名古屋大学大学院医学系研究科 脳神経外科
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教室の歴史 第2期

第1期 第2期 第3期
第2期 景山・杉田教授による国際的評価をえた時代
名古屋大学脳神経外科学80年の歴史は、3期に分けられます。
第1期は名古屋大学医学部外科学講座の時代、
第2期は名古屋大学医学部脳神経外科学講座の時代、
そして第3期は名古屋大学大学院医学研究科脳神経病態制御学講座の時代です。

景山直樹教授
1967年には名古屋大学医学部に脳神経外科講座の設置が認められ、景山教授が、1971年5月着任され脳神経外科講座を開設されました。景山教授は開講当時すでにそれぞれ指導者として活躍されておられました永井肇助教授、佐藤修講師、杉田虔一郎助手にそれぞれ頭蓋内圧グループ、脳脊髄液グループ、定位脳手術グループをまかされ、景山教授自身の研究テーマであった脳腫瘍学と内分泌学は小林達也・桑山明夫先生にまかされました。その後、永井肇先生は名古屋市立大学、佐藤修先生は東海大学、杉田虔一郎先生は信州大学に初代脳神経外科教授として就任されました。景山教授の脳神経外科学は基礎研究を重視し、その研究成果に基づいた医療を開発することでありました。まさに現在、医療でもっとも重要視されているEvidence-based medicineを実践された先生で、脳腫瘍を中心に次々に新しい治療法の開発を進められました。また、常に地域医療の重要性を考えておられ、教室内で育った多数の脳神経外科専門医を東海3県下の関連病院に派遣され、地域全体の脳神経外科医療の向上に貢献されました。また、日本脳神経外科学会の中部地方会を発展させ、脳腫瘍病理研究会、血管内手術研究会を発足させたことであります。中部地方会は現在も大変活発な会であり若手脳外科医の登竜門です。発足当時より、中部地区の11大学の多くの脳外科医がこの地方会を通じ景山教授から厳しい指導を受けました。また、他の2つの研究会は現在名古屋大学脳神経外科教室に事務局があり、それぞれ会員約1000名からなる日本脳腫瘍病理学会、日本脳神経血管内治療学会へと発展しています。

杉田虔一郎教授
杉田虔一郎教授は信州大学での10年間で、すでに世界から注目される業績をあげられ、1988年、第2代脳神経外科教授として名古屋大学にもどられました。杉田教授は杉田式定位脳手術を開発し、パーキンソン病の定位脳手術をはじめ機能性脳神経外科の開発を進められました。また1970年代、欧米を中心に脳外科手術法がマクロサージャリーからマイクロサージャリーへと移行するなか、いち早くこの新しい手術法を導入され、さらに杉田式手術顕微鏡をはじめとし、日本独自の手術機器を次々に開発されました。そしてこれらをこれまで治療困難であった深部脳腫瘍や脳動脈瘤、脳動静脈奇形の手術に応用し、新しい手術法の開発、我が国のマイクロサージャリーの確立に大きく貢献されました。特に杉田式脳動脈瘤クリップは我が国のみならず欧米を含め世界中で広く使用されています。さらに杉田教授は海外の脳神経外科医との交流を大事にされ、脳動脈瘤クリップをはじめとする杉田式手術機器のロイアリテイーをもとに名古屋大学医学部に杉田スカラシップをつくり、世界の若手脳外科医師に名古屋で勉強する機会を与えられました。この制度は現在なお継続しており、毎年数人づつ世界各国より名古屋へ留学していただいております。

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