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新着情報

2021.07. 1

名大呼外便りNo.18:おすすめな休日の過ごし方  その1-尾関直樹

近年の呼吸器外科の手術は、ロボット手術やユニポートVATSの出現はあるものの、定型化が進んでおり、大抵の場合は安全に問題なく進行することができる。ただし、時に予期せぬ大小の危機的状況が生じるため、鍛錬に裏打ちされた技術および逆境におけるメンタルのタフさにより、これに打ち勝ち乗り越えていくことが外科医には求められる。技術に関しては、筆者はこれまで「峰打ち」、「ローリングサンダー」、「止めてあケる」などの秘技を開発してきたが、これらは秘技なので本稿では以後言及せず、危機的状況へのメンタルの対応に関して考察することにする。ちなみにメンタルトレーニングに関しては、個人的には松井秀喜氏も愛読したといわれる「野球のメンタルトレーニング」(ハーベイ・A. ドルフマン著)が手術時の心構えに大変有用であったが、同様の意見を聞いたことはない。

                                                                                       これまでの筆者の人生において経験した3大危機的状況を時系列順に挙げるならば、①22歳時:赤羽根港沖でサーフィン時に頭オーバーの波でテイクオフ失敗、波にまかれてリーシュコードが切れてサーフボードを失い、荒れた海を岸まで泳いだ時。②32歳時:自身初のロングトライアスロン(全日本トライアスロン宮古島大会:宮古島トライアスロン)において熱中症症状に苦しんだ時。③34歳時:肺移植の勉強のためにウィーンに留学中、グラーツにドナー肺を摘出するために救急車で高速道路を移動中に、◯意による腹痛が出現したもののトイレになかなか行けず、脳内で絶望のシミュレーションをした時。他にも多数の候補があるが、本稿では独断にてこの中でも②宮古島トライアスロンについて述べることにする。

                                                                                       宮古島トライアスロンは最も人気の高い国内トライアスロンレースの一つで、透明度抜群の前浜でのスイム3kmに始まり、自然豊かな景観の島を1周半のバイク152km、そして島の中部でのラン42.195kmを走り、13時間30分の制限時間内でのゴールを目指すレースである。2012年4月、2年越しの抽選のち参加切符を手にした筆者は、宮古島に降り立った。レース前日のホテルにて確認の情報収集、思い込むということは恐ろしい。ネットでみるのは90%以上の完走率、前年度完走者の満足気なコメント、自らの完走を信じて疑っていなかった。

                                                                                       当日の天候は快晴、最高気温28℃と大会としては記録的な暑さであった。あくまで完走が目標であったため、気持ちよく3kmのスイムを泳いだ後は苦手のバイクも無理せず25km /hぐらいでゆっくり走り、制限時間まで残り6時間20分でランを開始した。筆者はハーフマラソンのベストが1時間23分、フルマラソンのベストが3時間19分であり、特にランを苦手としておらず、完走は余裕と思われた。しかし照りつける太陽のもと、この時は走り始めから体がおかしく、少し走ると苦しくなり走れなくなる状況におちいった。準備したゼリー(スポーツ用)を体がうけつけなかったことと、長時間日光を浴びたために熱中症になったことが原因ではないかと今では考えている。以後何を口にしてもすぐにもどす、少し歩いただけで両足の痙攣をおこすといった、それまで経験のない不調状態に陥ってしまった。ついには前に進むのを諦め、木陰で座り込みリタイアを考えていた・・・。

                                                                                       しばらくボーッとしつつも無念さを噛み締めていると、一人のおっさんトライアスリートが目の前を通り過ぎざまに、「止まっているだけじゃゴールは近づかない、歩き続ければ一歩一歩ゴールに近づく、ぶつぶつ・・・。」といいながら去っていった。何故かこの言葉が響き、「完走できないのはしょうがない、でもまあ目の前を歩いていくか!」と覚悟し、とりあえず前向きに歩き始めた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・どれくらい歩いたであろうか、太陽が傾き涼しくなってくると・・・、不思議と体が動くではないか!「おっさん、ありがとう。」と心の中でつぶやきつつ、それからはなんとかキロ6分程度のスピードで心臓をバクバクさせながら必死で走っていった。トライアスロンのゴール会場は宮古島市陸上競技場/総合グラウンドであり、制限時間内に入口の門をくぐればゴールが認められる。すっかり暗くなり、体は限界であったが競技場の門を制限時間ぎりぎり(約30秒)でくぐった。筆者が制限時間内の最後の完走者であった。経験したことのない沸き起こる歓声、周りには大勢の祝福する人々!次の瞬間、堪えていたものを上部消化管から解放したため、驚いた人々の波はサーっと一気にひいた。お茶をくれる優しい人がおり、あとはゆっくりと競技場を一周歩いてゴールまで感慨にひたった。ゴール後は歩けず、タクシー乗り場まで車椅子で押してもらったような気がする。2012年のレースの完走率は83.7%であった。

                                                                                       このレースを完走するためには過去の実績を断ち切ることも、しばらく立ち止まることも、ゆっくり歩き続けることも、最後必死で走ることも、全てが必要であったように思う。以後も国内外のロングトライアスロンレースを完走したり、40代になってからはアクアスロンで年代別で入賞したりした。将来の困難な道のりにおいてもやはり前向きでいたい。

To be continued...

Figure Legends レース翌日の(新聞)宮古新報1面

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