外傷や神経変性疾患、加齢、ストレスにより脳や神経がダメージを受けると著しくその機能は低下します。これは神経細胞がダメージに対して脆弱で変性・脱落するためです。当教室では、ダメージという緊急事態に応答して神経細胞やその周囲細胞が作動させる様々なメカニズムの基本原理を分子レベルで明らかにすることを目指しています。こうした基礎的研究が損傷や疾患によりダメージを受けた神経細胞を積極的に保護し修復を促す治療や創薬の基盤になると考えています。さらに、神経は脳だけではなく全身に張り巡らされ多様な臓器に豊富に分布することにも注目しています。臓器が外傷や疾患により傷つくと同時に神経も傷つきます。するとダメージを受けた神経から臓器・組織に向けて恒常性を維持したり修復を促す指令が出ると考えられ、その仕組みを解明する研究も進めています。組織学的解析、分子生物学・生化学的解析、各種網羅的解析、イメージングなど幅広く先端技術を取り入れ、ダメージに対する神経細胞の応答に光を当てる独自のアプローチから疾患病態解明に挑み社会医療に貢献したいと考えています。
主要な研究テーマは以下のとおりです。
1. ダメージに対する神経細胞の耐性獲得メカニズム
▶︎ 運動ニューロンにおけるタンパク質、オルガネラの恒常性維持と破綻
▶︎ アルツハイマー病モデルでの非神経細胞による損傷微小環境制御
▶︎ 老化に関わる神経細胞のダメージ応答
2.ダメージを受けた臓器・組織の修復を神経が促すメカニズム
▶︎ 神経依存性の創傷治癒メカニズム
▶︎ 慢性ストレスに関わる神経回路とその分子メカニズム
こうした神経依存性のダメージ応答メカニズムや神経回路は、慢性ストレス等により発症する機能性身体症候群(慢性疲労症候群や線維筋痛症など)にも深く関わると考えられます。このモデルでは末梢の炎症や損傷がないにも関わらず疼痛がみられ、この原因に脊髄でのミクログリアの活性化やストレス神経回路の過活動が関わっていることを明らかにしました。しかし発症から病態に至るまでの過程のメカニズムは不明です。私たちはこれを分子の言葉で説明できるよう研究を進めています。
主要な研究テーマは以下のとおりです。
1. ダメージに対する神経細胞の耐性獲得メカニズム
▶︎ 運動ニューロンにおけるタンパク質、オルガネラの恒常性維持と破綻
▶︎ アルツハイマー病モデルでの非神経細胞による損傷微小環境制御
▶︎ 老化に関わる神経細胞のダメージ応答
2.ダメージを受けた臓器・組織の修復を神経が促すメカニズム
▶︎ 神経依存性の創傷治癒メカニズム
▶︎ 慢性ストレスに関わる神経回路とその分子メカニズム
1.ダメージに対する神経細胞の耐性獲得メカニズム
〜ダメージ応答メカニズムから疾患病態理解へ〜
一般に神経細胞(ニューロン)はダメージに対して脆弱で変性・脱落に至ります。しかし、神経系の中では例外的に運動ニューロンは軸索損傷を受けても生存・再生することが可能です。そのため運動ニューロン軸索損傷モデルは、ダメージに対して神経細胞が耐性を獲得するために必要な応答メカニズムを浮かび上がらせるシンプルで優れたモデルと考えられます。私たちは長年このモデルを用いて神経再生・修復に関わる分子群のプロファイリングを行い神経再生現象というパズルのピースを集めその大枠を明らかにしようとしてきました。現在では大規模遺伝子スクリーニングやデータサイエンスの発展に伴いさらに詳細な情報が得られるようになってきています。それらを俯瞰すると、ダメージという緊急事態に応答しニューロンはゲノム、遺伝子転写レベルから、蛋白質、オルガネラ、さらには細胞間相互作用に至るまで複数階層でダメージに対する応答反応のスイッチを一斉にONにします。これにより損傷ニューロンはダメージに対する耐性獲得反応を作動させ保護・修復を促します。一方、損傷を受けると変性に至る中枢神経系のニューロンや神経変性疾患に罹患したニューロンも同様のダメージ応答反応を数多く示します。ところがこれらニューロンでは一部の応答がうまく作動しないためその後のプロセス進行が阻まれ変性・脱落に至るという構図が見えてきました。そのため、神経保護・修復と神経変性・脱落の運命を決定する分岐点に位置するダメージ応答メカニズムを解明しその基本原理を理解することが疾患の病態理解への有効な戦略となる可能性が浮かび上がってきました 。ダメージ応答という新たな角度からアプローチすることで、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、アルツハイマー病をはじめとした神経変性疾患、脳損傷、損傷に起因する神経変性疾患、老化などの病態解明に取り組みたいと考えています。さらには疾患発症前ダメージが蓄積しつつある未病の状態の理解に迫りたいと考えています。-
- ダメージ応答によるニューロンの運命決定
〜ダメージに応答したニューロン特異的に遺伝子操作可能なマウス〜
こうした研究を進めるためには多様な細胞が混在する動物個体を用いることが非常に重要です。ニューロンはダメージを受けると、グリア細胞をはじめとした様々な周囲細胞とのコミュニケーションにより応答反応を引き起こすからです。私達が作製したAtf3:BAC Tgマウスは動物個体でダメージやストレスを受けたニューロン特異的に自在に遺伝子発現スイッチをON/OFFできる優れた研究ツールです。ATF3は正常状態の組織にはほとんど発現が認められず、神経損傷や疾患、ストレスなどのダメージに応答したニューロンで鋭敏に発現誘導される転写因子です。この分子のユニークな遺伝子発現制御を模倣し、ダメージを受けた神経細胞のみを狙ってcreリコンビナーゼを発現させ、かつ同時に、ミトコンドリアをGFP標識するようデザインしたのがAtf3:BAC Tgマウスです。このマウスをcreドライバーマウスとして使うと、損傷ニューロン特異的に疾患関連遺伝子などの特定遺伝子の発現スイッチをON/OFF制御することができます。一方、ミトコンドリアダイナミクスは細胞内の状態を鋭敏に反映する良い指標です。ところがミトコンドリアはあらゆる細胞が持つオルガネラであるため、生体内で狙った細胞のミトコンドリアのみを可視化することは通常容易ではありません。Atf3:BAC Tgマウスを使えば、ダメージやストレスに応答したニューロンの細胞体や軸索、樹状突起のミトコンドリアだけをGFP標識できることも大きな特徴です。 このマウスツールを利用し、ダメージに直面した運動ニューロンがプロテアソームによるタンパク質分解応答を適切に作動させ、エネルギー供給源としてミトコンドリアを軸索へ十分量供給し軸索変性を防ぐ新しい仕組みを明らかにすることができました。同じ運動ニューロンでも、ALS運動ニューロンはプロテアソーム機能不全に陥るため、疾患によるダメージに対しこの緊急応答のスイッチを入れられないことがわかってきました。これはほんの一端に過ぎず、まだまだ多くのダメージ応答メカニズムやそれに関わる神経回路が埋もれたままであると考えられます。私たちはマウス個体でダメージ応答メカニズムを浮かび上がらせその基本原理を明らかにし本質理解に繋げたいと考えています。
ダメージに応答したニューロン特異的に遺伝子操作可能なAtf3:BAC Tgマウス-
Atf3:BAC Tgマウスの脳を透明化すると軸索損傷を受けた舌下神経運動ニューロン(XII)の細胞体や軸索だけがGFP標識される。同時にcreリコンビナーゼが発現誘導される。
2.ダメージを受けた臓器・組織の修復を神経が促すメカニズム
神経損傷や神経再生・変性は脳内の特殊な現象ではなく全身の臓器・組織の修復や恒常性維持に深く関わると考えられます。疾患や外傷により臓器や組織が傷つくと、そこに豊富に分布する神経も同時に傷つきます。すると損傷神経から損傷組織に向けて、あるいはその逆方向から、何らかの制御機構が働き組織修復が促されると考えられますがその分子メカニズムは不明です。神経損傷応答遺伝子として私たちが単離・同定し命名した分子DINE (Damage induced neuronal endopeptidase)はその答えを得るための足掛かりになりうると考えています。DINEは末梢・中枢神経系の様々な神経損傷に対して鋭敏に発現誘導されるユニークな分子です。神経細胞特異的な膜一回貫通型メタロプロテアーゼで、アルツハイマー病の原因分子であるアミロイドβの分解酵素ネプリライシンとファミリーを形成しています。DINE発見以降長くその機能や意義が全く不明な状態が続きましたが、訳のわからない分子にも関わらず一緒に研究を進めてくれた大学院生達の奮闘により、DINEがプロテアーゼ活性を有すること、従来筋肉や関節の異常が原因と考えられていたヒト先天性関節拘縮症の一部はDINE遺伝子変異により神経原性に引き起こされること、中枢神経再生促進ポテンシャルを有することなど重要な生理機能が明らかになってきました。さらに最近では、DINEが機能不全に陥ると、老化や疾患、外傷により作動する神経依存性のダメージ応答メカニズムが破綻することが原因で角膜や上皮組織修復不全から線維化・瘢痕化に至ることも次第に明らかになってきています。DINEの高い神経損傷応答性を鑑みると、これは脳を含め多様な臓器・組織の損傷に対し普遍的に働くメカニズムである可能性が高く、新たな神経依存性のダメージ応答メカニズムを導き出していきたいと考えています。こうした神経依存性のダメージ応答メカニズムや神経回路は、慢性ストレス等により発症する機能性身体症候群(慢性疲労症候群や線維筋痛症など)にも深く関わると考えられます。このモデルでは末梢の炎症や損傷がないにも関わらず疼痛がみられ、この原因に脊髄でのミクログリアの活性化やストレス神経回路の過活動が関わっていることを明らかにしました。しかし発症から病態に至るまでの過程のメカニズムは不明です。私たちはこれを分子の言葉で説明できるよう研究を進めています。