産科

1. はじめに

当院は、平成24年度4月に愛知県より総合周産期母子医療センターの指定を受け、MFICUへの母体搬送の受け入れを開始しました。また、指定を受けるにあたり、マスコミなどで報道がありました脳血管障害の妊婦の緊急受け入れについても、脳神経外科と協力して受け入れ体制の準備もすすめてまいりました。その他にも診療各科に専門家が存在するという大学病院ならではの特性を生かしつつ、これまで以上に地域医療への貢献につとめたいと考えておりますので、どうかよろしくお願い申し上げます。

2. 主な診療内容

1)胎児異常(先天性横隔膜ヘルニアなど);超音波検査の精度が向上し、お腹の中の赤ちゃんのさまざまな異常がわかるようになってきました。当院は、東海地方で、小児外科医が新生児の専門的手術を行える数少ない施設のひとつです。とくに先天性横隔膜ヘルニアの症例が多く集まっており日本でも有数の施設となっております。この疾患では、胃や腸や肝臓といった腹腔内臓器が胸腔内に侵入するために、肺が形成不全となりこの程度が出生後の予後に大きく影響します。当院では豊富な症例数から、予後改善のため、肺の形成の程度について出生前にできるだけ正確な情報を得ようとさまざま検討もおこなってきました。お腹の中の赤ちゃんの異常を指摘されて、不安を抱えて悩んでいらっしゃる妊婦さんとそのパト―ナーの方に対し、少しでも疑問や不安を軽減するために、出生前に、産科医、小児科医、小児外科医が合同で、出生後の治療方法や予測される経過などについてできるだけ詳細な説明を心がけております。また、ご希望に応じて精神科の協力を得て臨床心理士にかかわってもらうことも可能です。その他にも、肺の病気である先天性肺気道奇形 (CPAM)、腹壁破裂、臍帯ヘルニア、消化管閉鎖症などの小児外科疾患の症例を多く扱っています。
さらに、胎児骨系統疾患の出生前の正確な診断にも力をいれています。3D-CTでの評価が有用である症例もあり、当院ではそうした評価も可能なように、放射線科とも共同で準備しております(厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業 致死性骨異形成症の診断と予後に関する研究班との共同研究)。
現在のところ、残念ながら、当施設では新生児の心臓手術が施行できる医師がおりません。しかしながら、そうした奇形を合併されていることもありますので、当院小児外科で手術を行い、その後しかるべき病院へ転院するということも行っております。病院によって行える手術が異なるため、そういった情報も的確に提供させていただき、連携を図っています。
また、多発奇形が見つかるケースもあります。そうした場合も、ご希望に応じて羊水染色体検査なども行いできるだけ正確な診断に努め、出生後の赤ちゃんの予後についてお話しするように心がけております。また、遺伝カウンセラーから染色体検査結果について詳しく話を聞くこともできます。そうした話し合いの中で、重篤な予後が予測されるような症例では、必要に応じて小児科医も話し合いに加わりながら、分娩様式や出生後の積極的な蘇生措置や治療をどのようにしていくか、赤ちゃんにとって一番いいと考えられる方法を一緒に考えていきます。また、心理的負担を少しでも軽減するために、助産師や前述の臨床心理士も関わって精神的サポートを行っています。


2)胎児治療(胎児胸水に対するシャント術、胎児貧血に対する胎児輸血)
胎児胸水は10,000妊娠に1人の割合で生じるとされています。胎児期に胸水が多量に貯留すると、下大静脈や心臓の圧迫からうっ血性心不全、肺の圧迫から肺低形成などが生じるため、胎児死亡や新生児死亡の恐れがあります。胎児胸水に対しては、胸腔―羊水腔シャント術という胎児治療を2014年より当院で実施しており、良好な成績を残しています。また、おなかの中の胎児がさまざまな理由で貧血を呈する胎児貧血に対して胎児輸血が有用であり、この治療も当院にて施行可能です。

3)多胎妊娠(双胎、品胎など);生殖補助医療などで多胎妊娠となられた症例が最近増加しており、近隣の医療施設から多数ご紹介いただいております。多胎妊娠の場合は、妊娠高血圧症候群や早産といったリスクが高いので、慎重な周産期管理が必要です。また、一絨毛膜二羊膜双胎の場合は、双胎間輸血症候群(TTTS)といって、発症すると赤ちゃんの予後が悪くなる疾患が、約10%発症するといわれています(産婦人科診療ガイドライン、産科編2023)。発症した場合にはそのときの妊娠週数などを考慮し、胎児鏡下胎盤吻合血管レーザー凝固術の行える施設に紹介しております。現状では県外の施設となりますので、術後の分娩までの管理を受け入れております。


3)前置胎盤、癒着胎盤;母体に出血のリスクが高く、出血大量のために帝王切開術から子宮摘出術に移行することもあり、非常にハイリスクな疾患です。こうした症例では、輸血製剤を院内に充分確保でき、専門の麻酔科医が手術中の全身管理を行える施設での管理が望ましいと考えられます。また、当院では、放射線科の協力により血管塞栓術を行っています。子宮温存を強く希望される妊婦さんには、血管塞栓術を放射線科医の協力を得て施行して、温存を試みることも可能です。
癒着胎盤を合併していた場合は、子宮温存することは難しくなりますが、子宮摘出に際して大量に出血し母体死亡にいたることもある危険な疾患であるため、少しでも出血量を減少させる工夫として、当院では、術直前に下行大動脈や総腸骨動脈にバルーンカテーテルを挿入留置し、児娩出後、バルーンを膨らませ下行大動脈や総腸骨動脈の血流を一時的に血流遮断するという治療法を放射科医の協力を得て施行しており、現在でも着々とその症例数を増やしております。
その他、同種輸血には未だウイルス感染症などのリスクがあるため、できるだけ回避する工夫として、自己血貯血も行っています。


4)深部静脈血栓症(DVT)合併妊娠;妊娠初期は悪阻などで脱水症状から下肢の腫れや痛みを感じる妊婦さんがいらっしゃいます。こうした症状はDVTを疑うものですが、妊娠のどの時期にも発症し、肺血栓塞栓症を進展することもあります。肺血栓塞栓症は未だ有効な治療法もなく、死亡率は14.5%という報告もあります(産婦人科診療ガイドライン、産科編2017)。当院では、これまで、妊娠中DVTを発症した方や、血栓性素因のある妊婦さんの場合には、外来でのヘパリン自己注射管理をおこない、QOLの向上に努めています。血液内科や血管外科にも(必要に応じて循環器内科にも)受診していただき、慎重に管理しております。


5)その他持病をお持ちの妊婦さんの受け入れ;女性に多い甲状腺疾患を始めとする内分泌疾患や、近年増加している糖尿病合併疾患などや、特発性血小板減少症を始めとする血液疾患、多発性脳硬化症などの神経内科疾患、Marfan症候群などの心臓外科、循環器疾患など豊富な合併症の症例を扱っています。また、精神科の病床も有していますので、精神科とも共同で診療しております。
これら合併症のある妊婦さんについては、妊娠前のかかりつけの医療機関から専門各科に医療情報提供を行っていただいたうえで、専門各科と連携を取りながら周産期管理を行うようにしています。

3.診療担当・体制について

現在、妊婦健診は月〜金曜日に診療しており(2024年4月現在)、木曜日に初診を行っています。大学病院の性質上、ハイリスク妊娠が多いため、どの外来でも同質の診療が提供できるように対応しています。なお、リスクのない方でも当院での分娩は可能ですので、お気軽にご紹介いただけますようよろしくお願いします。

当院に通院中の方を対象に、助産師と共に母親学級を行い、妊娠・分娩・育児に関する講習および院内の案内を行っています。産後健診では、分娩後の方を対象に産後1ヶ月健診をして、健康状態のチェックを行っています。また、少しでも気になる事が有る場合は必ずしもここで診療終了とはせず、母体の状態が完全に回復するまで、他科との連携のもと十分なフォローアップができるよう心がけています。多胎・児の異常・母体疾患などのため、精神的に育児支援の必要なお母さんには外来通院を通して子育て支援を行なっています。


助産師外来も行っていますので、ご希望の方は、お気軽にお問い合わせください。

4.時間外・緊急時の体制について

当院では時間外の緊急時にも迅速な対応ができる様に、産婦人科当直医2名、新生児科当直医1名、麻酔科当直医2名が常駐しています。新生児科医師とは普段から綿密に連絡を取り、定期的にカンファレンスを行って情報交換をすることで適切な時期・方法で赤ちゃんを出産できるように努力しています。また、帝王切開術の予定があり、手術そのもののリスクの高い症例では、麻酔科ともカンファレンスなどで事前に話し合いをして、情報を共用するように努力しております。

5.最後に

近隣の医療機関の先生方にはいつも貴重な症例をご紹介いただきありがとうございます。ご紹介いただいた妊婦さんに関しては分娩後退院までになるべく詳細に経過報告をするよう心がけております。また、何かお気づきの点がございましたら、ご連絡いただければ幸いです。また、ハイリスク症例に限らずリスクのない妊婦さんでも、当院での分娩をご希望されている方がいらっしゃいましたら、是非ご紹介いただきますよう何卒宜しくお願いいたします。