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研究について

腹膜透析グループ

腹膜透析(PD:Peritoneal Dialysis)は残腎機能の保持に優れた非常に有用な腎代替療法です。しかしながら、透析継続に伴い、自己の生体膜である腹膜の劣化が問題となります。具体的には、持続的な透析液の曝露や腹膜炎の合併により腹膜の炎症が増強されます。腹膜中皮細胞層の変性や腹膜線維化・血管新生などの形態学的変化が起こり、溶質輸送亢進・限外ろ過不全といった腹膜機能低下が問題となります。さらに、長期PDによる腹膜劣化の最終段階として、重篤な腸閉塞病態を示す被嚢性腹膜硬化症(EPS:Encapsulating peritoneal sclerosis)の発症が問題となります。

腹膜透析(PD)に伴う腹膜の変化

我々は「安全な腹膜透析」を目標に、腹膜の形態学的変化・機能低下の解明とそれに対する治療法開発のため、以下のような要因に着目して研究を行っています。

補体の関与
腎不全と炎症
線維化と血管・リンパ管の変化
抗アルドステロン薬の有用性
東海地区のPD患者の動向

補体の関与

補体系は自然免疫として重要な役割を持っていますが、補体の過活性により様々な障害が起きることが知られています。哺乳類では、補体の攻撃から自己の細胞を守るため、補体を抑制する膜補体制御因子という機構が存在します。我々は、ラット腹膜中皮細胞層に膜補体制御因子が高発現しており、その中のCrryとCD59の働きを失活させた場合に腹膜障害が惹起されることを報告しました(Mizuno M, et al. J Immunol. 2009; Mizuno T, et al. Nephrol Dial Transplant. 2011)。さらに、我々はヒト腹膜中皮細胞上の膜補体制御因子の発現を確認し、その中のCD55が腹膜溶質輸送機能と関連することを報告しました(Sei Y, et al. Mol Immunol. 2015)。

腎不全と炎症

腎不全患者の腹膜は、腹膜透析開始前から障害されていることが知られています。我々は、42名の腹膜透析開始前の腹膜組織を検討し、炎症性マクロファージの浸潤が腹膜溶質輸送機能と関連することを報告しました(Sawai A, et al. Nephrol Dial Transplant. 2010)。さらにマウス腎不全モデルを用いて、塩の摂取がTonEBP(Tonicity-responsive enhancer binding protein)を介して腹膜や心臓でのマクロファージ浸潤を促進するメカニズムを明らかにしました(Sakata F, et al. Lab Invest. 2017)。またマウス腹膜炎モデルを用いて、腹膜の炎症修復過程においてAIM(Apoptosis inhibitor of macrophage)が重要な役割を担うことを報告しました(Tomita T, et al. Sci Rep. 2017)。

線維化と血管・リンパ管の変化

腹膜線維化・機能低下において、組織線維化のメディエーターであるTGF-βやCTGFの関連が報告されています(Mizutani M, et al. Am J Physiol Renal Physiol 2010)。我々はラット腹膜障害モデルを用いて、腹膜線維化における血管新生のメカニズム(TGF-β―VEGF-A pathway)を報告しました(Kariya T, et al. Am J Physiol Renal Physiol. 2017)。しかしながら形態学的変化が腹膜機能低下をもたらすメカニズムは未だに明らかではなく、我々は血管とともにリンパ管の機能にも注目しております。リンパ管は過剰な組織液を吸収することで間質の体液バランスを保つ役割を持ち、PDにおいては貯留した透析液が腹腔リンパ管から吸収されることが知られています。我々は124名の腎生検組織を検討し、リンパ管数が間質線維化と関連することを報告しました(Sakamoto I, et al. Kidney Int. 2009)。さらにラット腎障害モデルを用いて、線維化の進行とともにリンパ管が新生するメカニズム(TGF-β-VEGF-C pathway)を明らかにしました(Suzuki Y, et al. Kidney Int. 2012)。腹膜においても同様の病態を確認し(Kinashi H, et al. J Am Soc Nephrol. 2013)、さらにマウス腹膜障害モデルを用いて、リンパ管新生の抑制が限外ろ過不全を改善することを報告しました(Terabayashi T, et al. Lab Invest. 2015)。一方で、我々は83名のPD中止時の腹膜組織を検討し、フィブリン沈着と腹膜血管病変(内腔狭窄)がEPS進展に関連することを報告しました(Tawada M, et al. PLoS One. 2016)。

抗アルドステロン薬の有用性

ミネラルコルチコイド受容体は腎集合管のみならず、血管内皮など広く体内に分布することが知られています。我々は、ラット腹膜障害モデルを用いて、抗アルドステロン薬が腹膜の肥厚・炎症・血管新生を抑制し、腹膜機能を改善することを報告しました(Nishimura H, et al. Am J Physiol Renal Physiol. 2008)。さらに、名古屋大学とその関連病院のPD患者158名の無作為化オープンラベル試験により、2年間の経過で、抗アルドステロン薬が心肥大と心機能低下を抑制することを報告しました(Ito Y, et al. J Am Soc Nephrol. 2014)。

東海地区のPD患者の動向

日本のPD患者数は全透析患者の約3%にとどまり、在宅透析の比率が極端に低い状態が続いています。その原因を解析するために、我々は2005-2007年の東海地方のPD患者561名を後ろ向きに解析しました(Mizuno M, et al. Cin Exp Nephrol. 2011)。全PD離脱のうち3年以内の早期離脱が50.9%を占め、PD関連腹膜炎が最も一般的な理由でした。PD腹膜炎を予防するために医療スタッフへの教育を充実した後、2010-2012年の患者動向を再度解析しました(Mizuno M, et al. Cin Exp Nephrol. 2016)。腹膜炎発症は軽度減少しましたが教育のみでは限界があり、バッグ接続システムなどのさらなる改善が必要と考えられました。また社会的問題によるPD離脱が増加しており、医療サポートの充実が必要と考えられました。