−腹圧性尿失禁−

腹圧性尿失禁の手術は、大きく膀胱頸部挙上術、膀胱頸部スリング手術、尿道周囲コラーゲン注入療法に分けられる。
 

膀胱頸部挙上術はその到達法から、恥骨後式手術、経腟式手術に分けられ、本邦ではより非侵襲的な経腟式手術が広く行われている。

腹圧性尿失禁手術の有効性の評価においては、長期成績が重要であり、メタアナリシスによれば恥骨後式手術とスリング手術の成績が最も安定しており、経腟式膀胱頸部挙上術は短期成績は良好であるが、長期成績は低下することが示されている。コラーゲン注入術の長期成績については十分な検討がなされていない。手術方法の選択には、膀胱頸部過可動(hypermobility)と内因性括約筋不全(ISD)の病態を鑑別することが重要である。

ISDにおける膀胱頸部挙上術の長期成績は不良であり、スリング手術を選択することが標準的である。しかし、近年では病態にかかわらず、スリング手術を選択する傾向がある。

膀胱瘤をともなう患者には前腟壁形成術を合わせて行う。

手術治療の合併症には、頸部挙上術やスリング手術における張力過剰による下部尿路閉塞、排尿障害や新たな不安定膀胱の発生(de novo detrusror instability)、針穿刺時の尿道損傷・尿道穿通、ナイロン糸膀胱穿通による結石形成などが見られることがあり、手術時に留意すべきである。

恥骨後式膀胱頸部挙上術

Marshall-Marchetti-Kranz (MMK)手術、Burch手術に代表される、下腹部切開により直視下に膀胱頸部を挙上する手術で、80〜92%の良好な長期成績が報告されている。Burch手術(右図)は、特に欧州においては現在でも標準的手術として広く行われている。膀胱頸部過可動の症例(タイプI、II)を適応とする。

経腟式膀胱頸部挙上術

 Stamey法、Gittes法、Raz法などがあるが、本邦では1980年代中頃よりStamey手術(下図)が広く行われており、膀胱頸部過可動の症例を適応とすべきである。術後短期成績は80〜90%以上と優れるが、長期成績が50〜70%台に下降することが近年指摘され、最近では膀胱頸部過可動症例に対してもスリング手術が選択されるようになってきている。 VESICAキットなどを用いた恥骨固定式膀胱頸部挙上術は、釣り上げ糸の腹壁側での固定を恥骨に打ち込んだビスに行うもので、当初は、より確実で長期間安定した固定効果が期待されたが、その有用性は証明されておらず、まれではあるものの、恥骨炎は重篤な合併症であり、注意を要する。

Stamey法

膀胱頸部(尿道)スリング手術

経腹的および経腟的な方法があるが、女性腹圧性尿失禁には通常襲侵の少ない経腟的スリング手術を行うことが一般的である。内因性括約筋不全や他の尿失禁手術失敗例が適応となるが、前述のごとく近年では、膀胱頸部過可動の症例も適応とする傾向が強い。スリングに用いる素材としては筋膜(腹直筋筋膜や大腿筋膜張筋)(下図)などの生体組織やモノフィラメントナイロン糸、Marlex mesh、Gore-Texなどの合成素材を用いる。長期成績は77〜96%と良好であるが、術後の尿路閉塞やde novo detrusor instabilityの発生が問題となる。近年では、膀胱頸部あるいは尿道をスリングで“挙上”するのではなく、“支える”という考え方が一般的で、スリングに張力をかけないような手術を行うことが標準的となっている(no-tension sling)。
プロリンテープをスリングとして用い、尿道中部を支えるTVT(Tension-free Vaginal Tape)スリング手術(下図)は、局所麻酔下でできる低襲侵手術として脚光をあび、欧米、本邦でも広まりつつあるが、3年の長期成績では91%の尿失禁消失率が報告され、さらにBurch手術との無作為試験においても同等の成績が示されており、その有効性、安全性についての確証が集積されつつある。

筋膜スリング手術

TVTスリング手術

前腟壁形成術

膀胱瘤を伴う症例に行う。前腟壁形成のみでも尿失禁治療となり得るものの、術前尿失禁のない症例において前腟壁形成術後、約20〜25%に腹圧性尿失禁が出現することも知られ、通常膀胱頸部挙上術あるいはスリング手術が併用されることが多い。尿失禁手術を合わせて行うか否かについてのコンセンサスはいまだ得られていない。

尿道周囲コラーゲン注入術

内視鏡直視下に穿刺針により、膀胱頸部・近位尿道粘膜下にGAXコラーゲンを注入し、膀胱頸部・近位尿道の密着(coaptation)を図る(下図)。ISDによる腹圧性尿失禁が適応となるが、膀胱頸部過可動の症例においても同等の成績が報告されている。再発率が高く、安定した成績を得るには2回以上の注入を要することが多い。
局所麻酔下に外来手術として施行可能で極めて低襲侵であるが、短期有効率は65〜85%とばらつきがあり、完全消失率は低い。長期成績は不明である。

ー 切迫性尿失禁 ー

神経因性膀胱による過活動膀胱にもとづく切迫性尿失禁で、保存的治療に反応しない例では膀胱拡大術などの外科的治療が若年齢では行われるが、高齢者における一般的な切迫性尿失禁に対しては適応とはならない。
切迫性尿失禁に対して外科的治療が適応となるのは、前立腺肥大症や下部尿路狭窄にもとづく過活動膀胱が原因となっている場合の、前立腺摘除術や狭窄切開術である(溢流性尿失禁に対する外科的治療で後述)。
閉塞解除により、約60%程度で過活動膀胱の改善が得られる。

ー 溢流性尿失禁・尿排出障害 ー

膀胱排尿筋収縮障害に対しては、有効な外科的治療はなく、外科的治療の適応となり得るのは下部尿路閉塞である。前立腺肥大症に対する外科的治療としては、経尿道的前立腺切除術(TUR-P:Transurethral Resection of Prostate)が標準的手術であり、手技、成績とも確立したものである。
その他、小さい前立腺肥大症に対する経尿道的前立腺切開術についてもその有効性は確立されている。
100gを超えるような前立腺肥大に対しては、恥骨後式前立腺摘除術などの開創手術が行われることが多い。
前立腺肥大症に対しては、一般的な外科的治療以外に、経尿道的高温度治療、レーザー治療、尿道ステント留置などの襲侵の低い治療法が行われており一定の有効性は報告されているが、前立腺摘除を行う外科的治療に比べての治療効果については一定の見解が得られていない。しかし、種々の合併疾患により一般的な外科的治療が困難な例や、ADL低下や痴呆などを有する高齢者には有用な治療であるので、積極的に検討する価値がある。