精神障害の臨床研究,疫学研究,病因・病態生理研究を実施しています.

統合失調症,うつ病・双極性障害,認知症,摂食障害,自閉スペクトラム症,認知症などの多様な精神障害の診断・治療法や病因・病態を,bio-psycho-social(生物・心理・社会的)な観点から研究しています.

目次

1.臨床研究

現在利用可能な精神医学的診断・評価法や薬物・心理社会的治療法を,生物・心理・社会的側面から再検討して,特性を明確化し,最適の診断・治療を患者さんに提供することを目標にしています.

対象疾患

統合失調症,うつ病・双極性障害,自閉スペクトラム症,摂食障害,不安症,身体症状症,認知症, 睡眠障害

2.疫学研究

精神疾患の発症頻度と発症に関与する生物・心理・社会的因子を特定することによって,以下の臨床的活用を目指します.

  • ある集団の診断において「どの疾患の可能性が高いか」
  • 二次予防(早期発見による早期治療)の際に高リスク群を同定
  • 一次予防(発症予防)のため,発症危険因子を同定

実施している具体例

  • 周産期メンタルヘルス:心理社会的要因を加味した妊産婦の気分変動に関するゲノムコホート研究ならびにその児の発達に関するコホート研究
  • 産業衛生:職域のうつ病の疫学的研究と早期発見の手法開発・介入研究
  • 歯科口腔外科患者・がん患者・移植患者・心不全患者に生じるうつ病・不安症の疫学や治療法の研究
  • 摂食障害の疫学:摂食障害の有病率や,発症に関わる心理社会的因子,さらに自閉スペクトラム症との関係を明らかにするための疫学研究
  • せん妄などの精神病理/精神薬理学的疫学研究

3.病因・病態生理研究

精神障害の克服に向けて,臨床研究および基礎研究の間で連携を図り,各領域において得られた研究成果を双方向的に照合することで,病因・病態に基づく心理社会的介入法,根本的治療法,予防法の開発と,その臨床試験の実施を目指しています.
 具体的にはオミックス解析,ゲノム解析,ゲノム解析結果に基づく遺伝子改変モデル動物の解析,患者由来iPS細胞から樹立したモデル細胞の解析,神経画像(MRI, NIRS)解析,死後脳解析,を実施しています.

対象疾患

統合失調症,うつ病・双極性障害,摂食障害,自閉スペクトラム症,認知症, 睡眠障害

4.研究の具体例

いずれも名古屋大学医学部倫理委員会で検討され,承認を受けた事柄に則り,患者さんの意向を大切にして,個人情報を守りながら実施しています.

1) がん患者や移植患者の精神医学的側面に関する検討

がん患者や移植患者の精神医学的側面に関する検討

がん患者や臓器移植患者は,うつ病,不安症,せん妄などの精神医学的疾患の合併率が高い点を考慮し,頭頸部がんのため拡大手術を受ける患者,血液がんのため造血幹細胞移植を受ける患者,肝移植・腎移植のドナーおよびレシピエント,補助人工心臓の植込術や心移植を施行する患者を対象に,抑うつ・不安に関連する因子を含む様々な心理社会的因子について検討することで,これらの患者の精神医学的疾患合併の早期発見・早期介入を目指しています(図3).

2) 歯科領域の疼痛性疾患の生物心理社会的研究

歯科領域の疼痛性疾患の生物心理社会的研究

歯科領域の疼痛を訴え,情動,認知が強く影響されていると判断される患者を対象に前向きコホート研究を行っています.構造化面接(SCID)により診断し,治療前後に疼痛および抑うつの評価を行い,人格傾向・ソーシャルサポート・養育体験を含む心理検査,温冷刺激による疼痛閾値評価および血液を取得し,疼痛刺激応答機構の破綻により誘発されるストレス関連疾患の病態解明から,より良い治療法・診断法の開発を目指しています(図4).

3) 脳の個人特性を踏まえた運転技能の理解

脳の個人特性を踏まえた運転技能の理解

自動車の運転は,我が国で社会生活を実施する上で重要な要素です.しかし,運転技能に関わる脳機能は明確化されず,精神障害(うつ病,認知症など)患者,向精神薬服用時には,添付文書の記載等により自動車運転が規制されています.そこで,精神障害,向精神薬,加齢が引きおこす運転技能・認知機能の変化を明確化し,添付文書の記載内容の適正化,職場復帰の支援・予測・交通事故防止,認知リハビリテーションの開発,さらに精神疾患患者・高齢者に優しい自動車開発への証左を得ることを目指しています(図5).

4) 神経性やせ症の神経回路病態解明

神経性やせ症の神経回路病態解明

神経性やせ症は,死亡率も高く,慢性化する場合も多い,重篤な精神疾患です.しかし,その病態は不明で,有効な治療法もないのが現状です.神経性やせ症の特徴として,自己の身体像イメージが極端になっていること, 症状の背景には摂食に関連する脳や身体臓器に関わる分子や遺伝因子が関与していることがあげられます.これらに着目して,人格傾向や養育体験などの心理社会的因子とともに,神経画像(MRI,NIRS)解析,ゲノム解析,神経心理学的指標の測定, 生理活性物質の測定,体組成と臨床指標の関連解析,腸内細菌叢の解析などを通して神経回路病態を解明し,より良い治療法の開発を目指しています(図6).

5) 妊産婦とその児を対象とした前向きゲノムコホート研究

妊産婦とその児を対象とした前向きゲノムコホート研究

うつ病のなりやすさには男女差があり,女性は男性の2倍,うつ病になりやすいといわれています.とりわけ妊娠中や出産後は,一生の中でもうつ病になりやすい時期です.妊産婦がうつ病になると,妊産婦のこころの健康に加え,日々の生活や育児にも影響が及びます.我々は,従来の研究手法に加えて,エピゲノムの解析やAI解析などの手法もとり入れ,前向きゲノムコホート研究を行うことで,遺伝要因と環境要因の両方を検討し,これらの要因と妊産婦のうつ病との関係を明らかにすることを目指しています(図7).

6) オミックスによる統合失調症,双極性障害,自閉スペクトラム症の診断法開発を目指した研究

オミックスによる統合失調症,双極性障害,自閉スペクトラム症の診断法開発を目指した研究

統合失調症や双極性障害は発症後,数年で病勢が進行すると考えられていますが,診断に有用な検査法がないため治療的介入が遅れ,その結果,難治化している症例が少なくないのが現状です.また,自閉スペクトラム症は的確な診断と評価がなされず,利用可能な治療・療育が適切に為されていない場合が多く,さらに,現在の治療・療育の効果にも限界があります.そこで,統合失調症・双極性障害・自閉スペクトラム症の病因・病態を特徴づける分子を,オミックス(網羅的ゲノム解析と網羅的発現解析)によって同定し,分子レベルから診断体系を組み替え,早期かつ的確な診断検査法の開発に繋げることを目指しています(図8).

7) 精神障害克服を目指すゲノム解析を起点とした基礎・臨床連携研究

精神障害克服を目指すゲノム解析を起点とした基礎・臨床連携研究

統合失調症・双極性障害・自閉スペクトラム症は,いずれも長期の治療・療育が必要で,現在,十分な効果をあげることが出来ていない精神障害です.したがって,その病因・病態を解明して,根本的治療法,予防法を開発することが求められています.我々は,ゲノム科学,神経科学,情報科学の手法により,1. 患者ゲノムの解析,2. 1.の結果に基づく遺伝子改変モデル動物の解析,1.の結果に基づく遺伝子変異を有する患者由来iPS細胞から樹立したモデル中枢神経系細胞の解析,などを実施しています.これらの知見を統合し,基礎研究と臨床研究の連携により,精神障害の克服を目指した研究を実施しています(図9).

8) ヒト脳組織研究ー臨床診断の精度の向上へむけて

ヒト脳組織研究ー臨床診断の精度の向上へむけて

精神障害の臨床的な診断は,臨床症状とMRIなどの神経画像情報や,認知機能検査等の心理検査などを総合して行っています.しかし特に認知症では,現在でも診断を確定するには,脳の病理組織の観察が必須です.したがって,臨床診断の正確さを高めるためには,ヒト脳組織を対象とした神経病理診断の蓄積し,二つの情報を照らし合わせ,統合することが求められます.さらに,統合失調症・気分障害などの精神障害も脳に病態があることは確かであり,病態解明にヒト脳組織の検討は欠かせません.以上の観点から,ヒト脳組織解析による検討を実施しています(図10).

9)精神疾患横断的な脳画像・視線解析を用いた検討

精神疾患横断的な脳画像・視線解析を用いた検討

脳画像研究:主にMRIを用いて,精神疾患の病態解明や,診断補助・治療の効果判定・予後の予測などを目標とし研究を行っています.また,脳の構造や機能と認知機能,眼球運動などの臨床データとの関連も検討しています.
視線解析研究:アイトラッカーを利用し,移動する点や画像を見ているとき,作業をしているときの視線を記録し,精神疾患の中でも特徴的な視線移動を示す症例の研究を行っています.脳画像研究をはじめとする当科の様々な研究と連携して進めています(図11).

10)精神疾患横断的な睡眠ポリグラフ検査等を用いた検討

精神疾患横断的な睡眠ポリグラフ検査等を用いた検討

睡眠の障害は,様々な疾患を引き起こすことが知られています.睡眠の変化はその他の臨床症状に先行することが多く,その悪化や改善はうつ病の治療経過を見るうえで臨床的に有用な指標と考えられています.簡便で負担なく,自宅でも検査可能な睡眠モニターについて睡眠ポリグラフと比較検討しています.高齢になって精神症状を呈した患者さんを対象に,レム睡眠行動障害あるいは睡眠ポリグラフ検査上の必須所見であるREM sleep without atoniaに注目することで,レビー小体病の鑑別診断の可能性について検討を行っています(図12).

・各研究グループ
以下の研究グループに分かれていますが,グループ全体で“精神科ユニット”を構成し,共同して指導と研究を実施する体制をとっています.

研究グループ 専門分野・研究テーマ 教員名
精神生理・神経生化学 ゲノム医学を活用した統合失調症,うつ病・双極性障害,薬物依存,発達障害の病態生理研究
統合失調症,うつ病・双極性障害,摂食障害,認知障害の神経画像・認知科学的研究
統合失調症,うつ病・双極性障害,睡眠障害の臨床薬理学的研究
うつ病・双極性障害,不安症の養育体験,人格特性の研究
うつ病・双極性障害,睡眠障害の疫学研究 (ゲノムコホート研究を含む)
職域における精神障害の疫学的研究と早期発見の手法開発および介入研究
せん妄などの精神病理/精神薬理学的疫学研究
池田 匡志
尾崎 紀夫
稲田 俊也
Branko Aleksic
岩本 邦弘
髙橋 長秀
森 大輔
久島 周
山本 真江里
木村 大樹
立花 昌子
加藤 秀一
名和 佳弘
有岡 祐子
宮田 聖子
奥村 啓樹
精神療法 精神力動的精神療法・精神分析的精神療法に関する臨床研究
コンサルテーション・リエゾン精神医学(頭頸部がん領域,造血幹細胞移植領域,肝移植領域,腎移植領域,心臓移植を含む循環器領域,歯科領域の疼痛性疾患,緩和ケア領域)の臨床研究
木村 宏之
徳倉 達也
認知症・神経病理 老年期精神障害の臨床的研究,認知症高齢者の病態研究
老年期精神障害及び統合失調症の神経病理学的研究
藤城 弘樹
鳥居 洋太
岩田 邦幸
精神病理 摂食障害の臨床研究
精神疾患全般および、社会的ひきこもりなど疾患周縁の精神病理と精神療法、記述的症例報告に基づくclinical case conference
ガイドラインの普及に関する研究
小笠原一能
児童 児童青年期精神医学,周産期精神医学に関する臨床研究ならびに生物学的研究全般
特に,発達障害の生物学的病態(遺伝,認知機能,神経生理)と診断・評価・介入に関する研究と治療反応性に関する研究
自覚的な自閉症傾向,注意欠如・多動症特性とうつ症状に関する研究
精神科領域における遺伝学的検査と遺伝カウンセリングのニーズに関する研究
髙橋 長秀
加藤 秀一
名和 佳弘

国内・国外で交流のある研究室

国内:

  • 名古屋大学 大学院医学系研究科内
    医療薬学(山田清文)
    神経情報薬理学(貝淵弘三)
    神経遺伝情報学(大野欽司)
  • 名古屋大学 環境医学研究所
    発生遺伝分野(荻朋男)
    神経系分野(竹本さやか)
  • 学外
    名城大学薬学研究科(野田幸浩)
    藤田医科大学 精神医学教室(岩田仲生)
    東京大学医学系研究科精神医学教室(笠井清登)
    新潟大学医学系研究科精神医学教室(染矢俊幸)
    富山大学医学系研究科精神医学教室(鈴木道夫)
    順天堂大学医学系研究科精神医学講座(加藤忠史)
    理化学研究所(吉川武男)
    東京都医学総合研究所(池田和隆,糸川昌成)
    広島大学医学系研究科精神医学教室(山脇成人)
    国立精神神経医療研究センター精神疾患病態研究部(橋本亮太)
    九州大学医学系研究科精神医学教室(中尾 智博)
    国立精神神経研究医療センター第三研究部(功刀浩)
    国立生理学研究所心理生理学研究部門(定藤規弘)
    慶應大学医学部生理学教室(岡野栄之)
    愛知学院大学歯学部(栗田賢一)
    中部大学生命健康科学部(野田明子)
    東京大学大学院新領域創成科学研究科(森下真一)
    大阪大学大学院薬学研究科(関山敦生)

国外:

  • Laboratory of Neurogenetics, National Institute of Alcohol Abuse Alcoholism, USA, (David Goldman)
    Department of Psychiatry, Mount Sinai School of Medicine, New York, USA (Joseph Buxbaum)
    Department of Psychiatry, Johns Hopkins University School of Medicine, Baltimore, USA (Akira Sawa)
    Centre for Neuropsychiatric Genetics and Genomics, Department of Psychological Medicine and Neurology, School of Medicine, Cardiff University, UK (Michael J Owen, Michael C O'Donovan)

国内・国外へ留学希望者に対する取扱い

  • 国内外の研究施設と多くの共同研究を行っており,留学を希望する場合は,これらの施設を中心に行っています.各人のご希望について相談に乗ります.