名古屋大学大学院医学系研究科 脳神経外科
脳神経外科HOME >> 脳神経外科のご紹介 >> 教室の歴史 第1期

教室の歴史 第1期

第1期 第2期 第3期
第1期 名古屋大学そして日本の脳神経外科学の黎明期
名古屋大学脳神経外科学80年の歴史は、3期に分けられます。
第1期は名古屋大学医学部外科学講座の時代、
第2期は名古屋大学医学部脳神経外科学講座の時代、
そして第3期は名古屋大学大学院医学研究科脳神経病態制御学講座の時代です。

斎藤眞教授
名古屋大学初代第一外科教授の齋藤眞先生は日本おける脳神経外科学の開拓者であり脳神経外科学会の創設者であります。齋藤教授は、1948年5月3日、日本脳・神経外科研究会を結成され、翌日5月4日には第1回会長として記念すべき学術総会を開催され、また同年10月25日には研究会の機関誌として「脳と神経」を創刊されました。齋藤先生は1917年6月名古屋大学の前身である愛知県立医学専門学校の講師として東京大学近藤外科より名古屋へ赴任され、1919年3月には30歳の若さで外科学講座の教授に就任されておられます。そして1920年より4年間、ウイーン大学、ベルリン大学、パリ大学と留学され、帰国されました。その後、400余名の門下生を指導されました。齋藤教授は脳のレントゲン診断法の開発に特に精力をそそがれ、1924年には、気脳撮影、1931年には脳血管撮影、1933年には神経撮影をいずれも我が国で初めて施行されておられます。その後、第1外科教室の後継者戸田博教授、橋本義雄教授によって受け継がれ、そして第2外科今永一教室でも永井肇先生を中心に新しい脳神経外科が始まりました。

橋本義雄教授
その中で、橋本義雄教授は昭和30年、第14回日本脳神経外科学会を主催され、また両外科教室の脳神経外科グループの先生方はてんかん外科、自律神経外科、そして頭部外傷、脳血管障害、小児脳神経外科等の分野で数々の業績をあげておられます。また、多くの先生が米国を中心に海外へ留学され、新しい脳外科医療を名古屋に導入されました。さらに、大河原重久先生、高岡淑郎先生はそれぞれロテェスター大学、ケースウエスタン大学の脳神経外科教授として海外で活躍されています。

↑このページの先頭へ