名古屋大学医学部 医学系研究科腫瘍病理学 分子病理学分野(旧第二病理学講座)

研究について

研究分野・内容

 高橋が発見したRET遺伝子(Takahashi et al., Cell, 1985)をはじめとした受容体型チロシンキナーゼおよびその下流の細胞内シグナル伝達系を介した発がんおよび神経系の形成、腎臓の発生の分子メカニズムに関する研究を展開している。
 また増殖因子受容体によって活性化されるがん関連タンパクAKTの新規基質としてGirdinと名付けたタンパクを発見し、その機能解析を行っている。その結果、Girdinはアクチン結合蛋白であり、増殖因子刺激によって誘導されるがん細胞、線維芽細胞、血管内皮細胞、神経芽細胞の運動に極めて重要な役割を果たしていることを明らかにし、注目を集めている(Enomoto et al., Dev. Cell, 2005; Kitamura et al., Nature Cell Biol., 2008; Enomoto et al., Neuron 2009)。
 さらに、CD109というGPIアンカー型細胞表面タンパクがヒトの扁平上皮癌,、脳腫瘍などに発現していることを明らかにし、その機能解析や診断、治療法開発への応用研究を展開している(Hashimoto et al., Oncogene 2004; Hasegawa et al., Pathol. Int., 2008)。
 CD109と同様にGPIアンカー型細胞表面タンパクであるMeflinと名付けた分子が、間葉系幹細胞の特異的なマーカーとなることを明らかにし(Maeda et al., Sci. Rep., 2016)、Meflin陽性間葉系細胞の臓器線維化やがん組織における線維化における役割について研究を進めている。
 実験においては分子生物学、生化学、細胞生物学、病理形態学、発生工学(遺伝子組み換えマウス)といった多角的な手法を取り入れて研究活動を行っている。

  1. RET遺伝子の生理機能の解明と変異による疾患発症のメカニズム
    RETは多発性内分泌腫瘍症(Multiple Endocrine Neoplasia, MEN)2A型、MEN2B型、家族性甲状腺髄様癌(Familial Medullary Thyroid Carcinoma, FMTC)、Hirschsprung病といった複数の遺伝性疾患の原因遺伝子である。臨床像の全く異なる疾患が1つの遺伝子の変異の違いによって発症する点で注目されている。われわれの研究グループはRET遺伝子変異によるこれらの疾患の発症メカニズムについて世界に先駆けて解明してきた(Asai et al., Mol. Cell. Biol., 1995; Iwashita et al., Hum. Mol. Genet., 1996, Gastroenterology, 2001; Kawai et al., Cancer Res. 2000; Takahashi et al., Cytokine Growth Factor Review, 2001)。
     1996年から97年にかけて米国Genentech社との共同研究によりRETのリガンドが神経栄養因子Glial Cell Line-Derived Neurotrophic Factor (GDNF)およびneurturinであることを明らかにした(Treanor, Nature 1996; Klein, Nature 1997)。GDNFはドーパミン作動性ニューロンに対する神経栄養因子として発見され、パーキンソン病の治療薬として期待されている。 さらに、GDNF-RETシグナル伝達系の腸管神経系形成における役割について、遺伝子組み換えマウスを用いて明らかにしてきた(Jijiwa et al., Mol. Cell. Biol. 2004; Asai et al., Development, 2006)。
  2. がん関連蛋白AKTの新規基質Girdinの発見とその機能解析
    AKTは種々のヒトがん細胞において活性化され、浸潤・転移などがん細胞の悪性度を増強するということが報告されている。またAKTの活性化は線維芽細胞や白血球の運動能にも重要であるということが報告されていたが、そのメカニズムは明らかでなかった。われわれのグループは酵母two-hybrid法を用いてAKTの新規結合タンパクGirdinを同定し、その機能解析を行ったところアクチン結合蛋白であることを明らかにし、増殖因子刺激における線維芽細胞の運動に重要な役割を果たしていることを明らかにした(Enomoto et al., Dev. Cell., 2005)。(この遺伝子はほぼ同時期に複数のグループから、AKT phosphorylation enhancer (APE)、Galpha-interacting vesicle-associated protein (GIV)、Hook-related protein 1 (HkRP1)と報告された遺伝子と同一遺伝子であった)。
     Girdinの発現は細胞運動の際、先導端に形成されるラメリポディアの形成に関与していることを明らかにし、がん細胞、血管内皮細胞の運動に関わることにより癌細胞の浸潤、転移や血管新生に重要な役割を果たしていることを証明した(Jiang et al., Cancer Res. 2008; Kitamura et. al., Nature Cell Biol., 2008)。さらに胎生期の神経細胞の移動におけるGirdinの役割について解析を進め、海馬歯状回の形成や嗅球の形成に重要な役割を果たしていることを明らかにした(Enomoto et al., Neuron, 2009; Wang et al., J. Neurosci, 2011)。
     また、Girdinはエンドサイトーシスにおいて重要な役割を果たしていること知られているダイナミンと結合することにより、カドヘリンやトランスフェリンのエンドサイトーシスに寄与することを証明した(Weng et al., EMBO J., 2014)。Girdinの機能としてエンドサイトーシスと細胞運動がどのように関わるか明らかにすることが今後の課題である。
  3. GPIアンカー型膜蛋白CD109のがん細胞のおける発現の意義と診断・治療への応用
    MEN2B型変異RET遺伝子により発現誘導される遺伝子をDifferential Display法により解析した結果、CD109遺伝子を同定した。CD109遺伝子の発現を種々のがん細胞にて検索したところ、肺、食道、子宮の扁平上皮癌や脳腫瘍で高発現を示すことを明らかにした(Hashimoto et al., Oncogene 2004; Sato et al., Pathology Int. 2007)。さらに乳癌細胞における発現を検索する過程で、乳癌の中で予後の悪いことが知られている基底細胞型乳癌において特異的に発現していることを見つけた(Hasegawa et al., Pathology Int., 2008)。CD109のノックアウトマウスを作成し、脳腫瘍モデルマウス、皮膚扁平上皮癌マウスを交配することにより、CD109がこれらの腫瘍の増殖、進展に関わっていることを明らかにした(Sunagawa et al., Oncotarget, 2016; Shiraki et al., J. Pathol., 2017)。現在、CD109をターゲットとした、がんの診断・治療への応用について研究を進めている。
     CD109はTGF-シグナルを負に制御し、EGFシグナルを正に制御することが明らかになっているが、そのメカニズムニズムについても解析を進めている。
  4. 間葉系幹細胞の特異的マーカーMeflinの役割
     間葉系幹細胞の特異的マーカーとしてGPIアンカー型細胞表面タンパクMeflinを同定した。Meflinは間葉系幹細胞に未分化性の維持に重要な役割を果たしていることを明らかにした(Maeda et al., Sci. Rep., 2016)。Meflin陽性細胞の系譜を追跡できる遺伝子改変マウスを作成し、Meflin陽性細胞が心臓などの臓器線維化やがんの線維化のどのように関わるかの解析を行っている。

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