教授挨拶

こじま    せいじ
小島  勢二

名古屋大学大学院医学研究科
健康社会医学専攻 発育・加齢医学講座
小児科学 / 成長発達医学
教授

 

 

 

 

 

「10年を振り返って」        

 

 

 はやいもので、私が2002年に名古屋大学小児科教授に就任してから、10年の月日が流れました。就任当時は、大学内さらに小児医療全体に改革の嵐が吹き荒れていました。その後に大きな影響を与えた出来事だけでも、国立大学の独立法人化、卒後臨床研修制度の必修化、小児科学会による小児医療提供体制の提言等があります。とりわけ、医学界における封建制度の象徴としての“大学医局”には逆風が吹いていました。名古屋大学小児科も例外でなく、従来10〜15人の新入局者を迎えていましたが、2006年、2007年には各3人と激減してしまいました。大学医局への求心力の低下に対して、医局制度について話合う場として、2004年には、“名古屋大学小児科に期待すること”、2005年には“名古屋大学小児科の研究の更なる発展のために”2006年には”医局の功罪、名古屋大学の場合“、2007年には”名古屋大学小児科の次なる100年のビジョン〜開講100周年をむかえるにあたって“と、毎年、同門会の当日にパネルデイスカッションを開催しました。長期にわたる話合いの末の結論は、以下にまとめられます。1)医局制度は、地域医療の充実、若手医師の育成、医学研究の推進に貢献しており、何らかの形で維持し、次世代に引き継ぐ必要がある。2)一方、医療や卒後教育を取り巻く環境が変化したことに合わせて、医局のあり方も変えていく必要がある。

こうした結論が得られた時期と名古屋大学小児科が開講100年を迎える2009年とが一致したのは、後から振り返れば幸いでした。100周年を単なるお祭り騒ぎに終わらせないために、新たな100年を迎えるためのプロジェクトをいくつか企画しました。プロジェクトの内容は1)卒前・卒後教育、2)若手小児科医師のリクルート、3)人事委員会の新設、4)子育て女性医師支援、5)愛知県の小児医療への対応。愛知県4大学合同研修プログラム、6)国際交流、7)研究基盤の整備、8)財政、9)広報、ホームページによる名古屋大学小児科の情報公開、の多岐にわたります。主にこの10年間に掲載された同門会会報のデータをもちいて、この10年を振り返ってみたいと思います。


1) 入局者数(図1)
 卒後臨床研修制度の必修化にともない入局者数は激減しましたが、
  1)卒後臨床研修委員会の立ち上げ、
  2)毎年の名古屋大学小児科卒後研修プログラムの発行、
  3)研修医を対象とした初心者向け勉強会の開催、
  4)子育て支援制度の創設などの努力が効を奏し、
最近は20名前後の安定した入局者がみられています。ちなみに、2013年の新入局者は23人です。

 
2)関連病院数、同門会会員数
 小児科学会が提言する小児医療提供体制の改革ビジョンにあわせるべく、今後の体制について、関連病院部長会、小児科学会東海地方会で議論を重ねた結果、関連病院は43から38に減少しています。
しかし、同門会会員数は、この10年間で100人の増加がみられ、2012年には600人を越えています。このうち、260人を越える会員が、現在、名古屋大学や関連病院に勤務しています。


3) 英文論文、国際学会発表(図2.3)
 年間70前後であった英文論文数も100を越えるまでに増加しています。また、国際学会の発表数も急増しています。公的研究費がとれない時期が続き研究の遂行に苦労しましたが、研究費の獲得額は2008年を底に増加しています。とりわけ、文部科学省からの大型研究費により、細胞療法をすすめるためのセルプロッセッシングセンターが整備されたことや、厚生労働省の大型予算により、次世代シークエンサーをもちいた遺伝子研究が可能になったことは大きいと考えています。
 


 
4)名大病院における診療実績(図4)
 国立大学の独立法人化を機に大学病院も従来の“親方日の丸”から、経営を重視する姿勢がみられるようになりました。幸い、小児科病棟は,関連病院からの紹介で常に病床稼働率は100%を越えています。この間、1)Medical ICUの創設、2)総合周産期母子医療センターの指定にともなうNICU, GCUの増床がおこなわれ,診療環境の充実が図られました。今年になって、全国でもトップの評価を得て、小児がん拠点病院に選ばれたことから、小児がん治療に関する設備も充実される予定です。
さらに、今秋には、念願の小児患者家族の宿泊施設であるマクドナルドハウスが完成します。

 

 
 振り返ってみれば、日本の医療全体が混乱したこの10年を、幸い,名古屋大学小児科は乗り切ったようです。就任当時は、行政やマスメデイアを含め“大学医局が地域の関連病院の人事に関わることの違法性”が問われ医局人事を禁止する指導がおこなわれていましたが、いつの頃からか、自治体からの資金をもとに、各大学に寄付講座が設置され、医師不足の分野や病院への医師の派遣を要請されるように変化しています。一例に過ぎませんが、時代の都合で,善悪が変化した事例は枚挙に問いません。医局制度の存続は、外部からの圧力でなく、あくまでも所属する構成員が決定する事項と考えています。
 毎年迎える新入局者の最終目標が、研究者をめざすもの、地域に根ざした医療をめざすものなどと異なることを痛感しています。組織としては、歯止めがない状況は許されないでしょうが、個人の多様性をこれまで以上にお互いに認めあうことができる医局になれば、さらに医師集団としての力は増すと考えています。現在、医局の皆さんの協力を得て、開講100周年で検討したプロジェクトの達成度について評価をおこなっています。予定外で定年が延びたことにより、退官までのロードマップを充分に描くことができる時間が与えられたので、これらの結果をもとに総仕上げの構想を練っているところです。愛知県で小児医療をめざす者が、快適に、かつ各々の力を発揮しえる環境の整備をめざしたいと考えています。その結果が、県内の小児医療の充実をもたらすと信じています。