概要


日本と海外の肝移植の歴史
肝移植は、米国のThomas E. Starzl教授らによって1963年にはじまりました。開始当初は実験的な医療の側面が強く、成績が極めて不良な治療でしたが、移植医療の発展には手術手技の改良だけでなく、臓器保存法や免疫抑制剤の開発などが不可欠で、それらがそろった1980年代になって成績の向上とともに欧米での脳死肝移植症例数が増加しました。移植大国の米国では、年間8,000件の肝移植が行われています。
一方、日本の肝移植は長く脳死そのものがタブー視されていたこともあり、1989年の島根医科大学による小児生体肝移植が最初となっています。その後、1990年から京都大学の田中紘一教授が中心となり、国内の移植症例数が飛躍的に増加しました。当初の親から子供への小児生体肝移植から、1990年代後半より成人間の生体肝移植の症例が増加しています。現在、年間500件弱の生体肝移植が国内の移植施設で実施され、累積の肝移植症例数は2017年末の時点で9,242件となっています。
今日までに、血液型不適合移植(輸血不可能な組み合わせでの肝移植)や、過小グラフト症候群(小さい移植臓器を用いて発生する合併症)などの生体肝移植特有の様々な問題を克服しながら、生体肝移植医療は発展し続けています。
また、国内の脳死肝移植は1997年にようやく脳死臓器移植法案が施行され、1999年に国内初の脳死肝移植が信州大学で施行されました。脳死肝移植症例数は伸び悩んでいましたが、2009年の脳死臓器移植法案が改正され(家族の同意で臓器提供が可能)、ようやく症例数が増加し、累積の脳死肝移植件数数は611例(2019年末現在)となっています。ただ、移植待機患者数に移植実施件数は見合っていませんし、海外の肝移植症例数と比較すると非常に少ないのが現状です。


日本の肝移植件数
青: 生体肝移植
赤: 脳死肝移植

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当院での肝移植
名古屋大学病院での肝移植は、1998年にはじまりました。2019年12月末までに、小児生体肝移植 107例、成人生体肝移植 173例、脳死肝移植 53例、総数で333例を施行し、東海地方の移植拠点病院として肝移植治療を提供してきました。
ただ、国内の肝移植総数が9,000件を超えていることからすると、東海地方の人口からみて必ずしもこの地域の肝移植件数が十分な状況ではありません。今後、肝移植治療をより普及させて、末期肝疾患の患者の治療に貢献していきたいと考えています。
移植初期の50例を除いた2004年6月から20152月末までの当院の移植成績(1年生存率)は、小児症例(60例)で98.3%、成人症例(113例)で94.5%となっており、肝移植研究会からの2011年末までの移植成績報告での全国平均 小児 88.5%、成人 80.5%より良好な成績となっています。



2004年6月以降の名大病院の肝移植成績
青: 小児症例
赤: 成人症例


※ カプランマイアー曲線といわれ、治療後にどれぐらいの確率で生存しているかをみるグラフです。


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肝移植とは…
肝臓は右上腹部にある成人で重さ約1kgある最も大きい臓器です。周囲の組織と4つの構造物とつながっています。
  • 肝動脈………肝臓に酸素を運搬しています。
  • 門脈…………腸から肝臓へおもに栄養を運搬しています。
  • 肝静脈………流入した血液を心臓へと流します。
  • 胆管…………肝臓で胆汁が産生され、胆管を通じて十二指腸へ流していきます。
肝移植手術は病気の肝臓を取り除いて、移植に用いる新しい肝臓(グラフト)を元の肝臓の位置に置き、相対する4つの構造物をつなぎ合わせる手術です。実際の手術では、これにいくつかの付加的処置を加えて終了します。
肝移植手術はおおよそ半日かかる手術ですが、その後の慎重な術後管理が必要です。免疫抑制剤を用いて拒絶反応のコントロールや術後感染症などに代表される術後のトラブルに適切に対応し、回復を目指します。
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肝移植の適応疾患
生体肝移植については、2004年1月1日より健康保険の対象となる疾患が大幅に拡大されました。
現在の保険適用の疾患は、
  • 先天性胆道閉鎖症
  • 進行性肝内胆汁うっ滞症(原発性胆汁性肝硬変と原発性硬化性胆管炎を含む)
  • アラジール症候群
  • バッドキアリー症候群
  • 先天性代謝性疾患(家族性アミロイドポリニューロパチーを含む)
  • 多発嚢胞肝
  • カロリ病
  • 肝硬変(非代償期)
  • 劇症肝炎(ウイルス性、自己免疫性、薬剤性、成因不明を含む)
  • 肝細胞癌(肝硬変に合併し、遠隔転移と血管侵襲を認めない。肝内に径5cm以下1個、又は3cm以下3個以内が存在する場合)
上記保険適用の疾患以外でも、肝移植で元気になることが期待できる場合があります。
一部の進行肝細胞癌や極めてまれな肝疾患など医学的に移植適応がありと判断される場合は、自費診療となりますが移植可能な場合がありますので、ご相談下さい。


2019年8月1日より肝細胞癌に対する脳死肝移植の保険適応基準が拡大されました。

<肝細胞癌の脳死肝移植の新基準>
ミラノ基準内あるいはミラノ基準外でも腫瘍径5cm以内かつ腫瘍個数5個以内かつAFP 500ng/ml以下(5-5-500基準)