3:研究者はいかにして30代を生き延びるか
(細胞生物学会誌 2000年より)


 さる高名な生物系の研究者が雑誌のインタビュー で「日本の30代の研究者は辛い,30代で独立ポジションをとる人もいるけれども、これは極めてまれなことである」といったような主旨の発言をされていました。 私も同感です。 私自身が中堅と言われる年令になって、確かに日本の研究者の35歳前後というのは非常に不安定な立場であると思います。 ひとつには独立ポジションが少ないということ、また,若い人の貰える研究費の枠が少ないということもあります。 科学大国のアメリカではどうなっているかを見てみますと,大学院を出るのが30歳前。 そして、ポストドクを2回ぐらいやるのが平均的ですから35歳ぐらいでassistant professorになるのが普通かと思います(勿論、業績を残した場合ですが)。 昔はもっと若くしてassistant professorになった人が多かったと思いますが、最近はアメリカでもポジションが不足気味で、生物研究の技術も多様化していますから、ポストドクを2回やる人が多いのが現状かと思います。 翻って,日本を見ますと40歳以下で教授や部長といった独立ポジションにつく人はまだ少ないと思います。 一方、独立助教授や室長のポジションも少ないと思われます。 勿論、日本でも助手、助教授で勝手に独立して研究している人もいるわけですが、独立して仕事 を進めると,ボスと対立して干されてしまう可能性も高い。 また、組織の中で我道を貫き通すのは苦労が多いだけでなかなか周囲の支持も得られないでしょう。

まだまだ自分で実験をしていた
30代(1992年頃)
 日本人の研究者はだいたい28歳ぐらいで博士課程を終了して、国内で助手やポストドクとして3年ぐらい過ごして、アメリカやヨーロッパに留学する人が多いと思います。 留学して、新しい分野で一仕事すると34ー5歳になるわけです。 まわりの優秀なポストドクはassistant professorになって独立していきますから、自分も独立してやってみたくなります。 しかしながら、昨今はアメリカやヨーロッパで日本人が独立ポジションをとって研究室を立ち上げて維持していくのは大変です。 一方で、帰国後すぐに日本で独立ポジションを見つけるのは極めて難しい現状です。 ここに30代研究者の辛いところがあります。 アメリカではポストドクからassistant professorへと道が開けているのに対して、日本では何もない。 35歳ぐらいで喘いでみてもどうしようもないので、とりあえず日本に戻って、前のボスか新しいボスの下で雇われ番頭?みたいな立場で仕事をするケースが多いのではないでしょうか。 日本には日本のやり方があるという方もおられるでしょう。 確かに優秀なボスの元で帝王学?や研究室の運営方を学びながら、独立の道をさぐるのは有意義なことと思います。 ただ、ボスが「自分も若い時に苦労したので君も40歳ぐらいまで我慢しろ」という発想だけでは状況は改善しないのではないかと思います。

 ひとつ提案があります。 35歳ぐらいから40歳ぐらいの研究者を対象に年間1000ー2000万円X5年間の研究費を支給して独立を促進してはいかがでしょうか。 科学技術振興事業団のさきがけ研究のような良い例もありますが、まだまだ数が少ないし広領域をカバーしてないように思います。 生物関係で毎年新たに100人の研究者(この数字は学術振興会の特別研究員PDの採用数から適当に算出したものです)に研究費を支給しますと、50ー100億円ぐらいかかる計算ですが、日本の生物研究の将来を考えると必要な投資かと思います。 研究費があってもポジションがなければ研究はできませんが、そこは教授あるいは部長にやせ我慢していただいてスペースや機器を共有して、とりあえずスタートすればどうでしょうか。 助教授や室長が半独立で教室運営にも参加すれば、scientificにも刺激が産まれて、教授や部長にもメリットがあると考えます。 実際、そのような運営をされている研究室もあります。 大学院重点化で、若手研究者は倍増してきました。 待ったなしの状況がもうそこまで来ています。 勿論、研究費の支給に際しては、公正な審査と成果の評価が必要なことは言うまでもありません。

 今回の提案はほんの一例ですが、日本の生物研究社会のあるべき姿を真剣に討議して、具体化する時期に来ていると思います。 若手研究者が救われると日本の生物研究も救われるのではないでしょうか。