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研究紹介

音源定位の神経回路機構

私たちは音に囲まれて生活しています。無意識のうちに音が来る方向を聞き分けて、周囲の空間を認識しています。この能力は音源定位と呼ばれています。音源定位は左右2つの耳で音を聞くことで実現されます。左右それぞれの耳では音の聞こえ方がわずかに異なり、その違いが音源定位の手がかりとなります。重要な手がかりの1つが音入力の時間差です。音源の方向によって、左右の耳に音が到達する時間に差が出ます。これを両耳間時差といいます。音は秒速340 mもの速さで伝わりますから、その時差は最大でも1ミリ秒 (1000分の1秒)しかありません。私たちは音源の方向が角度として1度違っても認識することができます。これは時差にして10マイクロ秒(10万分の1秒)というとても驚異的な精度です。

両耳間時差を検出する神経回路は、脳幹に存在しています。音の情報は、蝸牛で電気信号に変換されたのちに、聴神経から脳幹の大細胞核(蝸牛神経核)を介して両側の層状核へと伝えられます。このとき、大細胞核からの投射線維は層状核内で遅延線と呼ばれる順次枝分かれする特徴的なパターンを示すことにより、信号が到達するタイミングには場所に応じたズレが生じます。 一方、層状核の神経細胞は左右から同時の入力を受けた場合に最大応答を示す(同時検出)性質を持っているため、両耳間時差がちょうど相殺される位置にいる細胞が左右から同時の入力を受けて、強く興奮することになります。このようにして、両耳間時差は層状核で神経細胞の配置として符号化され、さらに上位に伝えられることで、音源の位置が知覚されます。重要なことに、これらの情報は音の高低に応じて異なる神経細胞によって処理されます。さらに近年、これらの神経細胞には個性がある、すなわち神経細胞の性質は応答する音の周波数に応じて異なり、このことにより各周波数域での正確な時間差の検出が可能になることが明らかになってきました。

このように精密で複雑な聴覚回路は、いったいどうやって作られて、どのように働いているのでしょうか?私たちの研究室では、新しい研究手法を積極的に取り入れながら、この回路の謎に迫ろうとしています。

研究手法

テーマ1.遺伝と経験のクロストークによる周波数適応の分子細胞機構

聴覚の神経細胞が、周波数地図内で応答周波数に応じて機能と構造を最適化させる分子細胞メカニズムを明らかにします。

テーマ2.軸索興奮性領域の分布制御:軸索起始部(AIS)の可塑性機構

神経活動を強力に制御することが可能な軸索起始部の可塑性は、脳の様々な機能や病態の基盤として注目されています。

テーマ3.軸索興奮性領域の分布制御:ランビエ絞輪の位置決定原理

オリゴデンドロサイトと呼ばれるグリア細胞が、神経活動の伝導速度を場所に応じて巧妙に調節するメカニズムを明らかにします。

テーマ4.正確な軸索配線の形成機構

究極の時間精度を実現している聴覚回路を対象に、軸索分枝の時期・部位特異的な形成制御のメカニズムを明らかにします。