こじま      せいじ
小島 勢二

名古屋大学大学院医学研究科
健康社会医学専攻 発育・加齢医学講座
小児科学 / 成長発達医学
教授

 
    
 名古屋大学小児科の歴史は旧く、明治36年にまで遡りますが、私は昨年11月に7代目の小児科教授に就任しました。4年前に成長発達医学の教授として着任するまでは、大学に在籍していたのは研修医の半年間のみで、ずっと市中病院に勤務しておりました。海外留学の経験もありません。大学教授としては、異色のコースを歩んできた私に求められるものは何か、社会や組織に貢献できることは何であるかを、教授就任以来自問しています。

 言い尽くされたことですが、医学部・医学部附属病院の使命である研究・診療・教育は、本来鼎立されるべきものです。独立法人化を迎え、これまで大学人が最優先してきた研究活動にも、社会、すなわち国民に対する説明義務を負うという意識の変化も芽生えています。私自身は、この機会に臨床医における医学研究の意義を考え、その原点に戻ることが必要と考えています。
 一流といわれる医学雑誌に掲載される論文の多くは、基礎的な内容で、その研究成果が診療に役立つと実感できることは稀です。一方、一流雑誌に掲載されなくても、日常診療における疑問点を、臨床試験を通して明らかにし、“Evidence”を創り出すのも立派な研究です。このような臨床研究から、直ちに明日からの診療に役立つ知識を得ることができます。
 このような臨床研究を進めるにあたっては、豊富な症例数が必要となります。幸い名古屋大学小児科には、愛知県内を中心に40を超える関連病院があり、ひとつにまとまれば、入院病床数1000、年間入院患者総数40000人の巨大な小児病院が出現します。実際、今年から全関連病院の診療統計が把握されるようになりました。例を挙げれば、大病院でも年間1〜2例しか経験しない化膿性髄膜炎も、関連病院をあわせれば年間60例、川崎病に至っては年間335例の入院があります。3年前に名古屋大学小児科関連病院共同研究グループが組織され、今後、共同研究の中心となることが期待されています。
 想像してみれば明らかなことですが、“Evidence Based Medicine”のみでは解決されない疑問もあります。このような疑問を解決するには、“Insight Based Medicine”ともいうべき研究も必要です。臨床の現場で得られた疑問点を最新の手法を用いて解明し、普遍的な事実に還元することは、臨床家にとって最大の醍醐味です。各分野でこのような視点を持った小児科医、すなわち“research mindを持ったpediatrician”を育てたいと考えています。
 小児科医になって25年、この間数々の難病に対する治療法が開発され、不治の病が克服されるのを目撃してきました。幸いにも自分たちが開発した治療法が難病との戦いに貢献できたという実感も味わうことができました。しかし、難病との闘いに終わりはありません。新たな診断法や治療法の開発を目指し、高度先進医療の推進も求められています。幸い私どもが申請した高度先進医療開発経費が採択され、基盤は整っています。名古屋大学では遺伝子治療、再生医療、細胞療法を3つの柱にトランスレーショナルリサーチが展開されています。

 来年度から開始される新しい卒後研修制度は、従来大学病院でのストレート研修が主流であったわが国の医学界に大きな変化をもたらすことが予想されます。名古屋大学とその関連病院は30年以上も前からスーパーローテート研修を行っており、これは新制度を先取りしたものです。小児科関連病院のうち18病院は、厚生労働省が定めた研修病院に指定されており、充実した初期研修が保証されています。小児科医を目指すにあたっては、救急医療を中心にプライマリーケアを身につけることが必須です。当科においては、その後幅広く小児医療を実践し、小児科専門医の資格が習得可能なように、大学附属病院や関連の研修指定病院をローテートする独自の卒後研修システムが確立されています。12の専門分野を網羅したグループがあることから、希望の分野の研修が教室内で可能です。また、積極的に国内外への留学も奨励しており、現在5名が海外の研究施設に留学しています。
 わが国がかつてない少子化時代に突入し、私たち小児科医の間でも自分たちの将来を悲観的に見ることも、過去にはありました。しかし現実には、小児医療の専門化・高度化により、小児科医の需要はますます増大しています。名古屋大学小児科への入局者は、ここ数年は15名前後と、以前と比較して増加しているにもかかわらず、慢性的な人手不足が続いています。

 私の子供時代は“鉄腕アトム”が全盛でした。そのなかに描かれた21世紀の世界は明るく輝き、その到来を子供心にも心待ちにしていたように記憶しています。しかし、閉塞感に満ちた今日の社会・経済情勢からは、子供の頃に夢みた未来社会が到来したとは感じられません。しかし、子供は未来に向かう存在です。その子供たちの健康を守る私たち小児科医もまた、未来を指向する集団でありたいと考えています。
 私たちと一緒に、子供の健康を守る仲間に加わりませんか。