Kenji KADOMATSU 

教授: 門松 健治 (医学博士)


| 趣味 |
鳩居堂の葉書、小ぎれいな居酒屋

| 学歴 |
昭和57年 3月 九州大学医学部卒業
九州大学大学院(医学博士取得)
鹿児島大学助手
米国NIHポスドク
名古屋大学助手などを経て
平成16年 9月より現職

| 連絡先 |
E-mail: kkadoma@med.nagoya-u.ac.jp
Tel: +81-52-744-2059
Fax: +81-52-744-2065

教授のひとり言


■2012年10月

 人の一生は心の旅でもあります。物心ついたときから、喜びやつらいことを経験し、場合によっては立ち止り、考え、時に後悔もします。 10代の時の悩みや決意が40代になると馬鹿らしく思えることもあります。 ただ、10代の時の自分の心は老人になっても自分のものとして愛おしいものであり、時に老いた心を奮い立たせます。 こうして行きつ戻りつしながら、多くの人は心の深いしわを造っていくのだと思います。
 縁あって科学の道に足を踏み入れてみて、この世界での生きざまも心の旅だと感じています。 若い時に自分の立てたビジョンは何とも視野が狭く、小さなものであったかと後に情けなくなることもあります。 でもその頃の自分の燃えるような希望や息遣いは忘れるものではありません。 幾多の挫折のときに自分を救ってくれるのはそんな初心であります。 不思議なもので、年齢を重ねるほどに科学に対して真摯になっていきます。 大袈裟かもしれませんが生命の真理に触れる経験が人の心を育てる気がします。 とはいえ今でも、回り道かもと迷ったり、自身の無力に憤ったりしながら行きつ戻りつしています。


■2007年夏:秘密の場所
 鶴舞公園は我々のキャンパスの真南に位置し、30分足らずで一周できるほどの大きさで古くから市民に親しまれてきた。 いくつかの池と花園を擁し、四季折々の彩と香りを楽しめる。 私がこの公園を好きなのは、ひとえにあの東南の隅に位置する広葉樹の小さな林の所為である。 この場所を発見するまでに実に10余年を費やした。 一周わずか1分のこの林のどこにそのような魅力があるのだろう。 落葉が根元に堆く積もり人の歩く小道にかけて嵩が減ってくる。 木は適正な間隔で立っており、いっぱいの葉が覆っているにも拘らず、光が豊かで風通しがよい。 夏でも冷たい水を含む空気の中を歩いていると神なる魂に触れるような錯覚を覚える。 匂いはなく、あるのは光の緑と静謐である。時は急がない。


■2006年9月4日:神経芽腫
 私は小児外科医であったと言うと臨床の先生に怒られる。 延べ3年の経験しかないからである。 しかしながらこの3年間こそがこれまでで最も強烈な影響を受けた期間でもあった。 入局前の私は、学生時代見事に不勉強だった所為もあって、掌の中に納まるほどの小さな子供の命は自分の手で救えるはずと意気込むほどに不遜であった。 しかし、いざ主治医を経験すると、不治の病の冷徹さと残酷さをただぽっかりと口を開けて眺めているしかなかった。 特に神経芽腫という癌が強く頭の中に刷り込まれた。幸運は中川原章先生(現、千葉県がんセンター研究所所長)に出会ったことであった。 先生は、この時代から今日に至るまで、真摯に研究をするということ、不可能に挑戦するということを教えて下さった。
 神経芽腫という癌。 小児固形腫瘍(いわゆる癌)の中で最も多く、実に半分近くの患者が死の転帰をとる難治性癌である。 MYCNという癌遺伝子が増幅している症例が25%ほどあり、この場合は特に難治性である。 これまで私たちはヒト神経芽腫を対象にして、治療標的の候補分子の動態を研究してきた。 今、MYCNが増幅したトランスジェニックマウスを用いて、この癌の発生機構に迫ろうとしている。 私の願いは、ヒト神経芽腫の中でも特に難治性のサブグループに対する治療法を確立することである。
 このように書くと、肺癌や大腸癌などもっと頻度の高い癌を対象にする方が人類への貢献が大きいのではないかと質問される。 そのようなことはない。Herceptinを見よ、Gleevecを見よ。 前者は乳癌の一部にしか効かないために一時は開発中止の瀬戸際に立たされた抗体薬である。 後者は米国で数千人しか発症しない慢性骨髄性白血病を対象とした分子標的薬で、やはり市場の小ささのために開発中止の瀬戸際に立たされた。 両者とも患者団体の強力な後押しのお蔭で日の目を見た。 今や新しい開発戦略を象徴する薬として、抗癌剤の代表格にのし上がっている。 歴史は治療満足度の低い(つまり難治性の)病気の治療を目指せば新しい道が開けることを教えている。
 正常の細胞を癌化させようとすると、マウス細胞では2種類の遺伝子を弄ればよいが、ヒト細胞では6種類以上の遺伝子を動かす必要があるとされている。 確たる証拠がないので論文には書けない議論だが、小児の癌は大人の癌と比べてその成り立ちがより簡素であるように思える。 神経芽腫の研究は必ずや大人のがん治療にもヒントを与えると、私は信じている。


■2005年9月30日:遊び心
 私の恩師は村松喬先生(当教室先代の教授、名古屋大学名誉教授、愛知学院大学教授)である。 1984年の出会いであったので20年余教えてもらっている。 いつであったか、先生が留学する学生への餞に「自然に耳を傾けなさい。そして科学へ貢献しなさい」といった意味の言葉を色紙に書かれたことがある。 私は美しい言葉だなと思ったが、同時に大変に難しい言葉だなと感じたのを覚えている。 真実は裏切らない。だから科学には再現性が求められる。 この大原則の上に開拓が求められる。 開拓の初期には応々にして孤独がつきまとう。 故に、開拓には勇気が要る。長丁場になるから体力も要る。 でも開拓心のない研究に科学への貢献は期待できないのである。
 かといって悲壮な心持ちで仕事に望むことは必ずしも得策ではない。 第一長続きしない。 はっきりしているのは再現性のある知見は美しいということである。 発見者のみならず周りの人々をうっとりとさせる。 だから、科学は芸術であると言える。 私は遊ぶ心が教室に育つことを願っている。 遊び心は基礎学力を要求し、自由な発想を生む。 燃える勇気を与え、長距離を耐える力を育む。そう思っている。