脳死肝移植


脳死肝移植とは…
脳死と診断された方から、善意で肝臓の提供を受け、肝移植を行う方法を脳死肝移植といいます。
医学的に肝移植の適応がある脳死肝移植肝移植希望患者が、移植ネットワークに登録手続を行い、①重症度、②血液型、③待機時間から、公正に臓器が分配され、脳死肝移植が実施されます。

国内の脳死肝移植は1997年に脳死臓器移植法案が施行され、1999年に国内初の脳死肝移植が信州大学で施行されました。脳死肝移植症例数は伸び悩んでいましたが、2009年の脳死臓器移植法案が改正され(家族の同意で臓器提供が可能)、2010年からようやく症例数が増加し、累積の脳死肝移植件数は611例(2019年末現在)となっています。ただ、年間60-80件程度の脳死肝移植数は国内の移植待機患者数に見合っていませんし、例えば年間8,000件程度の脳死肝移植を行っているアメリカなど海外の肝移植症例数と比較すると脳死肝移植件数は非常に少ないのが現状です。




日本の脳死肝移植件数
2019年末まで

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脳死肝移植までの流れ
実際の脳死肝移植の準備から手術までの流れは、図のようになります。
2019年5月より、登録手続きや臓器分配の方法に変更がありました。


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移植説明のあと、ご本人、ご家族で移植治療についてよく相談して頂き、移植希望するか、希望しないかのお返事を頂いています。





各種検査の後、名大病院の院内適応評価委員会で移植適応があるかどうか判断してもらいます。





日本臓器移植ネットワークへの登録申請と登録料振り込みが完了した時点で、移植待機状態となります。




移植待機時間は数日から数年と非常に幅があります。
待機期間中にさらに状態の悪化があれば、適宜、登録MELDスコアの修正を行います。


脳死ドナー発生の連絡が名大病院に入り、同時に脳死ドナー情報の解析を行います。移植可能と判断できれば、待機患者に緊急連絡を行い、脳死肝移植実施の意思確認を行います。


臓器提供病院への医師の派遣を行うとともに、患者さんが名大病院に入院します。
緊急連絡から半日〜一日のうちに、脳死肝移植手術がはじまります。




移植適応について
肝臓が悪い患者さんに、肝移植が必要か、必要でないかの判断は重要です。
肝移植の治療は非常に大きな治療となり、リスクも高い治療です。肝移植以外の治療方法が残っている場合は、移植以外の治療法が優先されます。「肝移植以外の治療法がない」患者さんが、移植適応の患者さんとなります。
「肝移植以外の治療法がない」ということを客観的に評価するための、いくつかの評価方法があります。


Child-Pugh score
表にある肝性脳症、腹水、ビリルビン、アルブミン、プロトロビン時間の点数を合計し、下記のように分類します。
5〜6点: Grade A、   7〜9点: Grade B、   10〜15点: Grade C


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MELD score
アメリカの臓器移植ネットワークでの12歳以上の肝移植登録患者の重症度の判定に用いられ、この点数で移植優先順位が決定されます。
MELD scoreは、ビリルビン、プロトロンビン時間、クレアチニン、透析治療の有無で計算されます。
MELD score = (0.957 * ln(Serum Cr) + 0.378 * ln(Serum Bilirubin) + 1.120 * ln(INR) + 0.643 ) * 10      透析治療で、Cre=4.0として計算


脳死肝移植における肝細胞癌適応基準
2019年8月1日より肝細胞癌に対する脳死肝移植の保険適応基準が拡大されました。

<肝細胞癌の脳死肝移植の新基準>
肝硬変に合併し、遠隔転移と血管侵襲を認めない、ミラノ基準内あるいはミラノ基準外でも5-5-500基準内であること。

生体肝移植では条件がよければ、適応基準を超えた肝細胞癌でも移植適応となることがありますが、脳死肝移植では基準内であることが必要条件となります。また、待機期間中に基準を逸脱した場合には、脳死肝移植待機の継続ができなくなります。


ミラノ基準
肝硬変に合併し、遠隔転移と血管侵襲を認めない肝細胞癌が、
肝内に径5cm以下1個、又は、3cm以下3個以内が存在する場合
5-5-500基準
肝硬変に合併し、遠隔転移と血管侵襲を認めない肝細胞癌が、
腫瘍径5cm以内かつ腫瘍個数5個以内かつAFP 500ng/ml以下の場合



Mayo Clinic の予後予測式(原発性胆汁性肝硬変 PBC、原発性硬化性胆管炎 PSC)
PBCとPSCでは、自然経過でどれぐらいの確率で生存できるのかという予後予測モデルが、アメリカのMayo Clinicでつくられています。


PBCの1~7年後予測生存確率は、年齢、ビリルビン、アルブミン、プロトロンビン時間、浮腫の有無、利尿剤の有無から計算されます。


PBCの3~24ヶ月予測生存確率は、年齢、ビリルビン、アルブミン、プロトロンビン時間、浮腫の有無、利尿剤の有無から計算されます。


PSCの1、2、3、4年後予測生存確率は、年齢、ビリルビン、アルブミン、AST、食道静脈瘤の破裂の有無から計算されます。




脳死肝移植
脳死肝移植とは、脳死と診断されたドナーから肝臓(グラフト)を摘出し、患者(レシピエント)に移植する方法をいいます。生体肝移植と脳死肝移植の大きく異なる点は、例外はありますが、基本的には全肝グラフトを用いた移植であることと、臓器提供病院からのグラフト肝の搬送時間が加わるため冷保存時間が延長することです。移植において、前者はメリットとなり、後者はデメリットとなります。
また、移植の準備が順調に進んでいても、グラフトの状態が移植に適さないと判断されれば、その時点で脳死肝移植が中止となります。


脳死肝移植のグラフトについて
脳死臓器提供者の全肝グラフトを用いることが多いですが、状況によっては分割肝移植となる場合があります。


脳死全肝移植

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一人のレシピエントに全肝を用いて移植する

脳死分割肝移植

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全肝グラフトを分割

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分割された肝臓を小児へ移植する
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分割された肝臓を成人へ移植する




手術手技について
臓器提供病院でのグラフト肝の状態に問題がなければ、名大病院までのグラフト搬送時間とレシピエントの肝臓摘出予想所要時間から、レシピエントの手術開始時間が決まります。
レシピエントの手術は、まず病気の肝臓をすべて摘出するところから始まります。

ただ、肝移植手術は、肝臓につながっている4つの構造物(肝動脈、門脈、肝静脈、胆管)を、新しい肝臓(グラフト肝)と本人の相対するもの同士をつなぎ合わせる(吻合する)手術ですので、それらをつなぐことが出来るようにしながら丁寧に肝臓を摘出します。
また、臓器提供病院からグラフト肝が到着すれば、移植(血管吻合など)が出来るように、それぞれの脈管をきれいにして準備します。
グラフト肝の準備が出来れば、肝静脈(下大静脈)、門脈、肝動脈の順に血行再建を行い、最後に胆道再建を行います。
脳死肝移植の場合は、生体肝移植より回復が早いことが期待でき、生体肝移植で行っているような付加的手術(栄養チューブの挿入など)は行わないことが多いです。
症例にもよりますが、全体の手術時間はおおよそ8~12時間程度かかる大きな手術です。


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脳死肝移植の門脈吻合の様子




術後経過について
非常に大きな治療ですので、術後経過の個人差は大きいです。順調な経過の場合で、術後1-2ヶ月で退院となります。

移植手術直後は、集中治療室(ICU)での管理となります。
手術終了時は、意識もなく、呼吸も自力で出来ない状態のため、人工呼吸器を用います。
集中治療室に在室中は、全身状態(心臓、呼吸、腎臓、肝臓)のチェックと、手術操作後のチェック(出血やつないだ血管の血流の状態など)を行います。順調であれば、徐々に呼吸も自力で出来るようになり、人工呼吸器を離脱します。劇症肝炎など術前から意識障害がある場合には、意識回復に時間がかかり、人工呼吸管理が長期化する場合があります。
拒絶反応を抑制する免疫抑制剤は、移植手術翌日から開始します。
全身状態が安定していれば、数日で集中治療室を退室し、一般病棟の個室へと移動します。
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外科系集中治療部の様子


その後も、肝機能と血流のチェックを頻回に行いながら、問題が発生していないが確認していきます。
肝機能は血液検査で、血流はエコー検査で行います。
肝機能などの悪化がある場合は、肝生検などのさらに詳しい検査を行う必要があります。
術後1週間目ぐらいから起こりやすいトラブルは、拒絶反応と感染症です。移植直後から免疫抑制剤の投与が開始されていますが、その投与量の調節が、拒絶反応の抑制には重要で、不足している場合に拒絶反応が起こります。多くの拒絶反応は、免疫抑制剤の増量で改善します。また、免疫抑制剤を使用していることもあり、感染症にかかりやすくなっています。拒絶反応と感染症のバランスを保つよう免疫抑制剤を調節します。

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エコー機械




退院後の生活について
退院後は、できる限り普通の生活に戻ってもらうことが目標です。例えば、病期のため仕事を休んでいた患者さんには、復職をしてそれまでの日常生活を取り戻してもらいます。
移植を受けたために生活上の制約が多くなったのでは、肝移植のメリットがありませんから…
ただ、肝移植後は免疫抑制剤を服用し続けることになります。免疫抑制剤の種類や量は、個人差があります。決められた薬をきっちりと服用続けることが、移植肝の機能を保つために大切です。薬の飲み忘れなどで、拒絶反応が起こる可能性がありますので、薬の管理は重要です。
定期的に外来で肝機能のチェックを行い、移植肝の状態が安定していることを確認します。問題が認められる場合は、その都度、原因を確認して、治療に当たります。

また、移植が必要となったもとの病気によっては、再発の問題がある場合があります。
例えば、C型肝炎の再発のおそれがある場合は、体調や通常検査で問題がない場合でも、定期的な入院検査を行いながら、問題の早期発見、早期治療を行うことがあります。
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代表的な免疫抑制剤