診療案内

手術実績

局所再発直腸癌の治療実績 

 大腸癌の罹患数は男女ともに第2位、死亡率は男性で第3位、女性では第1位であり、みなさんの最も身近な癌の1つです。大腸はその部位により大きく結腸と直腸に分類され、大腸癌の約27%が直腸に発生します図1)。直腸とは肛門から約15cmまでの骨盤内の大腸であり、手術の難易度の高さと、解剖学的な特徴から、直腸癌の治癒(完全に治ること)率は結腸癌と比較して悪いのが現状です図2)。直腸癌術後の再発では、骨盤内の局所再発(直腸を取り除いた骨盤内の周囲に癌が再発すること)が大きな問題であり、直腸癌の治癒切除(完全に癌を取り去ること)後の約9%に起こることがわかっています。これは、肝臓(7%)や肺(8%)への転移と並び、直腸癌の治療成績が悪いことの原因となっています図3)。

再発大腸癌に対する治療法は、手術・抗がん剤治療・放射線治療が中心となります。近年、目覚ましい抗がん剤治療の発達がありますが、残念ながら抗がん剤や放射線単独での再発癌の治癒は一般的に困難です。一方、手術治療は唯一の治癒が期待できる治療法でありますが、難治性の局所再発直腸癌の治癒には癌の完全切除が絶対条件となります。完全切除が達成できれば、治癒率は約3540%です。

しかしながら狭い骨盤内に再発した癌を完全に切除することは非常に難しく、このために膀胱・前立腺・子宮・仙骨などの周囲臓器を一緒に切除すること、結果として人工肛門・人工膀胱のダブルストマが必要になることは少なくありません。骨盤内は血管のネットワークが非常に豊富なため、手術は出血の危険を伴い、手術手技も非常に煩雑であり、一般的に手術は不可能と判断されることが多く、全国で限られた病院でのみ行われている手術です。

 名古屋大学では20068月~20113月までに難治性の局所再発直腸癌に対する拡大手術を19例に施行しており図4、治癒切除率は約80%です。基本術式は、再発腫瘍を挟み込んで、腹側の膀胱・前立腺・子宮などの臓器、背側の仙骨を合併切除する仙骨合併骨盤内臓全摘術としています図5)。尿路を切除した場合には尿路の再建が必要となるため、小腸の一部を使用した回腸導管(人工膀胱)を作成して再建します図6)。仙骨切除の範囲は癌の拡がりに応じて決定しますが、足の神経を温存することが必須であり、術前の綿密な手術計画が重要です。この局所再発直腸癌に対する拡大手術にかかる時間は、中央値で1050分(約17時間)(6401552分)と非常に長時間の手術となりますが、出血量は3626ml17237527ml)と比較的少なく、安全に施行可能です。手術死亡例はこれまで経験しておりません。

この手術の最大の問題は術後の合併症です。最も問題となるのは、骨盤内臓器の摘出後にできた広大な骨盤内スペースに細菌が感染して発生する骨盤死腔炎と呼ばれる合併症です。骨盤死腔炎が起こると高熱が出て、放置すれば敗血症のため生命に関わります。このため骨盤死腔炎が疑われれば、臀部の創を開放して洗浄することが必要です。この合併症が起こると入院期間も非常に長くなります。当院でも約45%に骨盤死腔炎が起きているのが現状です。このため術後の入院期間も中央値で53日(32~128日)と少し長くなっています。

術後は再発の定期的なチェックが必要となります。再発部位としては、最初の直腸癌手術と同様に局所・肺・肝臓が中心となりますが、完全切除が達成できた場合、もっとも頻度が高いのは肺への転移となります。当院でも完全切除後に再発をきたした6例中、半数の3例が肺への転移であり、その他に肝臓・副腎・腹膜となっています。このような術後の再発予防には、近年向上著しい抗がん剤治療の併用が効果的であると考えられますが、手術侵襲が高いため、術後に抗がん剤治療を受けることはかなり辛いことです。このため、名古屋大学では、関連病院と協力して、この手術の前に抗がん剤治療を受けることにより、術後の再発率の低下のみならず、完全切除の達成率を向上させることができるかを検討している最中です。