神経芽腫研究グループ

執筆者:坪田庄真 助教

i) 小児がんである神経芽腫の発生背景

 神経芽腫は、頭蓋外では最も症例の多い小児悪性固形腫瘍であり、主に副腎髄質や交感神経節といった組織から発生します。 一般的に、成人がんは高齢になるほど罹患率が高くなりますが、これは発がん要因が多様であり、それに曝されるリスクが経時的に蓄積していくこととして想像することができます。 一方、小児がんである神経芽腫の場合は、罹患率が年齢と共に上昇する訳ではなく、罹患数も成人がんより圧倒的に少なくなっています。 このことは、両者の成り立ちが根本的に異なっていることを示唆しています。
神経芽腫の起源となる細胞は、胚発生初期に生じる神経堤に由来します。 神経堤には、将来メラニン細胞や腸神経、感覚神経等に分化する細胞が含まれていますが、その中で神経芽腫の起源となるのは将来交感神経へと分化する細胞に限られています。 つまり、神経堤細胞ががん化して神経芽腫細胞となるに当たっては、交感神経へと正常に分化していくレールに乗ることがまず必要であり、その行程において、ある特定の異常が起こった際にがん化すると考えられます。
転写因子であるMYCNという遺伝子は、神経芽腫と深く関わりがあります。 20-30%の症例で見られるMYCN遺伝子の増幅は、現状では確実な予後不良因子となっています。 現在のところ、神経芽腫発生の引き金は「異所的なMYCNの発現」であるという可能性が有力で、神経堤細胞から交感神経への分化過程のある特定のタイミングでMYCNが異常な発現をした場合に、神経芽腫が発生すると考えられます。

ii) 神経芽腫の動物モデルと、その意義

 基礎研究に用いる神経芽腫のモデル動物としては、交感神経特異的な酵素であるTyrosine Hydroxylase (TH)のプロモーターからMYCN遺伝子を発現させるトランスジェニックマウス、Th-MYCNマウスが作成されています。 神経堤細胞が交感神経へと分化する運命を獲得し、マーカーの一つであるTHを発現するタイミングで同時にMYCNが発現するこのマウスでは、交感神経節の一つである上腸間膜神経節から、神経芽腫を自然発症します(上写真)。 前述のように、神経芽腫の成り立ちはおそらく成人がんとは根本的に異なっており、交感神経の正常な発生・分化のメカニズムに則っていると考えられます。交感神経の発生も含めた胚発生のメカニズムは、ヒトとマウスの間で高度に保存されていることから、このTh-MYCNマウスにおけるヒト神経芽腫の再現性は極めて高い筈です。 私達はこのマウスに基づき、以下のような観点から神経芽腫を司る分子メカニズムにアプローチしています。

iii) Th-MYCNマウスに基づいた神経芽腫の発生と自然退縮へのアプローチ

 私達がTh-MYCNマウスにおいて注目しているのは神経芽腫の「発生」と「自然退縮」です。 自然退縮とは、転移も来して末期の様相を呈している腫瘍でさえ、何も治療を行わなくても「自然」に「退縮」して治ってしまう現象です。 神経芽腫においては、末期を示すステージ4とspecialのSを組み合わせて「ステージ4S」と分類され、特によく知られています。 この自然退縮の分子メカニズムを明らかにすることで、それを人工的に誘導するという治療法への応用が期待できます。 私達はこれまでに一部のTh-MYCNマウスにおいても、自然退縮を想起させる現象(下記b)を見出しており、この動物モデルが神経芽腫の発生だけでなく、自然退縮を解析する上でも有用であると考えています。

a. 発生へのアプローチ
 Th-MYCNマウスにおいて神経芽腫が発生する前後の時期の組織サンプルを採取し、正常な組織と比較して発現が変化している遺伝子を網羅的に同定しています。最近、この時期の組織から in vitroで神経芽腫細胞を選択的に培養する方法を樹立し(右写真のSphere)、がん化の初期に重要な遺伝子としてPRC2 (Polycomb Repressive Complex 2) を見出しました(Tsubota, et al., Cancer Research. 2017)。

b. 自然退縮へのアプローチ
 これから確実に自然退縮を起こすとわかっているマウスを特定できれば、そのマウスにおける遺伝子の働きを直接検討できるのですが、現状では不可能です。一方で、全ての3週齢Th-MYCNマウスが初期がん病変を持ち、うち8割のマウスは後に神経芽腫を発症して死亡しますが、残り2割は最終的にがんを免れるということがわかってきました。 つまりこの後者2割において自然退縮様の現象が起こっていることになります。最近、この運命分岐に関わる細胞・遺伝子レベルでの機構を明らかにするために、1細胞遺伝子発現解析を行っています。

iv) MYCN遺伝子増幅との合成致死性にもとづく治療標的の探索

 MYCN遺伝子の増幅は神経芽腫患者の予後不良と強く相関します。MYCN遺伝子は転写因子として働くN-Myc蛋白質をコードしますが、一般的に転写因子の機能を抑制する薬剤の開発は難しいことが知られています。 そこで私たちはMYCN遺伝子の増幅が見られる神経芽腫細胞において特に強く必要とされている遺伝子、いわゆる合成致死遺伝子の探索に取り組んでいます。 もし、このような遺伝子を発見することができれば、MYCN遺伝子増幅型の神経芽腫細胞に対する効果的かつ安全性の高い治療法の開発につながることが期待されます。私たちはこれまでにヒトの全遺伝子を対象とした遺伝子ノックダウンスクリーニングを実施し、新しい治療標的分子を複数見いだすことに成功しました。 今後は国内の製薬企業と共同研究を行うことで新しい治療薬の開発を目指します。

参考文献

  1. Tsubota S, Kadomatsu K. Neuroblastoma stem cells and CFC1. Oncotarget. 2017 Jul 11;8(28):45032-45033. doi: 10.18632/oncotarget.18491.
  2. Tsubota S, Kadomatsu K. Origin and mechanism of neuroblastoma. Oncoscience. 2017 Sep 21;4(7-8):70-72.
  3. Tsubota S, Kishida S, Shimamura T, Ohira M, Yamashita S, Cao D, Kiyonari S, Ushijima T, Kadomatsu K. PRC2-mediated transcriptomic alterations at the embryonic stage govern tumorigenesis and clinical outcome in MYCN-driven neuroblastoma. Cancer Res. 2017 Aug 14. pii: canres.3144.2016.
  4. Kiyonari S, Kadomatsu K. Neuroblastoma models for insights into tumorigenesis and new therapies. Expert Opin Drug Discov. 10(1):53-62, 2015.
  5. Kishida S, Kadomatsu K. Involvement of midkine in neuroblastoma tumourigenesis. Br J Pharmacol. 171(4):896-904, 2014.
  6. Kishida S, Mu P, Miyakawa S, Fujiwara M, Abe T, Sakamoto K, Onishi A, Nakamura Y, Kadomatsu K. Midkine Promotes Neuroblastoma through Notch2 Signaling. Cancer Res. 2013 Feb 15;73(4):1318-27.
  7. Huang P, Kishida S, Cao D, Murakami-Tonami Y, Mu P, Nakaguro M, Koide N, Takeuchi I, Onishi A, Kadomatsu K. The neuronal differentiation factor NeuroD1 downregulates the neuronal repellent factor Slit2 expression and promotes cell motility and tumor formation of neuroblastoma.Cancer Res. 2011 Apr 15;71(8):2938-48.
  8. Asano Y, Kishida S, Mu P, Sakamoto K, Murohara T, Kadomatsu K. DRR1 is expressed in the developing nervous system and downregulated during neuroblastoma carcinogenesis. Biochem Biophys Res Commun. 2010 Apr 9;394(3):829-35.
  9. Ikematsu S, Nakagawara A, Nakamura Y, Ohira M, Shinjo M, Kishida S, Kadomatsu K. Plasma midkine level is a prognostic factor for human neuroblastoma. Cancer Sci. 2008 Oct;99(10):2070-4.
  10. Ikematsu S, Nakagawara A, Nakamura Y, Sakuma S, Wakai K, Muramatsu T, Kadomatsu K. Correlation of elevated level of blood midkine with poor prognostic factors of human neuroblastomas. Br J Cancer. 2003 May 19;88(10):1522-6.