先進医療への取組
前立腺手術後尿失禁に対する再生医療

腹圧性尿失禁とは

男女とも、尿がもれないように尿道を締める「尿道括約筋」がありますが、これが何らかの原因で障害されると、尿道を締める力が弱くなって、咳・くしゃみをする、歩く・走る、重いものを持つ、など腹圧がかかる動作で尿がもれる「腹圧性尿失禁」が起こります。

男性の腹圧性尿失禁は、前立腺癌に対する手術(根治的前立腺全摘除術)、あるいは前立腺肥大症に対する手術後に括約筋が障害されて起こり、日本では約82万人の患者さんがいると推計され、また女性では妊娠、出産、加齢、閉経(女性ホルモン低下)、婦人科的手術による括約筋障害によって起こり461万人の患者さんがいると推計されています。腹圧性尿失禁は生命に関わる障害ではありませんが、日常生活に大きな支障をきたす疾患です。有効な薬物治療はほとんどなく、女性ではスリング手術という比較的低侵襲手術がありますが、メッシュという異物を体内に挿入するという欠点があります。また、男性では人工尿道括約筋埋め込み術という手術がありますが、これも人工物を体内に埋め込む必要があり、また適応は高度の尿失禁であり、中等度から軽度の腹圧性尿失禁には適切な治療がほとんどないのが現状です。

自己皮下脂肪由来再生細胞を用いた腹圧性尿失禁再生治療

そこで名古屋大学泌尿器科では、約10年前から自己皮下脂肪由来再生細胞を用いた腹圧性尿失禁治療に対する研究を行い、有効性・安全性に関する基礎試験に基づいて20例の腹圧性尿失禁患者さんに対して臨床研究を実施し、有効性と安全性を確認しております(Gotoh M, Yamamoto T, Kato M, et al. :Regenerative treatment of male stress urinary incontinence by periurethral injection of autologous adipose-derived regenerative cells: 1-year outcomes in 11 patients.Int J Urol、21:294-300, 2013)。図に示しますように自己脂肪組織由来再生(幹)細胞を用いること、体外培養を必要とせず、皮下脂肪吸引から得た再生細胞の経尿道的注入を3時間程度の一連の操作で行うことから、安全で低襲侵な再生治療と考えています。

このような、基礎研究・臨床研究の成績に基づき、PMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)の認可を得て、前立腺手術後の腹圧性尿失禁に対する自己脂肪組織由来再生細胞の経尿道的傍尿道注入治療の医師主導治験を平成27年9月から開始しています。世界初の男性腹圧性尿失禁に対する再生治療治験となり、名大泌尿器科が基幹施設となり、金沢大、獨協大、信州大と多施設共同医師主導治験(ADRESU試験)を開始したもので、治験完遂の目標症例数は45例で、2018年3月に全症例の組み入れを完了し、重篤な副作用は認めておりません。2019年3月で経過観察を終了し、総括報告書を作成後、薬事承認、および本治療の保険収載を目指します。

治療方法

麻酔下に250gmの皮下脂肪吸引を行い、吸引脂肪組織からCelutionTMシステム(米国、サンディエゴ)を用いて脂肪由来再生細胞(ADRCs)を抽出し、これを経尿道的内視鏡下に注入します。ADRCsの注入は、ADRCs単独の外尿道括約筋部への注入、および脂肪組織とADRCs混合の尿道括約筋部粘膜下注入として実施します。脂肪吸引、ADSCs抽出、尿道注入までを3時間以内の一連の操作で実施することができ、前臨床研究では16例の前立腺手術後腹圧性尿失禁の男性患者において、1例で尿失禁消失、約70%で50%以上の尿失禁量減少の成績を得ています。

内視鏡下に脂肪由来再生細胞を注入し、開大した括約筋分が閉鎖