研究紹介

1) Notch受容体O型糖鎖の品質管理機構の理解に基づく神経変性疾患の新しい治療戦略

代表的な糖鎖であるN型糖鎖の解析を通じて、タンパク質品質管理における糖鎖の重要性が明らかになりました。一方で、私たちはこれまでの研究で、O型糖鎖やその糖転移酵素がNotch受容体タンパク質の分泌経路に重要であることを明らかにしてきましたが、その分子機構は未だ明らかではありません。重要なことに、主要な遺伝性血管性認知症のCADASILでは、Notch3受容体タンパク質の品質管理の異常が原因である可能性が示唆されています。本プロジェクトでは、Notch受容体のO型糖鎖を介した品質管理機構を明らかにすることで、Notch受容体タンパク質の異常に伴う遺伝性血管性認知症の新しい治療戦略を確立することを目指しています。

2) Notch受容体O型糖鎖を標的としたNotchシグナルと腫瘍抑制

様々な腫瘍性疾患においてNotchシグナルの変化(低下や上昇)が腫瘍の悪性形質に関与することが報告されています。Notchシグナルの変化の分子機序の1つとして、Notch受容体の翻訳後修飾の変化が考えられていますが、生体サンプルを利用したNotch受容体糖鎖の分析技術に制限があり、実証されていません。本プロジェクトでは、正常組織と腫瘍組織におけるNotch受容体糖鎖の変化を捉え、糖鎖構造と機能の理解に基づくNotchシグナルの制御と腫瘍抑制を目指しています。また、Notch受容体を改変し、リガンド結合により活性化すると蛍光遺伝子を発現するNotchレポーター細胞を作出し、糖鎖変化がNotchシグナルに与える影響を解析しています。

3) グライコプロテオミクス解析による新規の糖タンパク質機能の解明と医学・創薬への応用

質量分析技術の向上に伴い、従来の生化学的手法では見逃されていた糖タンパク質の糖鎖修飾が同定できるようになりました。この特定のタンパク質に付加する糖鎖の構造解析をグライコプロテオミクス解析と呼び、私たちはNotch受容体タンパク質を代表とする難易度の極めて高い糖鎖の構造解析を得意としています。こうした新規のタンパク質糖鎖の生理機能は糖鎖改変細胞を用いて解析したり、特異的モノクローナル抗体を開発することで、診断や予防のバイオマーカーとしての意義を検証し、創薬への応用を目指しています。

4) ヒトの希少疾患の原因としての糖鎖

希少疾病を患うヒトにおいて見つかった遺伝子変異がどう生体機能に影響を及ぼすかについて、ゲノム編集により変異を導入した培養細胞や遺伝子改変マウスを利用し、表現型の解析と病態発生機序の解明に挑んでいます。具体的には、生化学実験、高解像度共焦点蛍光イメージング、細胞内代謝経路の人為操作により可能となった戦略的クリックケミストリーによる代謝標識やAlphaFold3を用いたタンパク質複合体の構造予測を駆使することで、分子レベルでの疾患発症の理解を目指しています。
 

5) 公共データベースを用いた新規治療標的となりうる糖鎖関連遺伝子の探索

糖鎖は全ての細胞に存在しますが、その種類や構造については細胞の種類によって変わることが報告されています。私たちはがん細胞株の生存がどのような遺伝子に依存しているかを網羅的に解析・データベース化したDepmap(Cancer Dependency Map)を主に用いて、特定のがんの種類においてより重要である糖鎖関連遺伝子を見出し、その機能解析を行っています。将来的には、糖鎖を標的としたユニークでより副作用の少ない治療戦略の提案を目指しています。