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肝門部胆管癌切除標本のネーミング
器官調節外科 神谷順一
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲◆若手の角田先生に推薦文を書いてもらいました
肝臓の解剖を理解するためには立体的な感覚が大切で、教科書などの文章や2次元的な図からの情報だけで、頭の中で構築し納得するためには相当に高度な立体感覚が必要となる。だから、肝切除標本を実際に手にする機会はとても大切で、肝内の立体構造を理解するためには絶好のチャンスとなる。そのチャンスを最大限に活かすために、このテキストは非常に役に立つ。
実際にネーミングの場に立ち会った経験のある人にとっては、とても頼りがいのある参考文書となるであろう。一方、ネーミングという作業を全く知らない方は、本文を読むだけではイメージが湧かなかったり、取っ付きにくい印象を持ったりするかもしれないが、何はともあれ、実際にネーミングをしてみようという気にさせるだけの内容があり、また実際にネーミングの場になれば、さらに本文書の良さやネーミングのおもしろさがわかってくるだろう。
ネーミング経験者にとってはもちろんのこと、未経験者や初心者にとってもきっと、頼れるテキストとなるであろう。(角田伸行・ネーミング参加歴4回)◆まずは道案内
●警告から
これは手引きです。想定読者はいっしょにやっている(やらされている)人たちです。読んで腑に落としてください。
ネーミングの格闘現場を見たことのない人には勧めません。イライラのまま読了という結末になるでしょう。わたしは心配性です。あらかじめ逃げを打っておきます。苦情は聞きたくありません。警告です。どんな作業をしているか知っていないと難解なはずです。Read at your own riskということで。
とはいうものの逆の気持ちもあります。現場を見たことのない人にも読んでほしいのです。胆道に興味のある人すべて、とはいいません。欲張るつもりはないのです。肝内胆管の解剖に興味がある人が読んでくれるといいな、ということです。役に立つことが含まれていると信じています。役に立つ?そうです。ネーミングの知識はCTなどの画像から解剖を診断するときに役立ちます。
もう一つ。この文章を読んで「簡単じゃないか」と思われる方がいるかもしれません(それが狙いですが)。ネーミングには時間がかかります。もしかして数時間を費やすことになるかもしれません。そんな事態になってもわたしを責めないでください。わたしは肝臓だけでも千時間は標本空間に浮遊しています。これをもって免責としてください。●構成について
◆虎の巻◆各論1・右葉S1切除◆各論2・左葉S1切除◆押し花法◆ネーミング前のいろいろ◆ネーミングのこまごま◆精神論と雑談◆内輪の歴史。この順にならべました。
概要だけでいいや、という人は「虎の巻」をどうぞ。長めです。概要じゃないと思われるかもしれません。
ネーミングの実際を知りたい人は「各論」を読んでください。根掘り葉掘り書きました。拾い読みをおすすめします。S1が気になる人は各論1の後ろのほうを読んでください。マニア向けという看板を掲げておきました。
押し花法は肝内胆管の合流形態を記録する方法です。無理を承知で図なしの解説をしています。図を見たことがある人向けです。
「ネーミング前のいろいろ」は標本整理を説明しています。残りの三つは気楽な雑談です。暇つぶしにどうぞ。●注意
この文章には略語がたくさん出てきます。いくつかは初めて目にするものと思います。すみません。隠語です。必要があって作りました。広めるつもりはありません。この文章の中とネーミングの時だけ通用する鶴舞語としておきます。
その略語は1la、1lp、3u、4u、4q、7dといったところです。正式名称はありません。暫定名称は、1la尾状葉左前枝、1lp尾状葉左後枝、3u外側前臍静脈裂枝、4u内側臍静脈裂枝、4q内側方形葉枝、7d後上内側枝です。7cというのもありました。右後上突起枝です。B1lについてはもう少しあります。現場でうんざりしてください。
これらは世間では口にしないでください。身のためです。口にして不利益を被っても責任は取りません。身から出た錆です。あきらめてください。
そのほかの略語はよく流通していると思います。初出からいきなり略語を使いました。ご容赦ください。
略語以外にも作った言葉があります。胆樹と肝野です。胆樹はbiliary treeです。分かってください。肺には肺門と肺野という用語があります。肝臓にも肝門があるので、肝野という言葉を作りました。◆虎の巻(敬遠している人や食わず嫌いの方のための要約)
●固定まで(いきなり回り道です。すみません)
正確なネーミングは的確な固定から始まります。切除されたらまず胆管にカテーテルを留置します。ホルマリンを50ml注入してください。そして肝切離面や胆管断端の漏れを止めます。針糸でどうぞ。
次は肝動脈です。カテーテルを留置してください。ホルマリンを50ml注入したら肝静脈の断端を解放します。そしてホルマリンをせっせと注入してください。量は500ml程度です。内部から固定してしまうのです。なお左葉切除系では動脈にこだわりません。左門脈から注入したりします。経皮経肝門脈枝塞栓術(PTPE)ありなしの違いです。
続いて標本造影です。そして写真撮影、スケッチ、胆管切開、再び写真撮影、スケッチと作業を進めます。
一連の業務がすんだら胆管を展開して肝臓に固定します。カテラン針を使います。スライスの方向まで考慮に入れて固定してください。右葉切除系の標本でしたら尾状葉を起こして固定します。長い針を3本使います。S1の形状を体の中にあったときと同じにしましょう。それからホルマリン槽に沈めます。●スライスとコピー
切除の2日後にスライスします。肝動脈からホルマリンを大量注入しています。固定は十分です。
スライスは5mm間隔が理想です。でも肝切除標本では5mm間隔はむつかしいです。厚みのある右葉切除系では特にたいへんです。7ないし8mm間隔を目指してください。肝門から離れてきたら1cm以上になってもかまいません。あらかじめスケッチのコピーを作っておきます。スライスの線を書き込んでください。
スライス面は病変の状況によって決定します。第一候補は肝外胆管の長軸に平行な面です。第二候補は右と左で異なります。右葉切除系では下大静脈に直角です。左葉切除系では門脈臍部に直角となります。左葉ではこの面が実際的です。下大静脈に直角にスライスしようとすると苦労します。第二候補は解剖を理解しやすい面です。
スライスしたら写真撮影します。まずは主役スライスを追求します。必要に応じて脇役も撮影してあげてください。
そしてコピーです。順番を間違えないようにコピーしてください。詰め過ぎると後で苦労します。ネーミングの結果を書き込めなくなるのです。余裕をもって配置してください。●まずは表面解剖から
いきなり肝臓の内部に踏み込んではいけません。混乱します。はやる心を抑えてください。急がば回れ、です。
スライスした標本を組み立てます。右葉切除系では胆嚢床、ルビエル溝、下大静脈圧痕を同定します。左葉切除系では鎌状間膜、肝円索、下大静脈圧痕です。コピーに書き込んでください。肝切離面も重要です。切離面に中肝静脈の圧痕を同定できる症例も多いです。その目で観察しましょう。
胆管も同定しておきましょう。表面ではないですが。総胆管、胆嚢管開口部、総肝管、左右肝管合流部、左肝管や右肝管などを同定します。●肝静脈と門脈を検討し区域を決める
この二つは区域を決める基準です。
肝静脈から始めましょう。根部を見つけます。そして本幹を肝野方向に追いかけてください。肝静脈では系列の同定が重要です。右肝静脈の枝か、あるいは中肝静脈の枝か。あるいは右下肝静脈か右中肝静脈か。といったことを同定し記入します。
次は門脈です。右葉では右後枝、右前枝まで同定します。左葉では臍部、P2,P3,P4を診断します。
ここまでの検討でクイノーの区域(S)が分かってきます。左葉では苦しむことは少ないです。右葉では悩むこともあります。S5S8の境界、S6S7の境界です。
門脈右前枝本幹のレベルを診断してください。これより足側はS5、心臓側はS8とします。後区域でも右後枝本幹のレベルで決めます。本幹より足側がS6,頭側がS7です。そして本幹のレベルは6cです。●亜区域枝を肝野で決め、肝門方向に追求する
区域が決まればその中でabあるいはabcを決めます。基本的に亜区域枝は一本ではありません。群として見てください。区域の境界がややこしいところもあります。右葉では8dと1rの境界、左葉では4cのまわりです。詳しくは後ほど。
亜区域枝を命名したら肝門に向かって枝を追求していきます。この方法を「順流法」と呼んでいます。亜区域を決め亜区域枝を命名し、そこから胆汁の流れに沿って枝を命名していく方法です。この文章のテーマです。
亜区域枝より下流の枝は亜区域枝の和として表します。使えるところでは右前枝とか右肝管といった用語を使ってください。そこに至るまでの部位では8abとか5a+8aといった名前を使います。便利です。悩まずにすみます。誤解や誤伝達も少ないです。加算するだけですから。
走行の追求には静脈留置針(テフロン針、ベニューラ)を使います。5mmとか7mmの厚みの中でも枝が離散集合することがあります。納得できるまでどうぞ。
検討結果は逐一コピーに書き込んでいきます。こまめに書いていかないと苦労しますので。●胆樹を書く
せっかく走行を診断したのです。結果を記録しましょう。
肝内胆管の走行は立体的です。でも立体的に記録するのは現実的ではありません。この3次元情報を2次元に変換して記録します。押し花法と呼ぶ方法です。詳細は後ほど。◆各論1・右葉S1切除の巻
●さあ始めましょう
あなたの前にはスライスされた標本が並んでいます。カラーコピーも整いました。同志もなんとか集まり、静脈留置針(テフロン針)と赤ボールペンもあります。さあ始めましょう。●表面解剖(1)
何はともあれ表面解剖です。下大静脈の圧痕をマークすることから始めましょう。心臓側では境界は分かりやすいです。でも足側になってくると右の境界が分かりにくくなります。短肝静脈の最も右側の開口部や右下肝静脈の根部を参考にしてください。ついでに副腎を探しておきます。ときどきくっついています。濃い黄色の薄い組織です。
次は胆嚢と胆嚢床です。胆嚢は胆嚢床から剥離されていることが多いです。胆嚢床は右半分が切除されているはずです。きっちり同定しましょう。だいじな道標です。
胆嚢床の右縁を肝門側にたどってください。ルビエル溝があります。見当たらない症例もあります。ここにはたいてい6aのグリソンが納まっています。本当かどうかは後ほど確認してください。
冠状間膜とか三角間膜は気にしません。同定しても役に立ちそうにないからです。思い違いかもしれません。気になる人は検討してください。●表面解剖(2)尾状葉
小網付着部を探します。左尾状葉前面の被膜が途切れるあたりです。ここに索条物があります。アランチウス管です。スライス標本では1mm程度の白い点として認識できます。下大静脈の左縁とアランチウス管を結ぶ面でS1rとS1lを分けます。
S1lを足側から観察してください。切れ込みを認める症例が多いです。二枚舌と呼んでいます。見た通りの命名です。教養の香りもありません。ご容赦ください。二枚舌症例が多いのでS1lを前後に分けた名前を作りました。S1laとS1lpです。●表面解剖(3)下大静脈圧痕
下大静脈から剥がした面を観察してください。白い索状物が1本か2本見えませんか。たいていは横走していて少し盛り上がっています。S1lpにつながるグリソンです。拡張したB1lpで盛り上がっているのです。この枝はCTやMRでも識別できます。注目していてください。
あれ?と思う人もいるかもしれません。下大静脈前面はS1rのはずなのに、B1lpだって?
この問題には二つの局面があります。まず一つ。下大静脈から剥離した面の半分弱は、下大静脈の左面から剥がしています。B1lpと言い張ってもいいのです。もう一つ。わたしたちはどこから流れ出てくるかを重視します。源流主義です。どこを通っているかは二の次にしています。明らかに下大静脈前面にあってもB1lpでいいのです。
B1lp+r3(あるいはr4)なのかもしれません。後で判明します。●肝外胆管と肝切離面
続いて肝外胆管を同定しておきます。標本を組み立てて検討すると楽です。総胆管や左肝管の断端を同定します。そして胆嚢管と右肝管の開口部を見つけます。これで総肝管と左肝管の範囲を決定できます。結果をコピーに書き込んでください。
胆嚢管開口部が標本にない症例もあります。低位合流です。三管合流部が体の中に残っているのです。胆嚢管の断端を見つけておきましょう。
肝切離面も観察しておきましょう。大きなグリソンの断端がありませんか。もしあったら5aのはずです。術者の苦労を慮ってください。もう少し奥では中肝静脈に沿って肝切離を進めます。8aはあまり断端には出てきません。8cは1rと8dが緩衝地帯になります。切離面には出ません。
5aのグリソンが標本内にあるかないかは確認しておきましょう。あるものだけ、見えているものだけで決めていくと失敗します。胆管造影像での胆管枝の同定と同じです。●右肝静脈系
ようやく肝内脈管の検討です。
右肝静脈から始めましょう。断端を開放してホルマリンをたくさん注入しました。右肝静脈の中には血液は残っていないはずです。肝野では楕円になっていることが多いです。なのに根部近くではつぶれがちです。太めの白い線になっていたりします。どうしてでしょうかね。
右肝静脈の根部は下大静脈圧痕の頭側(心臓側)の右縁にあります。断端がスライス標本の裏面にあることも多いです。断端が分かりにくかったら該当スライスをひっくり返して確認してください。
根部を確認したらS5S6のほうに追いかけます。多くの症例で右肝静脈は右葉の足側の端あたりまで伸びています。しっかり追求しておきましょう。S5S6境界あたりになると3本とか4本になります。このチームがラインを形成してS6を抱えるような形になります。横隔膜よりがS5です。腎臓よりがS6になります。●右中肝静脈系、右下肝静脈系
これらの根部は下大静脈圧痕の尾側(足側)端あたりにあります。二つは根部の高さで分けます。根部が門脈右後枝本幹の高さより心臓側にあれば右中肝静脈です。本幹と同じか足側にあれば右下肝静脈です。
ほとんどの症例で共にS6を受け持ちます。ときどき右上に伸びる枝が見つかって混乱したりします。ですが通常は右足側に伸びています。そしてS6グリソンの内側(腎臓側)を走行します。右肝静脈はS6グリソンの外側(横隔膜側)でした。
右肝静脈が足側にあまり延びず、右中肝静脈や右下肝静脈がりっぱな症例では苦労します。覚悟してください。前区域と後区域の境界(右門脈裂)に道標がないのです。5c、6a、6bあたりがややこしいことになるでしょう。●肝切離面に断端がある肝静脈
V8とV5です。V8はほとんどの症例で8aと8cの間を走っています。V5は多くの症例で胆嚢床近傍にいます。ときどき長く伸びてびっくりさせます。多くは5aと5bの間を走行すると思っています。V5はときにS6の中まで伸びています。
V8とV5は右肝静脈三兄弟ほど分かりやすくありません。そんなに太くないことがひとつ。そして走行がスライス方向と一致して標本の中に埋もれたりするからです。見つけにくいときは標本の裏を見てください。簡単に見つかることがあります。
肝静脈はまだあります。尾状葉静脈です。探してみてください。●門脈と右肝動脈
門脈は右門脈、右前枝本幹、右後枝本幹を同定します。あまり深追いはしません。クイノーの区域(S)を診断するのに必要な程度にとどめます。いずれ順流法ではっきりしますから。
たいていの症例ではPTPEが施行されています。門脈の中には血栓とかコイルとかが入っています。コイルは取り除いておきましょう。プレパラートを作る時にトラブルのもとになります。
右肝動脈にはカテーテルが留置されているはずです。それを起点にして総胆管の背側から肝内に入るあたりまで同定しておきましょう。腫瘍の内部や近傍では綿密にやってください。外膜浸潤の有無とか神経浸潤の程度などを検討するのに重要な部位です。
動脈は肝内に入ると胆管と門脈の間を走ります。見失ったら思い出してください。●後区域
右葉切除系の標本では後区域からネーミングを始めます。分かりやすいからです。肩慣らしにちょうどいいのです。ややこしい前区域と細かい尾状葉は後回しにしましょう。
門脈の右後枝本幹を基準にしてS6S7を分けます。後枝本幹の突き当たりあたりを6cにします。
ここでグチを。6cのおかげで7が小さくなっています。6cを7に含めてくれていたら、と思います。胆管の合流形態も6c+7になっていることが多いですし。●S7
S7の中のグリソンをながめてください。外側に位置するのが7a群、内側が7b群です。まずはこの二つに分けます。お、と思われた人も多いでしょう。そうです。正式には7aが腹側枝で7bが背側枝です。
S7のグリソンをじっくり観察してください。腹側枝と背側枝を診断するのはあまり簡単ではありません。厳密に腹側群を7aとし背側群を7bとすると不都合も起こります。症例によっては腹側群が内側にいて、背側群が外側にいるのです。7a7bが入れ替わってしまいます。まずいです。
自重で肝臓が変形するためでしょうか。そう思っていた時期もありました。でも胆管造影でも同じ苦労をすることが多いです。腹側枝背側枝という名称がよくないのでしょう。繰り返します。正式名称は7aが後上腹側枝で7bが後上背側枝です。ですが、ここでは7aが後上外側枝で7bが後上内側枝です。これはここだけの話です。まずいことが出てくるのです。7dを後上内側腹側枝と命名しなおさないといけません。コップの中のそよ風ですが。
7dは7b群とした中で右肝静脈根部のすぐ背側に位置する枝です。たいていの症例で認識できます。「らしい」グリソンがありませんか。無理には命名しなくていいですよ。●S6
腹側のものが6a群です。背側は6b群とします。6aのグリソンは肝門に向かって追いかけてくるとルビエル溝に入ってくることが多いです。
6a6bの群分けはある程度恣意的でよいと思います。たとえば6a群のグリソンを腹側から6a1、6a2、6a3、6b群の枝を6b1、6b2と命名したとします。6a1、6a2は共通管を形成してルビエル溝にはまりこみました。でも6a3は6b群の共通管に合流しました。さあどうしましょう。そのまま態度を変えない、結構です。シンプルにしたいから6a3を6b0にする、それもありです。わたしは後者です。これは他の区域でもよく問題になることです。症例の中で統一されていればいい、そう思います。
6cはやや特殊です。7aと共通管を作ったり6bにくっついてみたり、あるいは7に合流したりします。後区域の中で唯一ふらふらしています。そう見えます。●肝門での右後枝の挙動
すべてのグリソンに名前をつけたら、胆管枝を肝門に向かって追いかけてください。胆管が分かりにくいですか。内面が黄色がかっていたり緑がかっているのが胆管です。門脈は塞栓術のために閉塞しているはずです。動脈は細いです。
肝門に到達したら本幹の走行を調べてください。右後枝本幹は右肝管を形成しますか、左肝管に合流しますか、それとも総肝管に合流するのでしょうか。多くはありませんが右後枝本幹が形成されない症例もあります。あれれ、と思ったら冷静に確かめてください。
右後枝の多くは右門脈の頭側を走行します。尾側を走行することもあります。約10%の頻度です。前者を「北回り」、後者を「南回り」と呼びます。公文先生による命名です。そう理解しています【公文正光、ほか:肝鋳型標本による肝門部と尾状葉の解剖.胆と膵 10:1417−1422,1989】。
北回り、南回りという言葉は昔のヨーロッパへの航空便のあだ名(?)に由来すると理解しています。クイノーは北回りをhyperportal、南回りをhypoportalと命名しています。われわれはsupraportal、infraportalとしています。
総肝管に合流するタイプはほとんどが南回りです。後枝本幹を形成しない症例では、6系はほとんどが南回りです。共に「ほとんど」が付いています。仕方ありません。例外症例がいるのです。●S8
門脈右前枝の本幹でS5S8を分けます。
S8をながめてください。肝切離面に近いほうのグリソンを腹側系の8a群と背側系の8c群に分けます。ともに2本から3本あります。悩まないでください。腹側から8a1、8a2、8a3そして8c1、8c2、8c3というふうに命名してしまいましょう。このほうが楽です。5a+8a1とか8b+8c1といった事態も多いですし。●B8a
8aの本数が予想以上に多いことがあります。術前の胆管造影や標本造影の所見より多いのです。胆管造影では1本しか写らなかったのに、標本では3本も4本も同定できてしまうのです。いろいろ考えてください。
胆管造影は右側臥位で撮影しましたか。8aは最も腹側に位置します。造影剤は重いです。仰臥位や斜位では造影剤は十分には入ってくれません。背中側の枝だけが造影されることになります。よくあることです。
PTBDはどんなふうに穿刺されていますか。右葉に入っている場合にはじっくり観察してください。カテーテルや瘻孔が8aの健全な造影を邪魔していることがあります。8aの一本あるいは本幹を貫通して8cに入っていることもあります。
まずは疑問を持つことが大事です。おかしい、変だと感じることから貴重な経験が始まるのです。自分で感じた疑問は財産です。そして自分で解くことができれば最高です。
感じる力はネーミングの経験を重ねることで養われます。そして、こういうことを繰り返していくことが画像を読影する力を向上させる王道なのです。地味な検討です。王道とは思えないかもしれません。でも納得できるまで追求することで脱皮できるのです。●B8b、B8c
8cは右肝静脈の肩を乗り越えるくらい背側に位置することが多いです。いわゆる「ドーム」の後ろ半分は8cです。右肝静脈の頭側は8cなのです。納得してください。
外側に位置するのが8b群です。実際のところは外側に位置するグリソンは3つ4つあります。ですが一番立派なのを8bにします。実用的に行動したいのです。残りは8aや8cの枝にします。
この命名法は危うい、スライスのされ方でグリソンの太さは変わるから8bがあっちやこっちと漂流するぞ、と鋭くツッコム人もいることと思います。外側に位置するグリソンは平等に8bにすべきという意見には3割賛成します。でも基本姿勢としてシンプルにいきたいのです。
なお、症例によっては8bは8cより背側に位置します。外側枝を8bとしているので仕方ありません。
8dについては尾状葉のところで説明します。●8b無用論
S8は腹側と背側に分ければよい、という見解です。強力です。
胆管造影の読影現場ではS8二分法は役に立ちます。8a系と8c系に分けるのです。これ以上の詮索は後回しにします。あるいは詮索しません。これで問題が発生することは少ないです。必要であれば8bを命名します。肝門部胆管癌の手術でも8a系8c系で間に合ってしまいます。困りましたね。
味方もいます。S8外側領域の腫瘍です。二分法では対応に苦労します。
ネーミングではどうでしょうか。半分以上の症例では8bは存在感があります。正確な数値ではありませんが。
残しておいてほしいな、というのが本音です。●S5
今度はS5を観察してください。グリソンを腹側、背側、外側の3群に分けます。肝断端に近く、胆嚢床におおいかぶさっているグリソンが5aです。胆嚢床後縁(右縁)と並走し、最も足側まで伸びているのが5bになります。5cは外側に位置し胆嚢床から離れています。
5aはときどき前後方向にまっすぐ走行します。標本の持ち方で8aに見えたりします。冷静に見極めてください。B5aはよくB8aと共通管を作ります。B8aと同じで右側臥位にして造影しないと全貌をつかめません。お忘れなく。
B5bは目立つ長い枝です。単独で右前枝や右肝管に合流することが多いです。
B5cはくせものです。胆嚢床から離れています。一見するとB5らしくありません。多くはB8bやB8bcに合流します。たまにP8bcの背側に回り込みます。そして門脈の左でB8bcに合流します。勢い余って右後枝に合流することもあります。●B5aは造影されないことが多い
右側臥位の撮影をしていなかった80年代中期は悩みの時代でした。何を悩んでいたか、現在の用語で解説します。
多くの症例では5aが造影されていませんでした。ですから胆管造影では、5bを5aと診断し、5cを5bと診断していたのです。一方、標本では5cをS5の枝とは認識していませんでした。8bや8cの困りものの枝と思っていたのです。これで役者が揃いました。
お分かりでしょう。胆管造影の診断結果と標本の検討結果が合わないのです。合うはずがありません。しばらくして間違いに気づきました。それでもしばらくは5cを5b2とか5b3と呼んでいました。5cをまともに使いだしたのは1990年3月でした。殻はなかなか破れないものなのです。●順流操作
亜区域枝を同定したら肝門に向かって追いかけます。S8の亜区域枝からいきましょう。こっちのほうが簡単だからです。肝門まで8を追いかけたら胆樹の形で記録します。なお6例に1例の頻度で8cは後枝に合流します。驚かないでください。後枝に合流する8bとか5cもいます。
次はS5です。亜区域枝を順流式に追求してください。
S5が済んだら結果を胆樹に書き加えます。たいていは線が交差して複雑になりますね。5cが悪役になることが多いです。しょうがありません。立体データを無理やり二次元に変換していますから。●尾状葉の概要
いよいよS1です。まずは公式的見解から。
下大静脈前面と右肝静脈幹部前面を結ぶ面を想定してください。次に中肝静脈幹部背面と下大静脈左縁を結ぶ面を想定します。この二つの面に挟まれた部分をおおざっぱにS1rと思ってください。幹部という言葉がくせものですな。1rと8dの境界については後で嫌になるくらい詳しく説明します。覚悟してください。
下大静脈の左の厚い部分がS1lです。乳様突起と同義に扱っています。下大静脈の左縁とアランチウス管を結ぶ面でS1rとS1lを分けます。
肝門と下大静脈にはさまれた薄い部位がS1cです。S1cは尾状突起です。尾状葉突起ではありません。ということは尾状突起は尾状葉の一部じゃないのかな、と思う人がいるかもしれません。ま、ここんとこは穏便にお願いします。
S1rは薄いですが広いです。S1lは厚いですが狭いです。そうでない症例も多いですけれども。●S1rの境界(しばらくマニア向けです、とばして構いません)
6面あります。腹面、背面、右側面、そして足面、左側面、上面です。無理を承知で説明します。気になる人は読んでください。読んで怒らないように。
腹面を中肝静脈が走行します。内側に傾いています。標本では切離面そのものです。S4bに接すると考えています。
背面は下大静脈前面から右肝静脈幹部の前面になります。ただしグリソンの走行によっては少し背側にしたいこともあります。下大静脈後面から右肝静脈幹部の後面を結ぶ面です。この面はS7dに接しています。
右側面に目印はありません。8cとか8bcの内側(左側)を見てください。小さいグリソンがあるはずです。これを肝門に追いかけます。8cとか8bcあるいは前枝に合流するなら8dです。後枝や右肝管に合流するなら1r1です。この方法で8dと1r1を決定してください。右側面は8dと1r1の間にあることになります。きっと中央に位置しているのでしょう。
例外があります。右後枝が南回りで総肝管に合流する症例です。この想定をそのままは適用できません。問題の胆管枝が肝門近くの右前枝に合流していたらどうしましょう。右前枝と左肝管との合流部に近ければ1rです。
足面は門脈右枝から左枝の上縁を背側にのばした面です。
左側面はアランチウス管と下大静脈左縁を結ぶ面です。
上面は人それぞれです。横隔膜面そのものの人がいます。公文は鋳型標本の検討でこういう人の割合を52.6%と報告しています。【公文正光:肝鋳型標本とその臨床応用−尾状葉の門脈枝と胆道枝−.肝臓 55:1193−1199,1985】残りの人では上面はありません。腹面、背面、右側面が近寄ってきて癒合してしまうのです。●S1rの内部や外部(これもマニア向けです)
1r1を決めたら、左へ1r2、1r3というふうに命名します。
右のほうの枝は右後枝や右肝管に合流します。左のほうの枝は左肝管に合流します。こういった所見からアランチウス管失脚論が出てくるわけです。左肝管に合流する枝の領域は左尾状葉にしたら、という見解です。アランチウス管は鎌状間膜と同じようなもので、そこにいるだけなんだよ、という意見です。
でも右後枝に合流するB1liとかB1lpという攪乱分枝がいます。アランチウス管の強い味方です。わたしもアランチウスの味方です。このことについては次の●尾状葉の右と左でもう一度。
ところで、supracaval、paracavalという言葉があります。下大静脈前面の1rをsupracaval、それより右側の1rをparacavalにしようかなと思ったことがあります。1rsc、1rpcです。不評を予測し放棄しました。●尾状葉の右と左(まだマニア向けです)
S1の左右をアランチウス管で分けてよいのか、という議論は昔から続いています。アランチウス管といいましたが、下大静脈の左縁とほぼ同じです。
区域を門脈枝で分けているのだからS1も門脈枝で分けたらどうか、という主張が最強です。昔は鎌状間膜で肝臓を右左に分けていたが、今は没落したではないか。それはそうなんです。
反論はいくつかあります。門脈本幹や左右分岐部から分岐する枝は少なくありません。この枝が支配する領域はどう名付けましょうか。二枚舌の中には、背側舌の門脈枝が右門脈から出ていることがあります。かえってややこしくなりませんか。
まだあります。もし門脈枝で決めるとなると大問題が生まれます。枝ぶりが分からないと正式名が決まりません。不便です。シンプルにいきましょう。見た目です。●尾状突起S1c(マニア向けが続いています)
S1cは小さな領域です。でも問題の多いところです。
S1cは公式的にいえば肝門と下大静脈にはさまれた薄い領域です。で、問題です。S1cとS1liの境界はどこにしましょうか。S1cとS1rの境界はどうしましょう。S1cの右縁はどこでしょう。そしてS1cの付着するところはどこなんでしょう。すべて難問です。
まずS1cとS1liの境です。門脈本幹の左縁とします。門脈はS1cに固定されているわけではありません。動きます。動かすと圧痕のようになっています。この圧痕の左縁を境界にしているのです。この境界は下大静脈の左縁とは少しずれます。いいでしょう。下大静脈の左縁にすると不都合が生まれるのです。右肝管や右後枝に合流するB1liがS1cの中を走ることになります。気に入りません。ところで
S1cとS1rの境界は左右門脈分岐部の上縁から右門脈の上縁を背側にのばした面としています。根拠はありません。これといった目印がこれ以外にはないのです。
そして難問です。S1c右縁問題です。門脈右後枝の分岐部左縁から足側に垂直に伸ばした線としています。もっと右ではないか。ルビエル溝の背側足側で膨れている部分を含むのではないか。そう考えている人も多いと思います。わたしたちの見解は外科医に都合のよいものです。それだけのものなのかもしれません。でも、ルビエル溝の背側で膨れている部分の胆管枝が右肝管や右後枝に合流することは少ないです。6aあるいは6abに合流します。尾状葉らしくありません。
最大の問題はS1c付着部問題です。●落ち穂拾い(2)7cを読んでください。●S1l(最後のマニアものです)
S1lの半分近くは二枚舌です。これを意識してS1lは前後に分け、さらに上下に分けます。4つの領域があると認識してしまうのです。混乱を減らす知恵です。面倒ですが、S1las、S1lai、S1lps、S1lpiの4つです。
前後を分けるのは簡単なことが多いです。見えるままです。上下は二等分を基本とします。苦しいことがあります。S1lの中央を水平に走るように見える枝がときどきあるのです。組み立てて決めてください。門脈臍部が立ち上がっていたところを目安にしてもいいです。
全例で4つを同定できるわけではありません。1laと1lp、あるいは1lsと1liと命名する症例も多いです。症例に応じて命名してください。●ではやってみましょう
B1は細いです。細いテフロン針(V5のベニューラ)を使いましょう。肝門に追いかけてください。意外な結果が多いです。たぶん驚かされるでしょう。
とはいえ多数派はいます。B1la系は左肝管あるいはB2+3に合流することが多いです。合流する前にB1rの左のほうの枝と共通管を作ることが多いです。B1lp系はB1rの右のほうの枝やB1cと合流して右後枝に合流することが多いです。B1rの右のほうの枝は右肝管や右後枝に単独に入ることも多いです。いずれにしてもバリエーションは豊富です。
尾状葉の探索が終わったら胆樹を完成させます。●落ち穂拾い(1)・ルシュカ
胆嚢床と肝実質の境界あたりを走行する枝があります。ルシュカです。Stedman's MEDICAL DICTIONARY 25th Editionには、腹膜に覆われた胆嚢壁内のg;andlike tubular structuresと記載されています。これは何なんでしょうか。むかし何かの本で、胆嚢床を走り、胆嚢摘出の際に損傷すると胆汁瘻を引き起こすと読みました。今もそう思いこんでいます。
文献的にはルシュカはsubvesical bile duct (Luschka)となっていたりします。鋳型標本による検討では頻度は30%から50%と報告されています。ERCPや術中造影では1.3%です。どちらを信じましょう。
ネーミングの経験では100例の右葉切除系のうち4例に見つけています。左葉切除系では見つかっていません。そういう枝なんでしょう。なお、胆嚢の腹腔側の壁を走行する枝は1例もありませんでした。
亜区域からの命名でいきますと、ルシュカの多くは5bの小枝です。S5bから出て胆嚢床に入ってきます。そして右肝管あたりに合流します。胆嚢床だけという症例もあります。●落ち穂拾い(2)・7c
7cは幻の枝です。というか、名前が幻の枝です。候補となる枝は実在します。認知されるかどうか心配ですが。
S1c付着問題は昔からくすぶっています。6aにくっつくのでしょうか、7なのでしょうか。クイノーは肝全体を前方肝と後方肝に分けている、と二村先生に聞きました。摘出肝の胆嚢と肝円索で持ち上げたときに、上にくるのが前方肝です。S3456になります。後方肝はS1278です。となるとS1はS7に付着することになります。S6にはくっつけないのです。S7に連続することになります。本当にそうなのでしょうか。
S1cはルビエル溝と下大静脈に挟まれたあたりで後区域にくっつきます。ここはS7の一部なのでしょうか。S6aの一部なのでしょうか。ええい面倒だ、ここを7cにしてしまえ、とわたしは思っています。7はabd状態ですし。でも承認は得られにくいでしょう。この領域の門脈枝は6とか6aから出ることが多いです。まあ、こういう考えもあるということで。●癌をマーク
さあ胆樹が完成しました。胆樹に癌の進展範囲を書き込んでください。胆管枝の合流部位を目印に正確に書き込んでください。これも大きな目的のひとつでした。◆各論2・左葉S1切除の巻
●けっこう時間がかかります。
左葉の容積はたいてい右葉の半分です。ですがネーミングに要する時間は半分以上です。S4のせいです。S4はやっかいです。
S2S3内部は臨床上問題になることが少ないです。あまり詮索しません。でも細かく追求したら、いろいろ面白いことが見つかるでしょう。時間があったら調べてみてください。意外な発見があるかもしれません。●表面解剖
まずは横隔膜面を調べましょう。肝円索、鎌状間膜をチェックしてください。鎌状間膜が内側区域と外側区域を分けます。鎌状間膜はだんだん広がります。広がったあたりがS4cです。
次は腹腔面です。胆嚢床、胆管、左門脈断端、左肝動脈断端、小網付着部をマークします。肝円索がUPとつながるところも確かめておきます。UPはずいぶん短いのであるなあ、などとつぶやいてください。UPと肝円索が納まっているところは溝状になっています。臍静脈裂です。このために鎌状間膜付着部の下の肝実質は薄いです。
肝切離面も大事です。中肝静脈の圧痕があります。
最後は尾状葉です。左尾状葉、尾状突起をチェックです。そして下大静脈の圧痕を見つけてください。わかりましたか。この圧痕と中肝静脈の圧痕にはさまれたところが右尾状葉です。よくよく検討しないと中肝静脈の背側部分は分かりません。じっくりどうぞ。●肝静脈と門脈
左肝静脈の根部を見つけてください。そして肝野に追いかけてください。S4の中にはV4があります。たいていは中肝静脈に流入します。つまり切離面で途絶えます。鎌状間膜の近くを並走する静脈はFissural veinです。これは中肝静脈に入ったり、左肝静脈に入ります。
次は門脈系です。左門脈断端から始めます。左門脈の走行をおおよそ確かめます。ここでP2です。左肝静脈根部近くで左肝静脈の背側にいます。P2を同定したら肝門方向に追いかけます。左門脈からの分岐部がすぐわかります。P2分岐部の肝門側は左門脈です。肝円索側がUPということになります。続いてP3,P4を見つけてください。
追記です。この文章は何人かの人から「おかしい」といわれました。P2は左門脈から分岐するのではない、UPから分岐する、と。はい、そのとおりです。指摘を記念して訂正せずにおきます。●アランチウス管
UPの立ち上がり部分から心臓側に走行する索状物です。左肝静脈根部あたりや下大静脈に接続します。アランチウス管の長さは3cmくらいでしょうか。短いです。
小網はアランチウス管に付着すると思っています。でも、ずれているような症例もあります。どなたか調べてください。●外側区域
まずは簡単な外側区域から出発しましょう。
B2を追いかけます。書き込みはUPあたりまでにしておくと修正が少なくてすみます。
次は3aのグリソンです。左肝静脈を乗り越えるように走行しています。3aを同定したら、残りのグリソンはすべて3bとして扱います。S3aは小さい領域です。S3の半分の容積ということではありません。
B3aとB3bの共通管はB3とします。肝門側に追いかけましょう。B2と合流しますか?B4と共通管を作りますか?●3a3b問題
左肝静脈を乗り越えるグリソンが問題になった時に悩みました。abをどうしよう。
原則は腹側枝がaで、背側枝がbです。でもB3を側面像で検討してもすっきりしないのです。困りました。結局は、長く伸びた先が背側まで回り込んでいる、という理由で現在の命名にしました。そのはずです。記憶は都合よく整列するという話があります。違っているかもしれません。
決めてしまえばこっちのもの。3aが4cに似た走行をしていようが気にしません。
でも面倒が起きました。隣りの4a4bの名称と逆だったのです。4ではaが下枝で、bが上枝です。3ではaが上枝、bが下枝になってしまいました。外国の連中に説明するたびに詰問されます。
実はそんなにこだわってはいません。機会があれば交換してしまいたいと思っています。●B3南回り
B3は通常UPの頭側(心臓側)を走行します。ですが反対側、UPの足側を走行することがあります。25例に1例くらいの頻度です。覚えておきましょう。びっくりしないように。
合流形態にはいろいろあります。多いのはB2+4にB3が合流する型やB3+4の型です。B3a+2に南回りのB3b+4が合流した症例もありました。
B3を開くときには気をつけていましょう。ふつうはUPを切断してしまいます。でもB3が南回りですとUPを切らずに開けるのです。
まれにはB2+3がUPの足側を走行することもあります。ま、いろいろあるということで。●B2の最初の上行枝
B2の枝の中で唯一話題になる枝です。左肝静脈の背側を走行し、B2根部あたりに合流します。ときどき左肝静脈の心臓側の領域からやってきます。
なぜ話題になるのでしょうか。胆管造影でB1lsとの鑑別が難しいからです。
アランチウス管のUP付着部に立っていると思ってください。心臓側を見張っているのです。B1lsはアランチウス管の下を通ってB2+3とかB2とかに合流しています。よし。B2の小枝はアランチウス管より上に位置します。よし。では合流部位はどこでしょうか。B1lsの合流部の上流側です。アランチウス管の右でしょうか、左でしょうか。たぶん左です。でも、そうではないかもしれません。
では胆管造影で小枝がB2に所属するかどうか診断できるでしょうか。
仰臥位の造影像でアランチウス管を想定できます。B3本幹とB4本幹の間隙の中央から頭側に伸びるラインです。B1lsはこのライン、アランチウス管の左でB2やB2+3に合流することはありません。左で合流する枝はB2の小枝です。でもアランチウス管の右で合流してもB1lsではないかもしれません。
左側臥位にしてください。枝がB2本幹と同じ方向に向いたらB2小枝です。B2本幹より背側に位置していたらB1lsです。そのはずです。ま、重箱の隅ですが。●内側区域の主役たち
ここはやっかいです。なぜか細いグリソンが多いのです。特に4aはごちゃごちゃしています。
りっぱなグリソンがP4根部あたりから2本出ることが多いです。4a1+4bと4a2です。このほかに放浪する4cがいます。
胆嚢に近づくのが4aです。胆嚢から離れていくのが4bです。中肝静脈を乗り越える、あるいは乗り越えようとするのが4bです。先ほど書いたように、4a1+4bと4a2という形態が多いです。4bは一本のことが多いです。
S4cは鎌状間膜が広がっていくあたりに位置します。スライス面では中肝静脈と左肝静脈が合流するあたりになります。UPの心臓側です。この部位にグリソンを見つけたら門脈枝を探してください。そしてUP側に追いかけます。UPに直接合流するはずです。これが確かなP4c同定法です。
グリソンを同定したら、それぞれの胆管枝を追求してください。B4はB2+3かB3に合流します。たまに単独に左右肝管合流部あたりに合流します。左右肝管合流部という言葉は使えないのかもしれませんが。B4cの合流先はB4本幹、B2+3、B3と多彩です。●4c問題
左肝静脈根部近くの本幹と中肝静脈根部近くの本幹で形成される三角があります。この三角におさまっているのが4cといいました。では左肝静脈根部は4cと2に挟まれているのでしょうか。それとも3aと2にはさまれるのでしょうか。考えてみてください。
4cは鎌状間膜が広がるあたりといいました。右側で4bに接しているのはいいとして、左側はどこに接するのでしょう。3aでしょうか。
では4cの背側面はどこに接するのでしょうか。1rでしょうか。それとも4cは逆三角状になっていて1rとは接していないのでしょうか。時間に余裕があれば調べてみてください。●内側区域の端役たち
B4aは4本5本あるいはそれ以上あったりします。あんまり多いので個性的な枝に名前を付けました。B4qとB4uです。
B4qは胆嚢とUPの間で腹腔内に盛り上がっている部位の中を走ります。方形葉のqをいただきました。B4qはしばしば単独に左肝管に合流します。左肝管に合流するB4が2本造影されたら、肝門寄りに合流する枝は4qです。そう診断してまず間違いありません。
P4qはUP右壁から直接分岐することが多いです。UP右壁から出る小枝を処理したら、胆嚢とUPの間で腹腔内に盛り上がっている部位が変色した、そんな経験を持っている人は多いはずです。そこがS4qです。
B4uを命名したきっかけはERCPです。ERCPは腹臥位で造影を始めます。B4の枝がしっかり造影されます。90年代後半に、B4cと共通管を作ることがあるS4aの小枝に気がつきました。いくつかの標本で調べてみました。肝円索近くの実質の中を肝円索と並走する枝がたまにB4cに合流します。これでした。
初めは肝円索のtをとってB4tと呼んでいました。でも二村先生に臍静脈裂のuを使った方がよいと指摘されB4uとしました。その後の検討ではB4uの多くはB4本幹に合流しています。ときにB4cと合流するといった印象です。●B3u
B4uが誕生しましたので、対岸にB3uを作ることにしました。勢いです。これも初めはB3tと呼んでいました。
せっかく名前を付けたんだから調べておくか、ということになりました。驚きました。B4uと共通管を作ることがあるのです。鎌状間膜の下を横切るのです。たぶんB3u、B4u、B4cは同族なのでしょう。このあたりは今後の検討課題にさせていただきます。
P3u、P4uはUPのいきどまりcul de sacから触角のようにでています。掟を破るところは臍板の中かその近くのようです。●尾状葉
基本的には右葉切除系と同じです。でも左葉切除系では左下尾状葉が離れた形になっています。スライスの方向によっては、左尾状葉のグリソンの同定はやっかいです。難しいです。悩んだら組み立ててください。下大静脈の走行を基準線にして何度も検討するのです。グリソンを決定したら胆管枝の走行を追いかけます。
右尾状葉も難解です。うっかりしていると見逃してしまいます。中肝静脈の圧痕と下大静脈の圧痕にはさまれた部位です。同定したらグリソンを探してください。2本から3本あるはずです。●胆樹作成
ネーミングが終わったら胆樹を書きます。なぜ時間がかかったのであろうか、などと思いにふけってください。◆押し花法(絵を見たことのない人はスキップしてください)
●出発点
図を見ていただければ話は簡単です。分かっています。ここは文章で解説します。無理は承知です。
横長の時計を思い描いてください。12時から始めて3時間ごとに4つの領域に分けます。中心は左右肝管合流部です。左右肝管合流部のない症例では、たとえば右前枝と左肝管の合流部になったりします。臨機応変にいきましょう。中心から6時の方向に総肝管が伸びます。
12時過ぎから3時少し前までが尾状葉の領域です。3時から6時少し前までが左葉の領域です。6時過ぎから9時半までが前区域、9時半過ぎから12時ほんのちょっと過ぎまでが後区域です。頭前斜位で管球を極端に傾けた時のイメージに近いと思ってください。
亜区域枝は一軍と二軍に分けます。一軍は外周に出発点を置きます。二軍は少し内側に出発点を置きます。
一軍メンバーを左葉から発表します。時計回りに2、3b、4b、4aです。ご存じのように4aは4a1、4a2、4a3になることが多いです。すべて一軍です。次に右葉の一軍です。時計回りに5c、5b、5a、8a、8b、8c、6a、6b、6c、7a、7bです。4aの時と同じに、1、2が付いても一軍です。
二軍にいきます。尾状葉枝はすべて二軍です。左葉では3a、3u、4u、4c、4qです。右葉では8dと7dです。●領地
尾状葉の領域から説明します。12時過ぎから1時半くらいの間が右尾状葉の領土です。12時に近いほうから1r1、1r2、1r3と書き込みます。残りが左尾状葉と尾状突起の領土です。2時に1lsあるいは1la、2時半に1liあるいは1lpを入れます。1cは適当な空き地に入れます。線が交差しないところに置きましょう。
左葉です。3時から中心までB2を引きます。この線は途中から2+3になったり左肝管になります。4時にB3bです。B2とB3bの間にB3aを入れます。4時半あたりがB4bです。B4bはまっすぐ上に伸ばします。ここから6時までの間がB4aとB4qの領土です。B3bとB4bの間にB4cが入ります。そしてB3bとB4cの間にB3uとB4uを入れます。
嫌になってきました。どうしましょうか。・・・書くだけは書いておきます。
右葉前区域です。6時過ぎから7時半までがB5の領土です。5c、5b、5aを時計回りに書き込んでください。8時が8aです。9時が8bになります。8cは9時半です。8cと6aの間に8dを入れます。8bは右に水平に伸びて中心に到達します。途中でいろいろな運命が待っています。
最後に後区域です。10時から12時の間に6a、6b、6c、7a、7bを時計回りに入れます。7bは垂直に降ろします。7bのすこし右、1r1との間に7dを書き込みます。●線の引き方
順流式に引いてください。問題は交差です。なるべく少なくなるように押し方を工夫したのですが、どうしても交差が起こります。交差と合流は区別しないといけません。電気回路図と同じように、直線を乗り越える曲線で交差を示します。
一番の問題児は5cですね。たくさん交差します。●つらいところ
押し花法という名前にはつらいところがあります。胆管系はよくbiliary treeといいます。この文章でも胆樹として使っています。
困っています。樹をぺしゃんこにしても花ではありません。大問題です。そのうちに適切な名前を思いつけばいいんですが。◆ネーミング前のいろいろ
●取れたら勝負開始
さあ標本が取れました。さっそく受け取りましょう。術者に聞いてください。留意すべきことがあるかどうか。そして標本を標本整理室に持っていきます。●肝臓は柔らかく重い
このときに注意が一つ。肝臓の下には何も入らないようにしてください。ちょっとした物でもいけません。肝臓は柔らかく重いです。しっかり跡が付きます。一度へこむと戻りません。敵は多いです。膿盆、チューブ類、注射器、三方活栓といったところです。
まずは膿盆です。底に強度を高めるための溝(でっぱり、かな)が入っているものがあるのです。でっぱりに標本が当たって溝ができます。こういう膿盆は使わないようにしましょう。延長チューブとか注射器とかもへこみの元です。一番見苦しいのは三方活栓の跡です。
肝表面の溝は写真では大いに差し支えます。ネーミングに差し支えるほどのことは少ないです。でも気分のよいものではありません。注意しましょう。●ホルマリン注入(右葉の巻)
標本整理室で胆管と右肝動脈にカテーテルを留置します。PTBDが利用できる症例なら利用しましょう。胆管には50mlほどホルマリンを注入します。あちこちから漏れるはずです。派手な漏れは針糸で止めましょう。胆管には空気を入れないように。くれぐれも注意してください。
右肝動脈断端は総肝管の背側あたりにあるはずです。もちろん人によってばらつきます。慎重に捜索してください。断端を見つけたらカテーテルを留置します。
右肝動脈からは500ml以上を目安にホルマリンを注入します。50mlほど入れたら肝静脈の断端を解放します。右肝静脈だけでなく、右中や右下肝静脈も解放します。尾状葉静脈が分かれば解放してください。同定に自信があれば、肝切離面のV5やV8の断端を解放してもよいです。おすすめはしません。間違ってグリソンを解放したりすると、胆管から漏れることになります。知らずにいると標本の胆管造影の時にがっくりきます。
500mlくらい注入したら肝静脈から流出する液体の色を見てください。血の色があまりない状態なら終了です。肝臓もずいぶん硬くなっているはずです。
なぜ門脈から注入しないのでしょうか。たいていの症例で門脈枝塞栓術が施行されているからです。施行されていない症例では門脈から注入してもいいです。●ホルマリン注入(左葉の巻)
左肝動脈のバリエーションは豊富です。A2やA4が単独に切断されているかもしれません。A2+3とかが左胃動脈から出ていて断端が小網の中に埋もれているかもしれません。手こずったらあきらめましょう。あるいは色が変わらない区域があるようなら作戦を切り換えましょう。
左門脈から注入するのです。門脈枝塞栓術が施行されていないことがほとんどですから左門脈は使えます。癌で閉塞していますか?大丈夫です。テフロン針(ベニューラ)を押し込めば狭窄の先まで入ります。そこに注入してください。
量は右葉より少なくていいです。500ml弱が目安です。
胆管については付け加えることはありません。。●ホルマリンを動脈あるいは門脈に注入する目的
いろいろあります。
まず肝臓が固くなります。標本造影の際に体位をとりやすいです。柔らかいと肝臓を起こせません。ねじれたりします。不便です。
次に。2日後にはスライスできます。ネーミングは早くしないと印象が薄れてしまいます。経験を濃くするには手術後3、4日のうちに済ませるべきです。右葉切除系では動脈注入しないと固定2日後の肝臓内部はレア状態です。とても作業できません。
固定の状態もホルマリン槽に浸けるだけの固定より良好と思っています。だいじな胆管は動脈支配です。動脈から注入できれば理想的ではないでしょうか。
おまけです。「標本整理の取扱い方」で肝静脈にそって肝実質を切り開くと固定がよくなると書きました。これはホルマリンを大量注入してなかったころの方法です。今では肝実質は切り開いていません。
大量注入で固定は十分と思い始めたころに事件が続きました。右肝静脈を切開すると8bや5cが生き別れになるのです。あっさり方針を変更しました。そのころネーミングの精度が上がったのでしょう。生き別れに気付くようになったのですから。●動脈カテーテル留置のこまごま
ほとんどの症例で右肝動脈や左肝動脈を同定できます。とはいうものの左肝動脈ではカテーテル留置やホルマリン注入ができないことも多いです。
カテーテルは節付きがよいです。節の先を短く切って使えるからです。カテーテルを長く肝動脈に入れてはいけません。先端が小さな枝に入り込んだり壁に当たって十分注入できなくなることが多いのです。あるいはホルマリンが標本全体に行き渡らないという不幸に見舞われるかもしれません。節付きのカテーテルがないときは、側孔をひとつ開けて使います。●胆管切開
ホルマリン注入が終わったら、標本造影、写真撮影、スケッチ、胆管切開、写真撮影、スケッチと作業を進めます。ここではそれぞれの説明は省きます。「切除標本の取扱い方」を読んでください。
胆管切開についてひとこと。
右葉切除系では総胆管から左肝管にかけて開きます。右肝管は開きません。開こうと思えば右前枝くらいまで可能です。でも開きません。肝臓が変形してネーミングに差しつかえます。スライス標本で勝負しましょう。
なお右肝動脈には注意してください。だいじな血管です。生き別れにしないように気を配ります。
左葉切除系では悩みます。左肝管を開くかどうか。肝内に腫瘤を形成する症例では開かない方が無難です。左肝管癌と診断したら開いた方がいいかもしれません。標本造影や触診所見で決めてください。
開くとなったらB2やB3をUPの左3cmないし4cmまで切り開きましょう。ここまで開けばUPは切断されます。おまけです。B3を開く時にUPが切られない症例があります。B3の南回りです。たまにあります。●尾状葉を起こして固定
右葉切除系では注意することがひとつあります。尾状葉をそのままにしておいてはいけません。下大静脈圧痕をふさぐように屈曲して固定されてしまいます。下大静脈前面の結合組織とか肝被膜がひっぱるせいでしょう。
屈曲しているとネーミングで苦労します。起こして固定します。体の中にあった時のように起こしましょう。屈曲する力はけっこう強いです。静脈留置針(V3のベニューラ)の内針を3本使います。カテラン針では弱いです。負けます。
左葉切除系では尾状葉はあるがままにします。かまいません。左肝管を開いていると尾状葉と左葉は開いていた方が都合がいいのです。
そして胆管を伸ばして止めます。カテラン針を使ってください。短い針ですと固定の力が弱いです。ついつい深刺ししてしまいます。手元のプラスチック部が胆管を押しつけてしまうとまずいです。跡が付いて見苦しくなります。
門脈を合併切除した標本では門脈が輪状に近づくように針で固定します。筒状のものを挿入しておけばいいんじゃないかな?そう考える人もいるでしょう。いけません。筒の跡が残ります。癌による変形が変形します。
ここまで済ませたらホルマリン槽に沈めます。標本全体が浸かっていますか。左尾状葉が硫黄島のように飛び出していませんか。●スライスは2日後
1日目だとまだ赤みが強いかな、という印象です。3日とか4日でも大きな違いはありません。ですが、早くスライス面の所見を知りたいでしょう?手術や標本造影の記憶が鮮明なうちにスライスしたほうがいいですよ。ネーミングは後日になってしまってもいいので、2日目にスライスして写真撮影とコピーを済ませてしまいましょう。
遅くなるとまずいことがあります。1週とか2週経過すると色がくすんでくるのです。適度な赤みがあったほうが情報量は多いです。まだあります。遅れるほど標本整理は重荷になります。手抜き傾向になりがちです。負債が増殖しないうちにやってしまいましょう。●スライス(右葉の巻)
まずクリップを徹底的に取ります。ナイフの敵です。
さあ切ります。方向はどうしましょうか。第一候補は総胆管や総肝管の長軸に平行なラインです。第二候補は下大静脈に直角なラインです。この方向でスライスするCTと同じような面になります。癌の主座が総肝管とか右肝管でしたら長軸ラインがよいでしょう。主座が右肝管より奥にあるのならCT面がいいでしょう。
まずは病変の中心を通るスライスです。切ってください。PTPEがしてあるとコイルがじゃまするかもしれません。行くしかありません。力尽くで切ってください。あとは平行に5mm間隔でスライスしていきます。
と書くのは簡単ですが、実のところ5mm間隔はむつかしいです。右葉は厚いからです。ちょっと斜めになるだけでスライス標本が先尖りになります。ひどい場合には途中で剥がれたかっこうになってしまいます。慣れないうちは7mm8mmでも十分です。特にコイルがあるとナイフのコントロールは至難の技になります。厚めにいきましょう。●スライス(左葉の巻)
とにかくクリップを徹底的に取ります。
切る方向はどうしましょうか。第一候補は総肝管の長軸あるいは左肝管の長軸に平行なラインです。第二候補は門脈臍部に直角なラインです。左葉切除系では左葉とS1は開いて固定されます。下大静脈の圧痕は基準線にならないのです。
この方向は症例によっては前額断に近いかもしれません。CTと同じような面ではありません。左葉は薄いです。CTのように門脈臍部に平行にスライスするのは現実的ではないのです。
病変の中心を通るスライスから始めてください。左葉系では5mm間隔はむつかしくありません。中心部ではぜひどうぞ。●スライス面の性状
一様であることは少ないです。たとえばPTBDが効いていないところは緑っぽくなります。PTPEが効いているところはすかすかになります。ホルマリンの注入状況によっても差が出たりします。
尾状葉はほかの部位と違う色になることが多いです。1rと前区域、1rや1cと後区域の間、あるいは1rと4の間には境がよく出ています。注目してください。●写真撮影とコピー
主役スライス面を撮影します。詳しくは「切除標本の取扱い方」を読んでください。ここにもミクロコスモスが控えています。
それからコピーです。コピー操作ではどうしても標本にゴミがつきます。ゴミは写真の敵です。ですから撮影が先です。
コピーはA4です。カルテとか収納先のことを考えるとA4です。
右葉切除系ではスライスは多いです。当然コピーも多くなります。そういうもんだと思ってください。標本をあまり詰めすぎないようにします。ネーミングの結果を書き込むときに難儀するからです。余裕を持ってコピーしましょう。なお順番やコピー面を間違えないように注意してください。当然ですが。●コピーはたくさん
枚数はそれぞれ5枚から10枚です。どうしても必要なのはカルテ用と病理提出用の2セットです。このほかに主治医用、紹介元の先生用などが必要になってきます。コピーのコピーは質が落ちます。コピーは多めにどうぞ。◆ネーミングのこまごま
●コツ
二つあります。見えるグリソンは無視しない、これが一つです。真理は細部に宿ったりします。細くても理にかなった名前を付けてあげましょう。
もう一つは標本を組み立てて検討することです。標本は多かれ少なかれ斜めにスライスされています。このことは意識の外に行きがちです。そしてCTの面のように解釈し始めてしまいます。これが混乱のもとになります。悩んだら組み立てる、あれれと思ったら組み立てる、これが着実なのです。面倒でも組み立ててください。組み立てて大局的に見てください。謎が解けていくはずです。
おまけです。
ネーミングではグリソンあるいは胆管枝に名前をつけていきます。肝野に区域や亜区域の境界線を引くことは意図していません。その意味では気楽です。見えるものを相手にしていますから。●命名は断定から
胆管の境界をきっちり決めることはけっこう難しいです。太いとやっかいです。
たとえば胆嚢管開口部は点ではありません。楕円あるいは半月状です。幅を持っています。どうしましょう。決断するしかありません。人生観で決めてください。これはすべての合流部に当てはまることです。●肝静脈と門脈の見分け方
断端から追いかけていけば判定できます。でもそれでは芸がありません。
肝静脈の壁は薄いです。周囲に細い管を含んだ結合組織はありません。門脈と違い、ひとりぽっちです。この所見で涼しく診断してください。
とはいえ肝静脈はしばしばぺちゃんこになります。狭い白線になってしまうのです。時には拡張した胆管にへばりついて見えなくなってしまいます。こうなると静脈留置針(ベニューラ)で追いかけるしかありません。標本を折り曲げると内腔が現れることがあります。この方法は効率が悪いです。おすすめしません。標本が折れてしまうかもしれませんし。●肝内では胆管と門脈の間を動脈が走る
胆管枝だけを見ていては片手落ちです。門脈や動脈も見てあげましょう。
おもしろいことに動脈は胆管と門脈の間を走ります。このことを知っていると手術で役に立ちます。あるいはCTなどを見るときにも役立ちます。標本上で確認してください。
肝門部は例外です。左肝動脈は左肝管と左門脈の間を走るわけではありません。右肝動脈の後枝は多くの症例で右門脈の腹側を走行します。南回りです。●亜区域枝は細かく命名してしまう
グリソンが多い区域があります。S4aとS5です。なぜか多いです。
こういうところでは細かく命名しましょう。5a1、5a2、5a3というふうに名前を付けてしまうのです。この方法が結局は早道です。これとこれとはお隣さんなので全部5aだ、などとやっていくと簡単に破綻します。
番号は腹側から背側のほうに付けたり、右から左のほうに付けます。逆でもよいです。要は統一しておくことです。
検索が進んでいくと、ちょっとした不都合が出てくるかもしれません。不都合を受け入れるか、あるいは理屈をつけて修正するか。あなたの自由です。「なるべく簡単に」が基本です。できるものなら単純にしましょう。例をひとつ。もし5a3を5b1にすることが不合理でなく、この操作で記載が簡単になるなら変更しましょう。●5aがない7aがない
しかるべきゾーンを決めて、さて困った、ということがあります。主役のグリソンが見つからないのです。
よほど細いのかもしれません。じっくり観察してみてください。裏も探してみてください。見つかることがあります。
スライス面を誤解していて、たとえば8aに、たとえば6cに紛れているのかもしれません。標本を組み立ててもう一度5aとか7aを位置決めしてください。なお、5aの場合には肝切離面の関係で取り残されてしまったのかもしれません。グリソンの根っこはあるはずです。捜索してください。
それでも見つかりませんか。スライス標本が厚くないですか。厚かったらスライスを追加してください。●静脈留置針(テフロン針)を駆使します
ベニューラのV3とV5というテフロン針を使います。数本用意しておいて標本に留置しながら追いかけるのです。細い枝とか狭い枝はけっこうやっかいです。細いV5を駆使してください。
原則は順流です。肝門に向かってテフロン針を押し込んでください。
テフロン針がひっかかって通らないことがあります。標本の中で枝がカーブしているんでしょう。左手でテフロン針の真ん中をしっかりつまんでください。右手で接続部をつかんで右に引っ張ります。強引にどうぞ。左手はテフロン針をつまんだままです。あら不思議。テフロン針がカーブしました。これを使えば通らなかったところも通過します。ぜひどうぞ。
肝門板の近くになると胆管周囲の結合織が厚くなります。こういうところでは標本をあっちこっちに折り曲げてみてください。テフロン針が通ることがあります。B4aなどはUPの近くでほぼ直角に曲がったりします。この技を使って追求してください。●テフロン針による検索は非破壊検査ではありません
B1rの追求中にどっきりすることがあります。標本をひっくり返すとテフロン針の先端が実質から顔を出しているのです。目的の胆管は隣で知らぬ存ぜぬ状態です。細い枝に紛れ込んで実質に突き刺さったものと思われます。
仕方ありません。逆方向に追求してみてください。うまくいくかもしれません。うまくいかなかったら?あきらめましょう。こういう事故が起きるのは癌から離れたところです。細い胆管の中です。実害はないといってよいでしょう。自粛する必要はありません。気楽にいきましょう。
実害が出るかもしれないところもあります。癌の表層拡大部とその近傍です。テフロン針が粘膜上皮を削いでしまうかもしれません。ごっそり脱落させてしまったら進展範囲は診断不能になります。そっと探りましょう。テフロン針を乱暴に動かしてはいけません。心配なら視診で勝負するのも手です。●コピーへの書き込み
亜区域枝のネーミングはコピーに書き込みながら進めてください。効率がいいからです。忘れないうちに書き込みます。
赤ボールペンを使います。目立つからです。青や黒は使いません。
カラーコピーの表面はつるつるです。ボールペンが滑ってインクが乗らないことがあります。いらいらします。でもマジックインクは使いません。細いのならいいだろう?いいかもしれません。でもカラーコピーの紙はインクを吸収しにくいです。インクが乾く前にこすってひどい目に遭うかもしれません。
書き込みにもコツがあります。指示線がグリソンにかからないようにすることです。不用意に線を引かないように気をつけましょう。もう一つあります。指し示す対象に幅がある場合です。カギカッコを駆使して綿密に示しましょう。矢印で示すのでは不正確かつ不十分です。◆精神論と雑談
●心構え
ネーミングには時間がかかります。標本整理の最後を飾る大物です。覚悟してください。右葉切除系では90分は必要です。左葉切除系で60分程度です。正念場です。気合いを入れて検討しましょう。
具体的な忠告をひとつ。一人でやってはいけません。効率が悪いです。外科医にならなかった自分を空想し始めたり、ネーミングの意義を考察し始めてしまいます。もうひとつ心配なことがあります。思い違いの世界から帰還できないかもしれません。作業が進むうちに気がついて軌道修正できるよ、とお思いかもしれません。運がよければ間違いに気付くでしょう。でもネーミングの世界では、思い違いも貫徹すれば結果は破綻しないのです(あ自殺点か)。標本は抗議しませんから。
何人かでやっていれば集中できます。そして思い違いを回避できる可能性が高いです。仲間を集めてください。3人から5人くらいが適当です。●原則をもう一度
簡単です。実にシンプルです。まず亜区域枝を決めます。そして、その走行を追いかける、これだけです。
結果は複雑になります。ぐちゃぐちゃだがね、と思えるかもしれません。あきらめてください。そういうふうにできているのです。
この方法は胆汁の流れに沿っています。順流法と命名しました。逆に肝門から肝野に向かって追求する人も多いと思います。逆流法です。逆流法は亜区域枝や区域枝を検討するには不適当です。掟破りの多い胆管には通用しないと思ってください。
ところで、わたしは不思議に思っています。肝内胆管は門脈のまわりを好き勝手に走行しているようにみえます。なぜ網目状ではないのでしょうか。リンパ系は網目状です。肝外胆管は結局のところ一本になります。なぜ一本なのでしょうか。二本あっても不都合はなさそうです。単なる素朴な疑問です。気にしないでください。●「空書行動」の勧め
わたしたちは漢字を覚える時や思い出すときに宙に字を書きます。これには「空書行動」という名前がついています。これをしないと漢字を覚える力が激減します。思い出すことも困難になります。そういうデータがあるそうです。
あれ。そういえば。合流形態を考えたり説明するとき宙に胆管を描いていませんか。今までは無意識にやっていました。これからは意識的に空書してみましょう。
漢字文化圏の人はみんな空書行動をするそうです。われわれは肝内胆管の相手をするのに適しているのかもしれません。●順流法はその場しのぎの方法か
初めはそんな感じでした。ほかに方法がなかったのです。これで始めてしまおう、というのが正直なところでした。胆管合流形態の全貌が見えてくれば順流法は必要なくなるかもしれないとも思っていました。理解が進めば幾つかの型に分類できる、そして頻度を記述して一件落着、そう夢見ていたのです。何年かかるかは別の話です。
でも楽観論は徐々に消えていきました。ネーミングの経験を重ねても「いくつかの型」に収束しないのです。症例が増えると型も増える、そうとしか思えませんでした。
モノにできそうな方法は左葉、右前区域、右後区域そして尾状葉ごとに分類することでしょう。そして、左葉は2型、右前区域は5型、右後区域は1型、尾状葉は9型というふうに記載します。データはまとまるかもしれません。でも左葉が1型なら右前区域は3型がやや多く、右後区域に2型3型はほぼなく、尾状葉は好き勝手、ということを記述したところで無視されるでしょう。誰も使ってくれない分類になることは明らかです。
胆管は型分類を拒否しています。そう思えます。順流法を続けろ、と励ましてくれているようです。ここで思考が飛躍します。胆管合流形態はそのままが遺伝情報として格納されているわけではない、胆樹のような図面が遺伝情報になっているのではない、と思います。簡単なルールがいくつかあって、それに従って手あたりばったりに(失礼)作られるのでしょう。だからこんなに多彩になる、そんな気がします。●プロトタイプ論
5bが右前枝や右肝管に合流しない症例があります。5abになって8aとか8に合流するのです。こういう枝を見ると浮かんでくる考えがあります。本来の5bが発達しなかったのかな。5abとした枝は実は5aかもしれない。
プロトタイプを決める方法が成立するかもしれません。多数型をプロトタイプとしてしまうのです。そして、小さくても右前枝や右肝管に合流する枝を見つけて5bにします。ほかのバリエーションも同様に扱います。これなら「すっきり」するかもしれません。1000例くらい蓄積できたら考えてみますか。
でも実用的とは思えません。一番の問題は横断画像との整合性です。合わないと思います。見えるまま。これが最良なのでしょう。●掟破りの場
B8cとかB5cが右後枝に合流する、と聞くと多くの人はびっくりします。胆管が肝実質を貫く、そんなイメージを持つようです。そんなことはありません。
グリソンをじっくりながめてください。門脈と胆管のまわりには結合織が取り巻いています。この結合織は肝門に近づくにつれて厚くなります。この厚い結合織の中で掟が破られるのです。
こんなふうに考えてみてください。B8cは通常はP8cの前面を走行する。でも肝門に近づくときに左側から背側に回り込むものもいる。P8cの背側に行ってみると右後枝に近い。軌道修正するのも面倒だから右後枝に合流するか。何が言いたい?門脈枝との位置関係から考えると理解しやすい、という話です。
わたしたちが気づいた掟破りは肝門近くで起こっています。肝野では起こらないのでしょうか。おそらく多彩なドラマが演じられているのです。容易に観劇できないだけのことと思います。●下(もと)暗し
大きいグリソンの周囲がどの亜区域に所属するか決めづらいという話です。蛇足です。
右前枝の腹側には中肝静脈が走行しています。中肝静脈の左側は内側区域です。となると右前枝から右肝管の前面は内側区域ということになります。そうなります。では中肝静脈と右前枝に挟まれた領域はS4なのでしょうか。S5なのでしょうか。
門脈右枝が前枝と後枝に分かれるところがあります。この分岐部と右肝静脈にはさまれた領域にはどういう名前を付けましょうか。さあて。
幸いなことに、こういうところにグリソンがあることは少ないです。さしあたって問題になることはありません。暇があったら検討してみてください。●たたり?
B5cは肝門から離れたところでB8bやB8bcに合流することが多いです。B5c+8bやB5c+8bcを作ります。標本をながめていて不安になることがあります。
こういうときB5cはS8bの中を走っているのでしょうか。合流地点までS5cなのでしょうか。ちょっと見にはS8bの中を走っているように見えます。なんか不合理です。もし合流地点までS5cが広がっているとすると、B5c+8bは境界を走るのでしょうか。どうもそうは見えません。
似たことはあちこちで起こっています。気にしないことにしましょう。分けてはいけないものだったのかもしれません。●意義
ネーミングの意義は何でしょうか。
いくつかあります。解剖の理解が深まります。術前診断や術中診断をチェックできます。癌の進展範囲の肉眼診断結果を正確に記述できます。
解剖の理解?標本は胆管・門脈・動脈の位置関係を体得する最良の材料です。三つがそのまま見えるのですから。バリエーションの多い胆管の解剖を理解するには、門脈との位置関係を考えるのが早道です。標本は最適です。標本上で把握するくせをつければ、術前診断で深い読みが可能になります。ぜひどうぞ。
「正確な記述」について説明します。「左右肝管合流部から右肝管方向に3cm浸潤する」より「5a+8aと8bc+5cが合流する部位まで、右後枝に1r1が合流する部位まで、5b本幹には10mm浸潤する」の方が正確なはずです。術前診断と照合する際にも役立ちます。
標本は情報の宝庫です。解答そのもの、といってよいでしょう。調べないのはもったいないです。●面白いですよ、と
ネーミングはやってみると面白いです。スタートは単純です。肝野からちびちび始めるだけです。ところが肝門に近づくにつれてややこしくなります。それにつれて予想と違う合流が明らかになったりします。どんでん返し級の驚きです。細い枝の検索がきっかけになって謎が解けることもけっこうあるのです。よくできた探偵小説のおもむきがあります。
掟破りもそこそこ発見されます。こんなことがあっていいのかな、という合流あるいは走行が意外に多いのです。楽しんでください。ネーミングの歴史は掟破りを許容してきた歴史ともいえます。今では悟ってしまいました。たぶん胆管合流形態にタブーはないのです。多寡があるだけなのです。
亜区域枝まで同定した場合には、同じ合流形態の人はいないだろうと思います。MRCPがもっともっと精密になれば、個人の認識に使えるはずです。●肝臓占い
わたしには肝内胆管の合流形態にメッセージを読みとる能力はありません。でも「読める」人がいてもおかしくないと、気弱な時に思ったりします。これは意味のない多様さなのでしょうか。
古代には肝臓占いがありました。以下は佐原真氏の「騎馬民族は来なかった」(NHK出版)からの受け売りです。
肝臓占いは主に家畜を使いました。多くはヒツジでした。始まったのはバビロニアです。ヒッタイトからエトルリアに受け継がれてローマに終わります。「旧約聖書」にも肝臓占いがでてきます。バビロン王がエルサレムに対する戦いを肝臓で占っています。
古代オリエントのひとびとにとって内臓占いは神々の賜物でした。神自らがヒツジの体の中に前兆を書き込むのです。人はヒツジを解体して前兆を読み取りました。肝臓は知覚の宿るところと見なされていました。未来を映し出す鏡として肝臓は最適だったのです。
仔ヒツジの肝臓の形は千差万別です。読み取るべき前兆の種類は非常に多いことになりました。仔ヒツジの肝臓の各部分の特徴は初心者には覚えきれません。そこで教育用に粘土で肝臓をかたどって焼成した模型を作りました。ある模型では、表面を50区画に分け、それぞれの区画に前兆が書き込んであります。
さすがに胆管の合流形態では占っていませんでした。残念でした。●「naming」は通じる
わたしたちの教室には世界的に有名な外科医が数多くやってきてくれました。二村教授の名声のおかげです。何年か前にはロンドンのベンジャミン教授が3月ほど滞在していました。ネーミングに何回か付き合ってもらってから尋ねてみました。コノ作業ヲねーみんぐト呼ンドルンダガネ。オミャーサンニ通ジルカ気ニナルンダガヤ。教エトクリャース。
通じるよという返事でした。やれやれです。特にイギリスの男性にはピンとくると言ってました。兵役で銃の分解と組立をやらされるそうです。分解後に部品の名前をすべて言わないといけなくて、それをネーミングと呼ぶんだそうです。これと同じだ、と消耗した顔で教えてくれました。いい人でした。●hilum、hilus
肝門はhepatic hilumとか、hepatic hilusとかいいます。hilumとhilusはどう違うのでしょうか。The Oxford English Dictionary (second edition) on Compact Discで調べました。
hilumのほうが古い言葉のようです。たいへん小さいもの、種が枝(茎?)に付着するところといった意味が並んでいました。解剖学の「門」の意味もありますが植物学の用語のようです。
hilusには臓器が脈管系に接着するところ、脈管が臓器に入るくびれという意味が載っています。こちらが解剖学用語のようです。誰かが語尾をsにしたかったんでしょう。
ところでportaも「門」です。portal veinは門脈です。疑問が出てきます。肝門部胆管癌はhilar cholangiocarcinomaといいます。なぜportal cholangiocarcinomaといわないのでしょう。まあいいか。
クイノーは博学です。hilumはラテン語で豆の小さな黒点を意味し、広義には取るに足らないものを表す、そう述べています。さらに続きます。nihilはne hilumすなわち、ちっぽけなものさえない、という言葉に由来するそうです。●内臓逆位の右葉、Agossouの左葉
20年の間にはこんな標本もありました。
内臓逆位の右葉は患者さんの左横隔膜下に位置していました。右後枝とB3が南回りでした。それ以外は特に変わったところはありませんでした。胆管は手さぐりで成長するのでしょう。
なお、内臓逆位でない人でも右後枝とB3の両方が南回りだった人はいます。
Agossouは左葉の門脈本幹が右前枝からでている破格です。この患者さんは左葉切除の適応でした。右葉切除の適応になっていたら切除不能だったでしょう【Yamamoto H, et al:Resection of a hilar cholangiocarcinoma in a patient with absent portal bifurcation. Hepato-Gastroenterology 32:362-364, 2000】。
不思議なことに左葉の胆管はごく普通の走行でした。左肝管は門脈に伴走していませんでした。そういうもんなんでしょう。◆内輪の歴史
●通史
80年代初めだったと思います。二村先生が国立がんセンターでの講演から帰って一言。がんセンターでは肝臓の区域に番号を付けて呼んでいるぞ。その頃わたしたちはAS(S8です)とかAI(S5)といった名前を使っていました。のんびりした時代だったのです。1984年には高安先生の論文がでました。ここから亜区域枝との戦いが始まりました。【高安賢一、森山紀之、村松幸男、ほか:臨床放射線学的、肝内門脈の脈管構築の検討とその有用性について.日本消化器病学会誌 81:56−65:1984】
といっても、最初から亜区域枝を調べようとしたわけではありません。
二村先生はその頃も肝門部胆管癌や肝門に浸潤した胆嚢癌をせっせと切除していました。そういう標本を相手に標本整理に明け暮れていました(おおげさです)。知りたかったのは肝門部胆管の解剖です。肝門で癌がどういうふうに浸潤しているかを調べるには、肝門部の胆管を正確に同定し記載しないといけません。肝内にはあまり興味はありませんでした。
でもすぐに悟りました。肝門部の胆管を検討していると、区域枝レベルの名前では間に合わないのです。AS、AIといった名前では破綻します。もちろん番号だけでも同じことです。それで本幹(に見えた枝)以外の目立つ枝をAS’とかAI’と命名しました。苦肉の策です。小手先の技でしのごうとしたのです。だめでした。
一番困ったのは症例によってAI’やAS’が異なった枝を示してしまうです。ある症例では5bが単独で右肝管や右前枝に合流します。AI’と命名します。別の症例では5cが目立つので、これをAI’にします。一例一例では完結しています。矛盾はありません。すっきりしたもんです。でも幾つかの症例をまとめて考えると大混乱です。もちろん合流形態がややこしい症例では’や’’で溺れてしまいます。亜区域枝システムは大歓迎でした。
80年代の終わりには「亜区域枝から考える」ようになっていました。徐々にそうなっていったんだと思います。変な言い方ですが。【神谷順一、二村雄次、早川直和、ほか:亜区域枝から考える---胆道外科の立場から.胆と膵 15:51−56、1994】
順流法にはもう一つ意味がありました。術前画像情報と術中所見・切除標本所見を混乱なく一致させたいという願望もかなえられたのです。これで診断や手術の精度が向上しました。幸福な時代でした。
90年代に入って合流形態の記録を考えるようになりました。ようやくです。それまでは、おおそうだったのか、とか、やっぱりこうだったか、で終わっていました。コピーにはいろいろ書き込んではいました。それだけでした。大馬鹿者でした。
押し花方式は頭前斜位の画像がヒントでした。1990年から1992年にかけてのことです。交差がもっとも少ない方法と思っています。ですが交差問題が解消したわけではありません。3次元記録が容易になる時代を夢見ています。●B1の早川分類
早川先生、二村先生がB1r、B1ls、B1li、B1cという名前を作りました。1987年の論文で初めて出てきます。ERCを集めて検討し、この名前を創出したのです。【早川直和、二村雄次、神谷順一、ほか:尾状葉胆管枝のX線学的検討--内視鏡的逆行性胆道造影像について---.日外会誌 88:839−844:1987】
高安分類では尾状葉門脈枝を1r−sup、1l−sup,1l−med,1r−infと分類しています。それぞれ早川分類の1r,1ls,1li,1cに相当します。ま、そういうことで。●S1は発生学的に新しいとクイノー先生は言った
1993年2月13日にクイノー先生が名古屋にやってきました。日本消化器外科学会総会に招待されて来日されたのです。医局でネーミングのポスターとか症例のポスターを見てもらって議論しました。わたしたちが7dと呼んでいる領域はS1なのかS7なのか、とか。
クイノー先生は博学でした。そこで質問しました。なぜ尾状葉はこんなにバリエーションが多いのでしょうか。尾状葉が発生学的に最も新しいからだ、との返事でした。【COUINAUD 肝臓の外科解剖 p12】新しいとバリエーション豊富になるんだそうです。
多くの症例でS1lに切れ込みが見られます。二枚舌になっています。ほかの区域には切れ込みはこれほど高率には存在しません。あっても散発的です。新しいが故の所見なのでしょうか。●3a3b
高安分類に3a3bはありません。1988年9月の症例で金井先生が命名しました。PTBD瘻孔部癌再発の症例でした。3a3bを命名するとPTBD穿刺部を簡単に記載できるのでした。その後に右葉切除系の術後胆管造影で、B3aが縦に走行していて目立つことに気がつきました。そして定着しました。●4dorと4c、6*と6c
1991年8月に略語を少し変更しました。二村先生の発案です。4dorを4cにして、6*を6cにしました。動機はほかの略語と統一したいということです。
高安システムは門脈のものです。胆管に移植したら少し変えてもいいですよねえ、などといいわけしておりました。しばらくは律儀に門脈ではP4dor、P6*などと命名していました。でもすぐにP4cやP6cになってしまいました。特に4cでは、4dorより4cのほうが簡単でしたから。●5c
高安分類に5cはありません。正確にいいます。シェーマに5cはありません。本文に「腹側から腹側枝a、腹側枝bとし、その数が増えれば5cとする」とあります。読み直して驚きました。5bも腹側枝だったのですね。いろいろ誤解しておりました。
1990年3月の症例で梛野先生が初めて使いました。PTBDを7本入れた症例です。5cが目立つ症例でした。それまでは5b2などと呼んでました。小手先の修正でしのいでいたわけです。旧来の風習・伝統を重んじ、それを保存していました。ヒトの常であります。でも、この症例が前例となり抵抗はなくなりました。
なぜ付け加えたのでしょうか。ネーミング歴も10年以上になっていました。S5を3亜区域に分けると苦労が減ることを悟ったのです。二分法は何かと不都合でした。
5aには8aと仲がいいという性質があります。5bと共通管を作ることも多いですが、好みは8aのようです。5bは単独に右前枝や右肝管に合流したがります。5cは8bとか8bcが好みです。こういう連中を2群に閉じ込めようとすると苦労が耐えません。実際そういう80年代でした。
ところで。5cを付け加えた結果S5とS8でbとcが入れ替わってしまいました。S5ではbが背側枝でcが外側枝、S8ではbは外側枝でcは背側枝です。今さら変更できません。あきらめてください。●7d
なぜ7cがなくて7dがあるのでしょうか。先輩の8dと同じように内側に傾くのでdを襲名したのです。この所見は胆管造影像でよく分かります。7dはクイノーの背側区域の門脈枝の分類で<<d>>型に相当します。偶然です。
きっかけになった症例がありました。1990年11月のことです。術前には1rが目立つ症例と思っていました。標本造影で意外なことが判明しました。1rと思っていた枝が右肝静脈の背側を走行するのです。こうなると盛り上がります。念入りにネーミングしました。
問題の枝はやはり右肝静脈の背側に位置していました。肝門に近づくにつれて1rのような走行態度をとり、1cと合流してP+8cに合流していました。
そこで右肝静脈のすぐ背側に目を凝らしてみました。たいていの症例で見つかります。7dとしました。でも、きっかけ症例ほど華々しい症例はまだありません。ありがたいことです。●亜区域枝シェーマの歴史メモ
最初に亜区域枝のシェーマを作ったのは1989年4月頃です。どうもそのようです。3aと5cはありません。4cは4dorで、6cは6*でした。
第二版は1991年8月に作っています。5aと5cが別々に8abに合流しています。いけませんね。しばらくして焦りだしました。シェーマと同じ合流形態の症例に遭遇しないのです。現実には存在しない合流形態を作ってしまったようです。「理想合流」の誕生です。ははは。
第三版は1998年11月頃のようです。5aが8aに合流し、5cは8bcに合流しています。いいとこ取り、多いとこ取りの合流形態です。より現実に近づいたはずです。なのに、なかなか遭遇しません。そういうものなんでしょう。●提案です
7、8年前(たぶん)の話です。二村先生が何気なく言いました。abcの名前を統一できないか。8と5、6でabcがねじれているのを直せないかなあ。そういうことでした。
その時は、われわれが決めたものではないですからねえ、と答えました。腹側からabcという理屈に捕らわれていましたし。なんでそんなことを言うのかな、とも思ったものです。
研究室にはたくさんの外科医がNagoya Methodを勉強に来てくれました。外国からもちょくちょくやってきました。彼らにabcの説明をすると、よく尋ねられました。なぜabcが5と8で違っているのか。そういうことだったのです。
確かに覚えにくいと思います。初めて肝内胆管の解剖を勉強する人にとっては忌ま忌ましいことでしょう。3と4でも似たことが起こっています。妥協します。腹側からabcという原則にはこだわりません。ねじれを解消しましょう。こんなことで入門者が減っては悲しいですから。
提案です。
5、6、8ではすべて
a:腹側枝
b:背側枝
c:外側枝
3、4では
a:下枝
b:上枝
にしましょう。ですから8aが前上腹側枝、8bが前上背側枝、8cが前上外側枝になります。8bと8cが入れ替わるわけです。3も変わります。3aが外側前下枝、3bが外側前上枝になります。さて。どう行動を起こしたらいいんでしょうか。◆改訂の履歴
●2003年1月
「てにをは」や「、」を少し変更し、以下を追加しました。
◆各論1・右葉S1切除の巻●8b無用論
◆各論2・左葉S1切除の巻●3a3b問題
◆精神論と雑談●hilum、hilus
◆内輪の歴史●提案です