▽研究テーマ

I) ヒト肺癌の分子病態の解明を目指して:

ii) 癌のリネッジ特異的な生存シグナル依存

近年、特定のリネッジの細胞の分化プロセスに関与する調節因子の発現持続が、発癌プロセスにも深く関与するという新しい概念が提唱され、組織特異的な発癌メカニズムの解明に寄与するものとして注目を集めています。私達は転写因子を規定するTTF-1遺伝子が、末梢肺のリネッジ特異的な発生・分化のマスター制御因子として機能しているのみならず、その発現持続が末梢気道上皮を発生母地とする肺腺癌の生存自体にも必須であり、発癌と進展に大きく関与していることを世界に先駆けて報告しました。同様の知見は、その後米国の3つの研究グループからも相次いで報告され、肺腺癌におけるTTF-1の重要性、つまりは肺腺癌の発生と進展における役割は大きな注目を集めています。
 さらに、私達は最近転写因子であるTTF-1遺伝子が、ROR1遺伝子の転写活性化を通じて、肺腺癌の生存シグナルを伝えていることを明らかとしました。一方で、不思議なことにTTF-1陽性の肺腺癌は外科切除後の予後が良いことが知られていますが、それがTTF-1によるMYBPH遺伝子の転写活性化を通じた、細胞骨格の負の制御による運動・浸潤・転移の抑制に起因すること、MYBPHはしばしばTTF-1陽性肺腺癌でエピジェネティックに不活化されていることを明らかとしました。TTF-1による転写制御を受ける癌関連分子群の探索・同定は、格好の治療標的である受容体型チロシンキナーゼを規定するROR1のリネッジ生存シグナル伝達への関与の発見を始めとし、難治癌の代表例たる肺腺癌の分子病態の解明のみならず、革新的な分子標的の同定と創薬開発にもつながっていくものと大いに期待しています。