手術は、がん細胞をすべて取り除くことによって治癒を目指す治療法であり、胃がんに対して最も有効で標準的な治療法です。胃の切除と同時に、決まった範囲のリンパ節を取り除きます(リンパ節郭清)。これは、一定の範囲のリンパ節に転移した胃がんであれば手術で治そうという考え方に基づくものです。その範囲を超えた転移であれば、残念ながら治すことは困難です。その後、食べ物の通り道を作るようにつなぎ直します。手術はがんが局所にとどまっている場合には最も確実な治療方法ですが、切除範囲を超えてがんが広がってしまっている場合には、手術でがんをすべて取り除くことは不可能であり、手術と化学療法を組み合わせた治療を行うこともあります。以下に、手術の種類を紹介します。
早期胃がんの中でも、粘膜内にとどまり、大きさも2cm以下であり、がん細胞の種類も比較的おとなしいものと診断された場合は、リンパ節に転移している可能性は極めて低いため、内視鏡を用いてがんを切除することが行われています。切除した病変部を顕微鏡で確認し、断端にがんが残っていないかどうか、がんの深さが予想以上に深くないかどうか診断します。場合によっては追加手術が必要となることもあります。
胃がんの標準的な手術療法は、胃の2/3以上の切除と第2群までのリンパ節(第1群リンパ節;胃の周囲のリンパ節、第2群リンパ節;胃に流入する血管の根元のリンパ節)をその周りの脂肪組織などと一緒に取り除く(郭清)方法です。がんが胃の上部にあるような場合は、リンパ節郭清を完全に行う目的で脾臓を合併切除することもあります。
近年、早期の状態で胃がんが見つかるようになることが増えて、多くの治療成績の結果から、切除範囲を縮小しても同様の治療成績が得られることがわかってきました。したがって、進行度がそう高くないと判断されるような場合は、手術後の体への負担や障害を減らす目的で、胃の切除範囲やリンパ節郭清の範囲を縮小する場合もあります。
胃の切除方法には大きく分けて3通りあり、胃の出口側を切除する幽門側胃切除、胃を全部切除する胃全摘、胃の入り口側を切除する噴門側胃切除となります。これらは、がんが胃のどこにどれだけの範囲で存在するか、またその進行度によって術式を決定します。
腹腔鏡下の胃がん手術は,1990年代はじめにわが国で初めて行われました。全身麻酔をかけて、腹部に5mm~12mmの穴を数か所開けて、専用のカメラや手術器具を挿入し、モニター画面で腹腔内を観察しながら、器具を操作して胃の切除を行う方法です。最終的に4-5cmの切開を加えてここから切除した胃を取り出します。
腹腔鏡下手術のメリットは、一般的には、傷が小さく手術後の疼痛が少ない、術後呼吸機能の低下が少ない、回復が早いため早期の退院が可能であることです。また、中長期的には腸閉塞の発症が少ないことが指摘されています。ただし開腹手術と同等の治療成績を裏付ける精度の高い調査結果がまだ示されておらず、比較的早期の胃がん(胃癌治療ガイドラインではstageⅠA~ⅠB)に適応を限定して行っているのが現状ですが、stageⅠA胃癌に対しては、近年、多くの病院に急速に普及してきました。当科においては、1990年代より積極的に腹腔鏡下の胃切除に取り組んでおりますが、適応はガイドラインに従っています。
化学療法は抗がん剤を用いてがん細胞をおさえる治療です。内服薬または点滴などで行う方法により、薬剤が血液の流れに乗って全身に到達し、がん細胞に影響します。薬剤の種類や組み合わせはがんの病期によって異なります。胃がんの化学療法は近年、新しい抗がん剤の登場や大規模な臨床試験の遂行により進歩を遂げている分野です。抗がん剤治療の使われ方は3種類挙げられます。
化学療法を行ってから手術を行う場合です。通常、手術で目に見える範囲については取りきることができると判断しても、経験的に、目に見えないレベルで取り残しが生じ、結局は完治が難しいと思われるような、相当がんの進行した場合が対象となります。たとえば、CT検査で、胃の周りのリンパ節が著しく腫れている場合、がんが隣接する臓器にあきらかに食い込んでいる場合などです。このようながんができていても、患者さんはお元気で症状もあまりないことが多いのです。
現在行える最強の化学療法は、副作用の関係で、胃を切除したばかりの患者さんに対して行うのは困難な場合がありますので、手術の前のお元気な状態のうちに化学療法を行ってがんを叩いた上で手術を行うのは合理的な方法です。ただし、その化学療法が効かず、手術のタイミングを失ったかのように思える場合もあります。したがって、このような治療法を行う場合は、医師からよく説明を聞いて、納得の上で行う必要があります。
手術でがんを切除できたと思っても、時に目に見えない細胞のレベルでがんが残っていることは否定できず、これが育って大きくなるのが再発です。術後に抗がん剤治療を併用し、この可能性を低くしようという考えで行うのが術後補助化学療法です。最近の日本での臨床試験において、ティーエスワンという内服の抗がん剤を補助化学療法に用いることでⅡ期、Ⅲ期の胃がんの再発が抑制されることが証明され、標準的治療として位置づけられています。
手術を行った場合には、必ず取った胃をよく調べて、正確な病期を判定します。その結果、Ⅱ期、Ⅲ期であった場合には、このような治療が提案されます。手術後の体調など、いろいろな要素を加味して、受けるかどうかを決めましょう。
手術で取りきれなかった場合、遠い臓器にも転移があり手術が適応とならなかった場合、術後にがんの再発が診断され手術ではとりきることが難しいと判断された場合には抗がん剤治療が治療の柱となります。医学が進んだ現代に、前もって手術が可能と診断されている場合でも、先に述べた腹膜播種のように、おなかを開けて初めてわかる転移はありうるのです。現代医学においても取りきれなかったがんや再発したがんは完全に治癒することは難しいですが、抗がん剤治療により進行を遅らせて予後をのばす効果は認められています。
次に、胃がんにおいて使用される代表的な抗がん剤を紹介します。
これらの薬剤はがんの進行状況に応じて、単独で使用したり、複数を組み合わせたりする場合もあります。不幸にして胃がんが治らないと判断された場合でも、これらの薬を上手に使いきることで、寿命を延ばすことができると考えられています。しかし、抗がん剤治療の効果や副作用には個人差が大きく、また、体の調子が良くない場合やがんの進行がひどいときには行えない場合もあります。個々の患者さんの状態に応じて、治療効果と副作用をよくみながら治療を行っていきます。
放射線療法は放射線を用いてがん細胞を殺すがん治療のことです。胃がんに対する効果は手術ほど確実ではないため通常は行われません。現在では、再発した胃がんの痛みを和らげたりする目的で行われます。
胃がんの進行度(術前および術中)に対応する治療法の選択(適応)はおよそ表1、表2のごとくにまとめることができます。日常診療として推奨すべき治療法は表1に、また治療効果の評価が確立していない治療、あるいは一部の施設(当病院含む)で研究的に施行されている治療法については表2に記載しました。特に研究的治療を行う場合にはあらかじめ患者様にその理由を説明し、患者様の充分な理解を確認しています。
日常診療におけるStage分類別の治療法の適応(表1)
N0 | N1 | N2 | N3 | |
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T1(M) | ⅠA EMR(一括切除) (分化型,2.0cm以下,陥凹型ではUL(-)) 縮小手術A (上記以外) |
ⅠB 縮小手術B (2.0cm以下) 定型手術 (2.1cm以上) |
Ⅱ 定型手術 |
Ⅳ 拡大手術 緩和手術 (姑息手術) 化学療法 放射線治療 緩和医療 |
T1(SM) | ⅠA 縮小手術A (分化型,1.5cm以下) 縮小手術B (上記以外) |
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T2 | ⅠB 定型手術 |
Ⅱ 定型手術 |
ⅢA 定型手術 |
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T3 | Ⅱ 定型手術 |
ⅢA 定型手術 |
ⅢB 定型手術 |
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T4 | ⅢA 拡大手術(合切) |
ⅢB 拡大手術(合切) |
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H1,P1,CY1,M1,再発 |
臨床研究としてのStage分類別の治療法の適応(表2)
N0 | N1 | N2 | N3 | |
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T1(M) >2.0cm |
ⅠA EMR(分割切除) EMR(切開剥離法) EMR 不完全例に対するレーザー治療など |
ⅠB 腹腔鏡補助下切除 |
Ⅱ | Ⅳ 拡大手術(合切・郭清) 減量手術 化学療法(全身・局所) 温熱化学療法 |
T1(SM) | ⅠA 局所・分節切除 腹腔鏡下局所切除 腹腔鏡補助下切除 |
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T2 | ⅠB 腹腔鏡補助下切除 |
Ⅱ 術後補助化学療法 |
ⅢA 術後補助化学療法 |
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T3 | Ⅱ 術後補助化学療法 術前化学療法 |
ⅢA 拡大手術(郭清) 術後補助化学療法 術前化学療法 |
ⅢB 拡大手術(郭清) 術後補助化学療法 術前化学療法 |
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T4 | ⅢA 化学療法 術前化学療法 術後補助化学療法 放射線療法 |
ⅢB 拡大手術(合切・郭清) 化学療法 術前化学療法 術後補助化学療法 |
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H1,P1,CY1,M1,再発 |
当科では、胃がん治療ガイドラインを基本とした治療を行い、その中で、十分な安全性とさらなる治療成績の向上を目指した治療方法の開発を目標として、臨床研究を組み入れて日常診療を行っています。