泌尿器科の病気について
前立腺がん

治療の基本

前立腺がんの治療は、がんの悪性度と病変の広がりの程度によって決められます。また、現在は前立腺がんの治療選択肢は多岐にわたり、治療選択は患者さんごとの病状、仕事や生活の状況、期待余命、治療選択の希望など、多くの要因に基づいて選択する必要があり、実際には患者さん、家族、担当医が十分に相談して決めることが重要ですので、文章ですべてのケースに関する詳細を記載することは困難です。従って、ここでは一般的な記述にとどめ、名大泌尿器科を受診される患者さんの場合には、担当医に詳細をご相談ください。

悪性度が低く、がんも小さい場合で、特に75歳以上の高齢者の場合には、潜在がんの可能性も高いために、積極的な治療を行わず経過観察とすることもあります。75歳以下の年齢で、悪性度が低く、がんが前立腺に限局している、いわゆる早期の場合には、手術あるいは放射線治療を行います。前立腺がんに対する手術では、前立腺を摘出し、その後膀胱と尿道を吻合しますが、術後の合併症として尿失禁および勃起障害がみられることがあります。尿失禁は尿道機能が弱くなるために起こる腹圧性尿失禁(尿失禁の項参照)ですが、多くは一時的で3ヶ月以内に改善します。手術は通常の開創手術以外に、腹腔鏡を用いた内視鏡手術やロボット(ダヴィンチ・サージカルシステム)支援下手術があります。前立腺が周囲に浸潤している場合には、放射線治療が適応となります。また、リンパ節や骨などの他臓器に転移を有する場合には、ホルモン治療を行います。前立腺がんの発育には男性ホルモンの作用が必要ですが、逆に男性ホルモンの作用を抑えることで、前立腺がんの発育を抑えることができます。

名大病院泌尿器科で行っている治療選択肢を下記に示します。

監視療法

積極的な治療介入は行わず、定期的なPSAのチェックと前立腺生検により前立腺がんの進行がないかを監視します。進行がみられたら治療介入を行います。病変が小さく、悪性度が低く、進行の可能性が低い、比較的高齢の患者さんの場合に行います。

外科的治療(根治的前立腺全摘除術)

  • 開腹手術:ロボット手術が実施できない症例に行いますが、名大泌尿器科では最近はほとんど行われることはありません。
  • 腹腔鏡手術:ロボット手術導入以前は、腹腔鏡下根治的前立腺全摘除術を行っていましたが、最近はほとんど行われることはなくなっています。
  • ロボット手術(ロボット支援手術を参照):現在、前立腺がんに対する標準手術として、年間150例程度実施しています。術後の入院期間は1週間程度です。

放射線治療

前立腺がんの悪性度と進行度によっては、内分泌(ホルモン)治療を併用して行うこともあります。

  • 密封小線源治療(ブラキセラピー):前立腺に放射線を放出する線源を刺入します。
    ヨウ素125を用いた永久小線源留置は、微弱な放射線を発する小さなチタン製の密封容器(シード線源)線源(長さ5㎜、直径0.8mm程度のカプセル)を数十個前立腺内に埋め込み、前立腺内部からがんの治療を行うものです。入院期間は4~5日程度です。
  • 強度変調放射線治療(IMRT):IMRTは、コンピュータの助けを借りて腫瘍のみに放射線を集中して照射できる治療です。名大病院では、最新型のIMRT治療装置を擁し、これにより合併症を軽減しながら根治性を高めるといった従来では実現不可能であった放射線治療を実施できるようになりました。入院の必要はなく、約6週間程度の通院治療となります。
  • サーバーナイフ:サイバーナイフは、最先端の産業ロボット技術などを応用した高精度の定位放射線治療装置です。名大病院では平成30年度から最新型の同機器を導入し、前立腺がんに対しても放射線治療を行う予定です。

内分泌治療(ホルモン治療)

前立腺がんの進行には男性ホルモンの影響が極めて大きく、男性ホルモンの作用を遮断することにより前立腺がんの増殖を抑制することができます。一般的に、初回内分泌治療は前立腺がんに対して極めて有効です。しかし、手術治療や放射線治療のように前立腺がんを根治することは困難で、数年で内分泌治療の効果はなくなり、これを前立腺がんの再燃といいます。また、初回の内分泌治療に対して抵抗性となった前立腺がんを去勢抵抗性前立腺がんと言います。このように内分泌治療は、前立腺がんを根治する効果はないため、手術治療や放射線治療と併用して行ったり、転移があるなど手術治療や外科的治療の適応にならない場合に行われます。

  • 抗アンドロゲン薬:血液中の男性ホルモンが前立腺がん細胞に作用するのを妨げる内服薬です。
  • LH-RHアゴニスト(作動薬)(リュープリン®、ゾラデックス®)、LH-RHアンタゴニスト(拮抗薬)(ゴナックス®):製剤により、1、3ヶ月、6ヶ月ごとの皮下注射を行うもので、視床下部に働いて、精巣(睾丸)からの男性ホルモン産生を抑制し、血中の男性ホルモンを低下させます。
  • 複合アンドロゲン遮断治療:男性ホルモンは精巣のみでなく、約10%は副腎から産生されるため、LH-RHアゴニスト、あるいはLH-RHアンタゴニストにより精巣からの男性ホルモン産生を遮断しても、副腎からの約10%の男性ホルモンが前立腺がんの増殖に作用する可能性がありますので、抗男性ホルモン内服薬を同時に投与することが本邦では一般的です。これを複合アンドロゲン遮断治療(complete androgen blockade)と言っています。
  • 上記の内分泌治療が効かなくなってきた場合、すなわち去勢抵抗性前立腺がんに対して、近年、新規内分泌治療薬(アンドロゲン受容体シグナル阻害薬)が開発され、使用されています。これらは、従来の内分泌治療が効かなくなった場合にも一定の割合で治療効果があります。エンザルタミド(イクスタンジ®)、あるいはアビラテロン(ザイティガ®)が使用されます。

抗がん剤(化学療法薬)

去勢抵抗性前立腺がんに対して有効性を示す新しい化学療法剤が開発され、ドセタキセル、カバジタキセルが使用されます。

骨転移治療薬

前立腺がんは骨に転移することがありますが、骨転移がある場合には、痛みや骨折などの問題をできる限り回避するためにゾレドロン酸やデノスマブの骨関連事象を抑制する薬剤を予防的に投与する場合があります。また、ストロンチウム89やラジウム223は放射線同位元素で、投与すると骨転移部に取り込まれることを利用して、骨転移部を中心に治療効果を発揮し、症状の軽減や生存期間の延長を期待して使用します。

★上記の治療は、名大病院泌尿器科ではいずれも実施可能ですが、去勢抵抗性前立腺がんの治療選択は、患者さんそれぞれの状況によって、さまざまな選択肢や治療法の組み合わせなどが考えられますので、担当医と十分に相談して治療方針を決めていくこととなります。