新学術領域研究(研究領域提案型) 脳タンパク質老化と認知症制御 国際活動支援班

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国際活動支援報告

2016年10月15日(土)

訪問者: 東京都医学総合研究所 野中 隆

【研修報告】Institut Pasteur

《研修報告》
本新学術領域の平成28年度の国際共同研究加速基金のご援助により、平成28年10月15日から21日までフランス・パリのパスツール研究所で研修を行って参りました。今回の研修の目的は、神経変性疾患の患者脳に認められる細胞内凝集体が細胞間を伝播する機構の一つとして注目されているトネリングナノチューブ(Tunneling nanotube:TNT)に関して、その発見者であるChiara Zurzolo博士との共同研究を行うことです。
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近年、神経変性疾患の患者脳に蓄積する細胞内凝集体が細胞から細胞へと伝播する可能性が提唱されており、その伝搬メカニズムの一つとして、細胞内で凝集したタンパク質がTNTを介して細胞間を移動する機構が考えられています。TNTとは、細胞と細胞をつなぐトンネルのようなチューブ状の構造物で、2009年にZurzolo博士らの研究グループにより、異常プリオンタンパク質がTNTを介して細胞間を伝播することが報告されました(Gousset et al, Nat Cell Biol, 2009)。最近では、彼女らのグループにより、αシヌクレイン凝集体もTNTによって細胞間を移動することが報告されています(Abounit et al, EMBO J, 2016)。今回私は、αシヌクレイン凝集体やTDP-43のペプチド線維がTNTにより細胞間を伝播する様子を実際にこの目で確かめたく、渡仏いたしました。
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パリ中心部の15区に位置するパスツール研究所は、狂牛病ワクチンを開発したルイ・パスツールが1887年に開設し、現在数千人が勤務しているようです。歴史を感じさせる重厚なレンガ作りの本館2階に、Zurzolo研究室はありました。ここでは、主に培養細胞や初代培養の神経細胞を用いた免疫組織化学解析を行っております。私は、蛍光標識したαシヌクレインやTDP-43などの種々のタンパク質凝集体を持参し、それらを培養細胞に振りかけて数時間から一晩培養し、顕微鏡観察を行いました。その結果、αシヌクレイン凝集体が培養細胞の細胞質中に取り込まれ、さらにその一部がTNT中にも存在することを確認しました。さらに、凝集体を振りかけた細胞(ドナー)と、未処理の細胞(アクセプター)を共培養して、凝集体がドナーからアクセプター細胞に伝達されるか試験したところ、いくつかのアクセプター細胞において、蛍光標識された凝集体のシグナルを観察することが出来ました。彼女らの論文を読んで自分で思い描いていたようなTNTと異なり、それは非常に繊細で細い構造物であり、またその検出はなかなか困難で、フィロポディアなどの他の構造物との区別が難しいことなどを実感しました。実験上のノウハウや細かい観察ポイントなどは、論文には記載されていませんので、現地に行ってそのエキスパートの研究者から様々な重要な点を学ぶことができ、非常に有意義な経験をすることが出来ました。
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この研修で得られた知見は、今後の私たちの研究の発展だけでなく、脳のタンパク質の異常に着目し、認知症をはじめとする神経変性疾患の発症メカニズムの解明を目指す本学術領域のさらなる研究の発展にもに繋がると期待されます。そのため、今回の共同研究をさらに益々発展できるように、Zurzolo研究室とは密に連絡を取り合い、また先方からの研究者を招くなどの研究交流を通じて、Win-Winの関係を作り上げていきたいと思います。今回は、多忙なZurzolo博士の都合により1週間という短い滞在期間ではありましたが、非常に有意義な研修になりました。最後になりますが、平成28年度の本新学術領域研究の国際共同研究加速基金に採択していただき、心より感謝申し上げます。

《新学術領域研究への貢献》
本新学術領域研究では、脳のタンパク質の異常に着目し、認知症をはじめとする神経変性疾患の発症メカニズムの解明を目指しております。したがって、タウ、αシヌクレイン、TDP-43などの細胞内での凝集機構、およびそれらの凝集タンパク質の細胞間伝播の機構を明らかにすることは、本新学術領域研究のさらなる発展に貢献できると考えられます。

東京都医学総合研究所・認知症プロジェクト
副参事研究員
野中 隆