名古屋大学大学院医学系研究科 脳神経外科
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脳腫瘍グループ


脳腫瘍グループの臨床

I.From Awake Surgery to Skull Base Surgery−
 脳腫瘍グループは、良性脳腫瘍から悪性脳腫瘍にいたるすべての頭蓋内・頭蓋底腫瘍を対象として、正確な診断と最高レベルの治療の提供に努め、更により良い医療を目指している。グリオーマなど脳内浸潤性腫瘍に対しては、術中MRIを用いた正確で高度な画像誘導手術・覚醒下開頭術・電気生理学的モニタリング技術を併用する一方、頭蓋底の良性腫瘍および悪性腫瘍には積極的に頭蓋底アプローチを用いて、安全で最大限の腫瘍切除の実現に取り組んでいる。我々は、特に“脳神経外科手術のQuality Assurance“の概念の導入を提唱している(図1)。頭蓋底に進展する頭頸部癌に対する腫瘍一塊切除では、脳神経外科、耳鼻科、形成外科の三科が合同して腫瘍摘出と再建を行っている。頭蓋底領域の手術アプローチでも画像誘導手術を取り入れて、術前のシミュレーションから術中のナビゲーションを行って次世代の頭蓋底手術の開発に取り組んでいる。

図1 脳神経外科手術の品質保証(QA)

II.術中MRIを使用した正確な画像誘導手術
 脳神経外科の手術は、1960年代の手術顕微鏡の導入、80年代の頭部CT・90年代のMRIの普及に伴う診断技術の著しい向上、そして脳神経外科医のたゆまぬ努力により、長足の進歩を遂げた。しかしながら脳腫瘍、特にグリオーマを代表とする浸潤性脳実質腫瘍は、手術顕微鏡をもってしても腫瘍の境界を同定することが困難なことが多く、MRI等に描出された腫瘍を正確に摘出することは必ずしも容易でない。グリオーマでは、腫瘍に対する画像上の完全ないし完全に近い摘出により良好な予後が報告されているが、浸潤性の腫瘍の広範囲摘出は脳機能障害・後遺障害を引き起こす危険と隣あわせであり、摘出向上と機能障害の回避の両立は非常に困難なバランスの上に成り立つ。我々は、2006年に術中MRIを導入して、正確なナビゲーション、術中運動機能モニタリング、覚醒下開頭術を併用して、脳機能を温存しながら脳腫瘍の最大限の摘出に取り組んでいる。
 術中MRIの役割は、「脳神経外科手術の品質保証」に集約される。

1.ナビゲーション情報のアップデートによるブレインシフトの克服
 ニューロナビゲーションは、術中のブレインシフト(脳の形の変形)により手術中盤以降著しく精度が低下するため、術中MRIにより「地図」をアップデートして再び正確なナビゲーションが可能になる。図2は向かって左の列に術前のT1強調造影、右の列に術中のT2強調画像を示す。術中画像では、脳表が2センチ近く落ち込んだり(短矢印)、腫瘍摘出に伴って脳変形がみられる(長矢印)。


2.術中の残存腫瘍の評価
 術中MRIを行うことで、実際の腫瘍の摘出の度合いや、重要な構造との位置関係などを評価できる。特にグリオーマにおいては手術顕微鏡下での観察だけでは、腫瘍組織であるのか、正常の脳組織ないし浮腫など反応性の組織であるのか区別がつき難いことがしばしばある。術中MRIを行なうことで、腫瘍摘出度の判定や、残存腫瘍と重要構造の位置などを評価することができる。これにより、手術戦略を再評価しながら、適切な手術の実践につなげることができる。図3はlow grade gliomaにおける術中MRI画像である。T2強調画像(左)でもT1強調画像(右)でも残存腫瘍が明らかに描出されている(矢印)。この画像でナビゲーションを更新してさらに腫瘍切除を追加して最終的に画像上の腫瘍を全摘出した。特にlow grade gliomaでは、最近導入された術中の蛍光診断技術(5ALA)でも検出することが困難な場合が多いため、術中MRIの役割は大きい。


3.術中合併症の早期発見
術中には頭蓋内出血など思わぬ合併症が直接目に見えない形で発生している場合がある。術中MRIを行なって確認することで、こうした合併症を早期に発見し、対応することができる。図4はテント下の腫瘍症例(第4脳室腫瘍)であり、腹臥位(うつ伏せ)の手術の際に、確認目的の術中MRIを撮像したところ、手術を行なった部位と直接関係のないテント上に急性硬膜外血腫が認められた。すぐさま追加開頭を行なうことで事なきを得た。


4.代表症例
 図4は術中MRIを用いて腫瘍の全摘出を行なった悪性グリオーマ症例である。左端の列から、術前の画像、2回目の術中MRI画像、5回目の術中MRI画像、術後のMRI画像を示す。術前画像では、腫瘍は左前頭葉に大きな腫瘍があり、一部に造影される領域を認める。腫瘍は前頭深部の白室に進展しており、腫瘍の摘出の際には右手足の運動などに後遺症を残す恐れがある。この症例では言語機能の詳細な検討の結果、言語野は右側にあることがわかっている。この症例では術前はもちろんのこと、術中にもトラクトグラフィーを行なって錐体路の位置を確認するとともに、MEP(運動誘発電位)による運動機能のモニタリングを併用して手術をおこなった。5回目の術中MRI画像では画像上腫瘍は全摘出された。この症例では、特に明らかな麻痺なく退院された。


5.術中MRI導入に伴う切除率向上と初発グリオブラストーマ生存に関する検討
 2006年に術中MRIを名古屋大学医学部附属病院と、名古屋セントラル病院に導入して、摘出率向上と安全性の確保の両立に取り組んできた。はたして切除率向上が、初発グリオブラストーマの生存の向上に結びついているのだろうか。術中MRI導入以前からの両病院の初発グリオブラストーマ連続82例(2002年−2010年末)の生存を後方視的に解析した(図2左上)。全体の症例を通じて生存に関わる因子を多変量解析で検討したところ、手術切除度とTMZ使用の有無が生存に関わることが示された(図2右上)。通常の手術室で初回手術を行った群(Conventional OR群)と術中MRI手術室で行った群(iMRI群)とを比較すると、Conventional OR群の生存期間14.9ヶ月に対して、iMRI群22.3ヶ月と有意に生存期間の延長を認めた(図2左下)。カプランマイヤー法での検討でもiMRI群の生存期間の優位性が示された(図2右下)。

図5:名古屋大学医学部附属病院および名古屋セントラル病院の
初発グリオブラストーマ連続82例の生存分析


6.覚醒下手術
 近年我々は、言語・運動関連領域に存在する脳腫瘍、特にグリオーマ患者に対して、覚醒下機能マッピング・モニタリングを用いた手術を積極的に行っている。グリオーマは、浸潤性発育をする傾向が強いため、腫瘍と正常脳組織の境界が不鮮明であり、摘出に難渋する。特に運動野や言語野及び高次機能関連領域に浸潤した腫瘍の場合、術後にそれらの脳機能を落とすことなく最大限の腫瘍切除を行う目的で行われる手術が覚醒下手術である。覚醒下手術は脳神経外科医師のみで行うことは困難であり、覚醒下手術麻酔に精通した麻酔科医、言語タスクや高次脳機能の評価を行う言語聴覚士や作業療法士を含めた覚醒下手術チームの協力が得られてこそ、安全かつ有用に実施できる手術であると考える。

1)術前評価
 当院では術前評価として、Diffusion Tensor Imaging (DTI) fiber trackingによるtractography、機能的MRI、術前高次機能評価 としてはWechsler Adult Intelligence Scale (WAIS-III)、Standard Language Test of aphasia (SLTA)、Welchsler Memory Scale Revised (WMS-R) を全例に行っている。


2)覚醒下マッピング・タスクのバッテリー
 我々は、皮質・皮質下マッピングのタスク・バッテリーとして、視覚性呼称課題、数唱課題、聴覚性理解課題を基本に用いている。さらに腫瘍部位によっては、復唱課題、音読課題、書字課題に加えline bisection task及び非言語性のsemantic processの評価のためThe Pyramids and Palm Trees Test (PPTT)も随時行っている。さらに術中のタスクの基本は、言語と上肢の運動も同時に行わせるdual taskとしている。


3)代表症例
 60歳男性、左頭頂葉腫瘍症例において、摘出腔前内側上方で皮質下刺激を行ったところ、呼称課題で意味性錯語、音読課題において音読停止、書字課題において、課題提示時点から刺激すると全て書けない、次に課題提示時直後に刺激すると、書字の途中で停止する所見を得た。その他、復唱課題、PPTTでは異常なし、聴性理解課題において保続出現した。この部位を摘出限界と判断し、これ以上の深部の摘出を行わなかった。術後、この摘出限界部位にROIを置いた DTI fiber tractographyを描いた結果、書字・音読に関わる白質線維が、下前頭後頭束:inferior fronto-occipital fasciculus(IFOF)の一部であることを発見できた。術後、言語障害や書字、音読等の神経脱落症状を認めず95%以上の腫瘍摘出が可能であった(Motomura K. et al. J Neurosurg 2014)。




4)新たな臨床研究の試み
@次世代医療機器・ナビゲーション下経頭蓋磁気刺激(nTMS)システムを用いた新たな術前・脳機能マッピング法の確立:Establishment of a novel preoperative brain mapping system by navigated transcranial magnetic stimulation (nTMS): 研究責任者 本村和也
 言語・運動野及び高次機能に関わるeloquent area 近傍に発生する脳腫瘍に対して、その機能を温存しながら、さらに安全に可及的腫瘍摘出を行うことを目的に覚醒下手術下に脳機能マッピングを行っている。覚醒下脳機能マッピングの最大の利点は,限局された部位の直接的な機能評価が可能な点で、術後の言語障害や高次脳機能障害の予防に効果を挙げている。しかしながら、覚醒下手術前に脳機能情報を把握できれば、より迅速で安全な覚醒下手術マッピングを行うことができるが、未だ非侵襲的な精度の高い術前脳機能検査は存在しない。機能的MRIによる術前機能マッピングは、その脳領域が実際にその課題を遂行するために使われているという証拠とはならず、その領域が単に課題と関連していることを示したに過ぎないため、術前評価としての精度は不十分である。
 経頭蓋磁気刺激法(transcranial magnetic stimulation: TMS)とは,頭蓋内に電場を誘導させることにより,神経を刺激する方法である。これまで実際,rTMS は既にカナダ,イスラエル,アメリカでは内服抵抗性うつ病の治療法として承認されている。我が国おいても、磁気刺激法の安全性に関するガイドラインとして安全性のガイドラインが1998 年に出版されている。過去 20 年の間に TMS の報告は急激に増加しており,磁気刺激法の需要が年々増加しているのが現状である。
 本研究では、次世代医療機器であるナビゲーション下経頭蓋磁気刺激システム(nTMS)を用いて、覚醒下手術前評価として非侵襲的にかつ正確に、言語・運動野及び高次機能の局在を同定することを目的とする。また機能的MRIと覚醒下手術後の結果と比較検討することで、覚醒下手術対象症例術前の言語、運動、高次機能評価及び優位半球の同定法を確立することを目的とする。

A覚醒下機能マッピングによる感情認識及び内受容感覚に関わる島回機能研究:Investigate the insular function associated with the emotional and interoceptive awareness and using a brain mapping study: 研究責任者 本村和也
 自己の感情を認識するために、脳と身体がどのように関わっているのかという問題は、これまで数多くの研究がなされてきた。これまでの研究から、島皮質は体性感覚の中でも特に、内臓感覚の処理に重要であると考えられてきた。さらに、共同研究者である寺澤、梅田らは、社会性と情動に関する認知神経メカニズムを知るために、脳損傷例を対象とした神経心理学的手法および機能的MRIを用いた脳機能画像解析を行い、島皮質前部が、内受容感覚を意識する場合や主観的に感じられる感情の覚醒度が高い場合にその活動性が高くなると報告した。よって、感情を経験するために、内受容感覚が重要な役割を担っており、島回が脳におけるその中枢として機能している可能性がある。
 本研究では、島回腫瘍及び島回近傍腫瘍に対する覚醒下手術において、表情認識課題、心拍検出課題を用いながら、実際に島回の皮質および白質を直接刺激することで、感情認識及び内受容感覚に関わる島回の機能や役割を解明することを目的とする。

III.良性腫瘍・頭蓋底腫瘍外科
髄膜腫、神経鞘腫、頭蓋咽頭腫、下垂体腺腫など頭蓋内の良性腫瘍や、頭蓋底部に進展する悪性腫瘍(頭頸部外科領域)などに対する治療および手術に積極的に取り組んでいる。頭蓋底領域は特に解剖が複雑で到達が容易でなく、多くの重要な構造を温存する必要があり、その手術は、習得するのに長い年月と経験が必要な分野である。これに対して、我々は3Dバーチャルイメージを用いた手術シミュレーションや、更に3D実体模型を用いた手術シミュレーションを取り入れて安全な手術の実現と、訓練に役立てている。また、頭蓋底外科領域は複数の専門家と協力して取り組むことが重要であり、チーム医療に力をいれている。頭頸部がんの頭蓋底進展例に対して、耳鼻科・形成外科と我々脳神経外科のチームで行なう頭蓋底腫瘍の一塊切除術は、全国でも有数の経験数を誇り、チーム医療を長年実践した伝統がある。また近年内視鏡手術のグループと共同で、トルコ鞍下方と上方両側に大きく進展するような頭蓋底腫瘍に対して、経鼻的内視鏡手術と顕微鏡下手術のコンビネーション手術を行なって成果をあげている。

1.頭蓋底悪性腫瘍に対する術前3D Virtural Simulationと術中3D Virtural Navigation
 頭蓋底腫瘍なかでも頭頸部がんに対する頭蓋底腫瘍一塊切除は、極めてすぐれた生存成績が得られる。手術は脳神経外科、耳鼻科、形成外科の複数科が合同して行うことが必要であり、また、骨切り線のデザインは、個々の症例におけるガンの進展範囲や複雑な頭蓋底解剖を十分理解した上で行う必要があり、必ずしも容易でない。そこで、これを名古屋大学情報科学科と共同で開発した3D Virtual Surgiscope (New VES)を用いて、術前にシミュレーションし、更にはシミュレーションデータを用いて術中に3D表示のナビゲーションとして用いることで、経験を積んだ頭蓋底外科医の暗黙知を、理解しやすい形で明示的に表現することを目指した。
 図6に顔面皮膚ガン症例の術前シミュレーションを示す。病変は皮膚のみならず側頭骨、顎関節に進展しており、腫瘍フリーマージンを取った一塊切除には、側頭骨亜全摘出術が必要である。本症例では側頭骨内進展が比較的浅いため、内頚動脈および頸静脈の露出を避けたアプローチが可能かどうかを3D Virtual Surgiscopeを用いて検討した。腫瘍の進展からは、乳様突起から、鼓室および耳管を骨切り線としても十分腫瘍を一塊に切除できることがわかった。右上の図で耳管(矢印)と鼓室(矢頭)を切除の内側として骨切り線をデザインした。左下の図では3D表示で、中頭蓋底・錐体骨の骨切りを行なっているところである(矢印は耳管、矢頭は鼓室)。耳管のすぐ内側に内頚動脈が走行していることが良くわかる。

本症例ではシミュレーションに基づいて側頭骨亜全摘出術を行い、腫瘍を一塊として完全に摘出した(図6右下)。術後の病理学的検討で扁平上皮癌であること、また切除組織断端に腫瘍を認めなかった。

図7は術前のシミュレーションデータセットを用いて、磁場式ナビゲーションを用いて3D Virtual Navigationを行なっている場面である(側頭骨亜全摘出症例)。Virtual Navigationでは実際の術野を目の前にして、これを模した3D表示のなかで、それぞれの解剖学的構造が確認できる点や、透過画像を用いて、実際には見えない深部構造を“透かして”確認できるため、頭蓋底のコツ切りを行う際の位置や角度の理解が容易になる。

図7 シミュレーションデータセットを用いた術中3D Virtural Navigation


2.頭蓋底腫瘍代表症例
@頸静脈孔髄膜腫症例:transjugular approach
 60歳台女性症例、耳閉感で発症。明らかな下位脳神経障害なし。図は術前および術後の画像を示す。腫瘍は右頸静脈孔内に充満して頭蓋内と頭蓋外に進展している。頸静脈孔は下位脳神経(舌咽神経、迷走神経、副神経)が通っており、嚥下や発声など重要な機能を担うほか、本腫瘍は脳幹、顔面神経、聴神経などにも関係しており、手術後の神経機能の温存が最も重要である。本症例ではすでに頸静脈が腫瘍により閉塞していることがわかったため、側頭骨の削開を行なって頸静脈に直接アプローチするtransjugular approachを用いて腫瘍を全摘出した。術後、脳神経症状等後遺症なく退院された。


A頭蓋咽頭腫症例(初発):orbitozygomatic + interhemispheric transcallosal approach
 11歳男性症例。意識障害、右片麻痺、左視力低下で発症。トルコ鞍に主座があり、分葉状ののう胞を伴って、第3脳室内、側頭葉内側、シルビウス裂内などに進展する巨大な腫瘍を認めた。頭蓋咽頭腫は手術でしっかり摘出することが重要である。本症例ではモンロー孔近くまで腫瘍が進展しており、記憶を司る脳弓や視床下部といった重要な構造を傷つけないようにして腫瘍を摘出するため、orbitozygomatic approachとinterhemispheric transcallosal approachを併用して、腫瘍摘出を行なった。腫瘍は肉眼的に全摘出され、視力障害、右片麻痺は改善し、元気に退院した。


(ア)再発頭蓋咽腫症例:開頭・内視鏡combined surgery
 20歳台の女性で、小児期に頭蓋咽頭腫に対する手術治療を受けたが、経過中再発を繰り返した。再発腫瘍は左海綿静脈洞を占拠して内頚動脈を巻き込み、トルコ鞍から斜台へと広範に頭蓋底浸潤あり。Orbitozygomatic approachを用いた開頭チームと経蝶形骨洞からの内視鏡を用いた手術チーム(内視鏡チーム)とが同時に助け合いながら腫瘍の全摘出を行なった。髄液漏対策についても両チームが協力して行なった。




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