内容 |
明治43、44年(1910、1911年)、南北満州(Manchuria)でペストが大流行しました。
関東都督府は、明治38年(1905年)のポーツマス条約により、日本がロシアから引き継いだ租借地である関東州(旅順、大連、金州などの都市を含む)の政務を管掌し、南満州鉄道株式会社の業務の監督に当たった日本の機関です。関東都督府の管内では、防疫の効果により、比較的被害が少なかったのですが、それでも200余名の患者があり、直接被害防止に要した官費は172万円余り、公共団体と個人の支出80万円余りでした。(明治43年ごろの大卒初任給は35円程度です。)
本書は、患者発生状況、防疫機関、防疫施設、防疫従事員勤務状況、会計、学術的研究、日清共同防疫会議などの資料をまとめたものです。 |