成人生体部分肝移植


成人肝移植とは…
肝移植を必要とする成人患者のおおよそ半分が、ウィルス性肝硬変(C型肝硬変、B型肝硬変)、または、その肝硬変に合併した肝細胞癌と診断されている患者さんです。原発性胆汁性肝硬変や原発性硬化性胆管などの胆汁うっ滞性疾患がそれに次いで多い適応疾患で、肝移植治療のなかの救急疾患である劇症肝炎も多いのも特徴です。
下のグラフは、2010年の肝移植研究会からの肝移植症例登録報告で、全国の成人肝移植の
3,796例の適応疾患のまとめです。
ただ、極めてまれな病気に対しても、肝移植が実施できる場合があります。まずは我々にご相談下さい。


Stacks Image 737




移植適応について
肝臓が悪い患者さんに、肝移植が必要か、必要でないかの判断は重要です。
肝移植の治療は非常に大きな治療となり、リスクも高い治療です。肝移植以外の治療方法が残っている場合は、移植以外の治療法が優先されます。「肝移植以外の治療法がない」患者さんが、移植適応の患者さんとなります。
「肝移植以外の治療法がない」ということを客観的に評価するための、いくつかの評価方法があります。


Child-Pugh score
表にある肝性脳症、腹水、ビリルビン、アルブミン、プロトロビン時間の点数を合計し、下記のように分類します。
5〜6点: Grade A、   7〜9点: Grade B、   10〜15点: Grade C


Stacks Image 101


MELD score
アメリカの臓器移植ネットワークでの12歳以上の肝移植登録患者の重症度の判定に用いられ、この点数で移植優先順位が決定されます。
MELD scoreは、ビリルビン、プロトロンビン時間、クレアチニン、透析治療の有無で計算されます。
MELD score = (0.957 * ln(Serum Cr) + 0.378 * ln(Serum Bilirubin) + 1.120 * ln(INR) + 0.643 ) * 10      透析治療で、Cre=4.0として計算
MELD-Na = MELD − Na − [0.025 × MELD × (140 − Na)] + 140


ミラノ基準
肝硬変に合併し、遠隔転移と血管侵襲を認めない、ミラノ基準内の肝細胞癌が、保険適応の移植適応となります。
ミラノ基準: 肝内に径5cm以下1個、又は3cm以下3個以内が存在する場合
ただ、ミラノ基準を超えた肝細胞癌でも、条件がよければ、肝移植によって治療できる可能性があります。保険適応外のため、自費診療となりますが、是非、ご相談下さい。


Mayo Clinic の予後予測式(原発性胆汁性肝硬変 PBC、原発性硬化性胆管炎 PSC)
PBCとPSCでは、自然経過でどれぐらいの確率で生存できるのかという予後予測モデルが、アメリカのMayo Clinicでつくられています。


PBCの1~7年後予測生存確率は、年齢、ビリルビン、アルブミン、プロトロンビン時間、浮腫の有無、利尿剤の有無から計算されます。


PBCの3~24ヶ月予測生存確率は、年齢、ビリルビン、アルブミン、プロトロンビン時間、浮腫の有無、利尿剤の有無から計算されます。


PSCの1、2、3、4年後予測生存確率は、年齢、ビリルビン、アルブミン、AST、食道静脈瘤の破裂の有無から計算されます。




成人生体部分肝移植
生体肝移植とは、健康な人(生体ドナー)から一部の肝臓(グラフト)を取り出し、患者(レシピエント)に移植する方法をいいます。国内の生体肝移植は小児症例から始まりましたが、徐々に体格の大きい成人症例へと発展していきました。
2010年末までに国内で実施された生体部分肝移植症例数は6,097件に達しており、うち18歳以上の成人症例は3,873件となっています。


グラフト選択と過小グラフト症候群(SFSS)
ドナー術式は、小児症例と同様に、術前の画像検査(ドナーのCT検査)などから決定しますが、成人症例では肝臓全体の約60-70%に相当する右葉グラフト、または、肝臓全体の約30-40%に相当する左葉グラフトを利用します。予測されるグラフト重量がレシピエント体重に対してどの程度の大きさがあるかで適応を決定していきます。
成人間の生体肝移植で使用できるグラフト肝の大きさに限界があるため、相対的に小さいグラフトによって生じる問題の一つが、過小グラフト症候群(SFSS)です。SFSSでみられる症状としては、大量腹水、黄疸の遷延、凝固脳障害、感染症などがあります。
術後経過に大きく影響するSFSSは、成人生体部分肝移植の克服すべき問題でした。グラフト肝の大きさや移植時の門脈圧に影響されるため、ドナー、グラフト選択と移植術中の門脈血流や門脈圧制御が重要であることが分かってきて、徐々に克服できるようになってきました。


Stacks Image 7255

右葉グラフト

Stacks Image 7257

左葉グラフト

Stacks Image 7259




ABO血液型不適合移植
また、生体ドナーの選択が非常に近い身内に限られる生体肝移植では、必ずしも血液型の一致がみられません。いわゆる輸血ができない血液型の組み合わせでの移植のことを、ABO血液型不適合移植といいます。
成人のABO血液型不適合肝移植の成績は、1990年代後半は極めて成績不良でしたが、2000年代になって抗体関連拒絶反応に対する克服方法が確立し、成績が改善しました。


Stacks Image 323
Stacks Image 379
国内のABO血液型不適合の成人生体肝移植における時期別の生存率曲線
最近の2006~2010年へ、移植成績の改善がみられます。
2006~2010年の成人生体肝移植におけるABO血液型適合度別の生存率曲線
不適合症例の成績は、他の血液型組み合わせの成績に近づいています。


※ カプランマイアー曲線といわれ、治療後にどれぐらいの確率で生存しているかをみるグラフです。




手術手技について
レシピエントの手術は、まず肝臓をすべて摘出するところから始まります。
ただ、肝移植手術は、肝臓につながっている4つの構造物(肝動脈、門脈、肝静脈、胆管)を、新しい肝臓(グラフト肝)と本人の相対するもの同士をつなぎ合わせる(吻合する)手術ですので、それらをつなぐことが出来るようにしながら丁寧に肝臓を摘出します。同時進行している生体ドナーからのグラフト肝の準備が出来れば、肝静脈、門脈、肝動脈の順に血行再建を行い、最後に胆道再建を行います。
成人生体肝移植の場合は、脈管吻合などの肝移植手術そのものに加えて、過小グラフト症候群(SFSS)の予防策としての門脈血流・門脈圧調節、C型肝硬変症例の場合は将来のインターフェロン治療のための脾臓摘出、術後栄養改善のための経腸栄養チューブ挿入などを、症例にあわせて、付加的手術を追加しています。
症例にもよりますが、全体の手術時間はおおよそ10~12時間程度かかる大きな手術です。


Stacks Image 7261

胆管吻合の様子




術後経過について
非常に大きな治療ですので、術後経過の個人差は大きいです。順調な経過の場合で、術後1-2ヶ月で退院となります。

移植手術直後は、集中治療室(ICU)での管理となります。
手術終了時は、意識もなく、呼吸も自力で出来ない状態のため、人工呼吸器を用います。
集中治療室に在室中は、全身状態(心臓、呼吸、腎臓、肝臓)のチェックと、手術操作後のチェック(出血やつないだ血管の血流の状態など)を行います。順調であれば、徐々に呼吸も自力で出来るようになり、人工呼吸器を離脱します。劇症肝炎など術前から意識障害がある場合には、意識回復に時間がかかり、人工呼吸管理が長期化する場合があります。
拒絶反応を抑制する免疫抑制剤は、移植手術翌日から開始します。
全身状態が安定していれば、数日で集中治療室を退室し、一般病棟の個室へと移動します。
Stacks Image 7263

外科系集中治療部の様子


その後も、肝機能と血流のチェックを頻回に行いながら、問題が発生していないが確認していきます。
肝機能は血液検査で、血流はエコー検査で行います。
肝機能などの悪化がある場合は、肝生検などのさらに詳しい検査を行う必要があります。
術後1週間目ぐらいから起こりやすいトラブルは、拒絶反応と感染症です。移植直後から免疫抑制剤の投与が開始されていますが、その投与量の調節が、拒絶反応の抑制には重要で、不足している場合に拒絶反応が起こります。多くの拒絶反応は、免疫抑制剤の増量で改善します。また、免疫抑制剤を使用していることもあり、感染症にかかりやすくなっています。拒絶反応と感染症のバランスを保つよう免疫抑制剤を調節します。

Stacks Image 7265

エコー機械




退院後の生活について
退院後は、できる限り普通の生活に戻ってもらうことが目標です。例えば、病期のため仕事を休んでいた患者さんには、復職をしてそれまでの日常生活を取り戻してもらいます。
移植を受けたために生活上の制約が多くなったのでは、肝移植のメリットがありませんから…
ただ、肝移植後は免疫抑制剤を服用し続けることになります。免疫抑制剤の種類や量は、個人差があります。決められた薬をきっちりと服用続けることが、移植肝の機能を保つために大切です。薬の飲み忘れなどで、拒絶反応が起こる可能性がありますので、薬の管理は重要です。
定期的に外来で肝機能のチェックを行い、移植肝の状態が安定していることを確認します。問題が認められる場合は、その都度、原因を確認して、治療に当たります。

また、移植が必要となったもとの病気によっては、再発の問題がある場合があります。
例えば、C型肝炎の再発のおそれがある場合は、体調や通常検査で問題がない場合でも、定期的な入院検査を行いながら、問題の早期発見、早期治療を行うことがあります。
Stacks Image 7267

代表的な免疫抑制剤