライブルク大学では寮の提供がないためAirbnbで滞在先を確保しましたが、ホストの方が親切で生活で困ることはありませんでした。日本語の通じない環境の中で、公共交通機関の利用や日常の買い物、留学に関する各種手続きをすべて自分で行う必要があり、当初は戸惑いや困難も多くありました。しかし、そうした失敗や試行錯誤を重ねる中で多くの学びを得ることができ、また、現地の方々に助けていただく場面も多く、徐々に新しい環境に適応していったと思います。フライブルクは学生街のため活気があり治安が良く、さらにお洒落な個人店や自然も多く、過ごしやすい街でした。休日には現地のさまざまな場所を訪れ、その土地ならではの文化や歴史に触れることができました。

【最後に】

本留学プログラムへの参加は、高校時代にオープンキャンパスに参加した際からの目標でした。実際に3ヶ月間の実習を通じて、さまざまな診療科で多くの貴重な経験を得ることができ、非常に充実した日々となりました。私は慎重な性格で、安定した環境にとどまる傾向がありますが、今回の留学では自らのコンフォートゾーンを抜け出し、大きく成長することができたと感じています。このような貴重な機会を与えてくださったすべての関係者の皆様に、心より御礼申し上げます。

遠藤_現地の学生と.jpg 遠藤_病棟からの景色.jpg 遠藤_呼吸器外科の先生方と.jpg 遠藤_現地でサポートして下さった先生と.jpg

留学体験記

岩堀 直紀 

【実習の概要】

1か月目は、ルンドにある小児循環器センターにて実習を行い、主に外来の見学を中心に、時にはカテーテル手技や手術の見学もさせていただきました。この病院はスウェーデン南部の医療圏を担っていることもあり、日本ではあまり見かけないような複雑な症例に多く触れることができました。その中で、心エコーの見方といった基本的な内容から、小児を診察する際の注意点、成人とのエコーの違いなど、臨床現場において実際に関わることで得られる多くの学びがありました。

2か月目は、マルメという都市にある病院で救急医療の見学をさせていただきました。
初週は指導医の先生について回りながら、病院のシステムや症例について理解を深める形式でしたが、2週目以降は、実際に受け持ち患者を担当させていただく機会がありました。既往歴などが記載されたカルテや、救急受診に至った経緯について先生から説明を受けた後、自ら問診や身体診察を行い、その結果を上級医にプレゼンテーションするという、一連の救急診療の流れを経験させていただきました。

【実習について(全体)

実習において最も大きな障壁は言語であると思いますが、個人的には、実習に支障が出るほどの言語の問題は感じませんでした。

どちらの科においても共通していたのは、先生方が流暢な英語を話されており、コミュニケーションに大きな困難を感じることはほとんどなかったことです。また、日本でいう研修医や専攻医にあたる先生方もいらっしゃり、症例についてディスカッションする機会もあり、非常に勉強になりました。

カンファレンスは、いずれの科でもスウェーデン語で行われることが多々ありましたが、先生方がご多忙の中、英語で丁寧に解説してくださり、大変ありがたく感じました。

患者さんとの接し方については、小児循環器では患者さんがお子さんであること、救急では高齢の患者さんが多いこともあり、状況を理解できない場面もありました。しかし、そのような場合でも、先生方が私の質問に対して親身になって説明してくださり、とても助かりました。一方で、若い患者さんの中には英語が堪能な方もいらっしゃり、英語で問診や身体診察をさせていただける貴重な機会もありました。

また、どちらの科にも日本に興味を持ってくださっている先生方がいらっしゃり、日本の観光地や文化、医療の違いについてさまざまなお話をすることができました。これにより、日本ではあまり考える機会のないテーマについてもディスカッションすることができ、大変有意義な経験となりました。

【実習について(各科)】

小児循環器において、基本的には外来陪席を行い、小児心臓エコーの基本的な見方、エコービューの見方、患者さんの疾患の詳細などを学びました。また、病棟業務やカテーテル治療の見学や小児心臓外科の手術も見学させていただきました。

患者さんの疾患について先生方とディスカッションする際には、日本とヨーロッパの治療ガイドラインを比較しながら、「この患者さんにはなぜこのような治療方針が選択されたのか」を意識することを心がけており、小児循環器に対する基本的な考え方が身についたと実感しております。

また、スウェーデンでは家族歴が疑われる症例では、積極的に遺伝子検査を研究機関に送付して検査をしている場面を度々目にしました。これには国民に付与された個人IDにより医療情報が管理されていることで遺伝性疾患の追跡や家族歴に基づく検査の導入が行いやすいこと、Genomics Medicine Sweden と呼ばれる国家的な取り組みによりゲノム解析の導入が進んでいることや公的保険のカバーにより遺伝子検査のハードルが低くなっていることが挙げられ、これらの理由によりスウェーデン独自の医療文化が形成されていると実感いたしました。

救急科では初週は先生方について、問診と身体診察を見学させていただきました。2週間目から英語での対応が可能な患者さんに問診と身体診察をファーストタッチとして行い、上級医にプレゼンテーションを行って引き継ぐ機会をいただきました。実際に患者さんの元に行ってコミュニケーションをとるという、救急の一連の流れを、身をもって経験させていただきました。また、General Practitionerの紹介でいらっしゃる患者さんや救急にウォークインでいらっしゃる前にホットラインに電話をかけ、救急科に行くべきかどうかを尋ねてからいらっしゃる患者さんもいらっしゃり、スウェーデンの救急医療は初期対応の選別など、日本の医療制度とは大きく異なる側面を通じて多くの学びを得ることができました。

【日本の医療システムや文化の違い】

医療全体について、まず印象的だったのは女性医師の多さです。それに加えて、現地の医学部生も女性学生の方が多いように感じましたが、これは福利厚生や育児休暇の制度が整っており、女性医師が働きやすい環境が保証されていることの表れだと思います。

また、スウェーデンではイギリスのようなGPGeneral Practitioner)制度が採用されており、私たちが実習を行っているような大規模病院では、長期的な患者管理を行う傾向はあまり見られませんでした。こうした病院では主に急性期の治療が中心で、慢性期の管理は患者に割り当てられたGPによって行われるという役割分担が、日本より明確にされていると感じました。

救急医療に関しては、チーム制が導入されており、トリアージが終了した患者さんは疾患の種類ごとに専門チームに振り分けられ、それぞれの専門救急医が対応にあたるというシステムが非常に特徴的でした。

文化面では、スウェーデンには「Fika」に代表されるように、勤務中でもコーヒーやパンを囲みながら症例の相談や雑談を交える、軽いカンファレンスのような時間が頻繁に設けられています。多忙で緊張感のある環境よりも、和やかでリラックスした雰囲気の中からこそ良いアイデアが生まれるという価値観が根付いているのだと感じました。

【現地での生活について】

住まいについては、Airbnbでお借りした宿に滞在しており、家の設備なども整っていて、不自由なく快適に暮らすことができました。

自炊に関しては近所のスーパーで購入した食材を使って料理をしていました。スーパーには日本に比べるとやや高価ではありますが、お米や日本の調味料も販売されており、日本から持参した食材とあわせれば、日本食に困ることはほとんどありませんでした。

ルンド滞在中は、身の危険を感じるようなことは一切なく、非常に暮らしやすい環境でした。ルンド大聖堂をはじめ、街全体が落ち着いた雰囲気で、滞在中には多くの場所を訪れることができました。

マルメに関しては、夜間の一部地域はあまり歩かない方がよいといった治安面の注意はあるものの、自分が生活していた範囲では危険を感じることはなく、問題なく過ごすことができました。

気候については、到着した2月は曇りの日が多く、日照時間も短かったのですが、3月に入る頃から徐々に気温が上がり、日も長くなって、一気に春らしい雰囲気へと変わっていきました。帰国直前には街中の植物も美しく、見応えのある景色が広がっており、季節の移り変わりを楽しむことができました。

岩堀直紀_現地の学生と.JPG 岩堀直紀_救急科の先生方と.JPG

グラスゴーとロンドン――ふたつの都市、ふたつの病院での学び

亀井 温那

2025年に臨床実習派遣留学プログラムを通じて、イギリスにて計8週間の臨床実習を経験しました、名古屋大学医学部医学科6年の亀井温那と申します。 

本留学では、2月に協定校であるグラスゴー大学(University of Glasgow)の腫瘍内科にて4週間、3月には非協定校であるロンドン大学セントジョージ校(St George's, University of London)の小児科にて4週間、臨床実習を行いました。各大学での学びは非常に貴重で、私にとってかけがえのない経験となりました。お世話になった大学が2つあるため長くなってしまいますが、以下にその内容をご報告いたします。

【なぜイギリスか】

新型コロナウイルス感染症のパンデミックの混乱の最中に入学した私は、ガイダンスで「医学英語のクラスがあるらしい」と聞きつけ、当時は1年生でメールの書き方すらよく分からないながらも、Itzel先生に興味がありますと拙いメールを送りました。「今はクラスもストップしてるのに、あなたどうしてクラスの存在を知ってるの?また再開の目途が立ったら連絡するね」と先生が返信をくださったことを昨日のことのように思い出せます。これを出発点に、Itzel先生や素晴らしい先輩方のご指導のもと、医学英語クラスやClinical Case Discussionといった活動に楽しみながら取り組んできました。加えて、短期留学やサマースクールを通じ、他国の学生との交流の機会にも恵まれました。これらの経験を通じて、世界のどの地域の医師や医学生も、非常に勤勉かつ優秀であり、それぞれの土地で誇りをもって医療に取り組んでいる姿を目の当たりにしました。そして私もまた、より広い世界で学び、成長したいという思いが、次第に強くなっていきました。

さらに、こうした国際的な視点を持つようになったことで、医学・医療を取り巻く社会的・制度的な側面にも、関心を抱くようになりました。現実を、単に知識として学ぶだけでなく、実際に現場に立ち、批判的な視点を持って捉え続けながら、よりよい医療のあり方を模索し続ける力を養いたい――そのような思いから、この派遣留学プログラムへの参加を決意しました。中でもイギリスは、独自のNational Health ServiceNHS)という公平性、アクセスしやすさ、そして原則無償が特徴とされる医療制度を持っています。2012年のロンドンオリンピック開会式では「NHS」の文字がライトアップされたほか、「イギリス人が最も誇りに思うもの」に関する調査でも、常に上位に挙げられるなど、NHSはイギリス国民にとって特別な存在だそうです。しかし、残念なことに世界には未だ完璧な制度というものはなく、イギリスの場合も最大の弱みである不安定な財源をはじめ、様々な問題を抱えており、ストライキも頻発しているといいます。このような特徴的な医療制度のもとで学ぶことは、制度が医療現場にどのような影響を及ぼすのかを学びたい私にとって、非常に意義深いことだと考えました。また、私は大学3年生の終わりにケンブリッジ大学で2週間の短期留学を経験しました。それが私の人生で初めてのヨーロッパ渡航であり、世界でも際立った歴史と伝統を有しつつ、常に文化の中心地であり続けるイギリスという国の魅力に強く惹かれました。今回はそのイギリスで2か月間生活しながら学べるということで、渡航前から胸が高鳴っていました。

2月:グラスゴー大学・腫瘍内科】

グラスゴー大学は、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学、セントアンドリューズ大学に次ぎ、1451年に設立された英語圏で4番目に古い大学です。グラスゴーはスコットランド最大の都市で、現在は工業都市としての側面を持ちつつ、文化・芸術の街としても知られています。学生が多くて治安が良く、人々は寛容で温かい、住み心地の良い街でした。

イギリスで2番目に大きながんセンターであるBeatson West of Scotland Cancer Centreにて腫瘍内科の実習を行いました。グラスゴー大学の学生も1週間だけBeatsonでローテーションを行うことがあるそうですが、Beatsonに留学生が来ることは年に1人いるかいないかというほど珍しいそうです。このため、日本から来た学生と言うだけで大変熱心に教えてくださる先生ばかりでした。どの先生も「忙しくてごめんね」と謝ってくださり学べることに感謝せねばと思いました。スコットランドの第一相臨床治験を率いていらっしゃるSupervisorJeff先生が実習予定を作成してくださり、毎日必ず担当の先生のもとで一対一で学ぶことができました。

最も時間をかけて勉強させていただいたのは、外来見学でした。外来は、大腸癌、上部消化管および肝細胞癌、胃食道癌、転移性乳癌、胚細胞腫瘍、卵巣癌、肺癌、サルコーマ、メラノーマ、第一相臨床治験など、多岐にわたり、細分化されていました。新規の患者さんから10年以上治療を続けている患者さんまでおり、1人の患者さんに1時間かけることもありました。診療中は、Bad newsの伝え方や予後の説明、治療選択肢の提示などについて学んだほか、患者さんに質問する機会や、診察の補助を行う機会もいただき、大変勉強になりました。最初に「What do you want to ask, Dr?」とウインク交じりに聞かれたときは心の準備ができていないのはもちろんただでさえ訛りの強い英語を聞きとるのに必死だったので拍子抜けしましたがなんとか質問をひねり出しました。実習に慣れてくるにつれて自分からもコミュニケーションを取れるようになり成長を感じました。4週間の実習を通して、治療の決定から副作用への対応まで、継続的に患者さんの経過を追うことができたのも貴重な経験です。

外来見学で特に印象に残った学びを紹介します。紹介時点でステージ4と分かっているにもかかわらず、それを曖昧にされたまま患者さんがBeatsonを受診し、Beatsonで初めて「ステージ4です」と宣告されるケースが多く見られました。Beatsonの医師たちは、治療の選択肢について患者さんと話し合いたいと考えているのですが、患者さんにとっては宣告を受けるだけで頭がいっぱいになってしまい、治療方針のディスカッションまで気が回らないものです。そのため、ある医師は「Beatsonに来る前にすでに告知が済んでいれば、より充実した治療計画の話し合いができるのに」と嘆いておられました。Beatsonには、いわゆるステージ4で標準治療が奏功しなかった患者さんも多く集まりますが、Beatsonでの治療によって驚くほど長期間QOLを保っている患者さんも数多くいました。たとえば、患者さんが「どこに旅行に行ったか」「どこに行きたいか」といったHolidayの話を楽しそうに語っていたり、旅行の予定に合わせて休薬期間を柔軟に調整した治療計画が立てられていたりと、個々のライフスタイルに寄り添った対応がされていました。診察室では、患者さんが医師と笑顔で会話している姿を何度も目にしました。スコットランドの方々はとてもおしゃべり好きで、「この先生は私の命の恩人なのよ!」「こんなに素晴らしい先生はいないわ!」と、誇らしげに私に話しかけてくれる場面も多くありました。医師たちはよく「あなたのがんはCureできないけれど、Treatすることはできる」という表現を使っていました。Beatsonでの治療によってがん患者さんが生き生きと過ごされている姿を見て、私は新しい治療法の開発を常に追求していくことの重要性と使命感を感じました。また、患者さんとの信頼関係や心の支えとなるような対話も、治療の一部であるという大切な学びを得ました。

外来見学以外にも沢山の学びの機会がありました。Acute Oncology Assessment Unit (AOAU) では、Helplineを通じて緊急対応が必要ながん患者さんへの初期対応を行いました。一般的な救急と同様に、医療面接や身体診察を行い、その結果を基に医師とディスカッションしながら紙カルテにまとめる経験は、とても実践的でした。Pharmacyでは、治験施設として400600のプロトコルを扱い、そのうち150の治験がactiveであることを学びました。医学部生として、これまで他職種連携教育の機会もあったものの、薬剤師の先生の観点から、薬剤の管理や治験の進行について学べたことは非常に有意義でした。また、外病院や、長年よくしてくださっているAlec先生のもとでのGP実習の機会もいただき、Beatsonでの学びと比較することができました。

イギリスらしさを随所に垣間見ることができました。例えば読影レポートは約1週間、PET検査は約6週間待ちなど、日本では考えられないくらい時間がかかります。そのぶん、問題なければ電話診療に代替するなどの工夫がみられました。1626歳専門のNurse Practitionerが存在し、いわゆる高齢者が多いがんセンターの中でもニッチな、でも確実に重要な側面をカバーするプロフェッショナリズムを実感しました。院内のカフェはCancer Charityが運営しており、院内を巡回する無料のコーヒーワゴンサービスまで提供されており、寄付文化を肌で感じました。医師がシフト制になっておらず一斉にHolidayに行ってしまい人手不足の週もありました。また、特に、イギリスの中でもウssイスキーやdeep friedな料理で有名なスコットランドでは、生活習慣にs起因する疾患が多く、例えば肝細胞癌は、アジアでメジャーなウイルス感染を原因とするものよりも飲酒や肥満によるものが圧倒的に多いほか、ケルト系の人々に多い遺伝性ヘモクロマトーシスを背景に持つ患者さんが目立ち、Jeff先生も「日本では一人もみなかったのに今日で3人もみられちゃったね」と苦笑交じりでした。

実習の合間には、さまざまな交流の機会にも恵まれました。前年の夏に名古屋大学病院に来ていた2人の学生とは、渡航前から連絡を取り合い、現地で再会して楽しい時間を過ごすことができました。Student Buddyは、私のことを気にかけて何度も連絡をくれました。また、Beatsonでローテーションを行っていたグラスゴー大学の学生とは、intercalated yearやイギリスの医師研修制度について話すことができました。例えば、初期研修先は医学生を公平に配分するため完全にランダムで決まること、また専門医資格の取得には日本よりも時間がかかることなど、を知りました。グラスゴー大学自体は総合大学であるため、実習後は他学部の学生も参加するクラブ活動に加わったり、ハリー・ポッターの世界を思わせる荘厳で美しいキャンパスにも癒されたりしました。さらに、Alec先生には、人生初のオペラやオーケストラ、そしてグラスゴー・フィルム・フェスティバルにまで連れて行っていただき、忘れられない思い出をたくさん作ることができました。

3月:ロンドン大学セントジョージ校・小児科】

ロンドン大学セントジョージ校は、1733年創設の、イギリスで2番目に古い公立の医科大学です。ロンドンのTootingという街にあります。Tootingは、高級住宅街ウィンブルドンの東に位置し、現在のロンドン市長のサディク・カーンの出身地だそうです。インド、パキスタン系移民が多く、下町の雰囲気もありつつ、多様性にあふれた活気のある街でした。

St George's University Hospitals NHS Foundation Trustにて小児科の実習を行いました。名大病院より少し多い1300床超の急性期総合病院で、大学と併設されており座学と実践をシームレスに学べる環境が整っていました。また小児科の特徴として、ロンドンで限られた病院にしかないというPICUがあること、特に感染症が有名で小児感染症を扱う専門のチームがあること、が挙げられます。SupervisorであるJane先生が私の希望に応じて実習予定を組んでくださり、日々のhandoverteachingに加えて、大まかに1週目は病棟、2週目は外来、3週目は新生児科、4週目は感染症チームで実習を行いました。そのほかにも、待ち時間なく受診できる病院独自の取り組みである「Blue Sky Unit」や、PICUなどの見学もさせていただきました。 

印象に残った学びを紹介します。病棟回診では、新患の場合、必ずConsultantが同行し、チームで回診を行う体制が取られていました。あるConsultantの先生は、「心配している親御さんは診断名という"ラベル"を求めるが、簡単にラベルを与えるのではなく、必要な除外診断を丁寧に行うことが重要だ」とおっしゃっていました。小児専門外来で特に印象に残っているのは、発達段階に応じながらも、必ず"まず子どもに話を聞く"という姿勢でした。年齢の確認から始まり、「今日は誰と来たの?」「学校はどう?」といった雑談を交えながら子どもの緊張を和らげ、その後「今日はどうして病院に来たと思う?」という問いを通して、自然に医療面接へと移行していました。これまで、親が主に話すスタイルに慣れてしまっていた私にとって、5歳ほどの子どもが自分のアレルギーについてはきはきと話している姿は、とても新鮮で衝撃的でした。また、印象的だった症例の一つに、月に23回の嘔吐・下痢・腹痛を主訴に紹介された3歳のソマリア人の男の子がいます。言語通訳が必要だったため、電話通訳を活用して診療が行われました。通訳を介することで診療時間はかかりますが、粘り強く問診を行った結果、原因は親のジャンクフードの与えすぎでした。担当医の先生は、「GP先生がかけられる問診や身体診察の時間が短すぎるせいで、本来なら小児疾患の90%は問診と診察で診断できるはずなのに、専門医に紹介されてしまっている」とし、それが専門医の長い待機時間の一因となっており、イギリスの医療制度について「broken system」とおっしゃっていました。新生児科では、「これは日本の方が進んでいると思うけど」といった前置きをされたり、「私にNAVAを教えてくれたのは日本人の○○先生なんだけど、知ってる?」と尋ねられることもあり、日本の新生児科が世界的に高い評価を受けていることを改めて実感しました。感染症チームでは、各診療科からのコンサルテーションを受け、感染症管理や抗菌薬治療のプランニングを担っており、強みである感染症に特化したトレーニングの一端を体験することができました。

HandoverTeachingが総じて非常に充実していました。小児救急のTeachingでは、シミュレーターを使用し、研修医・専攻医・指導医の役割を演じながらSBAR形式のhandoverを交えて実施され、シミュレーションが終わり次第全員で振り返りを行い、コミュニケーションを重視した学びの深い形式が取られていました。小児科のTeachingでは、人種によるコミュニケーションスタイルの違いがテーマとなることもありました。例えば、白人患者は医療者の意見に対して反論や質問を積極的に行う傾向がある一方で、非白人患者は疑問や不安を感じてもそれを表に出さず、理解できていない場合でも「Yes」と答えてしまう傾向があるといった内容です。このような視点は、日本ではあまり語られないものであり、大変興味深く感じました。また、毎週木曜の昼には「Ground Round」という任意参加型のレクチャーがあり、診療科を超えた交流の場となっていました。私が参加した際には、World Kidney Dayのイベントの一環として腎臓内科のレクチャーが行われたほか、「臨床倫理」をテーマに、妊婦への緊急輸血と宗教的制約に関する症例についてのディスカッションもありました。さらに、リサーチフェローの先生方による研究発表も行われ、多様な視点から学びを深めることができました。

実習の合間には、さまざまな交流の機会にも恵まれました。大学が提供してくれた寮では、フラットメイトとお互いの実習や試験について励まし合い、寮に所属する学生が主催するイベントにも参加しました。フラットメイトたちに誘われ、普段はあまり絵を描かない私も、解剖実習以来のスケッチに挑戦することになりましたが、土曜の朝をロンドンの美しい美術館でゆったりと過ごすことができ、とても豊かな時間となりました。また、小児科実習中の学生との会話で特に印象的だったのは、「知人が尿路感染症による激しい痛みに苦しみながらも、なかなか薬を処方してもらえず、最終的には母国のインドに帰国した」といった話や、「外痔核の手術のために2年待ち」という現実でした。こうした医療アクセスの課題を、学生同士の対話の中でリアルに知る機会となりました。さらに、エラスムス制度を利用して留学していた、小児内分泌科志望のイタリア人の学生とは、4週間の実習を共に過ごしました。一対一で指導を受ける形式だったため実習中は別行動になることも多かったのですが、昼食の時間を合わせてお互いの国の医療や文化について語り合い、週末にはロンドン市内を一緒に観光するなど、深い友情を築くことができました。

【総括】

学びの面で、貴重な経験を重ねることができました。まず、同じイギリス国内でも、スコットランド訛りの強い大柄な患者が多く訪れるグラスゴーと、多様な文化背景を持つ患者が集まり多言語対応が求められるロンドンという、対照的な地域で実習を行えたことは大きな学びでした。さらに、Primary careGP surgery)、Secondary careSt George's Hospital)、Tertiary careBeatson Cancer Centre)という異なるレベルの医療現場に身を置くことができたことで、イギリスの医療制度に対する理解が一層深まりました。これらの経験を通じて、制度が現場に及ぼす影響を肌で感じることができ、日本の医療制度を改めて見つめ直すきっかけにもなりました。また幸運なことに、イギリス・マンチェスターの小児ホスピス「フランシスハウス」や、オランダ・ユトレヒトにある小児がん研究の最先端拠点「プリンセス・マキシマ・センター」を訪問する機会にも恵まれました。患者一人ひとりに寄り添う全人的なケアの在り方や、研究を通じて医療の未来に貢献することの意義について深く考えることができました。

留学生活は、私に様々な挑戦の機会をくれました。一例として、私はクラシックバレエをやっているのですが、夏に発表会を控えているというのもあり、留学中も自ら現地のスタジオを探してオープンクラスに参加しました。普段は実家暮らしをしているので初めての一人暮らしだったうえ、慣れない海外での臨床実習と並行して、バレエのレッスンを続けることは簡単ではありませんでしたが、日本にいるときのレッスンのペースを落とすことなく継続することができました。さまざまなバックグラウンドを持つダンサーたちと踊る中で大きな刺激を受け、技術的な向上も実感でき、自信へとつながりました。バレエを通じて沢山の新たな友人たちと出会えたことも、私にとってかけがえのない経験となりました。

最後になりましたが、本留学という貴重な機会を与えてくださった粕谷先生とBranko先生、基金という形で多大なご支援を賜りました柴原先生、1年次より温かく力強くご指導くださったItzel先生、複数校への応募・手続きに際して大きなサポートをいただいた長谷川先生、奨学金プログラム手続きにおいてご尽力いただいた宮川様、派遣前研修の形でのご指導をはじめ本派遣留学プログラムのバトンを繋いでくださったフロンティア会の先生方、Supervisorをお引き受けくださったグラスゴー大学のJeff先生とロンドン大学セントジョージ校のJane先生、留学前後の私を温かく見守ってくださった名大小児科および産婦人科の先生方、どんなときも私にとって宝物の両親──書ききれないほど多くの方々のおかげで、本留学を実現することができました。この場を借りて、心より深く御礼申し上げます。

この派遣留学プログラムを通じて得られた貴重な経験を、今後必ず活かしてまいります。

亀井_グラスゴー大学.jpeg 亀井_グラスゴーの先生方・友人と.jpeg 亀井_腫瘍内科SupervisorのJeff先生と.jpg 亀井_小児科で4週間を共にした友人と.jpg

ルードヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン 留学体験記

吉岡 曉子

【留学の目的と背景】

私が留学先としてドイツを選んだのは、私自身がこの国に以前より強い関心を持っていたためです。ドイツ人は日本人と似た国民性と聞いたことがありましたし、日本と同じく敗戦を経験しながらも大きな経済成長を成し遂げEU随一の経済大国となったドイツの歩みや、戦後ドイツのナチス問題をはじめとした歴史観やその教育にも関心がありました。ですから留学を通して、単に医学を学ぶのみならず、ドイツの文化や人、歴史を体験したいと考えていました。

名古屋大学の臨床留学では、ドイツの大学として私が留学したルードヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン(以下LMU)と、フライブルク大学がありました。私がLMUを選んだのは、志望科である神経内科と腫瘍内科をLMUでは選択できたためです。またプログラムの性質上、学生同士知り合う環境が多く担保されているというのも非常に魅力的でした。実際に今振り返るとミュンヘンで過ごした6週間は非常に充実していて、私の目標に最大限応えてくれる贅沢な環境であったと、改めて感謝の気持ちでいっぱいです。 

【学業成果】

LMUは、毎年Winter Schoolという短期臨床実習コースを開講しており、LMU生と世界各国からの留学生(今年はブラジル、コロンビア、ジョージア、イタリア、日本(名大、横浜国立大、東京慈恵会医科大))が本コースに参加することができます。Winter schoolOncology Neurology 2コースが同時に開講され、それぞれの平日のカリキュラムと、週末のミュンヘン近郊への旅行を含めた両コース合同のプログラムによって構成されています。私は、3/33/274週間にOncology winter schoolに参加させていただきました。Oncology Winter School には留学生とLMU生がそれぞれ10名ずつ参加し、講義や週末の旅行、寮での生活などを通して深く関わりあうことができました。平日午前は病棟にて回診や採血、心電図測定などといった手技をやらせてもらい、午後は1コマ6090分の講義が毎日13コマ開講されました。病棟実習はBuddy であるLMU(35年生)とペアで動きました。患者さんとの会話や回診中の先生同士の申し送りなどはドイツ語で行われるため、Buddyが適宜翻訳してくれました。手技もBuddyが教えてくれました。手取り足取り教え助けてくれたBuddyには感謝してもしきれません。日本では学生がすることが無い手技を沢山経験できたのは良い経験でしたし、LMU生のレベルの高さにも非常に刺激を受けました。病棟では毎日全員の患者さんに回診を行うのですが、どの患者さんもよくお話されるのが印象的でした。治療は多くは日本と同じと感じましたが、骨髄移植を80代でも行う、輸血の時の管理基準が異なるなど、違いも見られました(日本においても施設ごとに基準の違いはあるようです)。午後の講義は各臓器別の癌について系統講義がされたり、Psycho Oncology Palliative careといった日本ではあまり受けたことのないような講義も受けたりすることができ、大変勉強になりました。

3/314/11は名大生2人のみで、名大の国際連携室所属のBustos先生ならびに神経内科の勝野先生のご尽力によって実現した、神経内科での実習に参加させていただきました。ドイツの大学病院では脳卒中ユニット、てんかんユニット、神経変性疾患ユニットなど疾患ごとに分かれているのが一般的なようで、各ユニットをローテートするような形で見学させていただきました。先生方は大変教育熱心で、患者さんへの神経診察をさせてくださったり、各疾患や病態、最新の研究内容について丁寧に英語で解説してくださったりと大変勉強になりました。脳波測定や筋電図といった手技の見学や、神経内科の入院病棟も時間があるときには見学させていただき、さまざまな疾患を診ることができました。大学病院ということもあると思いますが、現地ではBiologicalな検査が良く行われているのが印象的でした。認知症の診断のために髄液検査をしてアミロイドやタウを測定するのは勿論、アミロイドPETやタウPETも積極的に施行されていたのには驚きました。

【留学生活の経験】

今回はドイツだけでは無く南米や中欧を含めた世界各国から集まった留学生たちと各国の医療事情や医学生生活について聞くことも多く、大変刺激的でした。ドイツを含め多くの国で医学生が労働力として医療を担っており、それゆえか手技の面でも知識の面でも彼らの方が数段先を行っているように感じられ、非常に刺激を受けました。またWinter School自体が週末に日帰りバス旅行などを企画してくれ、ノイシュバインシュタイン城のような観光地だけでなく、ダッハウ強制収容所へのガイドツアーのような社会見学も含めて皆で行くことができたのは大変有意義でした。さらにミュンヘンでは30歳未満だとミュンヘンフィルハーモニーやオペラの一等席が破格の€14であったり、日曜日は州立美術館が€1だったりと、贅沢な芸術環境を友人たちと大いに満喫しました。上述したように私はドイツやヨーロッパの歴史にも関心があったので、土日にベルリンや近隣諸国まで一人旅に行き、そこで博物館巡りをしたのも大変印象的な思い出です。

【留学の反省と今後の目標】

今回の留学では、おかげさまで人とチャンスに恵まれ、本当に素晴らしい経験をすることができました。その一方で私自身大きな課題にも直面しました。それは病院という施設の中で、自分が受け入れ先の人々の役に全く立てていないという強い無力感でした。私自身は多くの人のお陰でたくさんの学びを得ましたが、自分の知識・経験不足と語学力不足でその恩返しを彼らにできないことが悔しく、情けない気持ちになることもありました。特に内科をローテする以上患者さんとドイツ語でお話をするのは必須であるとわかっていながら、どこか英語だけでなんとかなるだろうと甘く考えていたことを、現地で深く反省しました。ドイツ人は一般的に英語力が高く、観光地で英語で困ることは全くありませんし、ましてや医師や学生の英語はほとんどネイティブ並みで、学生として交友関係を広げたり先生方から指導を受けたりする分には、英語のみで困ることはありません。しかし、「ドイツに留学して、ドイツで生活する」あるいは「病棟で役に立つ、患者さんと交流する」ためには、間違いなくドイツ語ができるに越したことはありませんでした。言語ができないだけで、こんなにも厚い壁を感じることになるとは想像もしておらず、かなり落ち込んだ時もありました。特にドイツは移民を多く受け入れその問題に直面しているためもあってか、ドイツで働くためには高度なドイツ語能力が必要とされるなど、想定以上に「ドイツ語が話せることが当たり前」な社会でした。私の病棟にいらっしゃったボスニア出身の先生は、ドイツ語を勉強しすぎて英語を忘れたとおっしゃっていました。

一方で付け加えたいのは、ほとんどの方は私がドイツ語ができないのをわかって、つたない英語や様々な方法で助けてくださっていたということです。上述したようにドイツ人の一般的な英語力は日本人より高いので、町のレストランで隣になったドイツ人と英語でビールを飲み交わしたことさえありました。ですからこれから留学に行く皆さんが、英語圏以外に行くことを過度に恐れる必要はありません。私が伝えたいのは、「言語を学んでいくことは、相手に敬意を表すること」だということです。少しの挨拶、少しの単語を学んでいくだけで築ける信頼関係があったかもしれないというのが私の後悔と反省です。その国の言語を学んでいくことで、もっと楽しい留学生活が待っていると思います。

私の今後の目標は、ここで頂いた恩を、これから出会う多くの人に還元することだと思っています。医師として専門知識を身につけ活用することは勿論、流暢な英語で専門知識を学生や患者さんに対してわかりやすく説明する能力、非英語圏出身の人とコミュニケーションをとる時は相手の母語を少しでも学ぶこと、困っている人にはこちらから声をかけることなど、今回の留学で気付いた「異なるコミュニティ出身の人と関わる時に助けとなること」を日々の生活の中から意識して実践し、どんなバックグラウンドの人にも信頼していただけるような医療者になりたいと強く思います。また血液内科医を志す学生としては、今回の留学中の講義にて白血病の権威の先生がおっしゃっていた「抗がん剤は毒である。そのような薬を使う医療は、必ずEvidence basedでなければならない」という言葉が強く心に残っています。患者さんにとって最善を尽くすため、常に科学者として貪欲に学び、基礎研究や臨床研究にも取り組んで、医療の進歩に少しでも貢献できる医療者になりたいと思います。常にGlobalな視点を持ち、挑戦を恐れず、どんな環境でも活躍し必要としていただける医療者を目指します。

【謝辞】

末筆になりますが、この留学を実現してくださった国際連携室の粕谷先生、長谷川先生、Bustos先生をはじめとした名古屋大学の先生方、LMUで出会った多くの先生方とBuddyであるAndreaや友人たち、留学準備を助けてくださった先輩方や現地でも切磋琢磨しあった同級生の皆、そしていつも応援してくれた家族に、この場をお借りして心からの感謝を申し上げます。かけがえのない6週間を実現してくださり、誠にありがとうございました。

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留学体験記

宮田 美友花

私は20252月中旬〜4月末までの2ヶ月半の間、ウィーン医科大学に留学し、ウィーン市立総合病院(AKH Wien)にて臨床実習をさせていただきました。留学に応募するための準備、留学先が決まってからの手続きと留学に向けた準備、実際の留学のどの段階においても学びが多くかけがえのない経験となりました。

【小児科】

まず小児科では前半2週間小児循環器、後半2週間小児腎臓・消化器・リウマチ科で実習させていただきました。

小児循環器では先天性心疾患が特に多く、重症例や日本の病院では見かけたことのない疾患、心移植適応症例まで幅広い患者をみることができました。心雑音を聴くことができたのが印象に残っています。また指導医の先生方が親切で、患者の診察に行き所見を取り考えたことを述べるとフィードバックをいただくこともできました。心電図の読み方に関する分かりやすいレクチャーなどもしてくださりました。

小児腎臓では透析や腹部エコーを見学していました。エコーは体動があると上手に検査を行うことができません。しかし小児はエコーの際動いたり泣いたりすることも多いので、適切に検査を行うためにエコー検査室にあらゆる工夫をしかける先生もいました。小児消化器とリウマチ科では紹介受診や慢性疾患の経過フォロー外来、肝生検の見学などをさせていただきました。

【放射線科】

次は放射線科で実習をさせていただきましたが、胸部レントゲン班、CT班、MRI班、interventional therapy班、トラウマ班、エコー班、乳腺外科班(マンモグラフィーと生検の両方を担う)などと分業化が進んでいました。先生方の読影法を教えていただいた後自分でも実際に読影をしてみて答え合わせをしてもらうという内容でたいへん勉強になりました。若手の先生も多く活躍しており、QOLの高さについてのお話を伺うことが多かったです。 

【産婦人科】

産科と婦人科をそれぞれ1週間ずつ周り、珍しい症例のオペの見学・助手ができ、また非常に細分化された外来を見学することもできました。例えば産科の外来は多胎妊娠外来、母体リスク外来、胎児リスク外来などとわかれており非常に興味深かったです。

【一般外科】

最後に一般外科で実習をさせていただきましたが、ここも他の診療科と同様に多岐にわたる症例を扱っており多種多様な症例に関して学ぶことができました。一般外科は私が実習をした中で唯一他の国からの留学生と一緒に実習することができたところでした。ヨーロッパ内においてもオーストリアは人気が高く、将来オーストリアで働くことを目指し実習している学生や医師になってからもウィーンの病院を訪れる先生が多くいました。

【言語について】

オーストリアは英語を話せる方が多く、特に医療従事者は誰に話しかけても英語で会話してもらえることが多かったので、言語の面では想像していたほどは苦労しませんでしたが、それでもやはり知らない言語(ドイツ語)に囲まれる生活は最初の頃はストレスに感じることがありました。途中からは、何か一つでもドイツ語のフレーズを言えるようにして準備すると少しだけでもいい印象を持ってもらえることに気付いたり、英語で説明・通訳をしてくださる先生を探し出したりすることができ、非英語圏での生活に徐々に慣れました。 

【生活について】

ウィーンは地下鉄・電車・トラム・バスが発達しており、スーパーや薬局が多く、非常に過ごしやすい街で、特に春になるととてもきれいな景色を見かけることが多かったです。仕事を終えた後の余暇時間を楽しむ人やテラス席でゆっくりする人なども多く、またオーケストラをはじめとする文化活動や歴史に富んだ街でした。

【最後に】

今回の留学は非常に多くの方の支えと念入りな準備のおかげで成り立ったものです。国際連携室の先生方、Frontier会、両親、友人、現地で出会った先生方など様々な方にお世話になり、プチトラブルを乗り越えつつ楽しい思い出をたくさん作り、無事留学を終え帰ってくることができました。みなさんの支えのおかげで学生のうちにこのような貴重な経験ができ、学習面・生活面・交流など様々な面でたくさん勉強させていただけたことに心より感謝申し上げます。

宮田美友花_AKH外観のコピー.jpg 宮田美友花_ウィーン中心街の緑豊かな公園のコピー2.jpg

ノルウェー・トロンハイムでの臨床実習体験記 

近藤 文音

202533日〜425日 NTNU附属 聖オラフ病院にて】

2025年春、ノルウェー科学技術大学(NTNU)附属の聖オラフ病院にて、2ヶ月の臨床実習を行いました。NTNUはノルウェー第3の都市トロンハイムにあり、国内には他に首都オスロ、第二の都市ベルゲン、そして北部のトロムソにも医学部があります。NTNUは医学のみならず工学や人文学など幅広い学問領域を持つ総合大学であり、学生寮ではさまざまな学部の学生や留学生と交流できたことが留学生活をより豊かにしてくれました。病院ではカルテや診察はノルウェー語で行われていましたが、多くのスタッフや患者さんが英語を流暢に話し、そのおかげで充実した実習ができました。滞在中、トロンハイムではノルディックスキー世界選手権が開催され、街全体が祝祭ムードに包まれていたことも印象的でした。クロスカントリースキーが文化として根付くこの地で、医師や学生とスキーの話題を通じて打ち解ける機会は多く、大学から始めたスキーが会話のきっかけになったのは嬉しい経験でした。

【整形外科での学び】

最初の4週間は整形外科に所属し、朝の7時半頃のX線カンファレンスから1日が始まりました。4050人もの医師が参加する活発な議論に圧倒されました。留学担当の先生に希望を伝えて様々なグループを回り、多様な症例や医師の視点に触れることができました。初週は整形外科救急外来で、主に骨折等の患者の初期対応を見学・補助しました。英語での臨床実習に不安もありましたが、日本での学びやUpToDate、患者さんの協力に支えられ、徐々に実践に慣れていきました。2週目以降は外傷チームに所属し、約30件の大小さまざまな手術に参加する機会を得ました。真皮縫合の機会をいただいた際には、自分の未熟さに悔しさを感じ、縫合器具を借りて毎晩練習を重ねました。手術室では、長時間の手術になるとジュースを用意してくれ、看護師さんがストローで飲ませてくれるという習慣がありユニークでした。毎日異なる手術が行われ、勉強は大変でしたが毎日が刺激的で楽しかったです。また、大腿骨近位部骨折の術後せん妄を管理する老年科医との連携など、多科との協働の重要性を実感した場面もありました。毎日異なる外来(小児整形、脊椎、膝、糖尿病性足病変など)を見学した最終週には、まだここで学びたいと名残惜しく感じるほど、どの医師も診察の合間に英語で熱心に指導してくれました。

【消化器外科での学び】

後半の4週間は上部消化管外科に所属しました。朝の745分から画像検討会から始まり、ICUや病棟の回診を終えた後、手術や外来に分かれます。複数回見学したWhipple手術では、助手の役割を任せていただく場面もあり、緊張と嬉しさを同時に味わいました。PEGなども見学しましたが、日本で見たものとは異なる方法が用いられており、比較しながらの学びが得られました。外来は主に鼠径ヘルニアの診察が中心でしたが、それも興味深かったです。また、消化器内科医が若手外科医に内視鏡を教える場面に立ち会い、消化器内科の実習にも興味があった私にとっては思わぬ喜びでした。実習期間中で特に印象に残っているのは、金曜朝の「外科医会」です。画像検討会の前に病院中の外科医がカフェテリアに集まり、朝食をとりながら歓談します。外科医同士の繋がりを作ることが目的ですが、もしかしたら夜遅くまで飲み会をしているよりも効率的なのではないかと感じました。この時普段は話しかける機会がなかった女性医師がノルウェーワッフルとコーヒーをプレゼントしてくださり、忘れられない温かな思い出となりました。実習が進むにつれ、空いた時間に外来に行き受付スタッフに「面白い外来はないですか」と尋ねるようになり、また親身に指導してくれる専攻医とともに手術の合間や夕方以降に救急外来に出入りしました。ノルウェーの若い世代は英語が堪能なため、10歳の腹痛患者の問診も英語で行うことができ驚きました。精巣捻転や虫垂切除など救急ならではの症例に触れることができ充実した時間でした。最終週には、ノルウェーを離れる寂しさを感じつつ、専攻医の先生に、家庭・勤務・研究をどのように両立しているのかを根掘り葉掘り聞きました。この専攻医の先生との出会いは私にとって印象的で、日々の学びを心から楽しみ細部まで丁寧に観察して学ぶ姿勢に大きな刺激を受け、自分がどんな医師になりたいのかを改めて見つめ直すきっかけとなりました。

【医療文化の違い】

ノルウェーの医療現場では、15時過ぎに退勤する医師も珍しくなく、病院を動くロボットやカルテの音声入力をはじめ働き方の効率化が強く意識されている印象を受けました。外来ではオンライン診療も多く行われていました。医師と看護師はフラットな関係で、手術室では毎回挨拶と自己紹介を交わし、私にもその手術の術式、手術室での立ち位置を親切に教えてくれる看護師さんが多くいました。医学生の約7割が女性であることもありジェンダー平等の考えが現場に根づいていると感じました。また、より良い職場環境を求めてきた他国出身の医師が多く勤務しており医療現場における多様性も印象的でした。さらに、学生が5年生の冬から限定免許を取得して患者を診察することになっておりノルウェーの臨床実習はより実践的であると感じました。

【国際交流と日常生活】

15人が共に過ごす寮では日々活気のある交流がありました。誕生日には手作りの夕食やケーキでお祝いをしてもらい、これまでで最も幸せな誕生日の一つとなりました。実習最終日にはイタリアンレストランでお別れディナーを楽しみました。また名古屋大学に来ていたノルウェー人学生と再会して街やキャンパスを案内してもらったことは交換留学の魅力を実感する出来事でした。彼らとのボウリングやホームパーティー、カフェでの語り合いは、医学生の考えは国が違っても意外と共通していると実感しました。ノルウェーでの生活は基本的に快適でしたが、小麦中心の食生活で体調の悪化を感じたときにはジャスミンライスやグルテンフリーに切り替えるなどの工夫が必要でした。物価が高いこともあり、自炊の腕は自然と上達しました。トロンハイムでの滞在最終日には、寮の友人とフィヨルドを訪れ、そこで見たフィヨルドは晴れ渡る空のもと息をのむほど美しかったです。小さな街ながら、自然と都市が調和したこの街の魅力に触れ、ノルウェーの学生が「子どもを育てるならこの街は最高」と言うのにも納得がいきました。名古屋での生活よりも子どもと出会う機会が多く、その言葉は心に残りました。またこの日「友達づくりが上手だね」と言ってもらえたことは、あまり英語でのコミュニケーションに自信を持っていなかった自分にとって大きな自信となりました。

【留学を経て得た視点】

今回の留学を通じて、日本とノルウェーの医療を相対的に捉える視点を得ることができました。例えば、消化器領域における日本の技術水準の高さを再認識し、今後さらにそれを勉強していきたいという意欲が高まりました。一方で、ノルウェーの医療現場に触れることで働き方やチームの在り方を柔軟に考える視点が身についたと感じています。また、実習期間中は、自分からタイミングを見て自己紹介をして英語で教えてもらえるように頼んだり、参加する手術や外来を決めて参加できるようお願いしたりと、自分から学びの場をつくりにいく姿勢は重要で、私が普段稽古していただいている剣道の恩師が「前で勝負する人間性を身につけなさい」と語っていた言葉の意味がある日ふと腑に落ちました。ノルウェー語を習得すれば現地で働くことも可能であるという現実や、英語が共通言語として機能する場面の多さを通じて、医療や働き方をより広い視野で考えられるようになったことはこの留学の大きな成果の一つです。

【最後に】

今回の派遣留学に挑戦しようと思ったきっかけは、イッツェル先生の明るい人柄によって楽しく通い続けた医学英語の講義でした。また留学者同窓会ネットワークであるフロンティア会の先生方から受けた講義は渡航前の大きな学びとなりましたし、大学や留学直前の実習でお世話になった先生方から実習で学んだことがこの留学での学習を大いに助けてくれました。今回の留学を支えてくださったすべての先生方、家族、友人に心より感謝申し上げます。これからも勉強を積み重ね社会にとって必要とされる医師を目指していきたいと思います。このような機会を与えてくださったすべての方々に心より御礼申し上げます。

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香港中文大学 肝胆膵外科 派遣実習体験記

佐々木 慶太

私は香港中文大学の肝胆膵外科に留学させていただき、2ヶ月間の実習を行いました。

【実習前】

臨床実習派遣留学プログラムの説明会に参加した秋、自分には語学力も医学知識も足りないと痛感しました。それでも、この貴重な機会を逃したくないという強い思いから、その日から英語の勉強を始めました。学内で留学生と一緒にポリクリを受ける機会があり、積極的に話しかけ、彼らの母国の医療制度や日本での生活について学ぶ中で、語学力の向上と心構えの両面で準備を進めることができました。

留学が決まった後には、留学前準備講義で多くの先生方から貴重なお話をいただきました。どの先生も学生時代の経験を熱く語られ、私の期待と意欲はますます高まりました。

【香港の医療制度】

香港には日本のような国民皆保険制度がなく、診療点数制度も存在しません。すべて自由診療で、公立病院、私立病院、クリニックの三種の医療機関が機能しています。公立病院は費用が安価な一方で、待ち時間が非常に長く、私立病院は費用が高額であるものの、すぐに診療を受けられます。

また、医師と病院の間には雇用関係がなく、患者からの支払いが病院と医師に分配される仕組みとなっています。そのため、公立病院の医師の給与は相対的に低くなっています。私が実習したPrince of Wales Hospitalは香港中文大学の附属病院で、医師不足が深刻であり、広東語が話せない外国人医師や、英語が苦手な中国本土出身の医師が協力しながら臨床・教育・研究に尽力している姿が印象的でした。

【実習】

カルテは英語で、医学生は英語で教育を受けるため、外来診療や手術中の会話以外で困ることはありませんでした。

前半は現地の6年生の外科ローテーションに参加しました。現地学生は各科実習の最後にOSCE試験を病棟患者に対して行われるため、診察から初期治療プランまで必死に勉強しておりました。講義も実践的でインタラクティブ、空き時間にも患者さんに協力を得て自主的に練習をしていました。その中で、英語の流暢な患者さんに英語での病歴聴取や身体診察の機会を得られ、事前に準備してきたことを実践で試す貴重な経験となりました。

後半は手術見学を中心に行いました。医師や看護師の皆様はとてもフレンドリーで、毎日一日中手術室にいる僕に気にかけてくださりました。日本ではまだ行われていない、膵癌に対するナノナイフ手術について議論した経験は印象深く、現状や展望について意見を交わすことができました。また名古屋大学腫瘍外科の肝門部胆管がんに非常に興味を持っていて、学内での経験や先生の知識を共有しました。改めて自分の所属する環境の素晴らしさに実感し、将来自分の世代がその発展にさらに貢献できるように努力していきたいと強く思いました。

香港の外科医は、内視鏡診療や治療も自ら行う点で日本と異なります。特に、香港中文大学の学長であるPhilip教授は、2004年に香港で初めてESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)を実施されたパイオニアで、現在は手術支援ロボットの開発にも携わっています。私自身ロボット技術に関心があったため、教授とお話ししたのち、ご厚意で香港最大の科学技術開発センターを見学させていただき、大きな刺激を受けました。

【生活】

香港は人口約700万人が東京の半分ほどの面積に暮らす大都市で、すぐに生活に馴染むことができました。病院敷地内にある学生寮に滞在し、病棟や手術室までは徒歩5分でした。。現地学生と毎日のように外食に出かけ、深い友情を築きました。彼らが社会的しがらみに対して皮肉交じりに語る姿がとても印象的で、異文化に触れる貴重な学びとなりました。

学生寮はやや古く、キッチン、シャワーは共用です。余談ですが、到着日、部屋にはお腹の大きなヤモリを発見し、2週間後には子供が産まれ、出発日にはその子は大きく成長していました。日々の自分の成長をこの小さなヤモリに重ねて感慨深く思ったことを覚えています。

【謝辞】

最後に、本留学の準備にあたりご指導・ご支援を賜りました粕谷先生、長谷川先生、Itzel先生をはじめとする国際連携室の皆様、現地でお世話になったChok教授、日本で日頃よりご指導くださる高見秀樹先生、近藤豊教授に心より御礼申し上げます。

佐々木_思い出の現地食.jpeg 佐々木_Dr.Philipと.jpeg 佐々木_大衆食堂での一枚.jpeg 佐々木_現地の学生の誕生日会兼僕の送迎会.jpeg

LIFE IS COMING BACK~グダニスクでの11週間~

山田 真大

"LIFE IS COMING BACK"、これは僕が所属する医学部軽音部にてつい最近の名大祭で演奏した小沢健二「ラブリー」(1994)に登場する一節だが、11週間に及ぶ留学ではまさにこの感じがした。この"LIFE"が人生なのか、活力なのか、一体何なのかは僕にはわからないが、どんな意味を当てはめるにせよ、この感じがした。外に広がる異国の地での刺激の多い時間と、寮や図書館で独りで過ごす静かな時間を反復することで、なんとなく忘れそうになっていた生活の彩りみたいなものを取り戻すことができた気がした。

バルト海に面したポーランドの都市グダニスク。古くから重要な貿易港として栄え、その地の利が災いして1939年にナチス・ドイツの最初の標的となり、第二次世界大戦が勃発したまさにその地であり、元々20世紀前半の歴史に興味が強い自分にとっては一度は訪れたい場所であった。現在ポーランドの経済成長は目覚ましく、旧ソ連の面影を所々に残しつつ、非常に興味深い歴史と文化、そして発展のありようがある。結果、見るもの触れるものすべてが感動的であり、自分にとって初めて訪れたヨーロッパの街がこのグダニスクで本当に良かったと今でも思う。

ヘルシンキを経由し、羽田空港を出発してからおよそ20時間が経過して降り立ったグダニスク。空港を出て、ポーランドの公共交通機関のルールがあまりわからないままとりあえずバスに乗り、車内にいた黒人グループに助けられながらなんとか最寄りのバス停に着き、歩いて小さな森を抜けて、旧ソ連時代を思わせるような薄黄色の壁の学生寮に辿り着いた。Wi-Fiがなかったり、ガスコンロはチャッカマンがないと火がつかなかったり、着いた時には冷蔵庫がなかったりと、色々面食らうところもあったが、案外すぐ慣れた。寮に来て23日が経つと、このグダニスク医科大学と名古屋大学の交流の先駆者となった生化学のMichael Wozniak教授が食料、食器、キッチン用品、洗濯バサミなどいろいろなものを下さり、生活は一気に便利になった。毎年これだけの手厚いサポートを名古屋大学の学生にしていると思うと驚きであり、感謝してもしきれないほどだ。食生活についていえば、ポーランドにはしっかりとした昼ごはん休憩という概念はなく、breakfast, dinner, supperが基本的な3食。空いてる時間に持参したパンやカフェテリアで食べることになるが、私は特に実習の間は何も食べず、ほとんど帰り道にスーパーで何か買って寮で自炊をしていた。スーパーに行くと、野菜や肉は日本とそこまで変わらないが、卵が2倍近くの値段でなかなか手が出ず、逆に果物はかなり安価で、ビタミンの補給源としてとても重宝した。

先ほど登場したWozniak教授とは、とある重要なイベントの開催に向けてしきりに会う機会があった。それが4月頭に大学の図書館や講堂で行われる2日間の「Nagoya Days」。医学の視点で日本について現地の人々に発信するという機会なのだが、今年は「第一次世界大戦後にシベリアに置き去りにされたポーランド孤児を救った日本人看護師・松澤フミ」「緑茶に含まれるポリフェノールが及ぼす健康効果」などのトピックがあった。このイベントに向けてYoung Leaders Program(YLP)に所属する現地学生と協力してプレゼンを作るのだが、彼らはグダンニスク大学の生物系の学部生からWozniak教授の孫を含む近くの高校生まで非常に幅広いバッググラウンドを持った学生の集まりで、自分たちとは生い立ちはさることながら、現在専門とする分野も異なるので、とても面白い話ができた。帰国が近づいた時には、仲良くなった日本語を勉強中のYLPの学生の1人が隣町Sopotの家まで招待してくれた。彼の母と祖母が作ったポーランドの家庭料理を食べながら将来の話をしたり、部屋にあったギターを一緒に弾いたりして楽しいひと時を過ごした。 

さて、本題の現地での実習に関してだが、グダニスク医科大学の大きな特徴がPolish DivisionEnglish Divisonに分かれていることだ。名古屋大学の学生は後者に割り当てられる。実習中は先生や患者はもちろんポーランド人だが、実習班のメンバーはスウェーデン人やインド人など、大学入学時に海外からはるばるここへやってきた学生ばかりだ。英語でのやりとりが難しい比較的高齢の患者への問診を除いて全て英語で実習が行われるため、目の前で何が起きているのかを理解するハードルが一段と低くなるのがこの大学のプログラムの良さだ。そして、このEnglish Divisionの生徒たちは、やはり大学から海外に出ようとしている時点でとても能動的で、そして本当に優しかった。日本人というのは彼らにとって極めて珍しく、アニメファンも多いので、興味を持って色々質問をしてくれた。11週間の実習は基本的に毎週ローテする診療科が変わり、多くの科で金曜日に簡単な筆記試験があるのだが、その過去問やテスト対策資料を共有してくれたり、テストが終われば近くのフードコートやカフェでただ話をしたり、本当に良い仲間に恵まれたと感じた。

ここで、自分が回った診療科の中から特に記憶に残っているものを2つピックアップして簡単に説明する。

まずは第1週目に回ったEndocrinology。この科で目玉だったのは、先生が教室に実際の患者を連れてきて、実習班総勢230人で自由に問診をし、診断されている疾患を考えるセミナーだった。この体験は非常に新鮮で、先端巨大症、Addison病、橋本病(からの高プロラクチン血症)、インスリノーマ、MEN1の患者さんがやって来て、リアルなイメージがついた。日本と違うと思ったことが、それが合っていようが間違っていようが、とにかく率先して発言する学生がいること。挙手することは基本なく、まして先生が生徒を指名して答えさせるなんてこともない。その積極性は本当に見習いたいと感じた。 

続いては6週目に回ったToxicology and emergency states in internal medicine。大学から少し離れた中心街にあるToxicology centerでその実習は行われた。5人程度の小グループで何人かの入院患者の問診を取るのだが、私が見たのは、例えば様々な人間関係にストレスが溜まってラモトリギンをオーバードーズして意識を失い入院した18歳女子。この子は英語が話せたので、同じ病室にいた中年の患者さんの問診をする時には通訳までしてくれ、本当に助かった。日本ではめったにお目にかかれない光景だと思う。それぞれの患者のオーバードーズのいきさつを知ることはその人の人生を詮索することにもつながり、かなり神経質にはなるものの、患者はみなさん協力的で、とても貴重な機会だった。

帰国の日が近づくイースター休暇のとある日。実習班で仲良くなった1人のインド人学生が私にこんな言葉をくれた。"You came here by yourself, and you're going back with us in your mind."ふと、もうすぐ今目の前に広がっているこの光景から離れてしまうのだということ、そして自分は確かにこの地で11週間を生きてきたのだということをひしひしと感じてしまった。この留学期間中、自分はいったい何が変わったのだろうかと問うこともあったが、私はもうすでに数えきれない出会いを通して、自分の中だけにその思い出や学びを保存しているのだということに気が付いた。そして、この思い出や学びたちを以てして、今後の自分の人生に色彩が加えられるような気がした。今後また、新鮮な気持ちで何かに向かって頑張っていける期待が芽生えた。あの時の"LIFE IS COMING BACK"という感じ、この言葉は今でも私の胸の中で響くことがある。 

最後に、今回の留学に関して多大なるご支援をくださった国際連携室の先生方をはじめ、すべての方々に深く感謝申し上げます。ありがとうございました。

山田真_実習の休憩時間の様子.jpg 山田真_現地学生の自宅にて.jpg 山田真_初週のテスト後、雪のOld Townにて.jpg 山田真_帰国直前の大学前で最後の写真.jpg

最高のイタリア留学

山田 麻緒

私は20252月から3ヶ月間、イタリアのボローニャ大学、サントルソラ=マギピーニ総合病院で実習させていただきました。豊かな文化、陽気な人々、歴史ある建築物、美味しい食べ物に囲まれ、3ヶ月で貴重なかけがえのない経験をし、生涯忘れられない思い出となりました。私が過ごした実習生活や日々の生活について、紹介させていただきます。 

【留学前】

ボローニャ大学は世界最古の大学とも言われるほど大変歴史ある大学です。そのような大学で実習できる機会をいただけて胸が高鳴る一方で、イタリアへの派遣は初年度だったので、事前情報が少なく不安も大きかったです。そこで、ボローニャ大学から名大に留学に来ていた学生たちなどから情報をもらったり、ネットで調べたりして、なるべく多くの情報を集められるよう努力しました。

また、ボローニャは学生都市であり、世界中から学生が集まります。医学部にも英語コースが開設されており、6年間そのコースで学ぶこともできます。そのため、住居不足が大きな問題となっており、3ヶ月という短期間の宿を探すのには大変苦労しました。

言語に関しては、イタリアへの留学が決まってから約半年、Duolingoという語学アプリを使って少しずつイタリア語を勉強しましたが、十分な時間は確保できなかったというのが正直なところで、英語やイタリア語ができなくても実習を乗り切れるのか、留学中周りの方々とコミュニケーションがとれるのかとても心配でした。

【臨床実習】

サントルソラ=マギピーニ総合病院はイタリア最大の病院とも言われていて、イタリア北部からも南部からも患者さんが集まります。病院の敷地が自然豊かで大変大きく、科ごとに建物が分かれており、自分がそれまでイメージしてきた病院との違いに最初から驚かされたと同時に、未知の土地での実習がとても楽しみになったのを覚えています。

私は内科、消化器内科、小児心臓外科をそれぞれ4週間ずつ実習させて頂きました。

●2月 内科(炎症性腸疾患専門病棟)

数ある病棟の中で、炎症性腸疾患専門病棟に配属されました。初日に先生から「ここは炎症性腸疾患のイタリアの拠点」と言われて特に専門的で大事な科であると知りました。

1週目

一緒に回る現地の学生はおらず、学生は私1人でした。まずは回診が始まります。先生方も患者さんたちもオープンなので、外国人学生の私にも先生から声をかけていただけて、身体診察を気軽にさせていただけました。基本患者さんや先生どうしの会話はイタリア語なのですが、必ず先生が声をかけてくださり、患者さんの状態や治療についてたくさん教えていただきました。先生は「全員がたくさん英語で話しかけるわけじゃないかもしれないけど、どんどん英語で質問していいからね!なんでも答えるよ!」と言ってくださり、これから3ヶ月の貴重な機会を最大限活かすために、常に積極的な姿勢で臨もうと改めて決意しました。実際先生のおっしゃる通りで、自分から質問するとどの先生も親切に教えてくださいました。また身体診察のあとは先生が「どんな所見?」と質問してくださり、フィードバックをいただけました。

回診のあとは新規の入院患者さんの診察をしたり、先生から症例などの説明をしていただいたりしました。ここでは新規の入院患者さんの問診をとったり(先生が通訳してくださりました)、心電図をつけたりさせていただけました。

また、腹部エコーの見学もさせていただきました。先生が英語で解説してくださり、質問すると何でも優しく教えてくださいました。

余談ですが、この科の教授は大変フレンドリーで、気にかけてくださることも多かったです。教授自ら医局にとても美味しいイタリアのスイーツの差し入れをしてくださることもあり、先生たちが「あなたもたくさん食べて!」と言ってくだったのでスイーツも満喫できてとても幸せでした。

夕方からのミーティング(イタリア語)に誘っていただいたこともあり、そこでは先生がミーティング中にスマホに英語で書いて教えてくださいました。

2週目以降

ボローニャ大学の医学生6人も加わり、グループでの実習が始まりました。

回診の後は、先生から入院患者さんの資料をいただき、みんなでそれを読んで議論したり、患者さんに何を聞くかなどを考えて、そのあと患者さんに診察や問診をしたり心電図を貼ったり、聴診器で血圧を測ったりしました。先生が、心電図や心音についてなど、どの科でも必要となる知識を解説してくださることもありました。

また、先生たちや患者さんがイタリア語で話していてよくわからない時は、気軽に友達に聞けるようになったのもうれしかったです。

このように内科の4週間では、炎症性腸疾患の病態や治療について掘り下げて学ぶことができたと同時に、全科で必要となるような知識や腹部エコーの見方も一通り学ぶことができました。また、全身の問診や身体診察(聴診、打診、触診)、心電図測定、血圧測定など、日本で学んだことをたくさん実践できました。現地では3年生がこの科を実習しており、患者さんと実際に関わり臨床現場を学ぶ時期が日本より早く、驚きました。

●3月 消化器内科

サントルソラでは、消化器内科疾患のうち炎症性腸疾患以外を消化器内科で扱うそうです。

内視鏡は日本が世界をリードしており、また消化器内科疾患についての日本のガイドラインがヨーロッパでも使われているので、日本へのリスペクトを感じました。

1週目 病棟

1年目のレジデントの先生方と一緒に行動する中で、その都度解説をいただきました。まず先生の回診にご一緒させていただき、2月と同様に心電図を貼ったり身体所見をとったりしました。他にも薬剤を点滴に入れるなど簡単な作業もさせていただきました。

回診後は、EUSのヨーロッパのガイドラインや便移植についての論文をいただき、それを使って勉強させていただきました。ここでお世話になった先生方も大変フレンドリーで、アニメなど日本の文化が好きな先生が多く、日本食のお店やイタリアンのお店に連れていってくださり歓迎をうけました。

2週目 内視鏡

胃カメラと大腸カメラを使った検査から、ESDEUS-FNAERCPといった高度な手技まで幅広く見学できました。目の前の検査や手技、患者さんの病態についてたくさん解説していただき、質問すると親切に答えてくださり、内視鏡やその周辺の知識を深めることができたと同時に、日本と違う部分も目の前で知れてとても興味深かったです。特に粘膜下腫瘍をESDで切除する現場を見ることができたのが印象的でした。本当は検査の見学だけをする予定だったのですが、「ESDなども見られませんか?」と頼んだところ、興味深い治療をたくさん見ることができたので、自分から見たいものを言って良かったと感じました。

3週目 外来

外来見学で、もちろん患者さんと先生はイタリア語で話していたので難しいところもありましたが、たまたま現地の親切な学生がスマホに英語で書いて解説してくれて臨床の知識を深めることができました。その学生がいない時も、患者さんがいなくなったあとに先生に質問すると優しく教えていただけました。

4週目 エコー

先生がエコーで診察されているところを見学するのですが、先生が大変親切で、多くのことを指導してくださいました。一通り見方を教えていただき、最後は私にもエコーを患者さんに当てさせてもらえました。

このように、消化器内科の4週間では、2月に回った内科と似た要素はありつつも、さらに内視鏡、外来、エコーと幅広い現場で学ぶことができました。毎週違う現場、先生方に出会えたので、毎日が新鮮で充実していました。

●4月 小児心臓外科

小児循環器内科と小児心臓外科の合同の実習だったので、「オペも見たいけど、内科も学びたい」という私にとっては最適でした。オペは予約制で、私は週1回予約して入りました。

他にも病棟や外来、HCU、カテーテル室を見学できました。ボローニャ大学の学生の間では循環器系が人気で、私が実習した3つの科の中で現地の学生が一番多かったです。(ボローニャ大学ではそれぞれの学生が希望の科を回るシステムらしいです。)

病棟

基本、回診にご一緒させていただきました。大変珍しい先天性心疾患も含め、多様な先天性心疾患をもつ新生児〜小児、小中高生、若い人からたまに大人まで診ることができ、忘れられない経験となりました。それぞれの患者さんごとに病態やオペ、内科的治療などを先生が解説してくだりました。回診のあとに先生がマンツーマンで図を描いて解説してくださることもありました。

HCU

オペ直後の管理などを行う少し緊迫した現場で、先生がエコーあてるなどして診察されている様子を見ることができ、良い経験になりました。 

カテーテル室

アブレーションを見学しました。先生や技師さん、看護師さんが積極的に解説してくださり、大変充実した時間となりました。カテーテル室にも入れるということを実習終盤に友人からだった聞いて知ったため、一回しか行けなかったのですが、とても実りある実習ができたため、もっと多く訪れたかったなと思いました。 

オペ

単心室に対するグレン手術や、ECMO抜去などそれまで見たことがなかった様々なオペを見学できました。清潔ではないのに術野のすぐそばで見学させていただけるという、日本ではありえない状況でしたが、そのおかげで常にオペを間近で見学しながら術者の先生から直接解説を聞くことができ、毎回とても楽しかったです。また教授は女性の先生だったのですが、オペをたくさんこなされていて、さらに私にもご丁寧に説明して下さり、とても格好良かったです。また、内科外科合同の実習なので、わたしが見学した手術を受けていた赤ちゃんが、そのあと病棟で元気にしているのを回診の時に見ることができた時はとても嬉しかったです 

このように小児心臓外科の4週間では、病棟、カテーテル、HCU、オペと幅広く学ぶことができました。また、先天性心疾患の病態、治療を実臨床でこれほど多く見ることができる機会はそれまでに一度もなかったので、大変勉強になりました。

●3ヶ月間の実習を通して

このように3つの科の様々な現場で実習させて頂きましたが、どこに行っても英語で多くのことを教えようとしてくださる優しい先生や、手助けしてくれる学生に恵まれ、積極的に先生についていったり質問をしたりすることで、ボローニャに留学していなかったら学ぶことができなかったであろうことをたくさん学ぶことができ、大変貴重な経験となりました。  

【実習以外の生活】

3ヵ月もイタリアで生活できるという滅多に得ることができない機会を最大限満喫しようと、イタリア内の他の都市やヨーロッパの他の国に旅行に行ったり、イタリア料理を満足いくまで開拓したりしました。

ボローニャは空港にも中央駅にもアクセスが良く、様々な都市や国を訪れる拠点として最高でした。訪れた都市や国ごとにそれぞれ特徴があり、どれも歴史を感じられて大変美しかったです。3ヶ月間で訪れた場所の思い出は今でも目に焼き付いていて、一生の宝物です。

ボローニャで過ごすときは、名大に留学で来ていたボローニャの医学生やGAME-TEIプログラムで出会った友人と再会し、ホームパーティーや街歩き、アペリティーボなどイタリアの文化や地元の観光を体験させてもらいました。短い間でしたが本当にイタリアの医学生になれたような気がしてとても楽しかったです。

また、私は元々イタリア料理が大好きだったので、パスタやピザ、エスプレッソ、ティラミス、ジェラートなど様々な食文化も満喫しました。特にピザは現地の友人から様々なお店のピザをおすすめしてもらい、何種類ものピザを食べましたが、どれも美味しく感動しました。イタリアのスーパーは野菜や果物がとても新鮮で美味しいうえに安く、またオリーブオイルやバルサミコ酢も安く手に入るため、日々の自炊で現地の食生活を体験するのもとても楽しかったです。

【日本とイタリア医療の違い】

まず医療制度の点では様々な違いが見られました。ここでは2点について触れたいと思います。1つ目はイタリアでは「医療費無料」という制度になっているということです。しかしこれは条件付きで、「自分がある疾患と診断されたらそれに関する検査や治療の費用は無料」ということです。つまり、定期的な健康診断にはお金がかかります。「健康でいられるように定期的に検査をして予防しよう」という日本の考え方とは大きく違い、イタリアでは予防はあまり重視されておらず「病気になったら治す」というところに重きが置かれていると感じました。また、「無料」の医療を受けられるのは公立病院のみなのですが、公立病院ではその医療を受けるために大変長い間待たなければならないという大きな問題点もあります。命にかかわるような病態の患者さんの治療が優先されるため、例えば命に関わらない骨折のオペを受けるのには何ヶ月も待たなければならないことも多いそうです。救急外来でも大変長時間待たなければならないそうです。そのため、早く治療を受けたい人々はお金を払って私立の病院に行くそうです。2つ目は国民一人一人に家庭医が設定されているということです。国民は家庭医を自分で選ぶことができます。体の調子が悪い時に最初に家庭医に相談しなければなりません。そして大きな病院に紹介してもらいます。すぐに家庭医と連絡が取れるように、連絡先を開示している家庭医の先生もいらっしゃるようです。このように日本とは異なる点がたくさんありますが、私が聞いたイタリアの友人たちやホストファミリーは全員医療制度に満足していると言っていました。

次に医療現場での違いに関して3点触れたいと思います。1つ目は、イタリアでは1つの地域の中ではすべての病院の電子カルテで患者さんについての情報が共有されているということです。ある病院の中だけではなく、地域全体で患者さんをフォローできるのは画期的だと感じました。2つ目は日本と比べると電子化がまだ進んでいないということです。もちろん電子カルテをメインで使っていたのですが、先生方が紙のカルテの内容を電子カルテに入力されていたのをよく見かけました。また患者さんごとに書類を集めたファイルもよく用いられていました。先生方も、まだ紙から電子への移行期だとおっしゃっていました。3つ目は女性医師の割合が日本と比べて多かったことです。特に消化器内科や心臓外科は日本では男性医師が圧倒的に多いですが、イタリアでは多くの女性の先生がそういった科で活躍されていました。これを目の当たりにして、将来そういった現地の女性の先生方のように活躍したいと思うと同時に、まだ女性の医師が働きにくい科が多い日本の環境を変えるためには何が必要なのか考えたいと思いました。

【最後に】

私はこの3か月間で忘れられない思い出がたくさんできたと同時に、多くの面で成長することができました。この先どんなに難しい状況に陥った時でも必ずこの困難な経験を思い出し、前向きに取り組むことができるだろうと強く感じます。

そして私はこの3ヶ月間でイタリアという国が大好きになりました。日本と異なる点も多かったですがそこがとても面白く、イタリアに留学していなかったら得られなかった新しい視点も得ることができました。また留学して遠い国の医学生とも交流できたことで世界が広がり、またモチベーションも大きくなりました。3ヶ月間、優しく陽気なイタリア人たちに囲まれ、豊かな文化に浸り、医学の面でもそれ以外の面でも視野を広げたい皆さんにはボローニャ大学留学は最高におすすめです。イタリア語ができなくても必ず最高に楽しい留学になることを保証します!もちろんイタリア語ができたらもっと楽しいと思います。私は将来必ずまたイタリアを訪れたいと思っており、それまでイタリア語学習も続けたいと思っています。

最後に、今回このような大変貴重な経験をサポートしていただいた、粕谷先生や長谷川先生をはじめとする国際研究室のスタッフ皆さん、大学入学時から医学英語の授業をしてくださったイッツェル先生、受け入れ先のボローニャ大学の先生方やスタッフや友人たち、ホストファミリーやルームメイト、そして両親にこの場をお借りして感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

国立台湾大学留学体験記

所 奎一郎

【前書き】

私は台湾の国立台湾大学にて消化器内科、内分泌内科、家庭医学、腫瘍内科の4つの診療科を計2か月間にわたって留学・実習させていただきました。今年度は名古屋大学から台湾大学に留学した人は私一人でした。そのため渡航前は不安な気持ちでいっぱいでしたが、2か月間楽しく過ごすことができました。 

【病院と医療システム】

国立台湾大学は戦前に設立された旧帝国大学の1つであり、名古屋大学が設立されるより前の1928年に設立されました。名古屋大学と同様に、医学部のキャンパスと他学部のキャンパスは分かれており、医学部のキャンパスはメインステーションである台北駅から歩いて10分ほどのところに位置していました。まず、初めて訪問してみて驚いたのは病院の大きさです。国立台湾大学の病棟はABCD棟と4棟あり、それぞれが17階程度までありました。また、外来棟は別で設けていて、日本統治時代の病院を改装してそのまま利用していました。それに加えて、小児科棟は個別に設置されていて、来年にはマイナー科を集約した建物が建つとのことでした。私は台湾でトップの大学とはいえ大きすぎないかと疑問におもっていましたが、その理由は医療システムにありました。台湾は日本と同様に国民皆保険制度ですが選定療養費が存在せず、国民は初診で大学病院に格安で受診することができます。そのため、台湾で一番の病院である国立台湾大学病院に患者さんが殺到するためこれほど病院が大きくなっていました。病院の大きさだけでなく、カルテも大きく異なっていました。日本でいうところの「マイナ保険証」に相当する制度がしっかりと普及しており、個人の画像データもクラウド上で一元管理されていました。そのため、画像データを他院に転送する必要がなく、紹介がスムーズに行われていました。

【実習について】

消化器内科、内分泌内科、家庭医学、腫瘍内科を2週間ずつ見学させて頂きました。消化器内科は基本的に日本の内視鏡ガイドラインを参考にしているなど、日本とあまり変わらないという印象を受けました。基本的にはPBLの対面版のような形で教授とその週に入院した患者さんについてディスカッションをしながら理解を深めていくという形でした。日本で見学できていなかった肝生検を見学させて頂きました。内分泌内科では午前中にプレゼンテーションを聴き、午後は甲状腺エコーを観察させて頂きました。特に印象に残ったこととしてはディスカッションで糖尿病の外科手術について学んだことです。台湾では保険適用があり、BMI 37.5以上の患者さんには積極推奨となっているとのことでした。腫瘍内科は名古屋大学のポリクリで回ることがなかったので比較することはできませんが、医師1人につき午前中の外来で50-60人見るなどとてつもなく忙しい印象を受けました。実習内容としてはカンファレンスに参加し、CVポート設置などの処置を見学しました。主に外来および入院で化学療法を行なっており、隣接する研究棟と連携して臨床試験も行なっていました。最後に1番印象に残った科は家庭医学でした。家庭医学では外来見学からhospice home careに同行させてもらうなど色々な実習がありました。外来は台湾版CCDの医師が交代制で行なっている旅行者外来から老年外来など幅広いものがありました。hospice home careでは看護師2名と医師1名の方に同行させてもらい末期腎不全の90代の女性の方のお家に訪問しました。自宅で亡くなることに備えてターミナルの証明書の発行や今後の薬の種類や量について家族と相談していました。

【現地での生活について】

まず食事についてです。台湾の料理は全体的に薄味のものが多く、私の好みに合っていて大変おいしく感じました。食費も基本的に日本の7割程度ととてもリーズナブルでした。次に気候に関しては留学時期が23月だったということもあり少し肌寒い環境でしたが、コートやニットはいらない程度でとても過ごしやすかったです。最後に現地での自由時間についてです。フィリピンの語学留学で出会った台湾人の友達、同じ留学生仲間のオーストラリア人の子や日本から私を訪ねてくれた子らといろいろなところを観光しました。中でも一番思い出に残っているのは陽明山という山にオーストラリア人の子と登ったことでした。標高は1000 mほどとさほど高くはないのですが、傾斜はきつくとても大変でした。しかし、登頂後の達成感は大きく、とても心地よかったです。

【最後に】

素晴らしい先生方、友人、学生と出会うことができ、とても実りある経験となりました。このような貴重な経験を支えてくださった粕谷先生、長谷川先生をはじめとする国際連携室の方々、学務課の方々、国立台湾大学の先生方に心より御礼申し上げます。

所_訪問診療の先生と看護師さんと.jpg 所_台湾人学生とオーストラリア人の学生と.jpg

 

グダンスク医科大学への留学

上野 飛雄吾 

海外臨床実習派遣留学プログラムにおいて、ポーランドのグダンスク医科大学に11週間留学させていただきました。ここでは、留学を通して経験できたことを記述せていただきます。まず、グダンスクという地名は聞きなれないかと思いますが、ポーランドの北部の港町であり、実は第二次世界大戦が始まった場所としても知られています。また、ヨーロッパ内では街の美しい景観から、旅行地として有名であり、近年では中国・韓国からの旅行客も増えています(日本ではまだ無名ですが、、、)。そんな場所で約3か月間、グダンスク医科大学病院で実習をさせていただきました。

まず、病院実習について記載します。グダンスク医科大学にはEnglish divisionという、すべての授業・実習を英語を行い、将来英語圏で活躍する医師を輩出することを目的とした制度があり、そのグループに参加させていただきました。English divisionではアジア系を含めて世界中の国から学生が集まるため、日本人として参加しても留学生ではなく現地の学生だと思われてしまいます。授業や実習もすべて現地学生と同じスケジュール・ルールで行うので、現地学生と触れ合うことができる反面、先生には容赦なく踏み込んだ内容を聞かれたりします。また、日本での5年生の実習のように、毎週異なった科をローテーションするので、かなり多くの分野の実習を経験できました。授業自体も日本と異なっており、印象的だったのはtoxicology and emergencyの授業でした。そこでは、学生だけで麻薬中毒者や自殺未遂したばかりの患者さんから問診・身体診察を取って先生に報告し、患者さんについて先生と答え合わせしました。あまりにも刺激的で、日本ではできないことでした。ほかにも、endocrinologyの授業では、クラス全員(40人くらい)の前に患者さんを呼び、学生たちから質問を開始して疾患・治療法を当てるというものもありました。人数が多く、さらには積極的な学生もいるので、教室中で質問が飛び交っていました。このように日本とはかなり違う授業・実習でしたが、参加することで大変多くの内容を学習できました。特に、英語で多くの分野にわたって学習したい人・現地の学生と触れ合いたい学生にはグダンスク医科大学を強くオススメできます。 

 次に、文化の違いでショックを受けたことを紹介します。まずは、宗教についてです。ポーランドではキリスト教が信仰こうされており、若者の宗教離れが進んでいるものの、それでも国民の多くがキリスト教信者です。驚きだったのが、キリスト教は日曜日は安息日として考えられており、スーパーを含めて多くの店が日曜日に閉店することです。日本では、お店が一番繁盛する曜日である反面、ポーランドでは空いてすらいなかったのが興味深く、慣れていない自分は何度も日曜日に食料不足に陥っていました。また、様々な国の学生から成るEnglish divisionに所属していたため、学生の宗教も様々であり、食事においてはハラル食品しか食べられない人、牛が食べられない人などもいらっしゃいました。宗教とは関連がないですが、やはりヨーロッパの方々では環境意識の観点から肉製品を一切食べないヴィーガンやベジタリアンの方も多く存在していました。学生間でフードパーティーを何度か開催し、日本料理を持って参戦しましたが、そのたびに何らかの理由で自身の日本料理を食べられない人が多発してしまい、世界のすべての方が召し上がることのできる料理って意外と少ないと実感しました。食事一つに関しても、こんなにも文化に差がありました。ほかにショッキングだったことは食事の時間です。ポーランドでは日本の昼ごはんにあたる、1213時頃の食事は存在しません。食事のタイミングは、朝起きた時(breakfast)15時頃(dinner)・人によっては夜食(supper)が存在します。正午の昼ごはんという概念が存在しないため、実習は12-13時も休みなくそのまま終了の15時頃まで続き、おなかがグーグー言いながら勉学に励んでいました。その他、政治についても関心の違いを実感しました。どの先生方も生徒も政治に対しては自分なりの意見とそれを裏付ける根拠がしっかり存在し、政治の話題もかなりcommonなものでした。日本では、政治に興味がない若者が減っていると言われていることは承知でしたが、外国に行ってみるとその事実を実感せざるを得ませんでした。特に、戦争などが身近で生じているポーランドでは情勢も反映されて活発だったのかもしれませんが、自分の国のことを真剣に考えて熱い思いで意思表明する姿を見て、感動しました。物価は上昇しつづけるのに給料が上がらない日本、そして不安定な世界情勢のなか危機にさらされる可能性のある日本ですが、どのような未来にしていくのか、国民として責任をもってかかわることの重要さを感じました。これらの例のように、日本にいる間に、「当たり前」だと感じるようになっていたことが、外国では違っていて、多様性があることを感じさせられました

たったの3か月間でしたが、自分の人生観を変えるかけがえのない時間でした。留学のために準備を進められた名古屋大学の先生方および受け入れを許可していただいたグダンスク医科大学の先生方、現地で友人になっていただいた学生方には感謝しかありません。ありがとうございました。

上野_街並みと日本人たち.jpg 上野_日本大好きな教授.jpg 上野_友人たち.jpg 上野_国際ディナーパーティー.jpg

Duke大学・Stanford大学派遣臨床実習報告書

水谷 友香

私は米国のDuke大学とStanford大学で約2か月弱、臨床実習に参加する機会をいただきました。どちらも臨床・研究ともに世界的に評価の高い大学で、実際にその現場で学べたことは、私にとって非常に貴重な経験となりました。 

【留学の動機】

今回の留学を志した理由は、世界トップレベルの臨床・研究環境を誇るDuke大学とStanford大学で学ぶことで、自分の視野を広げ、将来の医師像をより具体的に描きたかったからです。私は、臨床と基礎研究の両面から患者さんに貢献できるphysician-scientist目指しており、その理想に近づくために、最前線で活躍されている先生方の姿を現地で実際に見て学びたいと思いました。

特に興味を持っているのは、脳神経外科領域で、なかでも膠芽腫をはじめとする脳腫瘍の研究です。現在、私は名古屋大学の腫瘍生物学講座に所属し、脳腫瘍に関する基礎研究に取り組んでいます。こうした背景もあり、海外の脳腫瘍の研究にも興味を持っていました。Duke大学では、脳腫瘍に対する免疫療法や腫瘍微小環境を標的とした研究が活発です。Stanford大学でも同様のテーマに取り組むラボが存在し、さらに脳卒中や脳腫瘍領域において世界的に活躍されていphysician-scientistが多く在籍しています。そうした環境の中で学べることは、将来を考えるうえで魅力的であると感じました。

また、私自身これまでにも、医学英語の授業や海外提携プログラム、短期のClinical ExternshipStanford NeurosurgeryでのVisiting Student ResearcherClinical Observerしての活動など、海外での経験を積んできましたが、これらは主6生以前に行ったものであったため病院実習に関しては主に見学が中心で、医療チームに深く関わることはできませんでした。

今回6年生として、実際に患者のカルテにアクセスし、現地の医学生と同じ立場でより実践的に診療に関わることができる点に大きな意義を感じました。これまでの経験や学びが、実際にアメリカの医療現場でどれだけ通用するのかを確かめたいという思いも、今回の留学を後押ししました。

Stanford大学での実習内容】

Stanford大学では、神経放射線科(Neuroradiology)で実習を行いました。reading roomでは、自分が事前に読影した症例についてresidentにプレゼンを行い、attending physicianの指導のもと最終所見を確認するという形式で行いました。加えて、Neuroradiologyのレクチャー、症例カンファレンス、Neurosurgeryとの合同カンファレンスにも参加しました。実習の最終日には、自分が興味を持った症例についてPowerPointでプレゼンを行い、これまでの学びを整理する機会となりました。実習期間中は、脳血管内治療(Neurointerventional Radiology)の見学も行い、さらに、もやもや病に対するバイパス手術や、脳卒中後のstem cell therapyを基礎研究から臨床応用まで発展させた世界的にに著名なphysician-scientitでありながら脳神経外科医として活躍されている先生の手術にも立ち会うことができました。

習前から関心を持っていたのは、急性期脳梗塞における灌流画像解析システム(CT Perfusion)の活用です。日本では導入が限定的である一方、アメリカでは治療方針の決定に積極的に活用されており、その利点や課題、実際どのように診断に使っているかについて現場の先生方から直接学ぶ貴重な機会となりました。特に、Stanfordは世界的に注目された臨床試験「DEFUSE 3 trial」を主導した施設です。この試験では、CT灌流画像を用いて虚血コアとペナンブラを定量的に評価することで、発症から616時間が経過した急性期脳梗塞患者に対しても血栓回収療法が有効であることが示され、NEJMに掲載されました。従来の「6時間以内」という治療時間の常識を覆し、臨床に大きな変革をもたらしたこの試験の施設で実施に学べたことは非常に貴重な経験でした。また、指導医の先生の中には、CT灌流画像が診断に大きく貢献した実際の症例を紹介してくださる方もいらっしゃってとても興味深かったです。

また、脳血管内治療において動脈瘤に対する塞栓術のデバイスである「W-EB」についても、日本での臨床導入が近年始まったばかりの段階だったため、すでに多くの症例経験を持つアメリカの医師の意見を直接聞くことができ、大変興味深かったです。

曜日ごとに異なattending physicianと接する中で、それぞれの先生の考え方や診断の視点の違いにも触れることができました。質問に対しても丁寧に解説してくださり、なかには自身の過去の症例画像を引き出して説明してくださる場面もありました。特に最終日の症例発表では、これまで疑問に思っていたことを先生方と議論でき、有意義な時間となりました。

Duke大学での実習内容】

Duke大学では、血液・腫瘍内科(Hematology-Oncology)のチームにSub-internとして加わり、非常に実践的で刺激的な臨床経験を積むことができました。124週目は血液腫瘍の病棟チームに、3週目は固形腫瘍のコンサルトチームに所属し、カルテ確認、問診、身体診察、プレゼンテーション、オーダー入力、カルテ記載といった一連の業務を、担当患者2名を受け持ちながら実践しました。受け持ち患者の情報は、ナイトチームからの申し送りを受けた後に確認し、回診時には昨日の回診以降に起こった出来事の要点を報告し、残されたプロブレムに対するその日のマネジメントプランを提案します。身体診察を行い、患者に検査結果の説明やその日の予定を説明するなど、実際の医療チームの一員として貢献する経験はとても貴重でした。また、英語環境で患者を担当し、臨床・研究・教育が密接に結びつく現場を体験できたことは、非常に有意義な経験となりました。 

Dukeでは多くの医師が臨床治験に積極的に関与しており、新たな治験に参加している患者も多く見られました。日々の診療と臨床研究とが密接に結びついている現場の空気は非常に印象的で、医療が常に進化の最前線にあることを実感しました。診療の場では、疾患に対する鑑別診断のアプローチや治療戦略についても回診中に丁寧な指導を受けることができ、実践的な臨床思考力を養う貴重な機会となりました。特に回診では、チーム全体で8名の患者を午前中3時間近くかけて一人ひとり丁寧に回るスタイルに触れ、日本の回診との違いにも驚かされました。一方で、レクチャーは30分程度と比較的コンパクトに行われ、疾患の詳細な病態解説というよりは、治験結果のグラフやエビデンスをもとに、治療がどのように変遷してきたかという視点から教えられることが多く、教育スタイルの違いを実感しました。

特に印象深かったのは、Neuro-oncology(脳腫瘍)外来のシャドーイングです。(Hematology-OncologySub-internとしての業務は、午前中の回診とカルテ記載が終わった後は、基本的にresidentとともに新規入院患者の診察に同行する程度であり、学生にとってその参加は必須ではありませんでした。そのため、午後の時間は自分の興味のある分野にあてるようにしていました。) Dukeは脳腫瘍領域の研究に非常に力を入れており、私がシャドーイングした際には、high grade gliomaに対する治験だけでも13件が進行中でした。中でも、再発性膠芽腫に対する改変ポリオウイルス (Dukeの基礎研究室で研究されており、実際に治験まで至った)IDH inhibitor + 免疫チェックポイント阻害剤併用の治験など、革新的な取り組みが多数行われており、基礎研究と臨床が密接に連携している様子を間近で見ることができました。

その中で、ある患者さんとの面談にも同席する機会がありました。複数箇所に再発した膠芽腫の方で、特定のCAR-T治療 (標的分子となる変異がなかったため)や改変ポリオウイルス治療 (複数箇所再発のため)が適応外である中、患者さんとご家族に対して治療選択の提案 (他のCAR-T治験や一般的な治療など)を丁寧に行うneuro-oncologistの姿がとても印象的でした。その現実を目の当たりにして、現時点でのglioblastoma治療の限界と、より良い治療選択肢を提供するための研究・治験の重要性を強く実感したとともに、自分自身もいつかそのような患者さんのために将来研究にも力を入れて働きたいと強く思った出来事でもありました。

実習を通じて、米国の医学生が実際のチーム医療の中でどれほど主体的に動いているかを学ぶことができました。自分が担当した患者については、検査結果をふまえて治療提案まで行うことが求められ、座学で学んだ知識を現場で応用する機会に恵まれました。また、臨床と研究を両立されている先生方が多く、なかには臨床を年に数週間のみに限定し、残りを研究にあてている方もいらっしゃり、それぞれが自身の時間の使い方を工夫しながらキャリアを築いていることが印象に残りました。 

【医療文化・教育システムの違い】

Stanfordの医学生は、研究活動への参加が非常に活発であることが印象的でした。授業はオンデマンド形式が主流で、講義は自宅で視聴し、日中はラボでの研究や課外活動に時間を充てるなど、自分のスタイルに合わせた柔軟な学び方が浸透していました。医学の勉強は当然のこととされ、そのうえで研究や社会活動にも積極的に取り組む姿勢に大きな刺激を受けました。

米国では、医学部に進学する前から基礎研究の経験が求められることも多く、とくにアカデミックな大学の医学部を志す学生は、高校生や学部生の頃から積極的に研究に打ち込んでいます。そうした背景が、医学生の高い研究志向や主体性に繋がっているのだと感じました。

また、医学生の臨床実習における役割も日本とは大きく異なります。米国では、医学部卒業後すぐに希望する専門分野でレジデントとして研修を開始する仕組みであるため、学生のうちから高いレベルの臨床参加が求められます。13名の患者を担当し、毎日回診・プレゼン・検査や薬剤のオーダー、患者への説明まで行い、実質的には日本の初期研修医に近い役割を担っていました。

特に印象的だったのは、医学生であっても治療方針の提案が求められ、それが実際にチーム内で議論・採用されるという点です。学生という立場に関係なく意見を求められる文化があり、教育は一方通行ではなく、常に対話的・参加型であるという姿勢が強く感じられました。フィードバックも頻繁に行われ、学びをその場で深めていく教育環境に、大きな魅力感じました。

さらに、どの診療科でも週1回「Grand Rounds」と呼ばれる講義があり、学外からその分野の著名な専門家を招いて最新の研究成果や臨床知見を学ぶ機会が設けられていました。こうした継続的な学びの機会が、医療者としての専門性をさらに高める仕組みとして機能している点にも感銘を受けました。

滞在生活と交流、多くの素敵な出会い】

Stanford滞在中は、多くの日本人医師の先生方と直接お話しする機会があり、日米の医療制度やキャリア形成、生活スタイルなどのお話を伺うことができました。脳神経外科領域では、fellowを経てfacultyとして活躍されている先生や、研究留学に取り組まれている先生方と交流し、それぞれの渡米の背景や今後の展望について伺うことができました。さらに、移植外科の日本人の先生のご厚意で、surgery facultyresident向けのレクチャーや回診に参加させていただきました。他にも何人かの先生方とお食事にもご一緒させていただき、温かく迎えてくださったことに感謝の気持ちでいっぱいです。

また、Stanfordの近くにあるUCSFでは脳腫瘍免疫研究をされている岡田先生のラボを訪問し、留学中の日本人研究者の方々と交流しました。名大の脳神経外科医局出身の先生方や、ドイツの脳外レジデント、米国で医学部進学を目指す技術補佐員の学生など、多様なバックグラウンドを持つ方々との出会いはとても刺激的でした。Stanfordで以前お世話になった研究室のラボミーティングにも参加したり、医学生や他国からの実習生とも交流でき、実り多い時間となりました。

Duke滞在中には、UNC(ノースカロライナ大学)を訪問し、昨年夏に名大開催のプログラムに来られていたDr. Larson先生に病院や教室、シミュレーションセンターをご案内いただきました。UNCDukeの違いや、大学としての注力分野、医師の働き方についても学ぶことができました。また、名大に留学していたUNCの学生Rayくんや他の学生と共にキャンパスを回ったり、偶然にも名大と関わりのあるUNCの日本人医学生ともお会いしてお話しました。さらに、昨年夏に名大に来られていたDukeDr. Gordon先生にもお会いし、日曜日に救急科の見学の機会もいただきました。

滞在中はホームステイ先のFredJennyに温かく迎えていただき、夕食に連れて行ってくださるなど、非常に親切にしていただきました。さらに、約20年前に名大を卒業し、6年次にアメリカ実習を経験され現在UNCで研究されている長谷川先生ご夫妻に観光名所に連れて行っていただいたほか、学生時代にDukeで実習され現在も米国で活躍されている原田先生やご家族にもお会いし、ご飯にも連れて行っていただきました。原田先生が企画してくださった懇親会では、DukeUNCで基礎研究に取り組む日本人の医師の方々とも交流できました。

Dukeでの実習後は、ボストンで開催された米国最大の脳神経外科学会AANSAmerican Association of Neurological Surgeons)に参加しました。私はDuke留学学内応募の段階からこの学会に参加したいと思っており、昨年秋頃にはこの学会に演題を出し、e-posterとして採択されていたので発表者としての参加でした。AANSは毎年4月末または5月上旬に開催される学会ですが、今年は運よくボストン開催でありちょうどDukeでの実習が終わった直後の開催でした。脳神経外科医であり女性で研究にも力入れている自分が憧れている先生方の講演をお聞きしたり、興味のあるsessionに参加したり、脳神経外科領域の最新の知見や研究を学ぶことができて大変面白かったです。

また、ボストン滞在中には、名大卒でハーバードMPH(公衆衛生大学院)1年留学されている布施先生や、そのネットワークを通じてMPHに在籍する日本人医師の方々、MGH (マサチューセッツ総合病院)で脳腫瘍の研究をされているneuro-oncology専門のDavid先生(ウィーン医科大学出身で学生時に名大で交換留学実習された先生)や日本人女性脳神経外科医で脳腫瘍の研究留学されている先生ともお会いできました。MGHの脳腫瘍研究ラボも見学させていただき、米国でのラボ設立に至るまでの道のりや米国研究環境についても学ぶことができました。

振り返ってみると、今回の滞在では名古屋大学とのつながりのある多くの先生方や学生と出会う機会に恵まれました。このように、多くの先生方と出会い、つながることができ貴重な経験ができたのは、名古屋大学が長年築いてきた国際的なネットワークのおかげです。多くの方に温かく支えていただきながら得たこの経験は、私にとって何ものにも代えがたい宝物となりました。このような出会いと経験を得られたことに、心から感謝しています。 

【これらの経験を通して】

アメリカでの2ヶ月間の臨床実習は、今後のキャリアを考えるうえで非常に貴重な経験となりました。最も印象に残っているのは、Dukeで長年attendingを務める教授からいただいた以下の言葉です。

"Your presentations and treatment plans for your assigned patients have been excellent, which clearly shows you have the ability. I think you can contribute even more by sharing your thoughts during discussions about other patients as well, even when I am talking with the resident about their patients' cases. Don't hesitate to suggest plans or differentials. Your input is valuable, and you should be confident in what you bring."

医学生である私に対しても能力を認め、「もっと貢献できる」と励ましてくださったことは本当に嬉しく、大きな自信につながりました。学生であっても、診療チームの一員として積極的に議論に参加する姿勢が求められる環境に身を置いたことで、自分の関わり方を見直すきっかけにもなりました。実際に意見を求められ、チームに貢献できたことを通して、臨床に向き合う姿勢や自己主張の大切さを学び、自信を持って発言する意義を実感することができました。

また、実習を通して出会った多くの医師の先生方、特に臨床と基礎研究を両立されているphysician-scientist達の存在は、私にとって大きな刺激でした。たとえば、DukeNeuro-oncologyチームでは9人の臨床医のうち、3人が基礎研究ラボを運営されており、ラボと診療の両立には米国でも多いわけではなくやる気が必要であることを感じました。一方、StanfordNeurosurgeryfacultyでは、基礎研究ラボを持つ先生が多数おり、研究を重視する文化がより根付いている印象を受けました。実際、Stanfordの医学生の中には「研究がしたくてこの医学部を選んだ」と話す学生も多く、彼らの姿勢から大きな刺激を受けました。アメリカでは、医学部卒業後にresidencyを経てfellowshipで専門分野を深め、その後assistant professor → associate professor → professorとステップアップしていくシステムが一般的ですが、早い方ではfellowship終了直後に自身の研究室を立ち上げるケースもあるそうです。

私も、将来は臨床と研究の両軸で活躍するphysician-scientistを目指しています。今回、実際にその道を歩んでいる先生方や、これから進もうとしている若手の先生方と直接お話しできたことで、自分の目標像がより明確になりました。彼らの姿が、私にとってのロールモデルとなり、「いつか自分もこうなりたい」という強い思いが芽生えたことは、留学で得た何よりの収穫です。

【最後に】

今回の研修を通じて、日米の医療・教育・文化の違いを体感し、多くの素晴らしい人々との出会いに恵まれました。この経験を通して、自分が目指す医師像がより具体的になり、将来は臨床と研究の両面から社会に貢献していきたいという思いが一層強まりました。 

最後に、この貴重な留学の機会を支えてくださったすべての先生方、皆さまに、心より感謝申し上げます。

まず、準備段階から多大なご支援をくださった粕谷先生、長谷川先生をはじめとする国際連携室のスタッフの皆さま、低学年の頃から医学英語を丁寧に教えてくださったItzel先生、また派遣前留学研修でお世話になった先生方に、深く御礼申し上げます。また、本留学を経済的にご支援くださった柴原慶一基金にも、心より感謝申し上げます。さらに、実習を温かく受け入れてくださったDuke大学およびStanford大学の国際連携室の方々、実習中にご指導くださった多くの先生方、ホームステイ先で温かく迎えてくださったJennyFred、そして米国滞在中に貴重な時間を割いてお会いしてくださった先生方や学生の皆さま、現地の方々を紹介してくださった先生方にも、心から感謝いたします。

また、長年にわたり名古屋大学の国際連携を支えてこられたすべての方々の尽力があってこそ、今回のような実習が実現できたことを改めて実感しております。

この場を借りて、改めて厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

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Fikaの時間に学んだこと

杉原 陸斗

私は2025年春、スウェーデン南部にあるルンド大学で2か月間の臨床実習に参加しました。ルンド大学はヨーロッパ有数の歴史と研究実績を持つ大学で、今回私は1か月目に集中治療部(ICU)と麻酔科、2か月目に救急科で実習を行いました。現地の医療現場を間近で見て、医療制度や文化の違いを体感し、自らの臨床力や語学力を高める貴重な経験となりました。

ICUでは、重症患者を複数名受け持つ指導医の先生に同行し、患者の経過を日々追いながら、呼吸管理や栄養、鎮静といったテーマについて学びました。日本の学生実習とは異なり、診察の機会は限られていましたが、同じ患者を毎日追うことによって、時間経過とともに患者状態がどう変化し、それに対して医療者がどう判断していくかを観察することができました。麻酔科では整形外科と一般外科の手術に立ち会い、麻酔導入や術後管理、伝達麻酔について学びました。先生方が丁寧に質問に答えてくださり、麻酔の知識に加えて、スウェーデンの医療制度や働き方の特徴についても多くのことを聞くことができました。

2か月目の救急科では、整形外科系・外科系・内科系のチームに日替わりで参加しました。最初の1週間は見学中心でしたが、2週目以降は患者を自分で診察し、病歴聴取や身体所見のまとめ、医師へのプレゼンテーションも任されるようになりました。123人の患者を受け持ち、時には縫合や結果説明も経験させてもらいました。語学の壁や医学的知識の差に戸惑うこともありましたが、事前に日本で学んだ医学英語やプレゼンテーションの訓練が実践に活かされる場面も多く、日々成長を実感できました。

スウェーデンの医療現場は、日本と比べて落ち着いており、1人ひとりの患者に時間をかけて対応している印象を受けました。その反面、患者の待ち時間が非常に長くなるケースも多く、医療の質や効率性は国民性や社会制度に強く影響されるものだと考えさせられました。また、スウェーデンでは気管挿管や麻酔維持といった処置を、特別な訓練を受けた麻酔看護師が担当しており、医師と看護師がそれぞれの専門性を活かして協働している姿も印象的でした。

生活面では、ルンド市内の治安は非常に良く、徒歩や自転車での移動も快適でした。物価は高めだったので自炊を中心に、現地の食文化も楽しみました。週末にはストックホルムやコペンハーゲンを訪れ、北欧の街並みや文化にも触れることができました。また、現地の学生との交流や留学生向けのワークショップに参加する機会も多く、Fikaというコーヒー休憩文化を通じて、医療者や学生同士の何気ない会話やつながりが深まっていく様子を肌で感じました。

この留学を通じて、語学力・医学知識・異文化理解のいずれも向上したと感じています。同時に、今後自分がどのような医師を目指すのかという将来像についても深く考えるきっかけになりました。今後は国際的な視野を持ちつつ、日本の医療に貢献できる臨床医を目指し、日々の学びを大切にしていきたいと思います。

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ミュンヘン大学留学体験記

西澤 和孝

私は今春、ドイツミュンヘンのルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン(LMU)で、6週間の留学を経験しました。前半4週間は、Neurology Winter Schoolに参加し、後半2週間は、追加で脳神経内科で実習させていただくという、脳神経分野を重点的に学ぶことができた6週間でした。私にとって初めての海外留学であり、英語で十分にコミュニケーションを取れるか、そして現地に馴染んでいけるか大きな不安を抱えていました。しかし振り返ってみると、先生方や家族、友人、現地の仲間など、多くの人々に助けてもらいながら、非常に充実した、そして楽しい日々を過ごすことができました。そんな思い出深い留学体験を、Winter School、追加実習、現地の生活の3つに分けて振り返っていこうと思います。

Winter Schoolについて】

Winter Schoolは、世界中から集まった医学生とLMU学生がバディとなり、LMU大学病院(Großhadern)での病棟実習や少人数講義に参加する短期プログラムです。Winter SchoolNeurologyOncologyに分かれており、私は他の9人の仲間とともにNeurology Winter Schoolに参加しました。

午前は、脳神経内科の病棟での実習でした。治療方針決定のために短期間患者が滞在する病棟に配属され、採血やIVラインといった手技、そして患者さんの神経診察を行いました。このとき私のバディのLuisaは、患者さんの話をドイツ語から英語に翻訳してくれたり、採血の手技を教えてくれたりと、多くの場面で私を助けてくれました。また、Luisaだけでなく、病棟のPJ Student(医学部6年生)も翻訳や手技の補助を快く引き受けてくれ、彼らのおかげで私はより意欲的に実習に取り組むことができました。この時に感じたことですが、ドイツの医学生は、患者の紹介先の病院に書類を書いたり、病棟回診の時に上級医の診察をカルテに記載したりと、日本の医学生に比べてはるかに多くの仕事をこなしていました。すでに日本の専攻医のような働きをしており、同じ医学生として大きな差がついていることを実感し、ショックを受けました。また、この病棟実習を通して、私は日本で経験したことのない多くの疾患を見ることができました。腎移植後の免疫抑制に伴う進行性多巣性白質脳症(PML)HIV関連のトキソプラズマ脳症、中枢神経原発リンパ腫といった、希少な疾患を経験できたことは、脳神経内科に対する私の関心を一層強いものにしました。

お昼休憩は1時間しっかり確保されており、バディのLuisaは、「休憩は重要な仕事の一つで、これを怠るのは愚かだ」と教えてくれました。病院内には大きな食堂があり、パリパリに焼いた骨付き肉のような本格的なバイエルン料理も出てきて、本当に美味しかったです。

午後は脳神経に関わる各分野の専門家たちが、めまい、脳腫瘍、運動疾患、てんかんといった様々なテーマについて講義をしてくださいました。てんかんにはAuraという前兆症状があること、垂直性眼振は中枢性の病変を強く示唆すること、脳深部刺激療法(DBS)は実は刺激ではなく抑制だということなど、興味深い話を多く聞くことができ、これだけ脳神経に関して満遍なく学べたのはNeurology Winter Schooという良く構成されたプログラムならではだったと感じています。講義を通して私は、Winter Schoolの仲間の意欲的な姿勢からも大いに刺激を受けました。どの学生も疾患についてよく理解しており、授業中に積極的に質問して、ディスカッションを仕掛けていました。日本では、講義の最後に質問のための時間が取られて、その時に質問が出るということが多いと思いますが、Winter Schoolでは、生徒が質問したい時に自由に質問しており、その場で双方向的に議論が深まっていく点が魅力的でした。

また、ウィンタースクールでは実習や講義だけでなく、世界中の学生と交流する機会が多い点でも充実していました。近くの街への遠足もプログラムに含まれており、そこで自分の知らない文化の話を聞けたこと、また周りから日本がどう見えているのかを知れたことは、楽しく、そして興味深かったです。なにより、異なるバックグラウンドを持つ仲間と助け合って実習を乗り越えたという経験が、自分の幅を更に広げてくれたと感じています。

【追加実習について】

追加実習では、主に脳神経内科の外来を見学しました。初めのガイダンスでProf. Dimitriadisからstroke ambulancedementia ambulanceを見てもらうと言われ、救急車を見るのか?認知症の救急車って何?と思いましたが、どうやらドイツ語でAmbulanzが外来診療部門という意味だったようで、私は脳卒中のフォローアップ外来や、認知門専門外来を見させていただきました。外来では、先生方が診察でのポイントについて丁寧に説明してくださり、患者さんの協力を得た上で実際に神経診察を取らせてくださいました。このとき、多くの患者さんが診察に協力的で、海外からの実習生を温かく歓迎してくれたのが印象的でした。

追加実習の期間は、Winter Schoolとはまた違った側面から充実しており、この2週間の実習を希望して良かったと強く思います。Winter Schoolではすでに用意された最善のプログラムの恩恵を受けることができた一方で、追加実習では実習内容が私自身に大きく委ねられており、自分の意志に沿って自由に見学内容を決めることができました。外来に留まったり、病棟に参加したり、脳波や筋電図といった検査を見学したり、あるいはepilepsy unitstroke unitの見学をしたりというように、興味のある部門を自由に回り、そこで働く検査技師や医師の方々から、各部門のエッセンスをお聞きすることができました。特にWinter Schoolであまり見られなかったepilepsy unitを訪ねて、お話を聞けたことが印象的で、てんかんへの苦手意識が減ったどころか、一気に関心分野となりました。

【現地での生活】

現地での生活でなにより感じていたことは、常に何か問題を抱えていたということです。予定時刻よりも早く出発するバス、アラビア語しか通じないairbnbのオーナー、3時間以上動き続ける洗濯機、そんな日本では遭遇したこともないような色々なトラブルが、常にどこかで起こっていました。しばらくは戸惑っていましたが、逆にトラブルは起こって当然だと次第に開き直ることで、予想外のことも含めて生活を楽しめるようになりました。

現地の生活で特に好きだったのが、ビール、プレッツェル、湖の三つです。ビールは本場なだけあって、スーパーで買えるものまで含めて、安くて美味しかったです。プレッツェルは最初は固くしょっぱくて美味しくないと思ってたのに、今思い返すと毎日買って食べていました。やはり現地で愛されるものには相応の魅力があるのだと思います。食べ物に関して、6週間という短期間だったからか、日本の食べ物が恋しくなることはあまりなく、むしろパン、ジャガイモ、豚肉といった現地食をどんどん気に入るばかりでした。湖というのは、ミュンヘン市内から1時間くらいで行けるStarnberg湖やTegernsee湖のことで、街から少し離れるだけで静かな自然が現れる環境が羨ましいと感じました。Starnberg湖に限って言えば、Prof.Remiが病院内の廊下でお勧めしてくださったもので、「ミュンヘンに留学に来て病院ばかりにいてはいけない。湖や山、川を見ることも重要だ。」と言ってくださいました。湖や川は静かな場所で、白鳥がゆったりと泳いでおり、仕事終わりの人々が来てくつろいでいました。ミュンヘンの人々にとって、近くに自然があるというのは大事なことであり、心のゆとりの源になっているのだと感じました。

今回の留学を通して私が学んだことは、日本人のSilentSmilingは海外では美徳ではないということです。現地生活が始まった頃、日本人の特徴は3S (Silent Smiling Sleeping)だという話を聞き、これはまさに、聞き取れなかった英語を愛想笑いで誤魔化す僕のことだ、と思ったことを鮮明に覚えています。SilentSmilingは場面によっては日本人っぽいと喜んでもらえるかもしれませんが、海外で何かを学んだり、そこで馴染みたいと思うならば、もっと積極的に、そして正直にならないといけないと感じました。これまで私は、黙っていれば0で、間違ったことを言ったらマイナスだという感覚が自分の中にありましたが、本当のところは、沈黙は関心がないと示しているようなものでマイナス、逆に間違えても完璧じゃなくても何かを言えるだけでプラスなのだと実感しました。また、相手の英語が分からなかった時、愛想笑いで済ませるのではいつまでも成長せず、勇気を出してsorry?と聞き返すことが大事なのだと知りました。今後、SilentSmilingは成長の機会を奪いうるということを認識し、海外で積極的に取り組んだ自分を忘れないでいきたいと思います。

最後になりますが、学生時代にこのような貴重な留学体験をできたのは、粕谷先生、長谷川先生を始めとする国際連携室の皆様、医学英語の授業で力を伸ばしてくださったItzel先生、そして素晴らしいプログラムを企画し、追加実習を受け入れてくださったDimitriadis教授はじめとするLMUの先生方のおかげです。この経験は、私にとって生涯続く財産となると確信しております。本当にありがとうございました。

西澤_お世話になった病棟で.jpg 西澤_食堂の骨付き肉.jpg 西澤_Winter Schoolのメンバーと.jpg 西澤_旅行先で名大同期と.jpg

イギリスでの臨床実習を終えて

武市 理央

20253月からの2か月間、イギリスにて貴重な臨床実習の機会をいただきました。私はニューカッスル大学では乳腺外科、エジンバラ大学では救急外来を中心に実習を行い、さらに短期間ながらグラスゴーの総合診療(General Practice, GP)にも足を運ばせていただきました。日本とは異なる医療制度や、現場で働く医師・医療スタッフの姿勢、患者さんとの関係性など、多くの学びを得た実習となりました。

【ニューカッスル大学】

ニューカッスルはイングランド北部に位置し、産業と学術が共存する活気ある都市です。3月にはまだ雪が舞う日もあり、冬の寒さが残る中、Royal Victoria InfirmaryRVI)にて4週間の乳腺外科実習に参加しました。

日本では、乳腺外科医が診断から手術、薬物治療、さらには終末期のケアまで一貫して担当することが多い一方で、イギリスではブレストケアチームとして、乳腺外科医・放射線科医・腫瘍内科医・病理医・GPなどが明確に役割分担を行い、専門性を活かしたチーム医療が行われていました。毎週金曜日に多職種カンファレンスが行われ34時間かけて治療方針が熱心に議論されていました。

印象的だったのは、外科手術の効率性と合理性です。麻酔ルームで全身麻酔を導入された患者が手術室に入り、手術終了後はすぐにリカバリールームに移動、次の患者がそのまま眠った状態で搬入される、という連続したフローが確立されており、オペ室の回転率は非常に高く、1日で最大5件の手術が同一室で実施されることもありました。また、ドレーンを挿入した状態でも日帰りで手術を終え自宅に戻る患者も多く、外科医療のあり方に新たな視点を得る機会となりました。

美容面を重視する患者さんも多く、腫瘍摘出後に健側の乳房を縮小する手術や、同時再建術が日常的に行われていました。術式のバリエーションや、患者さんのQOLを高めるための医療の在り方について学びが多くありました。

また、留学生に対しても非常に開かれた雰囲気で、実習では、外来見学や予診、手術の助手、病理部の見学、放射線科で生検やマンモグラフィーのお手伝いなどを行いました。先生方は学生に積極的に手技を体験させようという姿勢で、実際にたくさんの手技を経験させていただきました。将来、乳腺外科を志す私にとって、臨床の最前線で他国の実際の診療に触れられたことは、今後のキャリアに直結する貴重な経験でした。

【エジンバラ大学】

次に訪れたエジンバラは、ハリーポッターの町ともいわれ、歴史と文化の美しい街であり、小雨が似合う落ち着いた雰囲気が印象的でした。私はRoyal Infirmary of EdinburghWalk-in救急外来で実習を行いました。 

イギリスではNHSNational Health Service)の制度に基づき、救急外来では受付から4時間以内に「入院か帰宅か」の判断を下す必要があります。そのため、現場の医師たちは非常に忙しそうに動いていましたが、そんな中でも私のような留学生に対して、問診の機会や画像・検査結果の評価を一緒に考える時間を丁寧に設けてくださる教育的な姿勢に感銘を受けました。私は、次から次へと積まれていく患者さんの情報のファイルを手に取り、患者さんをブースに呼び入れて予診や身体所見をとるという役割でした。より実践的な実習であったため、自分の知識不足に悩むこともありましたが、先生方の温かいご指導のおかげで大きく成長できたと思います。 

また、隣の建物に位置する乳腺外科にも、自ら交渉し見学をさせていただくことができました。受け入れてくださった医師や看護師の皆様には心より感謝しております。エジンバラでも再建手術は非常に頻繁に行われており、脂肪移植や同時再建など、これまで日本では数回しか見学できなかった手術を、毎日のように目にすることができたことは大変貴重でした。

【グラスゴー・GPGeneral Practice)での見学】

また、名古屋大学と関係の深いグラスゴーのGPであるローガン先生ともお会いする機会をいただきました。先生の診療所では、子どもの風邪症状から、大学病院での検査結果を受けてのフォローアップまで、幅広い疾患に対応する地域医療の実際を間近で見学することができました。GPとしてどのような医療を患者さんに提供したいのかという先生のお話を伺うことができました。大病院とは異なる、患者さん一人ひとりとの信頼関係を重視した診療スタイルに触れ、全人的医療の意義を再確認する機会となりました。

NHSシステムと医療者の働き方からの学び】

イギリスでは医療費は税金により賄われており、すべての国民が公平に同じ水準の医療を受けられるよう、NHSが医療アクセスを厳格に管理しています。GPがゲートキーパーの役割を担い、大学病院などの高度医療施設へアクセスするにはGPの紹介状が必要です。一見すると「受診しづらい」との印象を持つ制度ですが、がんと診断された患者には35日以内の診察保証があるなど、優先順位の高い疾患には迅速な対応がなされており、医療資源の適切な配分が制度的に工夫されていると感じました。

また、事務作業の簡略化が進んでいて、音声入力によるカルテ記載や電子カルテ情報がNHSのアプリを通じて患者自身にも共有されており、紹介状がなくても病院間で情報が連携されている点も印象的でした。私も実際に音声入力を体験させていただきましたが、精度の高さに驚きました。

医師の働き方についても注目すべき点が多くありました。朝8時頃に勤務を開始し、夕方17時には退勤あい、週単位での休暇取得も一般的で、医師が家族や自分の時間を大切にしながらメリハリをもって働く文化が根付いていました。患者数が増加する少子高齢社会を迎えている日本においても、医療資源や労働環境の再考が求められていることを強く感じました。 

【おわりに】

入学当初より目標に掲げていた臨床派遣留学を、こうして無事に終えることができたことを心よりうれしく思います。この実習を通じて得た知見や視野の広がりは、今後の医師人生の土台として、確実に活かされると確信しています。協定外校のニューカッスル大学と今年が初派遣のエジンバラ大学でしたので、事前情報が少なかったり、一緒に名古屋大学からきている友達がおらず、心細いときもありました。自信のあった英語も、本場の臨床現場では聞きたいことが聞けなかったり、患者さんと先生のスピードについていけなかったりともどかしいもいをすることもありました。しかし、留学生である私を温かく迎えいれて、声をかけてくださった患者さん、先生、ナースや医療スタッフの皆さんの優しさのおかげで2か月の実りある実習ができたと思います。院内で道に迷いうろうろしているとすぐに声をかけて目的地まで連れて行ってくださった受付スタッフのかた、「名古屋から来たの?私も名古屋に行ったことあるのよ」と予診中に旅行話に話が咲いた患者さん、救急外来のナースステーションで座っているとベッドから声をかけてペースメーカーの音を聴診させてくださった患者さん、「こんなに天気がいい日にオペ室にいるの?エジンバラにはもっと素敵な場所があるのよ」とおすすめの観光地やレストランをメッセージしてくださったオペ室の看護師さんなどなど、たくさんの方の優しさに囲まれた2か月間でした。毎日8時から17時までオペの助手に4件も5件も入ったり、忙しそうな先生方の隙間を狙ってプレゼンをさせていただいたりと大変な時もありましたが、自分から積極的に声をかけて実習に参加させていただくことで、どんどん新しいことに挑戦させていただけました。 

最後になりますが、貴重な学びの機会を与えてくださったすべての方々に感謝を申し上げます。ありがとうございました。

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ノルウェー科学技術大学への留学

服部 真明

私はノルウェー第3の都市トロンハイムにあるSt.Olavs Hospitalで実習をしました。豊かな自然と優しくて自立したノルウェー人に囲まれて過ごした3ヶ月間の中でたくさんの発見がありました。

【ノルウェーの医療】

日本と大きく違うと感じた点は2つあります。1つ目は政府主導で、医療が効率的に運営されている点です。ノルウェーでは日本と同じ面積の国土にたった500万人が暮らします。GP制度が取り入れられており、大学病院は4箇所しかありません。私が実習したSt.Olavs Hospitalはその1つでした。4つの大学病院で中心となるのは首都にあるOslo University Hospitalです。各地域で高度な治療が必要と判断された患者さんは国が手配した飛行機でこの病院に送られます。カルテは全国で統合されているため、他病院での記載や検査結果もすぐに閲覧することができます。このように首都の大学病院に専門的な人材や設備を集約し、情報をスムーズに伝達することで効率的な医療が行われていると感じました。

2つ目の違いは、ヒエラルキーがほとんどなく、個人が自立している点です。3ヶ月の実習中に性別や年齢、職種、国籍の壁を感じる場面はありませんでした。男女とも90%以上育休を取得し、16:00までの勤務が当たり前とされます。また医局制度がなく、多くの医師が科や病院を自由に選択します。実際に5つの科を渡り歩いてきた医師にも遭遇しました。また医師と患者の関係もフラットで、お互いの要望や疑問をストレートにぶつける様子が見受けられました。

【実習】

2月は神経内科、3月は小児科、4月は胸部外科で実習を行いました。どの科も先生同士や患者さんとの会話、カルテの記載は基本的にノルウェー語です。そのため実習では適宜英語で解説してもらいながら、外来・病棟回診・手術を見学することが多かったです。各科の具体的な実習内容と印象に残ったことを紹介します。 

2月は神経内科でした。はじめはどこで実習をするか、誰をフォローするかが全く決まっておらず、毎日自分から声を掛ける必要があるため、ストレスを感じることもありました。しかし次第に顔見知りの先生が増えると手技に取り組む機会を多くいただき、神経診察を行ったり、注射や腰椎穿刺に挑戦したりしてとても充実した実習になりました。神経内科で印象に残ったことは2つあります。1つ目は多発性硬化症の多さです。外来でも病棟でも毎日患者さんを目にし、症状の特徴や治療について学びました。2つ目は片頭痛に対する治療の多様さです。ノルウェーでは4人に1人が片頭痛と言われており、研究が盛んに行われています。ボトックスや局所麻酔薬の注射など日本で聞いたことがない治療で症状が劇的に改善する様子を目の当たりにし驚きました。

3月は小児科でした。1週目は腫瘍、2週目は一般、3週目はNICU4週目は循環器と救急で実習をしました。患者さんが小児ということもあり見学がメインでしたが、ときには新生児診察を行ったり、英語圏の患者さんに病歴聴取と身体診察を行ったりしました。小児科で最も印象に残ったのは患児と家族へのサポートの手厚さです。病室はすべて個室で家族用のベッドがあり、PS5Nintendo Switchが用意されていました。NICUでは個室がさらに2部屋にわかれており、手前に新生児用のベッドと母親用のベッド、奥には父親用のベッドとトイレ、シャワーが完備されていました。また患児がGusseというマスコットに注射や診察をすることで、自分が受ける処置への恐怖を和らげる取組みも行われていました。子どもたちを家族やスタッフで暖かく支えるというコンセプトが素敵だなと思いました。

4月は胸部外科でした。胸部外科では学生が術野に入ることが禁止されているため、実習は基本的に手術見学でした。印象に残ったのは先生方の働き方です。日本とは違い、胸部外科医は心臓と肺の両方を手術します。そのため冠動脈バイパス術で必ず人工心肺を用いていたり、肺がんの手術にダヴィンチが導入されたばかりだったりと必要最低限の手術が選択されている印象でした。また手術は緊急を除き月〜木曜日のみで16:00までに終わるように計画され、どの先生も定時で帰宅していました。難症例はすべてオスロに送るなど、医療資源を集約しているからこそ実現できる効率的な働き方に感銘を受けました。

【生活】

現地では学生寮で生活していました。ルーツも学部も違う2人と生活する中で、文化の違いや将来についてたくさん話をすることができ視野が広がりました。余暇には昨年名古屋に来ていた学生とご飯を食べたり出かけたりしました。家庭料理やイースターなどノルウェーの文化を現地の学生と一緒に体験するのは旅行とは違った楽しさがありました。また休日は同級生とヨーロッパを旅行しました。実習で疲れていても日本語で会話することで気持ちがリセットされ、翌週にはまた前向きに実習に取り組むことができました。

【終わりに】

報告書の記載にあたり、現地で書き貯めたノートを見返すとA4数枚には収まりきらないほどたくさんの経験をさせていただいたことに気付きました。毎日新しい刺激を受ける中で日本で医師となる自分を客観的に見つめ直すことができたと思います。本プログラムにあたりご尽力いただいた国際連携室の先生方、現地でお世話になったすべての方に感謝申し上げます。

スクリーンショット 2025-10-06 16.46.11.png 服部_名古屋に来ていた学生と.JPG

海の街グダニスクでの学びと出会い

平瀬 楓

私は3ヶ月間、ポーランドのグダニスク医科大学にて臨床実習をさせていただきました。グダニスクはポーランドの北部に位置する港町で、日本では知名度が低いものの、美しい旧市街やビーチを目的にヨーロッパ中から観光客が訪れる素敵な都市です。そんな街に位置するグダニスク医科大学は、ポーランド有数の医療教育機関です。

【実習について】

私たちはグダニスク医科大学のEnglish Divisionに参加し、様々なバックグラウンドを持つ生徒たちと共に臨床実習を行いました。私は産婦人科、脳神経外科、移植外科、救急科、皮膚科、消化器内科、腎臓内科、外科を選択しました。先生方はポーランド語ではなく流暢に英語で講義をしてくださるので、言語の壁で置いていかれることもなく、また発言の機会も平等にありました。英語を話せる患者さんも多かったため、問診や身体所見も取らせてもらえるなど、充実した実習をすることができました。実習を通じて一番印象に残ったことは、ヨーロッパの医学教育と日本の医学教育の違いです。例えば彼らは治療法を覚える際、薬の種類と投与法だけでなく、商品名や用量までしっかり暗記することを求められます。ストレートに医学部を卒業するのも難しく、平均8年かかると言われているそうです。また、希望の診療科に進むためには良い成績や論文の功績が必要なため、競争率の高い診療科志望の学生は同級生よりも多くの努力を重ねていました。

【生活について】

グダニスク医科大学が寮を用意してくれました。シャワー、トイレ、キッチンが共用で、寮の周りには猪などの野生動物がいる環境でしたが、しばらくすれば慣れ、受け入れていただけることに感謝しながら暮らしていました。外食は日本より高額なので、友人との外出時以外の食事は基本的に自炊をしていました。ポーランド語は英語と全く異なり予測も難しかったので、食料の買い出しは毎回時間をかけながら頑張っていました。

【友人について】

私がグダニスク医科大学を志願した大きな理由は、英語で実習ができる点と、学生との交流の機会に恵まれている点でした。彼らと一緒に実習をするので、自然と打ち解けることができました。前述の通り、English Divisionには留学生を含め世界中から学生が集まります。ヨーロッパの主要国はもちろん、スロベニア、スロバキア、ブルガリアからの学生や、ナイジェリア、イラン、スリランカやラオスなど、本当に多様な国籍の友人ができました。仲良くなった学生たちとは休日に出かけたり、一緒に料理をしたり、旅行先でも会ったりなどたくさんの思い出を作りました。別れの日は、皆で名残を惜しみ、出会えた幸運をかみしめました。留学という特別な時間を共に過ごしたことで固い絆が生まれ、次会えるのが何年先であっても、また変わらず楽しく過ごせると確信しています。

【終わりに】

入学時から本プログラムへの参加を希望しており、実用英語も医学英語も自分なりに磨いてきました。困難やハプニングも含めて、期待していた通りの充実した留学生活を送ることができたと感じています。今回の経験で培った適応力やコミュニケーション力、異文化への理解は、必ず将来に活きると確信しています。本留学を実施するにあたりご尽力いただきました粕谷先生、長谷川先生、Itzel先生を始めとする国際連携室の皆様、現地でお世話になったすべての方に感謝申し上げます。

平瀬楓_実習班で.JPG 平瀬楓_Nagoya dayの様子.JPG 平瀬楓_友人の誕生日会.JPG 平瀬楓_2月のビーチ.jpg

留学体験記

野田 慧

【はじめに】

私は韓国の高麗大学にて、神経内科および乳腺・内分泌外科での臨床実習を4週間経験させていただきました。渡航前は言語や文化の違いに不安もありましたが、実習を通して貴重な経験と多くの学びを得ることができました。以下に、その内容を報告させていただきます。 

【病院・生活環境について】

実習先である高麗大学は、韓国の首都ソウルに位置する名門大学です。ソウル市内での生活は非常に便利で、公共交通機関が発達しており、病院への通学や市内の移動もスムーズでした。また、外食文化が盛んなため、さまざまな韓国料理を楽しむことができました。

大学の寮には宿泊できなかったため、大学から少し離れた場所にあるワンルームを借りて生活していましたが、近くに大型スーパーやコンビニがあり、日常生活に不便を感じることはありませんでした。

韓国語については日常会話程度の単語を事前に学習していましたが、実習中に患者さんと直接やり取りする機会はなく、医師や学生とのコミュニケーションは主に英語を用いて行いました。

【実習について】

神経内科では、主に脳卒中や認知症などの疾患について学びました。指導医の先生によるレクチャーや回診に加え、学生同士によるディスカッションやプレゼンテーションも行われ、双方向的な学びが得られました。認知症に関する映画を視聴した後にディスカッションを行ったり、脳梗塞のインターベンションに関する講義を受けたりする中で、日本と韓国の医療の違いや、医療を取り巻く社会的背景への理解も深まりました。

乳腺・内分泌外科では、主に手術見学を中心に、外来の見学やカンファレンスへの参加を行いました。乳がんに対する全摘手術や部分切除、甲状腺腫瘍に対する開頸手術、さらにロボット支援下での手術など、多岐にわたる症例を見学させていただきました。また、カンファレンスや指導医の先生との食事会では、韓国と日本の医療制度や研修制度の違いについて意見を交換することができ、大変有意義な時間となりました。

【課外活動と交流】

実習中は、現地の医学生とのランチや、現地のテニスサークルへの参加を通じて、韓国の学生文化にも触れることができました。韓国語はまだ十分に話せませんでしたが、多くの韓国の学生が英語に慣れており、積極的にサポートしてくれたため、スムーズに交流することができました。

【おわりに】

今回の高麗大学での臨床実習を通じて、医療に関する知識や技術だけでなく、異文化への理解や国際的なコミュニケーション能力の重要性を実感しました。短い期間ではありましたが、海外で医療を学ぶという経験は、自分の視野を大きく広げるきっかけとなりました。

このような貴重な機会を提供してくださった名古屋大学および高麗大学の関係者の皆様に、心より感謝申し上げます。今後はこの経験を活かし、国際的な視点を持った医師として成長していけるよう、より一層努力してまいります。

 

留学体験記

鈴木 直寛

【渡航準備】

高麗大学への留学が決まった後も、英会話を中心に、英語の勉強を続けました。整形外科と救急科で実習できることが決まってからは、その分野を中心に英語と日本語で医学の勉強にも励みました。韓国語は話せなくても実習に支障はないと、高麗大学に留学した先輩から聞いていたので、特に勉強することはありませんでした。

実務的な話としましては、渡航2ヶ月前になっても先方からのメールの返信がなく、1ヶ月前まで実習が行えるか確定することができなかったため、飛行機や宿の予約、保険の手続きなど直前に行うこととなり、苦労しました。

【実習】

整形外科の臨床実習では、主にオペを見学しました。初日にたまたま、日本から整形外科医の先生が二人見学に来ており、高麗大学の先生だけでなく、その先生方にも補足していただき、とても勉強になりました。日本と韓国の手術の違いとして、日本の先生方がおっしゃっていたのは、やや清潔に対する意識が日本よりも低い代わりに、1件あたりのオペの時間がとても短く、一日で5.6件と日本では考えられないほどオペをこなしているとおっしゃっていました。ただ、オペ室内が非常に寒く、風邪を引いてしまい、次の日は欠席せざるを得ませんでした。

救急科の臨床実習では、韓国の救急医療の現状を実際に見ることができました。韓国では現在ストライキにより研修医が病院にいないため、救急医療は特に影響を受けているようでした。高麗大学病院ではトリアージの色に合わせてそれぞれ15床ほどベッドがある部屋が3部屋用意されているにもかかわらず、人員不足のため、1部屋しか使われておらず、トリアージの色にかかわらずその部屋に集められていました。また、病院としても重症患者のみを受け入れているとのことでした。また、韓国では救急車の不要な利用を避けるため、軽症での救急車の利用の場合、料金を徴収しており、日本でも類似したシステムを導入すべきだと感じました。

【余暇、生活】

休日にはソウルタワーや板門店を観光しました。板門店では北朝鮮の様子を実際に眺めることができ、また、北朝鮮との争いと対話の歴史を学ぶことができ、とても面白かったです。

韓国料理はどれもとてもおいしく、食べ物に困ることはありませんでした。

ウィーンでの実習を終えて

和泉 航平

私はこの度、20252月から4月までの10週間、オーストリア・ウィーンのウィーン医科大学病院(以下AKH)で実習をさせていただくことができました。日本とは全く異なる、歴史的で美しい街並み、名古屋大学病院とは比べ物にならないほどの規模のウィーン医科大学病院、様々なヨーロッパの文化に圧倒されながら始まった実習は、非常に貴重でかけがえのない10週間となりました。ここでは、その実習やウィーンでの生活について一部ですがご紹介させていただきます。

【ウィーン医科大学での実習について】
AKH
では10週間の実習の中で、心臓外科、呼吸器外科、放射線科、神経内科をローテーションさせていただきました。その中でも、特に印象に残った心臓外科と呼吸器外科についてお話ししたいと思います。

心臓外科の一日は、朝730分からのカンファレンスで始まります。カンファレンス後、5つほどのオペ室を使って活発に手術が行われ、毎日異なる手術を見ることができました。年間の症例数は12001300件ほどで、成人の心臓手術では基本的な弁置換術や人工血管置換術から、Ross手術などの高度な手術まで、さまざまな手術を見ることができました。特に、Ross手術は日本でできる医師が数人しかいないという難易度の高い手術で、非常に貴重な経験となりました。小児心臓手術も盛んに行われており、これを見学することを通じて、小児先天性心疾患への興味が湧いたのは大きな収穫でした。

呼吸器外科での実習も、心臓外科と同様に多くの症例を扱っており、オペ室を2つ使用し、毎日46件の手術が行われていました。肺癌の葉切除に加え、気管支や肺静脈を含む拡大切除手術や、気管の手術も行われており、日本ではあまり見かけない手術もありました。また特に印象的だったのは、他国から留学している医師が多く、日々の研鑽に励んでいる点です。常に10人近くの医師がヨーロッパやアジアから呼吸器外科のフェローとして来ており、実習を通じて彼らから指導を受けたり、お互いの国について話をしたり、一緒に食事をするなど、先生方との交流も深まりました。

そしてウィーン呼吸器外科の大きな特徴である、肺移植は私がウィーンでの実習を希望した最大の理由でもありました。ウィーン医科大学の呼吸器外科は世界的に有名な肺移植センターであり、AKHでの肺移植は年間120件ほどで、これは世界2位の実績だそうです。

専用ジェットや救急車を使い、オーストリアのみならずヨーロッパ各地からドナー肺が集められ、平均して3日に1回の頻度で移植が行われています。私も実習中に見学することができ、その中の一例では術野に入ることもできました。手術自体は長時間に及び、少し大変でしたが、憧れの手術を間近で見ることができ、非常に感動的でした。

【留学を終えて】
初めて海外で生活し、実習を行う中で、日本での実習環境や学習環境がいかに恵まれているかを再認識するとともに、主体的に学習する姿勢の大切さを学ぶことができました。ウィーン医科大学では、医療スタッフや学生、他国から来ているフェローや留学生が多くおり、各々が忙しくしているため、自分から動かなければ誰も相手にしてくれませんでした。そのため、手術室では自らドクターやスタッフに挨拶をし、術野に入るための交渉や、わからないことは積極的に質問して教えを乞うことで、次第に受け入れてもらい、更なる学習のチャンスを得ることができました。こうした日々の積み重ねを通して、言語の壁を越えて、積極的に学びに行く姿勢がいかに大切であるかを実感することができました。

AKHの先生方や現地の学生、フェローの先生方、多くの方々の助けを借り、言葉の壁を越えて充実した実習を行うことができました。このウィーンでの経験を、将来移植に関わる医師となれるよう、また日本だけでなく世界で活躍できる医師として成長するための大きな糧にしていきたいと思います。本留学を実施するにあたりご尽力いただいた名古屋大学医学部国際連携室の粕谷教授、長谷川先生、ウィーン医科大学の先生方をはじめ、関わっていただいた全ての方々に心より感謝申し上げます。

和泉航平_心臓外科チームと.jpg 和泉航平_ウィーン医科大学前で.jpg

留学体験記(グラスゴー大学)

鷲見

私は2025年の2月の一か月の間スコットランドにあるグラスゴー大学に留学しました。グラスゴー市内のGlasgow Royal Infirmary にて実習を行わせていただきました。

【実習について】

私はGlasgow Royal Infirmary というグラスゴー市内の病院を整形外科で1か月回りました。指導医の先生の専門がfoot and ankle surgery だったので主にその足首や足の領域で実習を行いました。一日の流れとしては毎朝8時にカンファがありそこでオペの予定や方針などをみんなで確認してその後は手術室に直行して人工股関節置換術や足首をボルトなどで固定する手術を1日に3件ほどやって17時ごろに解散という流れでした。指導医の先生はヨルダン出身の人で英語は第二言語だったのですが英語がとても流暢でわかりやすかったので自分も頑張ろうと思いました。術野にも毎日入れてくれて、一つ一つの工程を説明してくれてとても勉強になりました。英語圏の国に留学するとほぼすべてのコミュニケーションが英語で行われるのでそこがすごく大きいメリットだなと思いました。強制的に英語で話さざるを得ない環境に身を置くので自身の英語の能力を向上できたと思います。また、イギリスは日本とは異なる医療制度を採用しています。多くのイギリス国民は国民保険サービスのNHSを利用して受診します。NHSで受診するにはまずはGPGeneral Practitioner)と呼ばれるかかりつけ医の診断を受け、必要に応じて専門の病院を紹介してもらうという手順を踏みます。このNHSは受診料がかかりませんがその分待ち時間も長く患者側は迅速に必要な医療にアクセスできないという問題点もあります。僕も外来でみた患者さんの多くは日本ではみないほど症状が悪化している状態でした。財源は税金なので指導医の先生も手術で使うボルトをなるべく安いのを使おうとしている姿勢が印象的でした。手術の合間には待機室で待っていて、その間に各国の医療制度の違いや医師の待遇、給料などについて色々なお話が聞けたのでとてもいい機会となりました。ヨルダン内では医師の給料は他の職種よりはるかに高いそうですが、イギリスと比べると低いのでその先生はイギリスに移ってきましたがイギリスで外国人が医師として働くには規則が厳しく大変とのことでした。海外の医師目線の話がたくさん聞けたこともすごくいい経験となりました。

【生活について】

自分は寒がりの上にグラスゴーの2月はとても寒いと聞いていたので、ユニクロの超極暖ヒートテックにウルトラライトダウンを着てその上にダウンを着ていったら寒いと思ったことはなかったので安心しました。住まいは病院から歩いて15分ほどのところにairbnbを借りて通学していました。価格を抑えるとなるとホストや他の人と同居するスタイルが多く、自分もそういった宿に泊まりました。一緒にピザを食べながらサッカーを見たり、各国の料理をふるまってくれて夕食を共にすることもありむしろいい経験となりました。また、他の人が住んでることもあり大体の日用品はそろっていて初日に買い物の行く必要もなく便利だと感じました。留学先の醍醐味は現地の人と話して仲良くなることだと思うので自分にはこのスタイルがあっていると思いました。外食はやはり高いのでリドルというスーパーで食材を買って自炊することがほとんどでした。自分が行っていた病院には食堂がなかったので現地の人や病院の職員も自炊してお弁当を持参している人が多かったです。グラスゴーについた初日にグラスゴー大学から名大に同じように留学に来ていた医学生がディナーに誘っていただきイタリアンをごちそうしてくれました。その後も何度か会う機会があり、異国の医学生の考えを知ることができてとても有意義な時間を過ごすことができました。また、GPAlec Logan先生が様々な行事に連れていってくださいました。グラスゴーに到着した日に先生から連絡が来て、翌日にはセルティックの試合に一緒に行き、日本代表の前田大然や旗手を近くで見たり現地の雰囲気を感じることができてよかったです。セルティックのアウェーゲームに行ったのですがスタジアムが小さいのでピッチとの距離が近く臨場感がありとても面白かったです。現地のサポーターがやじを飛ばしていたりして本場のサッカーを感じることができました。他にも映画やオペラなどに何回か誘っていただき日本とは異なる文化を体験することができました。他にもAlec先生のクリニックで実際に外来を見学させていただいたり、GP制度について色々説明してくださり、医療制度について考えるいい機会となりました。自分ひとりならすることのできなかった機会を設けていただき本当に感謝しています。

【最後に】

最初は軽い興味で応募したこの臨床留学プログラムですが、進めていくうちに履歴書や志望理由説明書を作成したり、自分で住居を探して予約や物品の準備などをしなければならず思ったより大変である上にお金や時間もすごくかかるので負担は大きいですが留学する価値はあると思いました。留学することでしか得られない経験は確実にあると思いますし、様々な人と出会うことができて自分の中で成長できた部分はあると思いました。最後になりますが、このような貴重な機会をいただいた国際連携室の先生方、支えてくださった皆様に心よりお礼申し上げます。

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留学体験記(ソウル国立大学)

鷲見

私は2025年の3月から4月の5週間ソウル大学医学部に留学しました。 

移植血管外科

実習はソウル大学医学部病院で行いました。最初の3週間は移植血管外科を回り、最後の2週間は形成外科を回りました。移植血管外科での実習は月曜日、火曜日が透析のための動静脈婁のオペを行い、残りの曜日は腎移植や静脈瘤などのオペを見学させていただきました。先生によっては術野に入らせてくれる方もいました。肝臓の移植手術は名大病院で見学しましたが腎移植はみたことがなかったのでとてもいい機会となりました。職員同士の会話は主に韓国語ですが医師に限らず看護師なども英語を話すことができたのでコミュニケーションには困りませんでした。ソウル大学病院では手術にオペ看護師が二人もついていて縫合などを行っていました。日本では医師がそういった処置を行うイメージが強くあまり見たことのない光景でしたが、こういった背景には韓国内で起きている医学部定員増加に対するストライキがあると先生方はおっしゃっていました。これにより働いている医師の数が不足し、代わりにオペ看護師の数を増やしたそうです。実際私が訪れた時にはレジデントがおらず教授などが当直にはいっていると聞き驚きました。また、日本と比べるとオペ時間が短く日本はより丁寧にやっているのかなという感じました。他の日本からの留学生も同じようなことをいっていたのでやはり全体的に日本のオペは時間がかかるのかなと思いました。

形成外科

形成外科はトップがチャン教授というお方なのですがこの方は慶應医学部を卒業していて日本語で会話をできたのでとてもありがたかったです。乳房再建術や小児の多指症や口蓋裂などの手術を見学させていただきました。日本の医学部出身の先生ということもあり、ポリクリみたいな学生に質問する慣れ親しんだスタイルでした。質問をすると色々教えてくださってとても勉強になりました。留学生という立場なので受け身でも教えてくれる優しい先生はいますが、どんなことでもいいので積極的に質問してやる気があることを示したり、コミュニケーションをとろうとする姿勢が一番大事なのではないかと思いました。最後の週にソウル大学の医学生が実習に復帰していて少し話す機会がありました。話を聞いてみると実習に行っていない間も進級はしているらしく、今後の実習や学習計画が大変そうでした。

韓国での生活

ソウル大学の寮は使えなかったので医学部キャンパスから徒歩5分の場所にairbnbで宿を確保しました。最寄りはヘファ駅というところで東大門や明洞にもアクセスが良いです。ヘファ駅周辺には大学が3つくらいあるので学生がとても多い街でその影響かおしゃれな飲食店も多いです。韓国の宿は基本浴槽がなくシャワーだけで、自分が予約した場所もマンションの一室の中の一部屋を借りていてトイレやシャワーは別ですがキッチンや洗濯機は共用でした。隣の部屋にも観光客がいる場合が多く、話し声が聞こえるのでひとによっては窮屈に感じるかもしれないです。キッチンなどが共用と書いていない場合もありわかりづらくて自分はこれで勘違いして困惑しました。食事は自分はhomeplusというスーパーに行ってお肉や野菜などを買って調理していました。炊飯器がないので炭水化物はパックごはんやパスタで代用しました。自分は友達と食べるとき以外はほぼ自炊で済ませましたがおいしい韓国料理屋はヘファ駅周辺や東大門近辺にたくさんあるので余裕があるなら外食にいってみてもいいなと思います。全体的にそんなに高くなく味も日本人に合っていると思います。ただ、タッカンマリやサムギョプサルといった料理は二人前からなので一人では注文できない場合があります。

週末や実習が早く終わった日には名古屋大学から高麗大学に同じように臨床実習に来てた友達とカンジャンケジャンを食べたり、チムジルバンという伝統的な韓国のサウナに言ったりしました。他にも現地で知り合ったソウル大学で働かれている薬剤師の方や形成外科の先生方にごはんに連れて行ってもらい韓国の文化や事情について色々教えていただきかけがえのない経験となりました。

 

鷲見_ソウル_現地の料理.jpg 鷲見_ソウル_ソウル大学の先生とのごはん.jpg 鷲見_ソウル_現地の薬剤師さんとのご飯.jpg

北京での実習を通して

Kane Hyo 

中国・北京での実習を経験し、普段の学生生活とは少し違う2ヶ月を過ごした。言葉も文化も異なる環境の中で、日々の診療に立ち会い、現地の医学生や医師と交流する中で、多くの戸惑いや気づきがあった。

日本での臨床実習と異なり、自分が"外から来た学生"であることを強く意識する場面も多く、うまくいかないことも少なくなかった。それでも、そこでしか得られない経験や視点があり、帰国してから少しずつ、その価値を実感するようになった。

この体験記では、出発までの準備、実習中の学び、そして日常生活の断片を、自分なりの視点で振り返ってみたい。 

【渡航準備】

一番大変だったのは、やはり書類作成だった。必要書類の多さに圧倒され、めんどくさがりな自分にとっては、正直かなりストレスだった。特に留学計画書や志望理由書の作成などは、何を書けばいいか迷うことも多かった。

学内選考を通過するには英語スコアの提出が必要で、自分はIELTSを選んだが、最初の2回は目標スコアに届かず、かなり焦った。最終的に提出期限ギリギリの3回目でなんとか基準を超え、無事に出願することができたときは本当にほっとした。

また、2ヶ月という長期間の留学で、病院見学のタイミングや、国試・卒試対策への影響についても不安が大きかった。ただ、「行くからにはやるしかない」と腹を括って、出発したのを覚えている。

【実習】

今回は1ヶ月ずつ、2つの外科系診療科を見学させてもらった。術野に入ることはできなかったため、基本的には手術見学が中心で、正直後半は少し飽きてしまった部分もあった。個人的には、全期間を外科にするのはあまりおすすめしない。ただ、だからといって内科がどんな実習なのかも分からず、悩ましいところではある。

手術自体は、日本と比べて術式やスピード感、使用されている器具や薬剤などに違いがあり、そういった点を観察するのは面白かった。また、現地の医師たちの立ち位置や働き方の違いについて聞く機会もあり、医療制度の差異を実感できたのは大きな学びだった。

1ヶ月目にお世話になった肝胆膵外科の指導教官は、日本語が非常に堪能で、奥様も日本語を話せる方だったため、非常にやりやすい環境だった。困ったことがあればすぐに相談でき、精神的にもかなり救われた。

【生活】

現地ではQRコード決済が非常に発展しており、中国の市民IDを持たない自分にとっては、日常生活のちょっとした支払いにも苦労することが多かった。現金が使えない場所も多く、食事や買い物のたびに不便さを感じた。

食事については、日本で慣れ親しんだ中華料理とはまったく異なる印象を受けた。現地の料理は、値段によって味や質の差が非常に大きく、ご飯が合わずに苦労した。2ヶ月間、「いかに中国料理を食べずに過ごすか」を考えていたほどだった。

また、中国語が全く分からない自分にとって、日常生活も実習も言葉の壁は大きかった。英語を話せる現地の人は少なく、病院内でも指導教官以外とはほとんど会話が成立しなかった。

そんな中で、日本人の北京大学医学部の学生と友達になれたのは大きな支えだった。そのつながりがなければ、この2ヶ月間を乗り切るのはもっと大変だったと思う。

【おわりに】

現地では戸惑うことも多かったが、それも含めて貴重な経験だった。実習内容だけでなく、環境の違いや自分の未熟さに気づく場面もあり、得たものは少なくない。この経験がすぐに何かの役に立つわけではないかもしれないが、いつかふとしたときに思い出して、自分を支えてくれるものになるような気がしている。