新学術領域研究(研究領域提案型) 脳タンパク質老化と認知症制御 国際活動支援班

ホーム > INFORMATION > 国際活動支援報告 > 研究者の研修のための中期海外派遣 > 訪問者:東北大学 甲斐 英朗

国際活動支援報告

2016年4月1日(金)

訪問者:東北大学 甲斐 英朗

【研修報告】Dipartimento di Scienze Neurologiche, Università di Bologna, Ospedale Bellaria – Azienda USL di Bologna

プリオン蛋白(PrP)がアルツハイマー病(AD)に関連するβアミロイド(Aβ)ペプチドの受容体として機能する(Laurén, J., 2009)ことが知られているが、その病理学的な影響については殆ど明らかになっていない。そこで、本研修では、臨床、遺伝学、生化学、組織学によるデータに基づいて、プリオン病であるクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)患者におけるAD病態について解析を行い、プリオン蛋白遺伝子(PRNP)の遺伝子多型コドン129の遺伝子型のMMとVV、あるいは孤発性CJDの組織学的タイプのMM1とVV2でAβ病態の程度が有意に異なることを世界で初めて明らかにした。
研修風景2(甲斐)Aβに対する免疫組織化学を行った脳組織標本を観察し、Aβ沈着の段階を0-5までの6段階で各症例を分類した(Thal, D. R., 2002)。CJD患者においても、アポリポ蛋白E(APOE)遺伝子型がAβプラークの沈着の程度に有意に影響を与えることを確認したので、最も一般的な遺伝子型である3/3に絞っての解析も行った。この解析を行った症例のPRNPコドン129の遺伝子型の内訳は、MMが166例(APOE3/3: n = 109)、MVが31例(APOE3/3: n = 21)、VVが11例(APOE3/3: n = 6)であった。これらの遺伝子型間で比較したところ、各平均±標準偏差は、MMが1.42±1.54(APOE3/3: 1.31±1.48)、MVが1.26±1.68(APOE3/3: 1.57±1.89)、VVが0.36±0.92(APOE3/3: 0.17±0.41)であった。Wilcoxonの順位和検定を行った結果、MMとVVの間で*p = 0.014(APOE3/3: *p = 0.044)と有意な差が見られた。
Aβ沈着段階について、孤発性CJDの各組織学的タイプと遺伝性CJDの各変異体をそれぞれ比較した。その主な内訳は、孤発性CJDでは、MM1が84例(APOE3/3: n = 51)、MM 1+2Cが54例(APOE3/3: n = 35)、MM 2Cが6例(APOE3/3: n = 6)、MV 2Kが23例(APOE3/3: n = 13)、VV2が9例(APOE3/3: n = 5)であった。遺伝性CJDでは、E200Kが12例(APOE3/3: n = 10)、V210Iが13例(APOE3/3: n = 11)であった。Aβ沈着段階を比較すると、各平均±標準偏差は、MM1が1.57±1.57(APOE3/3: 1.53±1.57)、MM 1+2Cが1.31±1.43(APOE3/3: 1.17±1.38)、MM 2Cが0.33±0.52(APOE3/3: 0.33±0.52)、MV 2Kが1.39±1.62(APOE3/3: 1.92±1.86)、VV2が0.44±1.01(APOE3/3: 0.20±0.45)、E200Kが0.75±1.60(APOE3/3: 0.40±0.97)、V210Iが1.84±1.77(APOE3/3: 1.64±1.63)であった。Wilcoxonの順位和検定を行った結果、MM1とVV2の間で*p = 0.024(APOE3/3: *p = 0.049)、MM1とE200Kの間で*p = 0.036(APOE3/3: *p = 0.020)、MV 2KとE200Kの間でp = 0.18(APOE3/3: *p = 0.039)、VV2とV210Iの間で*p = 0.034(APOE3/3: p = 0.089)、E200KとV210Iの間でp = 0.056(APOE3/3: *p = 0.046)と有意な差が見られた。また、MM1とMM 2Cの間では、p = 0.053(APOE3/3: p = 0.067)とわずかに有意差を認めなかった。
 脳アミロイドアンギオパチー(CAA)については、以下のようにステージ分類を行った。ステージ0は、脳血管壁にAβの沈着を認めない。ステージ1は、脳細動脈壁のみに、Aβの沈着を認める。ステージ2は、比較的大きな脳動脈壁に、Aβの沈着を認める。この解析を行った症例におけるPRNPのコドン129の遺伝子型の内訳は、MMが199例(APOE3/3: n = 128)、MVが35例(APOE3/3: n = 25)、VVが15例(APOE3/3: n = 10)であった。CAAの段階を0-2までの3段階で各症例を分類し、これらの遺伝子型間で比較したところ、各平均±標準偏差は、MMが0.61±0.88(APOE3/3: 0.56±0.87)、MVが0.40±0.81(APOE3/3: 0.48±0.87)、VVが0.20±0.56(APOE3/3: 0.20±0.63)であった。Wilcoxonの順位和検定を行った結果、MMはVVよりもCAAの程度が大きかったが、p = 0.074(APOE3/3: p = 0.18)とその差は有意ではなかった。
 CAAの段階についても、孤発性CJDの各組織学的タイプと遺伝性CJDの各変異体をそれぞれ比較した。その主な内訳は、孤発性CJDでは、MM1が95例(APOE3/3: n = 61)、MM 1+2Cが65例(APOE3/3: n = 42)、MM 2Cが9例(APOE3/3: n = 8)、MV 2Kが26例(APOE3/3: n = 16)、VV2が12例(APOE3/3: n = 8)であった。遺伝性CJDでは、E200Kが13例(APOE3/3: n = 10)、V210Iが18例(APOE3/3: n = 11)であった。CAAの沈着の程度を比較すると、各平均±標準偏差は、MM1が0.68±0.90(APOE3/3: 0.69±0.92)、MM 1+2Cが0.60±0.88(APOE3/3: 0.52±0.86)、MM 2Cが0.22±0.67(APOE3/3: 0.25±0.71)、MV 2Kが0.46±0.86(APOE3/3: 0.63±0.96)、VV2が0.08±0.29(APOE3/3: 0±0)、E200Kが0.30±0.75(APOE3/3: 0.20±0.63)、V210Iが0.56±0.86(APOE3/3: 0.27±0.65)であった。Wilcoxonの順位和検定を行った結果、MM1とVV2の間で*p = 0.028(APOE3/3: *p = 0.038)と有意な差が見られた。MM 1+2CとVV2の間ではわずかに有意差が得られなかったp = 0.060(APOE3/3: p = 0.091)。
ADに関連するリン酸化タウの病態のステージについても、Aβの病態と同様に解析を行ったが、PRNPのコドン129の遺伝子型の違い、そして、孤発性CJDの組織学的タイプと遺伝性CJDの変異体の違いによる有意な差は得られなかった。
今回行った研究から、孤発性CJDにおいてAβプラークの沈着及びCAAといったAβ病態の程度がPRNPのコドン129の遺伝子型(MMとVV)で影響を受けるということが明らかになった。しかし、AD患者と比較すると、CJD患者のAD関連病態の程度は、概して低かった。今後は、正常高齢者及びADの脳も合わせて解析を行う必要性がある。それにより、これらのM129VのPrP遺伝子多型がAβ病態を促進するのか、あるいは抑制するのかが明らかになるであろう。これらのPrPがAβ病態を促進することが明らかになった場合には、プリオン感染症には、最近議論になっているAβの感染の可能性以外に、PrPの感染自体がAβ病態の亢進のリスクを伴うということが示唆されるであろう。また、PrPがAβ病態を抑制することが明らかになった場合には、ADの治療において、PrPに焦点を当てた治療法の開発が期待されるであろう。研修風景1(甲斐)さらに、将来的にはAPOEの遺伝子多型と同様に、PRNPのコドン129の遺伝子多型により、AD発症のリスクを予測出来るようになるかもしれない。

東北大学大学院医学系研究科
病態神経学
厚生科研費研究員 甲斐英朗
派遣期間:2016年4月1日〜2016年6月30日