絨毛性疾患

絨毛性疾患とは?

 絨毛性疾患とは妊娠時の胎盤をつくる絨毛細胞(正式には栄養膜細胞またはトロホブラストと呼ばれます)から発生する病気の総称で、大きく分けると異常妊娠の1つである胞状奇胎、胞状奇胎後に発生する腫瘍である侵入胞状奇胎(侵入奇胎)および悪性腫瘍である絨毛癌の3つが含まれます。その他に稀な腫瘍性病変として胎盤部トロホブラスト腫瘍 (PSTT) や類上皮性トロホブラスト腫瘍 (ETT) なども含まれます。

胞状奇胎とは? その発生原因は?

 胞状奇胎とは、昔は『ぶどう子』ともよばれた疾患で、妊娠した子宮内にぶどうの房のような外観の“つぶつぶ”が多数存在する病気です。我が国においては約500妊娠に1回、300分娩に1回の割合で発生するといわれています。近年の少子化にともなって絶対数は減少傾向に有りますが、一定の割合で発生する病気です。高齢(特に40歳以上)になるとやや発生率が高くなるといわれています。
胞状奇胎は妊娠成立時の精子と卵子の受精の異常によっておこり、母親の卵子由来の核(DNA)が消失し父親の精子由来の核のみから発生する全胞状奇胎と、父親からの精子2つと母親からの卵子1つが受精した3倍体から発生する部分胞状奇胎とに分類されます。いずれも正常な胎児(2倍体)に発育することはありません。まれではありますが、2卵性の双子の妊娠で一方は胞状奇胎、もう片方が正常胎児というケースの治療も当院では複数例経験しています。
このような受精の異常がなぜ起きるのかは不明で、胞状奇胎の発生原因は明らかでなく、親から子へ遺伝する病気ではありません。一度胞状奇胎を経験した患者様が、もう一度胞状奇胎になる確立は約2%と言われています。

胞状奇胎の診断は? 症状は?

 胞状奇胎の外来での診断は、妊娠反応陽性で内診台での超音波(経腟エコー)検査で子宮内に特徴的な像があれば、妊娠2ヶ月から3ヶ月の時期に診断できます。超音波のみでは流産との鑑別が困難な場合もあります。胞状奇胎妊娠では血液中(または尿中)のhCGという妊娠性ホルモンの値が正常妊娠より一般に高いので、hCGの測定が診断の助けになります。確定診断は手術後の子宮内容物の病理検査によります。
胞状奇胎に特徴的な症状は乏しく正常な妊娠初期の症状と似ていますが、時に性器出血や腹痛、つわり(吐き気)などの症状を認めることがあります。

胞状奇胎の治療は?

 治療は流産と同様の子宮内容除去手術(胞状奇胎除去術)を施行し、子宮内容物の病理検査により最終的に確定診断します。約1週間後に、もう一度子宮内容除去手術をおこない、胞状奇胎が完全に除去されているかを確認します。妊娠週数が進むほど、胞状奇胎の子宮内容物が多くなって、手術の際に出血のリスクがふえるなど負担になりますので、胞状奇胎と診断されたら、早めに手術を受けられた方がよいでしょう。
胞状奇胎除去手術は地域病院や診療所でも可能ではありますが、最近では胞状奇胎妊娠をより正確に診断するための詳細な病理検査や、必要に応じて最先端のDNA診断による分類(上記2参照)などもおこないますので、胞状奇胎と診断された段階で手術前に当院へ紹介・受診していただくことをお勧めしています。

胞状奇胎の手術後の外来通院は?

 手術後は定期的に外来通院(1週間〜1ヶ月に1回程度)していただき、血液中のhCGというホルモンの値を計測します。hCG値の下降が良好で正常値まで下がっていく経過順調型であれば、約6ヶ月で次の妊娠を許可しています。hCG値が正常値になるまでの期間は、早い方で2-3ヶ月ですが、遅い方だと5-6ヶ月かかることもあります。いずれの場合であっても、胞状奇胎後にこのhCGというホルモン値が正常値まで下がったことを主治医に必ず確認してもらってください。経過順調の場合は、特に次の妊娠や分娩に与える影響はありません。hCGの下降が順調でない場合は、次項に示すような病気に移行している可能性がありますので、必ず専門医の検査をうけるようにしてください。不安や心配のある方は、ぜひ当院へ紹介受診されることをお勧めします。

侵入奇胎・絨毛癌とは? 発生頻度や発生原因は?

 胞状奇胎妊娠のうち、10-20%は侵入奇胎を発症し、1-2%は悪性の絨毛癌へと移行すると言われています。胞状奇胎妊娠または流産や分娩後に、子宮からの出血が止まりにくい場合、妊娠性ホルモンであるhCGの値が下がらない、あるいは尿検査で妊娠反応の陽性が持続する場合は、この病気である可能性があります。部分胞状奇胎からの侵入奇胎の発生率は全胞状奇胎に比べてかなり低いと言われていますが、現状ではゼロとは言い切れません。胞状奇胎の中でどのような患者様が侵入奇胎や絨毛癌に移行していくのかは、現在のところまだ明らかになっておらず、多くの医学者がその発生原因を研究しています。
侵入奇胎のほとんどは、胞状奇胎後6ヶ月以内に発生しますので、胞状奇胎妊娠の後に、定期的な外来通院と血液検査(hCG測定)を欠かさなければ必ず発見できる病気ですのでご安心ください。胞状奇胎後に絨毛癌に移行してしまう前に、侵入奇胎の段階で確実な治療をうけることが最も大切です。絨毛癌は胞状奇胎後のみでなく、正常分娩・流産・人工妊娠中絶など様々な妊娠の後に起こりうるので、妊娠終了後に異常な性器出血などが有る場合は、必ず婦人科を受診することをお勧めします。

侵入奇胎の診断は? 症状は?

 侵入奇胎とは子宮の筋肉の中に胞状奇胎の細胞の一部が侵入して腫瘍性病変を形成する病気で、一種の“前癌状態”という考え方もできます。約30%の症例は肺に転移します。子宮筋層内の病変は経腟エコー検査やカラードプラ・パワードプラ超音波によって、血流豊富な腫瘍として検出可能です。肺の転移は小さな病変の場合は通常の胸部レントゲン写真では見つけられないことが多いので、胸部CT検査が必要です。胞状奇胎後に子宮には病巣が認められないが肺にのみ病巣を認める場合(転移性奇胎とよばれる)や、hCGのホルモン値が高値であるが病巣がはっきりしない場合(奇胎後hCG存続症とよばれる)もありますが、基本的には侵入奇胎のカテゴリーとして、同様の治療方針が立てられています。
侵入奇胎の症状は特徴的なのものはありませんが、時に持続的な性器出血や腹痛をともなうことがあります。小さな肺転移病巣は通常無症状であることが多いです。

絨毛癌の診断は? 症状は?

 絨毛癌も侵入奇胎と同様に子宮の筋肉内に腫瘍を形成しますが、一般に増殖や進展のスピードが侵入奇胎よりも早く、悪性度の高い癌であるといえます。エコー検査やカラードプラ・パワードプラによって侵入奇胎と同様の子宮筋層内の血流豊富な腫瘍として診断されます。子宮病巣のに造影MRIやMRアンギオグラフィーもしばしば使用されます。絨毛癌になると3分の2の症例で多発性肺転移を伴うといわれており、また肺のみでなく肝臓や脳、腎臓など全身に転移する可能性があるので、診断時に腹部、胸部、頭部の全身の造影CTによる検査を必要とします。子宮病巣からの大量性器出血や腹腔内出血の症状に加えて、転移病巣による症状(咳、血痰などの呼吸器症状や頭痛、けいれん、四肢麻痺、意識消失などの神経症状)が出現して、はじめて絨毛癌と診断されるケースもあります。

侵入奇胎・絨毛癌の治療は? 治療成績は?

 侵入奇胎、絨毛癌とも抗癌剤が非常によく効く病気ですので、抗癌剤による化学療法が治療の中心となります。またhCGは非常に鋭敏な腫瘍マーカーとなるので血液中のhCGを定期的に計測しながら治療効果を判定したり、治癒(寛解)の判定に用いたりします。侵入奇胎の場合は1剤の抗癌剤(メソトレキセートまたはアクチノマイシンD)あるいは2剤の併用による化学療法で当院では100%の治癒率です。したがって子宮や卵巣を手術することなく、化学療法のみで治癒可能な疾患といえます。
これに対して絨毛癌の場合は初回から強力な多剤併用化学療法(メソトレキセート、アクチノマイシンD、エトポシドの3剤を中心に使用)が必要であることが多く、難治症例には子宮摘出術や転移病巣の手術を含めた集学的治療もおこなわれています。時には脳転移病巣に対しては放射線治療を併用することもあります。
絨毛癌の治癒率は一般に80-90%程度であり、再発・死亡するケースも存在するとされていますが、当院では絨毛癌であっても1990年以後は90%以上が治癒しております。なお抗癌剤の種類や投与方法、副作用などの詳細については私たちの執筆した下記の書籍をご覧下さい。

侵入奇胎・絨毛癌の治療後の妊娠や分娩は?

 侵入奇胎や絨毛癌は20-30代の若い患者様が多いので、治療後の妊娠を希望される患者様には出来る限り化学療法のみで治療を行い、その後妊娠・分娩ができるようにしています。胞状奇胎後はもちろん、侵入奇胎や絨毛癌であっても、治癒終了後6ヶ月から1年間避妊していただき、その間に血液中のhCG値の再上昇などの再発徴候がなければ妊娠を許可しています。当院では治療終了後に無事に妊娠、出産されている患者様を多数経験しています。治療後に妊娠した場合の流産率や出産した児の奇形率なども、一般の健康な妊婦さんと比べて特に差はありませんでしたので、安心してください。
最後に最近の少子化のため、侵入奇胎や絨毛癌の絶対数も減少しており、これらの病気の治療を日常的におこなっている病院は少なくなってきています。絨毛性疾患の治療は子宮癌や卵巣癌などとは非常に異なるため、治療にはこの病気に熟練・精通した経験豊富なスタッフのいる施設での治療が望まれます。本疾患と診断された患者様はぜひ当院へ受診をされることをお勧めします。この病気についてお尋ねになりたいことがあれば、診断された病院の先生を通じて新美薫助教まで、ご連絡ください。
[文献]
1.山本英子、藤原多子、吉川史隆:胞状奇胎の取り扱い.臨床婦人科産科 第66巻、2012;p624-629
2.山本英子、藤原多子、吉川史隆:絨毛癌の診断と治療.日本臨牀 第70巻、2012;p727-732
3.山本英子、井箟一彦、吉川史隆:絨毛性腫瘍の化学療法『婦人科癌化学療法ポケットマニュアル』(野田起一郎監修) メディカルレビュー社,2009;p116-130
4.井箟一彦、吉川史隆:絨毛性疾患『婦人科がん標準化学療法の実際』(宇田川康博、八重樫伸生編) 金原出版,2008;p135-144
5.山本英子、藤原多子、吉川史隆:絨毛性疾患化学療法後の妊娠転機.産婦人科の実際 第60巻第2号、2011;p209-215
6.山本英子、吉川史隆: PSTT・存続絨毛症.臨床婦人科産科 第65巻、2011;p214-219