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研究紹介 

研究室の歴史

 当部門は昭和38年に医学部付属無菌動物研究施設第2部門として発足したが、昭和58年4月には3研究施設の発展的統合により病態制御研究施設が設立され、同施設ウイルス感染研究部門と改称された。平成6年11月から西山幸廣が第4代教授に就任し新体制がスタートした。当部門からは福井医科大教授(微生物学講座)木村吉延、三重大学医学部教授(微生物学講座)伊藤康彦、名古屋大学医学部教授(予防医療部)下方薫、愛知県がんセンター研究所部長(ウイルス部)鶴見達也らが輩出し、ウイルス学、病原微生物学の研究、教育に貢献している。

研究内容

 ウイルスは病原体として医学的重要性をもつとともに、基本的な生命現象を解明するためのツールとしての有用性をもつ。
当部門ではヒトを宿主とするヘルペス群ウイルスを対象に、増殖機構、感染と発症の分子機構についての解析、及びヘルペス群ウイルス感染症の制御を目的とした戦略的基礎研究を行っている。

(1)ヘルペスウイルス遺伝子産物の性状と機能の解明

(2)単純ヘルペスウイルスの神経病原性侵襲性の分子機構

(3)ヘルペスウイルスと宿主との相互作用についての解析

(4)抗ヘルペスウイルス剤の開発と作用機構

単純ヘルペスウイルスHF10を用いた
oncolytic virotherapyへの試み

 ウイルス療法の臨床応用には、分子生物学的な理解が最も進んだ単純ヘルペスウイルス(HSV )大きな期待がかかっている。われわれは、HSV分子生物学的解明を試みるなかで、病原性が著しく減弱しているにも関わらず、ヒト癌細胞で極めて優れた増殖能を有する変異HSVウイルス 'HF10' を見い出した。HSV1型(HSV-1)の場合、癌治療用の増殖型ウイルスは、癌細胞での複製能を保持しつつ、ヒト正常組織での病原性は最小限に抑えられている。
 現在、HSV-1の代表的な変異株としては、hrR3、HSV1716、G207、NV1020などが知られている。これらの病原性は極めて弱く、病原性の強さ(毒力)についての分類上はいずれもclass3に属する。

●hrR3とHF10の抗腫瘍効果と病原性
 hrR3はHSV-1のUL39を欠損している。われわれは、ヌードマウスを用いて、hrR3の抗腫瘍効果について検討を行った。ヌードマウスの腹腔内にヒト卵巣癌培養細胞(HRA)を接種し、2週間後、腸間膜や腹膜に無数の腫瘍結節が出現した段階でhrR3 1×107 pfuまたはパクリタキセルを投与した。hrR3投与群 1ヶ月後の生残率は約70%であり、生残マウスを開腹したところ、肉眼的に腫瘍結節は認められなかった。一方、パクリタキセル投与群では、腫瘍の縮小は認められたものの、体重減少などの有害事象が認められ、最終的には全例が死亡した。以上より、hrR3は、胆癌ヌードマウスに対して優れた抗腫瘍効果を示すことが明らかになった。
 ウイルス株の病原性を調べるため、正常免疫成熟マウスに各種HSV-1, HSV-2株を腹腔内接種し、半数致死量を評価したところ、hrR3およびHF10の半数致死量は5×107pfuを超え、極めて病原性が弱いことが確認された。なお、HF10は末梢に接種した場合には10個程度で脳炎を引き起こすことが分かっており、病原性はclass2に分類される。われわれはこれらの研究の過程で、遺伝子組換えを行っていない自然分離株としての弱毒性変異HSVを見い出したのである。

●抗腫瘍作用のメカニズム
 正常免疫マウスに癌細胞株NfSa Y83を接種して腹膜播種モデルを作製し、hrR3およびHF10投与の効果を検討した。hrR3叉はHF10の1回投与では、hrR3群、HF10群ともに対照群に比べて生残期間が延長し、hrR3群に比べてHF10群で生残期間の延長効果が高かった。しかし、両群ともに投与1ヶ月前後にすべてのマウスが死の転帰をたどった。
 次にHF10を3日間連続投与して対照群との比較検討を行った。接種70日後においても生残率は90%と極めて優れた抗腫瘍効果が認められた。さらに、これらの生残マウスに癌細胞を再接種して経過をみても、100%が生存した。この結果は、腫瘍内におけるウイルスの増殖が腫瘍細胞に特異的な抗腫瘍免疫を誘導し、それが維持されていることを示唆していると考えられる。また、正常免疫マウスにおいては、ウイルスによる直接的な腫瘍細胞傷害作用に加え、弱毒株を大量に接種することによりナチュラルキラー(NK)細胞の著しい活性化が惹起されることも明らかになっている。以上よりウイルス療法においては、1.直接的細胞傷害作用、2.非特異的腫瘍免疫(インターフェロン、NK細胞、マクロファージなど)の活性化、3.特異的腫瘍免疫(細胞傷害性T細胞:CTL)の誘導が抗腫瘍作用に寄与していると推定される。

●HF10ゲノムの特性
 HF10のゲノムは、UL56,UL55を含む4種のアクセサリー遺伝子を欠損している。HSVは少なくとも74種の遺伝子をコードするが、その半数以上は培養細胞での増殖には必須でないアクセサリー遺伝子である。これまでにHSVのアクセサリー遺伝子は欠損ウイルスを用いた評価に基づいて、A群:欠損によって培養細胞での増殖性が著しく損なわれるもの、B群:培養細胞での増殖性にはほとんど影響がないが病原性が著しく減弱するもの、C群:増殖性、病原性ともにほとんど影響がないものの3群に分類されている。HF10において欠損している4種類の遺伝子はB群、C群に分類される遺伝子である。こうしたゲノム上の特性を背景に、HF10は癌細胞での増殖性に優れ、かつ病原性は極めて弱いという特性を有しているのである。

●再発乳癌患者に対するHF10ウイルス療法の有用性
 以下の基礎的な知見をもとに、再発乳癌患者に対してHF10ウイルス療法を実施し、安全性および抗腫瘍効果を評価した。対象は、皮膚または皮下への再発がみられた乳癌患者6例である。腫瘍径はいずれも1〜2cmであった。HF10は、1×104pfu/0.5ml、1×105pfu/0.5ml、5×105pfu/0.5mlのいずれかを1回または3日間連続して転移巣に直接注射した。投与2週間後に注射部位を切除し、病原学的効果を評価した。なお、安全性を考慮し、あらかじめ血液中の抗体価を測定し、抗体陽性例のみを本試験の対象とした。組織学的効果はgrade 1a(やや有効、軽度の効果)が1例、grade 1b(やや有効、中等度の効果)が2例、grade 2(かなり有効)が1例、grade 2〜3(かなり有効〜著抗)が1例であった。grade2〜3の症例の組織像では、癌細胞がほぼ100%破壊されており、蛍光抗体法では核内にウイルス抗原が局在している状況が観察された。また、白血球数の変動、発熱などの全身症状や注射部位の発赤、痛みといった局在症状はまったく認められなかった。以上より、HF10は再発乳癌の転移巣に対して優れた癌細胞破壊効果を示し、かつ安全性も良好であることが示された。

    ●今後の展望
     HSVの増殖型ウイルスは、ウイルスゲノムが大きく、またアクセサリー遺伝子が半数以上を占めていることから病原性に関連した遺伝子あるいはウイルス    のDNA合成に必要な遺伝子を操作して様々な特性をもつ癌治療用のウイルスを作製することができる。また、サイトカインなど大きい外来遺伝子を挿入して    免疫誘導の増強を図ることも可能である。
    一方、安全性という見地からも多くの利点がある。成人の大半がHSV抗体を保有しているが、抗体保有者では投与されたHSVが正常細胞で増殖する危険はな    いと考えられる。また、HSV感染症に対してはアシクロビル、ガンシクロビルといった抗ウイルス療法が確立されているため、万一ウイルスが増殖した際に    もこれらの薬剤で十分に対処可能である。HF10 ウイルス療法は癌に対する治療法の新しい選択肢として非常に有望であると考えている。


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