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名古屋大学大学院医学系研究科
Nagoya University Graduate School of Medicine


癌免疫治療研究室
Cancer Immune Therapy Research Center

研究内容

腫瘍溶解性ウイルスは癌細胞に選択的に感染し、癌細胞を死滅させるウイルスであり、新規癌治療方法として期待されています。腫瘍溶解性単純ヘルペスウイルスは本来有するウイルス自体の毒性が弱められ、安全性が確保され、癌細胞特異的な攻撃性を有しています。HF10は弱毒化された単純性ヘルペスウイルスI型で、in vitroならびにin vivoにおいて強い抗腫瘍効果を発揮することが報告されています。さらに臨床試験において、HF10は乳癌、膵癌、頭頸部癌、悪性黒色腫に対して抗腫瘍効果を示しました。私たちはウイルス、腫瘍、腫瘍の微小環境そして関連する免疫反応の複雑な相互作用を明らかにするために研究を行っています。特に、私たちはHF10の直接的な抗腫瘍効果ならびにHF10による免疫賦活作用に注目しています。HF10の臨床応用に注目し、さらなる基礎・臨床研究を挑戦的に行っています。より具体的には現在の研究テーマは下記の3つの研究に要約されます。

1:HF10と他の抗癌剤との多剤併用療法

腫瘍組織を構成する癌細胞は均一な集団ではなく、腫瘍内ヘテロ不均一性のため、抗癌剤単剤による治療効果は限られています。また、腫瘍溶解性ウイルス単独でも全ての癌細胞を死滅することは不可能です。この問題点を克服するために、私たちはHF10と他の抗癌剤ならびに免疫チェックポイント阻害剤との最も効果的な組み合わせや投与方法について検討し、次世代の免疫学的抗癌剤として実臨床応用に繋げる事を目指しています。HF10を腫瘍内に投与すると抗腫瘍効果を示しますが、HF10を投与されていない腫瘍においても腫瘍の増殖が著しく抑制されます。これはHF10により免疫が賦活化されることにより抗腫瘍効果が発揮したと考えられます。このことから、HF10と免疫チェックポイント阻害剤による多剤併用治療による抗腫瘍効果が期待されます。

2:腫瘍溶解性ウイルスの新規投与経路の開発

臨床試験が進行中の腫瘍溶解性ウイルスは直接腫瘍内に投与され、抗腫瘍効果を発揮しますが、すべての患者さんにおいて薬剤を直接腫瘍内に投与することは可能ではありません。さらに、腫瘍溶解性ウイルスは経口ならびに静脈内に投与されると、補体、網内皮系細胞そして中和抗体によって速やかに不活化されます。従って、経口または静脈内投与可能な新規腫瘍溶解性ウイルスおよび新規ウイルスデリバリーシステムの開発が望まれます。私たちは、腫瘍抗原特異的なリンパ球にHF10を吸着させ、静注する事でターゲットの腫瘍まで到達させるという新規の発想により、HF10の全身投与方法を検討しています。さらに、新規投与方法と腫瘍内投与方法を比較することにより、各臓器と腫瘍内におけるヘルペスウイルスの存在、CD8、 CD4、Treg、MDSC、APCの変化を比較し、標的腫瘍への選択的なウイルスの輸送、宿主免疫との関係について検討します。この研究は、腫瘍溶解性ウイルス療法と免疫細胞療法分野という2つの異なる分野を融合させた従来にない研究であり、HF10がリンパ球自身を活性化させる効果を併せ持つ事から、新規投与方法ならびに癌免疫誘導作用による強い抗腫瘍効果が得られることが期待されます。

3:癌抗原デリバリーベクターとしてのHF10の開発

悪性腫瘍に対する様々な細胞免疫療法が開発されています。また、TCR遺伝子改変したT細胞およびキメラ抗原受容体(CAR)を用いた遺伝子改変T細胞を用いた新規癌治療が行われ、抗腫瘍効果は示されています。しかしながら、TCR遺伝子改変したT細胞およびCAR T細胞を用いた治療方法は標的が限られていることから、癌治療の大きな制限になっています。そこで、ウイルスゲノム中に癌特異抗原を発現するように遺伝子改変した腫瘍溶解性ウイルスHF10とウイルスが産生する癌抗原を認識する様にTCR遺伝子改変したT細胞またはCAR T細胞の組み合わせによる新規治療法の開発を目指しています。既知の癌抗原(DW2、WT-1、NY-ES0等)だけでなく、新規癌抗原の探索を行い、新しい免疫細胞療法を見出す研究を行っています。我々の基礎研究ならびに臨床研究は、腫瘍溶解性ウイルス療法と免疫細胞療法を組み合わせた新しい治療法の可能性を明らかにし、今後の難治癌治療の克服に重要な情報を提供することが期待されます。