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新着情報

2021.09. 1

名大呼外便りNo.20:肺動脈での思い出〜そこから学んだこと〜-森 正一

  思い出というと何となく心が和む良いイメージがあるが、肺動脈でのと言えば、ベテランの先生達はすぐに分かるはず、嫌な・怖い・思い出したくない出血の思い出である。しかし、そこから学んだことがあるので紹介しておく。

                                                                                         

  医師になって7年目のことである。当時名大に帰局して2年目の代務先での出来事である。肺癌に対して右上葉切除を行っていた時不用意にもTruncusよりも中枢の右肺動脈本幹を7-8mm損傷し大出血をきたしてしまった。心の中で『やっちまったぜ』と叫んだような記憶がある。初めての出血で、かつ代務先、助手は消化器外科のドクターという状況であり、下半身に震えがきて力が抜けそうな生涯唯一の腰が抜けそうな状態に陥った。しかし、何とか踏ん張り1度だけ見たことのあった心嚢を開いての右肺動脈本幹の中枢クランプを行って事なきを得た。レジデント時代に、光冨先生(現近畿大学教授)がサティンスキー鉗子を用いて剥離確保するのを第二助手で見たことがあった。そこでとにかく見て学ぶことの大切さを改めて認識した。

 医師になって10年目の代務先での出来事である。肺癌に対して右下葉切除を行っていた。塵肺で肺門、縦隔リンパ節が石のように硬くなっていた。葉間で肺動脈を大きく損傷し大出血をきたした。助手に圧迫してもらい、直ちに心嚢を開き右肺動脈本幹をクランプした。この時いつもより容易に確保できたように感じていた。のんびり損傷部位を縫合し始めると、麻酔医が騒ぎ始めた。V Tからショックになった。心臓を見てみると先ほどの2倍以上に巨大化していた。心の中で『何じゃこりゃー』と叫んだような記憶がある。いまだかつてないスピードで縫合し、クランプを解除し術野より心マッサージを行った。脈拍・血圧は戻り、巨大化した心臓も小さくなり事なきを得た。肺動脈幹をクランプしていたのだ。そこで、肺動脈本幹のクランプ時に誤って肺動脈幹をクランプしてしまうこともあり得ること学んだ。

医師になって15年目愛知県がんセンター勤務時代のことである。某病院より、肺癌の手術中に出血したのでとS O Sの依頼電話がきた。タクシーを飛ばし到着後、すぐ手洗いをしてオペ場に入ると何と胸部外科から食道外科に転向した大先輩(大学のクラブの先輩でもあった)が、ガーゼを使用し両手で右肺門を圧迫止血していた(私が到着するまで1時間くらいかかっていた)。心の中で『やっちまったね、先輩』と叫んだような記憶がある。右上葉切除でTruncusのやや中枢の肺動脈本幹を損傷したようだ。Truncusが通常より中枢から分岐して肺門での肺動脈本幹の確保は、困難であった。心嚢を開いてみた。上行大動脈が、太いではないか。つまり、瘤化していたのだ。心の中で『何じゃこりゃー』と叫んだような記憶がある。恐る恐る四苦八苦して通常よりかなりの時間を要したが何とか右肺動脈本幹を確保しクランプ。出血をコントロールして修復した。そこで、肺動脈の出血時は応援が来るまでじっと我慢すること、右側で心嚢を開いて肺動脈本幹を確保する時、上行大動脈が太いと非常にやっかいであることを学んだ。もっと怖―い、怖―い思い出もあるが、それは心の中にしまっておく。

                                                                                          

  話は変わるが、当科の特徴と自身のことを述べておきたい。当科は、私と非常に優秀な若手4人の5名から成る。肺癌(230-250/年)を中心に縦隔腫瘍、外傷はもちろんのこと、併存疾患のある難治性気胸、膿胸、漏斗胸、悪性胸膜中皮腫、最も治療が難しい結核後の荒蕪肺を伴う慢性肺感染症など移植を除くほぼ全ての呼吸器外科疾患を扱い年間400例を超える手術を行なっている(内ロボット手術は100例くらい)。私は、平成2年卒で卒後32年目である。昨年、大学時代の親友が肺癌になり私がロボットで手術をして元気に社会復帰した。彼が病気になったことに大きな大きなショックを受けたが、自身もそういう歳になったことを実感させられた。そう考えると私の身につけたスキル(某医局員のような秘技はないかもしれないが)を伝えられる時間も限られてきたなと感じざるを得ない今日この頃であるが、直接指導している当科の若手4名が順調に成長していることを日々感じており非常に嬉しくも思っている。ちなみに、最近の私の癒しは、昨夏に偶然くじ引きで当てたヒラタクワガタ君が夜中にゴソゴソと元気に昆虫ゼリーを食べている姿を眺め、順調に成長している姿を見ることでもある。最後に、私を含め同門の同世代の仲間の健康が末長く続くことを祈りたい。