キマーゼ(EC3.4.21.39)は、肥満細胞が産生分泌するキモトリプシン様の酵素である。

これまで、ラットでの研究が中心で、しかもその役割についての理解は十分でなかった。

我々は、ヒト血管に従来のレニン・アンジオテンシン(RA)系に属さない、アンジオテンシ
ン(Ang)U産生プロテアーゼが存在する事に気付いたが、後にこれがキマーゼであるこ
とが判明した。

AngUは、循環系において、血圧調節のみならず、最近は、広く臓器障害と見なされる
病的組織リモデリングにかかわる因子として注目されている。

ヒトキマーゼの特性と、このプロテァーゼが産生するAngUの関与する生体機能につい
て、病態モデルや、特異的な阻害薬を開発してこれを用いた成績を報告する。

AngUは、アンジオテンシノーゲンにプロテアーゼが働きデカペプチドのAngUが切り出
され、さらに別のプロテアーゼが働いてオクタペプチドのAngUが作られる。

初めの酵素はレニンであり、2番目の酵素はACEが知られている。

キマーゼは、一般にチロシン、フェニルアラニンなどの芳香族のC末を認識する。

デカペプチドのAngUには、この両方のアミノ酸が4番目と8番目にそれぞれ配位する。

ラットキマーゼは、アイソザイム共々、チロシンを優先的に認識するので、AngUを、
AngU(1-4)とAngU(5-10)とする。他方、ヒトキマーゼは、フェニルアラニンを認識し、
AngU(1-8)すなわちAngUを作る。

AngU産生能は、サル、イヌ、ハムスターで確認されている。

ヒトキマーゼは、これまでラットで報告されていた基質類にも働かないので、現時点では
特異的なAngU産生酵素と云わざるを得ない。

他方、ACEには種差は認められず、基質特異性も多様である。

AngIは本来不活性であるが、摘出血管標本を収縮させる。

この収縮反応は、ラット血管ではACE阻害薬で完全に抑制され、ヒト血管では、部分的
抑制を受けるのみで、キマーゼ阻害薬を併用すると初めて完全な抑制が得られる。

すなわち、ヒト血管組織では、AngUは、ACEとキマーゼの二つのプロテアーゼにより
AngUから変換される。

ACE阻害薬による抑制の程度は、ヒトが最も弱い。

換言すればヒトは、AngU産生に関してキマーゼの関与がもっとも大きい種である。

キマーゼは全身性に検出されるので、その機能的役割に期待がもたれる。

現在、キマーゼ由来のAngUの病態について、AngU産生キマーゼをもつ動物病態
モデルでの解析が進んでいる。

高血圧はAngUの関与する代表的な疾病である。

ハムスターモデルでは、病態進展にともなって血管ACEの増加は認められるが、キマ
ーゼは変わらない。

また、ACE阻害薬とAngU受容体拮抗薬の降圧作用にも差異を認めない。

従って、高血圧で機能するのは血管ACE由来のAngUで、キマーゼのものではないと
考えている。

実際、臨床でACE阻害薬が本態性高血圧の70%に有効である事実と一致する。

一方、高血圧に二次的に生じた不全心ではキマーゼ活性の著増が認められた。

ハムスター心筋梗塞モデルでは、梗塞直後より梗塞部位のキマーゼ活性の著増を認
め、キマーゼ阻害薬の投与が心機能改善と死亡率の低下をもたらした。

冠動脈狭窄治療には経皮的動脈拡張術(PTCA)やバイパスグラフトが施行されるが、
何れも術後の再狭窄の頻度は高い。

ラットPTCAモデルではACE阻害薬が再狭窄予防に有効であるが、ヒトでは無効であ
り、このことはキマーゼの関与を予想させる。

実際、イヌ血管肥厚モデルではキマーゼ活性は上昇し、ACE阻害薬はこの病態に無
効であるが、AngU受容体拮抗薬やキマーゼ阻害薬は有意な肥厚抑制効果を示す。

静脈グラフトモデルの血管狭窄においてもキマーゼの増加と、キマーゼ阻害薬の有
効性が示された。

拡張型心筋症モデルにおいても、キマーゼ阻害薬は、心筋繊維化の抑制と心機能
改善効果を示した。

循環領域において、組織AngUの重要性が注目されているが、その実態は従来の
RA系によるものではなく、肥満細胞由来のプロテアーゼであるキマーゼに見いだ
された全く新しい機能に負うところが大きい。

キマーゼは、その阻害薬をも含めて、今後の循環系疾患の病態解明、治療、予防
に大きな可能性を秘めている。
大阪医科大学薬理学
  宮崎瑞夫

キマーゼの心血管病態における役割